香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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雨取千佳⑤

 

 

「二宮さん、聞きました? 樹里ちゃん、新しい合成弾を使ったらしいですよ」

「知っている。大方、木岐坂が言いだして出水が実現させて教えたんだろう。あいつは、発想力だけは光るものがあるからな」

 

 夕刻、二宮隊室。

 

 二宮はいつも通りの仏頂面で、なんとなしにそう言ってのけた。

 

 その返答を聞き、犬飼はおや、と意外そうな顔をする。

 

「なんだかんだ、樹里ちゃんの事は認めてるんですね。普段から結構ボロクソに言ってませんでした?」

「あいつの潜在能力(ポテンシャル)が高いのは、見れば分かるだろが。なのにそれを活かすのが下手くそで努力の方向性も取っ散らかってるから、それが目に付くだけだ。折角の能力を腐らせておく事ほど、馬鹿らしい事はないからな」

 

 ふん、と二宮はそう言って鼻をならす。

 

 それを聞いて犬飼は「なんだかんだ気にかけてるんだなー」と、厚意が伝わり難いにも程がある己が隊長の事を想い知らずため息を吐いた。

 

 二宮はその暴言ばかりの言動から誤解されがちだが、面倒見は悪くないどころかむしろ良い方であり、お節介焼きでもある。

 

 但しその厚意の出力がほぼ全て暴言に変換されてしまう為、彼の事を良く知る一部の人間以外に二宮のそういった面が伝わる事はほぼない。

 

 ちなみに今の言動は意訳すれば「木岐坂はやれば出来る奴だし、期待もしているよ。でもまだまだ改善点はあるから、機会があればまた指導して能力を伸ばしてやりたいな」、となる。

 

 字面からは程遠い印象だが、よくよく見てみれば二宮は樹里の能力を評価しているという内容しか言っていない。

 

 言葉が刺々しいどころか棘が射出されているに等しい為分かり難いか、犬飼クラスに彼の性格を認知していれば翻訳が出来ない事もないのだ。

 

 まあ、基本的に仏頂面で圧が強い二宮と距離を詰めようという人物はそういない為、犬飼の他に彼の言動を解せるのは東くらいであろう。

 

 旧東隊の他のメンバーはというと、加古はそもそも翻訳出来てもそれを口に出すつもりがないし、三輪は二宮の過保護な所に辟易している部分がある為、敢えてそれを口に出しはしない。

 

 東も必要がなければ二宮の事に口出しする事はないし、結局のところ二宮の意思を解してそれを人に伝えるのは犬飼くらいという事になる。

 

 その犬飼にしても本当に必要と思わなければわざわざ口に出しはしないので、実は修と同じくらいには面倒見の鬼である二宮の内面が知られる機会はないと言っても過言ではないだろう。

 

 犬飼は出来ればもっと二宮の内面を知って欲しいとも思っているが、それがどれだけ難易度が高いかも理解している為、無理はしない。

 

 最近はその知って欲しかった筆頭であったユズルが態度を軟化させた為、まあいいかと妥協した部分もある。

 

 それに、他人に訳知り顔で二宮の事を語られるのもなんだかモヤモヤするのでこれで良いか、という想いもある。

 

 なんだかんだ、二宮の事が大好きな忠臣はそれを口には出さず己が内に留めるのであった。

 

「それで、二宮さんもやってみるんです? その合成弾」

「あいつに出来て、俺に出来ない筈がないだろが。要領は誘導炸裂弾(サラマンダー)強化追尾弾(ホーネット)と同じ筈だから、やってやれない事はないだろう」

 

 だが、と二宮は続ける。

 

「使えるに越した事はないが、頼り過ぎるのも危険だろうな。これまで通りの戦術をベースに、手札に組み込んでおくくらいがベストだろう。合成弾は、無暗に使って強いというものでもないからな」

 

 そう言って、二宮は新たな合成弾である誘導貫通弾(モスキート)に対する評を下した。

 

 確かに手札として組み込めれば強力だが、それ頼りにしているとあっという間に隙を突かれるだろう。

 

 合成弾とは基本的に隙の多い大技の部類であり、二宮が使う時は大抵犬飼か辻を護衛に着けた状態で使用する。

 

 合成中は両攻撃(フルアタック)状態で無防備になる上に、使えば必ず勝てるというものでもない。

 

 確かに強力ではあるが、必殺の手札、というワケではないのだ。

 

 そもそも、二宮程のトリオン量があればハウンドを雨あられと降らせた方が効率的な場合が多い。

 

 大量のハウンドで相手を固め、アステロイドでトドメを刺す。

 

 その単純極まりない戦法が、二宮のトリオン量によって正攻法の暴威と化している。

 

 それを崩してまで合成弾に拘る理由は、存在しない。

 

