「よっしゃ、勝ちよ勝ちっ! メガネの鼻をあかしてやったわっ!」
香取はそう言って、笑いながら若村の背をバンバンと叩く。
加減なしの行動に若村が「痛ぇ!」と抗議するが、何処吹く風だ。
余程、今回勝てたのが嬉しいらしい。
それを止めるのも野暮だと思ったのか、外野も口を出さない。
此処まで機嫌のよい香取は中々にレアなので、気持ちは分からなくもないのだが。
「ったく、はしゃぎやがって」
「まあまあ、大変だったし気持ちは分からなくもないでしょ?」
「…………仕方ねえな」
その煽りを喰らった若村だが、三浦の取り成しで矛を収めた。
今回の試合が難産だった事は確かなので、若村としても納得は示し易い。
此処で意地を張っても仕方がないという事もあり、若村は大人しく引き下がったのであった。
「けど、今回の試合は終始玉狛が脅威だったよな。ヒュースの実力も、かなりのモンだったしよ」
「そうね。実際、王子隊の動きがなければあの場での撃破は難しかったと思うわ。それだけ、彼の力は卓越していたもの」
そう言って、華は若村に同意する。
今回の試合は、とにかくヒュースの脅威が印象に残っている。
高いトリオンに加え、遠近両用の万能型の戦闘スタイル。
近接戦闘も高いレベルでこなし、隙らしい隙は見当たらない。
華の言う通り、王子隊との疑似的な共闘がなければあそこで撃破出来たか分かったものではない。
ヒュースが長く生き残れば生き残る程こちらの被害が増えるのは目に見えており、あの選択は間違ってなかったと言い切れる。
「その後でアンタを獲られちゃったのはアタシのミスよ。だから、あんま気にしなくて良いと思うわ」
「…………別に、気にしてねぇよ」
「ふぅん、ならいいけどね。アンタ、結構細かい事気にする
ふふん、と胸を張る香取に対し、若村は内心苦笑いで返した。
まさか香取に気遣われる日が来るとは、かつての彼に言ってもとても信じられなかったに違いない。
その心遣いが有り難かったのは事実だが、それを認めるのは妙に照れ臭い。
思春期男子らしい悩みを抱えつつ、若村は若干頬を赤らめるのであった。
「とにかく、これでヒュースの戦闘スタイルと実力は判明したわね。残り二試合、もう一度玉狛と当たる事になるかは分かんないけどその時の為の指標は立てられるわね」
「トリガーセットも、大体判明したからね。でも、雄太を倒したあのデリンジャーは多分一発限りの初見殺しでしょうから、次は変えて来ると思うわ。葉子なら、何にする?」
「アタシなら、ハンドガンか
香取はそう言って、自分の見解を示す。
今回三浦を落としたヒュースのデリンジャーは、明らかに一発限りの初見殺し用だ。
タネが分かった今となっては二度使うのはリスクが大きく、そもそも不意打ちの性質に特化し過ぎていてデリンジャー本体の性能はかなり低い。
今回はその秘匿性が巧く嵌まった形だが、既に手札として晒してしまった以上奇襲性は大きく損なわれている。
故に、次回からは別のトリガーに変えて来るだろうというのは明白だった。
だからこそ華は同じくブレードトリガーと銃手トリガーの両方を使う香取に意見を聞いたのだが、その答えは二択。
即ち、拳銃型か突撃銃型だ。
どちらも取り回しがし易く、変な癖がないトリガーである。
拳銃型の場合は携行性が非常に高く、近接戦闘をこなしながらでも牽制として扱うには持ってこいだ。
突撃銃型も手軽に大量の弾をばら撒けるので、中距離での牽制且つ押し込みに便利である。
どちらにせよヒュースのトリオンなら十二分に脅威になるのは確かであり、多少癖のある散弾銃型や擲弾銃型よりは選んで来る可能性が高いだろう。
「ただ、そこもメガネ次第だから何とも言えないわ。あいつなら、場合によっちゃ変なトリガーを組み込ませて来る可能性もゼロじゃないもの。今回のデリンジャーだって、似たようなモンだしね」
但しそれは、あくまでもいち個人としてトリガーを選んだ場合の話だ。
そこに修の意図が介在すれば、特殊なトリガーを選んで来る可能性は充分にあると香取は考えている。
実際、今回もデリンジャーという癖の強いトリガーをセットして来ているのだから、その懸念は正しいだろう。
