香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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雨取千佳⑥

 

 

「あ、えっと、その…………」

「…………?」

「こ、こんにちは…………?」

「もう夕方だから、こんばんはじゃない?」

「…………うぅ。すみません」

 

 あわわ、と千佳は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

 彼女は突然声をかけて来た少女に動揺し、しどろもどろになっていた。

 

 元より他人との会話が得意ではない事に加え、相手が樹里というズケズケものを言う人物である事も相俟ってどう対応したらいいか困惑していたのである。

 

 樹里は一見ダウナーに見えるが、自分の意見はハッキリと告げる。

 

 そして言葉をオブラートに包むという事をしない為、時にその言動は剃刀以上の殺傷力を以て人を傷つける。

 

 それは単に樹里が冷徹な人間だからという話ではなく、独自の価値観を持ち一般的な共感能力が低い為結果的にそうなってしまっているだけなのだ。

 

 樹里はどうにも浮世離れした性質を持ち、その儚げな容姿とは裏腹に大胆不敵な性格をしている。

 

 自分の価値観に確たる自信を持ち、誰憚る事ない姿は千佳から見て尊敬に値するものだ。

 

 それはあくまでも千佳から見た樹里の評でしかないのだが、そんな事は知る由もない。

 

 加えて樹里は、以前千佳が人を撃てない事に思い悩んでいた時に前に進む切っ掛けをくれた恩人でもある。

 

 しかしその率直極まりない言動に対し、辟易する気持ちもあるのも確かだ。

 

 奥手な千佳にとって多少苦手な類の人物でもあるが、恩もあるので邪険にし難いしそもそも苦手というだけで嫌いというワケでもない。

 

 千佳にとって樹里は、そういった複雑な関係性の相手と言えた。

 

「あ、あの、あの時はありがとうございましたっ! お陰で、少しは前向きになれたのでっ!」

「ん? あの時…………?」

「え、えーと、以前隊室でお話した時に…………」

「ああ、あれか。別にいい。わたしは、わたしが思った事を言っただけだし」

 

 葉子達には怒られたけど、と樹里はボソリと呟く。

 

 それは千佳には聞こえていなかったらしく彼女は首を傾げていたが、勇気を出して礼を告げた少女に対し少々無体な対応ではある。

 

 自分の言動が客観的に見てどう映るかなど気にする事なく、あくまでもマイペースにそういえばあれ以来この子と話をするのは初めてだな、と思った樹里は忘れかけていた言葉を口にする。

 

「そういえば、あの時は悪かったね。いきなりそっちの事情に踏み込むような真似をしたし」

「あ、い、いえっ! 結果的に前に進む切っ掛けになれたのは確かですし、気にしてませんっ!」

「そう。ならいいけど」

 

 以前の無神経な物言いを謝罪する樹里だが、千佳が気にしていないと口にするとならいいや、とばかりに開き直った。

 

 千佳のそれは社交辞令に近いのだが、人の感情の機微に疎い少女に気付ける筈もない。

 

 加えて会話の繋げ方が元来下手くそである事もあり、その場に気まずい沈黙が流れた。

 

 樹里は身内以外の人間と喋る事に慣れておらず、言葉を選ぶ事も不得手だ。

 

 加えて千佳のような目下の人間と話す機会は更に少なく、よってこのようなぎこちない空気が発生しがちなのである。

 

 更に言えば樹里自身が沈黙を苦としない為、それを改善する努力というものをする事がない。

 

 彼女相手に迂遠な物言いは通じず、自分の意思を伝えるなら直接的な言葉で伝える他ない。

 

 それは前回の経験で分かっている千佳であったが、果たして何を言っていいのか言葉が出て来ない。

 

 あたふたするのみで、二の句が継げない状態にあった。

 

「ん。えっと、隊室(ウチ)来る?」

「え…………? あ、は、はい」

 

 結果。

 

 その様子を見て首を傾げていた樹里の突発的な提案により、千佳は再び香取隊室を訪れる事になったのであった。

 

 

 

 

「ん、適当に腰かけて。はいこれ」

「あ、ありがとうございます」

 

 樹里は千佳を隊室に招くと、途中で買って来た缶のお茶を渡す。

 

 本来なら隊室でお茶は準備すべきだろうが、生憎面倒臭がりな樹里は何処にお茶のセットがあるのかを把握しておらず、基本的に隊室で飲み食いする時は華達が用意したものにしか手を伸ばさない為、そもそも茶葉から作るお茶を用意するという発想自体がない。

 

 自室の冷蔵庫の中身が自販機で購入したジュースやコンビニで購入したゼリーばかりという有り様な樹里の為、「お茶を用意するなら途中で買ってくればいいや」と横着した結果でもある。

 

 幸い千佳に気にした素振りはないが、来客を迎える対応としては落第と言っても良い。

 

 そんな事は当然意に介さず、樹里は千佳がソファーに座ったのを見るとその向かいに着席した。

 