 故に使えるようにしておくに越した事はないが、それだけを頼りにする事はしない。

 

 誘導貫通弾(モスキート)という新たな手札の存在を知った二宮の、それが決断であった。

 

「だが、それでもその誘導貫通弾(モスキート)とやらが有効な手札である事に変わりはない。使えるようになれば、今後は戦術の幅も広くなる筈だ」

「そうですね。今日の試合でも、もしかしたらそれがあればカゲにしてやられる事もなかったかもですし。まさかカゲが、あんな戦い方するなんて思ってなかったですもんね」

「ふん、たられば(if)の話に意味はない。結果は結果だ。今回、影浦隊と同点に終わったのは単に俺が甘かっただけの話だ。次、同じ轍を踏むつもりはない」

 

 そう言って、二宮は憮然と答える。

 

 今日の試合、二宮隊は影浦隊及び生駒隊、弓場隊と対戦した。

 

 結果として、二宮隊は影浦隊と同点のまま、タイムアウトで終わっている。

 

 東隊のいない試合で生存点を取れなかったのは久方ぶりであるが、何より他部隊と同点で終わる、といった事もこれまで殆どなかった。

 

 それを成し遂げたのがこれまでやるかやられるかの関係であった影浦隊ともなれば、犬飼が驚くのも無理は無いだろう。

 

 影浦隊が予想外の戦法を披露した為とはいえ、渋い結果に終わった事に間違いは無い。

 

「今日の試合で、香取隊との点差が一点になっちゃいましたもんね。もしかしたら次あたりで抜かされるかもですし、気を付けないとですね」

「誰が相手だろうと手は抜かん。全力で潰すだけだ」

 

 その結果、香取隊との点差は僅か一点に縮まっている。

 

 二宮が注視している玉狛とは未だ9点差が存在するが、それでも残り二試合の結果次第ではどうなるかはまだ分からない。

 

 万が一玉狛との直接対決で負けるような事があれば、更にその差が縮まる可能性はある。

 

 香取隊に至っては次の試合の結果次第で逆転を許す事にもなりかねない為、油断出来ない。

 

 だからといって、二宮が気負う事はない。

 

 いつも通り、王者の責務として全力で相手を叩き潰すだけだ。

 

 それが射手の王にしてB級の頂点に君臨する二宮なりの、挑戦者への礼節なのだから。

 

「しかしホント、香取隊も玉狛も強くなりましたよね。シーズン開始時には、ちょっと想像出来なかったかな」

「ふん、香取隊は潜在能力(ポテンシャル)を腐らせていただけだ。切っ掛けがあれば、このくらいは出来て当然だろう。俺達が直接指導をした事もある。むしろこの程度は出来て貰わなければ困る」

 

 二宮は何の気なしに、香取隊の戦果について称賛する。

 

 意訳すれば「香取隊には最初から期待していたよ。直接指導もしたし、今の結果にはそれなりに満足しているよ。けどもっと上を目指して貰えると嬉しいな」、となる。

 

 相変わらず二宮語の解読が出来なければ傲岸不遜な物言いにしか見えないが、その内実を知れば彼への評価が覆る事は間違いない。

 

 まあ、その機会が訪れる事は早々ないので彼のボーダー内での評価が変わる事はないのだが。

 

「玉狛は、空閑に加えてヒュースとかいう正体不明の新人も入ったんだ。だが、雨取が本当に人を撃てるようになれなければ最終的な結果は出せんだろう。折角のトリオンも、直接相手を撃ち抜けなければ宝の持ち腐れだ」

 

 ちなみにこちらは「玉狛はヒュースという大型新人も入ったし、強力なチームになったね。雨取が人を撃てるようになれば、もっと上を目指せるようになると思うよ」、という内実である。

 

 二宮としては元々評価している玉狛であるが、千佳という巨大なトリオンの持ち主を最高効率で動かせていない、というのは矢張り目に付くのだろう。

 

 故にもしも再び直接当たる事があれば、千佳が人を撃てるようになっているのか見極めるつもりでいる。

 

 うちの隊長本当にお節介焼きだなー、と彼の意思を察した犬飼は知らず苦笑いを浮かべるのであった。

 

「犬飼、俺は出水の所に行く。辻や氷見が来たら、そう言っておけ」

「了解。気にせずゆっくりして来て下さい」

 

 ああ、と二宮は頷き隊室を辞した。

 

 多分新しい合成弾のコツを聞く為に行ったんだろうなー、と犬飼は当たりをつけ、勤勉な己が王に感心する。

 

 色々言ってはいたが、己の弟子にあたる人物が新技を引っ提げて来たという事で、思う所があったのだろう。

 

 容易く出来ると豪語してはいたが、それでもコツを聞くと聞かないのとでは雲泥の差である筈だ。

 