現実にはヒュース自身の考えで選んだ代物であるのだが、それは知る由もない。
香取は修への警戒心が途轍もなく高い為、何か妙な事があれば全て彼の影響だと決めつける癖のようなものがあった。
今回もその類であり、少々思い込みが過ぎると言える。
しかし次も彼の意思が介在しないとは言い切れない為、あながち間違った考察でもない。
ヒュースも妥当な意見ならば修の指示を受け入れる可能性が高い為、特殊なトリガーを選んで来る可能性自体は充分にある。
そういう意味では、香取の指摘はそう的外れなものでもないのだ。
「そう。それで、実際に戦ってみた感想はどう?」
「どうも何も、とにかく馬鹿みたいに強いわね。確実にA級クラスというか、A級と戦ってる時と殆ど同じ感覚だったわよ。全然隙がないし、1対1で勝てって言われてもちょっと勝ち筋が見当たらないわ」
香取はそう言って、顔を顰めながらヒュースの実力を評価した。
実際に彼女がヒュースと戦ってみた感想としては、「とにかく隙がない」だ。
遊真のような派手な機動力こそないが、地に足を付けた堅実なその戦闘スタイルは隙らしい隙が見当たらず、相手の隙を探して強引に突破を試みる香取としてはやり難い事この上なかった。
攻撃も防御もほぼ完璧で、一つ一つの技術が途轍もなく高い。
以前
あの時ヒュースの入隊の黙認の交渉に
「なら、次も戦術で打倒しましょう。一人なら無理でも、チームでなら出来るわよね」
「ええ、勿論。下手をするとあっという間に被害を撒き散らしかねない奴だし、次回も最優先で仕留めるわ。場合によっちゃ、今回みたいに他部隊と疑似的な共闘をするのも良いかもね。あいつの危険性は今回の試合で充分認知されたでしょうし、乗って来る相手は必ずいるでしょ」
だからこそ、選択は間違えない。
今回の試合でヒュースは序盤から脱落までの間散々暴れ回り、その脅威を十二分に見せつけた。
それはこの試合を見ていた者、後からログを確認する者にとっても同様であり、これだけの力を見せた以上的をかけられるのはむしろ当然と言える。
今回のような疑似的な共闘も乗って来るであろう部隊は必ず存在すると言い切れるし、それだけの価値のある相手であるという認識も共有出来た筈だ。
強過ぎる駒は、他部隊の共闘を促す。
それがヒュースという大駒の持つ、ある意味で最大のデメリットと言えるのだから。
「でも、王子隊が共闘を持ち掛けて来たのは驚いたよね。葉子ちゃん、よくあれだけで王子先輩の意図を汲めたよね?」
「いや、あれはかなり分かり易かったわよ? あの場面でアタシをシールドで守る意図なんて、それくらいしか見当たらなかったもの。王子ならそういう提案をして来るくらいの姑息さはむしろない方がおかしいし、充分にメリットがあったから乗ったけどね」
麓郎を守り切れなかったのは悔やまれるけど、と香取はぼやく。
彼女としては共闘でヒュースを打倒した上で相手が暗黙の代価として求めて来た若村もしくは三浦の撃破は踏み倒すつもりだったのだが、そこは相手に一枚上をいかれてしまった。
あのギリギリの状況下ではヒュースの撃破に全力を注がざるを得ず、そちらに注力した結果若村へのフォローが間に合わなかったのは事実だ。
香取としても最優先事項はヒュースの打倒であった為仕方のない側面はあるのだが、それでも彼女はそれを己のミスとして認めている。
以前なら考えられなかった自省だが、それだけ彼女が成長した証とも取れる。
どちらにせよ共闘を選んだ事自体は後悔していないので、次に繋げる為の改善点として記憶するに留めたワケだ。
次はちゃんとやり切ってみせるんだから、と香取は一人意気込みそれを見た華は微笑ましそうに笑うのであった。
「それから、アンタの新合成弾も巧く嵌まってくれたわね。
「うん、モスキート。命名は出水先輩」
「そういや、そうだったわね。けど、総評の時に余計な事言ってなかった? あれじゃあ、他の射手も使いだすんじゃない?」
「合成弾の開発者は、出水先輩。出水先輩がいいなら、わたしにそれを止める権利はないかな」
樹里はそう言って、あっけらかんとしている。
今回彼女がお披露目した合成弾、