「此処なら人の眼は無いよ。また、何か悩んでるの?」

「え?」

「大分沈んでるように見えた。何か悩みがあるんだと思ったけど、違う?」

「あ、は、はい。それは、そうなんですが…………」

 

 まさかそれに気付いているとは思わなかった、という言葉を千佳は既の所で呑み込んだ。

 

 実のところ目の前にいる先輩が、自分の不調に気付いているとは露ほどにも思っていなかったのだ。

 

 しかし考えてみれば、この少女は以前にも自分の悩みを言い当て、的確な言葉を齎している。

 

 人の機微を伺う能力に欠けているだけで、勘自体は鋭いのかもしれない。

 

 そう思い直し、千佳は己が悩みを口にする事を決めたのだった。

 

「え、えっと、その……………………わたし、まだ人を直接撃てなくて。その所為で修くん達に迷惑かけちゃってるのが、嫌で…………」

「ん、把握した。まだ人を直接狙撃出来ない事で悩んでるって事でOK?」

「あ、は、はい」

 

 そっか、と樹里は特に驚いた風もなく呟いた。

 

 この様子からして、自分が人を直接狙撃出来ない事自体は気付かれていたのだろうな、と千佳は察する。

 

 修も「多分他チームにも気付かれているだろう」と話していたので、それ自体は驚くに値しない。

 

 しかし同時に矢張り自分の未熟さが足を引っ張っていたのだと自覚し、千佳を追い込む結果にもなった。

 

 人を直接撃てない事を知られていたという事は、それを前提で作戦を組まれていた、という事でもある。

 

 千佳程のトリオンの持ち主が直接人を狙えないとなれば、当然戦術方針は大きく変わる。

 

 思えば今日の試合でも相手チームは誰も千佳に直接狙われる危険については考慮しない動きをしていたようにも思える為、その懸念は的外れではないだろう。

 

 己が憂慮が正鵠を射ていた事を知り、千佳は内心更に落ち込んでいた。

 

(やっぱり、わたしが撃てないからチームに迷惑かけちゃってる。少しは前に進めたと思ったのに、わたしは────────)

 

 元来自責の念が強い千佳は、その事に思い悩み他人の目の前だという事も忘れ俯いてしまう。

 

 それだけこの件は千佳にとって尾を引いており、自分の為に遠征を目指してくれている修達への罪悪感もあり、自罰的な感情がジワジワと精神を蝕んでいく。

 

「逆に聞くけど、なんでまだ撃てないの? 前、撃てない理由は分かったとかって言ってなかった?」

「え…………?」

 

 だが、樹里が頓着する事なく口にした台詞に思わず千佳は顔を上げる。

 

 「気にする事はない」等の慰めの言葉が出て来るか、「どうでもいいじゃない」と素っ気ない言葉が出て来るとばかり思っていただけに、その予想外の返答に千佳は困惑した。

 

 そんな彼女を見て、樹里は心底不思議そうな顔をする。

 

「貴方は前、自分のトリオンで人を撃った時の周りの反応が怖い、って言った。けど同時に、それが原因でチームメイトが貴方を見捨てる事はない、ってのも分かってた」

 

 それに、と樹里は続ける。

 

「貴方は、()()()()()()()()()()()()()()()なら平気で撃ててた。なら、スコープを覗いて直接狙撃する事だって出来る筈。どっちにしろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事に変わりはないんだから」

「…………!」

 

 樹里の指摘に、千佳は思わず絶句した。

 

 確かに、彼女の言う通りではある。

 

 爆撃は狙撃と比べれば、相手がそれによって直接被弾する可能性は低い。

 

 戦い慣れている正隊員であれば、シールドを張るなり回避するなりの対応が咄嗟に出来るものであり、事実爆撃で直接緊急脱出(ベイルアウト)する、といった事はこれまでになかった。

 

 千佳のメテオラで敵が撃破されたのは置きメテオラの(トラップ)に限定されており、彼女が直接爆撃をした事で緊急脱出(ベイルアウト)した隊員はいない。

 

 だが、あくまでもそれは()()()()だ。

 

 場合によっては防御が間に合わない場合もあるだろうし、そもそも千佳のトリオン量から来る爆撃となれば範囲が馬鹿広い為に回避という選択肢はそもそも取る事が難しい。

 

 故に、これまで行って来た爆撃で脱落者が出る可能性は十二分に存在した。

 

 にも関わらず、自分は爆撃に関せば何の呵責もなく撃つ事が出来ていた。

 

 だからこそ樹里は、それが出来ているのに何故直接狙撃する事が出来ないのか、と指摘したのだ。

 

「…………えっと、多分、スコープを覗いて相手の姿を視認しちゃうと、その後を想像しちゃ────────」

「それは、爆撃も同じ。相手がいる場所に爆撃を撃ち込んでいるんだから、相手からしてみれば直接狙撃されてるのと体感的には同じだと思う。だからそれは、理由にならない」

「…………!」

 