 合成弾は見た目程簡単なものではなく、実戦で使えるようになるには相応の習熟が必要になる。

 

 基本的な要領はこれまでの合成弾と変わらないだろうが、微妙な差異は存在する筈だ。

 

 恐らく二宮はそれ察して、出水に詳しい話を聞きに行ったのだろう。

 

 今日の試合結果が渋かった事も、彼なりに気にしていた筈だ。

 

 影浦隊のやり方を見抜けなかったのはこちらだが、二宮は隊長として引き分け(ドロー)という結果を重く受け止めているのだろう。

 

 結果として香取隊との点差も一点に縮まってしまい、玉座陥落の危機ではある。

 

 犬飼もこれまで守り続けて来た頂点の座を譲りかねない事態に想う所がないワケではなく、ある意味二宮以上に気負いを抱えていた。

 

 だからこそ、玉狛の抱える()()は目に付く。

 

 余計な感情だと分かってはいるが、その問題の解決なくして彼等に負ける事はないだろうとも考えていた。

 

(玉座に拘る理由はないといえばないけど、こっちにも意地があるんでね。あの人の玉座に手をかけようってんなら、相応の覚悟を示して貰わないと。少なくとも人を撃てないままそれを目指そうなんてのは、少しアマいんじゃあないかな)

 

 

 

 

「はぁ…………」

 

 千佳は一人、本部の廊下をトボトボと歩いていた。

 

 試合が終わり、特に予定の無かった千佳は少し早めに訓練場へ向かうべくこうして目的地へ向かっていた。

 

 その表情が重いのは、今日の試合と無関係ではない。

 

(わたしが人を直接撃てれば、もっと違った結果になってたよね。修くん達は気にするなって言ってくれてるけど、でも…………)

 

 試合で、自分が直接人を撃てなかったから。

 

 その所為で負けたのだという自責が、彼女を苛んでいたからだ。

 

 大方の予想通り、千佳は未だに人を()()狙って撃つ事は出来ない。

 

 防御、或いは回避されるのが分かっている爆撃ならば撃てるのだが、直接アイビスを人に向けて撃つとなると、スコープで相手を視認して引き金を引くという工程(プロセス)が必要になる。

 

 この「相手を直接視認して引き金を引く」という行動が、千佳にはどうしてもハードルが高かった。

 

 爆撃は基本的に凌がれる前提で撃っている上に、相手を直接狙っているワケでもない為今の千佳でも問題なく行えるようにはなっている。

 

 しかし、スコープで直接相手を視認して防御不能の弾を撃つというのは、それとは違った感覚が生じるのだ。

 

 これまでの試合、千佳が直接弾を当てて相手を倒した事はない。

 

 彼女のメテオラの起爆で消し飛んだ相手はいるが、そちらは置きメテオラによる(トラップ)に依るものであり、最後の引き金を引いたのは彼女ではない。

 

 千佳は、己が人を撃てない理由を自覚している。

 

 だからこそそれを少しでも改善しようと努力し、結果として爆撃の解禁には成功した。

 

 だがそれは砲撃による地形破壊の延長線上に過ぎず、直接的なポイントゲッターにはなれていないのが実情だ。

 

 今回の試合、確かに彼女が人を撃てればもう少し違った結果になった可能性はある。

 

 爆撃での炙り出しだけではなく、直接的な狙撃も加える事が出来ていれば、仕留められた駒は少なからずいる筈だ。

 

 あくまでもたらればの話ではあるものの、そういった可能性を自覚している以上千佳の葛藤は消えない。

 

 残りは、僅か二試合。

 

 その二試合で、現在8点差のある香取隊を超えなければならない。

 

 確率的に、次は二宮隊と当たる可能性が高いのではないか、と考えている。

 

 何となくだが、そういう感じがしたのだ。

 

 前回二宮隊と当たった時は二宮と爆撃の撃ち合いになり、それで炙り出された敵を遊真が逐次撃破する、という戦法を取っていた。

 

 しかしあれも千佳が直接狙撃を行う事が出来ていれば、もう少し点を取る事は出来ただろう。

 

 そう考えると、未だに人を撃てないという事実はあまりに重い。

 

 修の励ましは、自責の念が強い千佳にはどうにも効果が薄いと言わざるを得なかった。

 

 彼は千佳に対し過保護気味である為に、彼女の本当に求める言葉を口に出来ていないのである。

 

 自分の所為で、またチームが負けるかもしれない。

 

 そういった自責が、今の千佳を苛んでいた。

 

「…………? 雨取さん、元気ないね」

「え…………?」

 

 そんな千佳は、聞き覚えのあるダウナーな声を耳にして顔を上げた。

 

 そこには、かつて千佳に対し人を撃つ事に対する考えを告げた少女。

 

 隊服を脱ぎ、白いパーカー姿になった樹里が立っていたのだった。

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