その威力、脅威性はこの試合で充分に周囲に伝わっただろう。
出水が総評の際に他者への使用を促した事もあり、今後他の射手も同じ合成弾を使って来る可能性は十二分に考えられる。
少なくともある程度合成弾に使い慣れている二宮や、勤勉な蔵内などは早速それを検討し始めているだろう。
要領としては他の合成弾とそう変わらない為、やってやれない事はない筈だ。
これまでは「合成弾は出水が使用した組み合わせでなければならない」という固定観念があった為敢えては試さなかっただけで、今回実際に樹里が使用した事でその前提条件は崩れ去った。
開発者である出水のお墨付きまであるとなれば、むしろ試さない選択肢がないとまで言える。
貫通力を持った誘導弾という時点で相当に脅威なのだから、戦術の手札の一つとしての有用性は言うまでもない。
次回からは相手に
樹里としても自身が開発したのではなく出水にやって貰ったものを覚えた側なので、声高に権利を主張するつもりもない。
彼女はあくまでも教授された側であり、合成弾の開発自体は出水が行ったものなのだから。
「アンタがそう言うなら、いいけどね。どちらにせよ、この手札が手に入った事は大きいわ。今回みたいな初見殺し性能はもう見積もれなくなったけど、これがあるだけで充分相手の行動を縛れるもの。ホント、よくやってくれたわ」
そう言って香取は樹里の頭を撫で、えへへ、とはにかむ少女は素直にそれを受け入れた。
一見冷淡に見える樹里だが、幼馴染相手には心を許している事もあって甘えたがりな素が見え隠れする事はままある。
以前は香取と華以外には本当の意味で身内認定が出来ていなかった為控えめであったが、今となっては若村や三浦に関してもしっかりと身内としてカウント出来ている為、こうして無防備な姿を見せているというワケだ。
その所為か不意打ち気味にじゃれ合う二人の姿を見せつけられる事が多々あり、男性陣としては困惑の方が勝っているのだが。
基本的に他人の目を気にしない樹里である事も相俟って、彼等の独り相撲である事は此処に置いておく。
樹里としても自身の心境の変化をいちいち口に出したりはしない為、基本的に放置である。
色々と意識改善したとはいえ、根っこの部分まで変わったワケではないのだから当然といえば当然ではあるのだが。
「葉子、今回雨取さんは結局人を撃てなかったけど、どう思う?」
「多分だけど、まだ直接人を狙撃する事は出来ないんじゃない? 爆撃はバンバンやってたけど、結局の所一度も狙撃を当てようとはしてなかったんだし。樹里はそのへん、どう思う?」
「わたしも同意見。最後に砲撃されたけど、あれは多分直撃はしない前提で撃ってた。流石にわたしでもまともに喰らえばシールドを貫通されるけどそうじゃなかったし、そもそもあれは片腕になってまず当てられないって前提があったからこそ撃てたものだと思う」
華の質問に、二人はそう言って是の返答を示した。
確かに今回千佳は直接人を狙って狙撃してはおらず、最後に樹里に向かって砲撃をしてはいたが、それも結局直撃はしなかった。
樹里の見立てではあれは片腕を失いまず当たる事がない狙撃精度に落ちたからこそ出来たものであり、まだ千佳は積極的に人を狙って撃つ事は出来ないだろうというのが結論だ。
爆撃や射撃はドカドカ撃っていたのにという話ではあるが、彼女の中でシールドでの防御が意味を成さない狙撃で直接狙うというのは別ベクトルに難易度が高いのかもしれない。
現状としては「千佳はまだ
「けど、爆撃も射撃も出来てるんだから、撃てるようになるのはそう遠くはないと思う。最初のハードルは乗り越えたんだし、後は切っ掛け次第でどうとでもなると思う。案外、次の試合とかで解禁される可能性もあるかも」
「どちらにせよ、警戒必須って事ね。あのチビ大砲の脅威は散々認識出来たし頭が痛いけど、また当たったらやるしかないわ。今後も気合い入れていくわよ」
了解、という返事を聞き、香取は笑みを浮かべる。
今回は勝てたが、玉狛の脅威は散々に思い知った。
次回どうなるかはまだ分からないが、それでも気が抜ける相手ではない。
少女達は決意を新たにしながら、一先ずの勝利を噛み締めるのであった。