 前回と同じくスコープで相手の姿を視認してしまう事を理由として挙げはしたが、樹里はそれをバッサリ切って捨ててしまう。

 

 確かに言われてみれば、相手からすれば千佳の莫大なトリオンの暴威に晒されているという点では爆撃も狙撃も一切変わりがない。

 

 むしろ視覚的には爆撃の方が余程派手であり、相手が感じる脅威も大きい筈だ。

 

 だからそれはおかしいと、樹里はハッキリと告げていた。

 

「でも、これまで貴方はその事に関して誰かに何かを言われた事はある?」

「あ、いえ、な、ないですっ!」

「それが答え。貴方が人を直接撃っても撃たなくても、トリオンの暴威を示してるのは変わらない。けど、それでも貴方を責める馬鹿はいなかった。違う?」

「あ…………」

 

 その指摘で、千佳は気付く。

 

 確かに、自分程のトリオンで暴れた結果悪く言われるようであれば、とっくに言われていなければおかしいのだ。

 

 直接人を撃てないとはいえ、爆撃という形で暴威を振り撒いている事に変わりはない。

 

 にも関わらず、千佳の下にその事を揶揄する言葉は一切聴こえて来なかった。

 

 周囲の人間がシャットアウトしている可能性もあるが、それでも狙撃の訓練等で本部に来た際にもそういった事を聞いた事はなかったのだ。

 

 正隊員は以前樹里が言った通り、トリオン量という持って生まれた能力が馬鹿高い相手を揶揄するような子供っぽい人間は存在しない。

 

 精神年齢が年齢不相応に成熟しているボーダーの正隊員は、そんな事をするくらいなら格上を殺す為の策を一つでも練った方が有意義である、と考える者が大半であるからだ。

 

 無いものねだりをしても仕方がなく、それよりは己を高め作戦を練り、上を目指す方策を探す。

 

 それが一般的なボーダーの正隊員であり、才能が溢れている相手を詰るような発想がそもそもないのだ。

 

 そういった下らない事を言いがちなC級隊員に関しては、実のところ千佳が修のチームメイトであるという事が大きく関係し彼女を揶揄する者は出て来なかった。

 

 彼等C級にとって修は自分達を助けてくれたヒーローであり、自分達が英雄視している修のチームメイトを貶すような者が周囲からどう見られるか自明の理となる。

 

 基本的に大衆に流される事を是とする彼等にとって、周囲の輪から外れてまで他人を貶すような発想がそもそも存在しない。

 

 大多数がそういう流れになればそれに乗っかるであろうが、逆に多くの面々がそれを否定する空気が流れていればその空気に同調するのが彼等である。

 

 故に大多数のC級から英雄視されている修のチームメイトを貶すような奴は即刻村八分という雰囲気が出来上がっており、千佳のトリオンの暴威を見ても「三雲さんの部下の子すげー」という意見が大半であり、彼女を貶す者はこれまでに出てこなかった。

 

 知らず自分の活躍が千佳を守る事になるとは、修自身思ってもみなかっただろう。

 

 基本的に今のC級は修に関連する事であれば全肯定する空気が出来上がっており、余程の事でもない限りは修の身内を貶める発想は出て来ない。

 

 無論それは千佳の与り知らぬ事ではあるが、今の今まで彼女を糾弾する声が出てこなかったのは事実であった。

 

「貴方の懸念は、もう払拭されてると思う。だから、人を撃つ事に抵抗を覚える必要は無い。そう思うけど、違う?」

「────────そう、ですね。確かに、その通りだと思います。そっか。わたし、人を撃っても良いんだ…………」

 

 そして、それは千佳にとって青天の霹靂のような衝撃であった。

 

 他者に責められる、という事を何より恐れる彼女にとって、その心配がなくなったという事実は何よりも大きい意味を持つ。

 

 想像してみる。

 

 自分がスコープを覗いて、その先にいる相手を狙撃で撃ち抜いた光景を。

 

(────────大丈夫、かな。多分、大丈夫、だと思う)

 

 ────────結果として、震えは起きなかった。

 

 恐怖も、悪感も。

 

 何も、感じる事はなかった。

 

 これまで「その先」を考えて震えていた指先が、今なら何の躊躇いもなく、引き金を引く事が出来るような気がした。

 

「…………ありがとう、ございます。多分、多分、大丈夫だと思います」

「そっか。なら良かった。やっぱり、人を直接吹き飛ばす快感を知らないのは損。あれは病みつきになる」

「あ、あはは…………」

 

 相変わらずの樹里の反応に、千佳は苦笑いを浮かべる。

 

 しかしそれが彼女なりの激励であるとも感じており、感謝もしている。

 

 樹里にしてみれば本当に単に気になったから口を出しただけなのだろうし、そこに打算など一切ないのだろう。

 

 されどその何の呵責もない物言いが、千佳が前へ進む切っ掛けになった事も確かだ。

 

 千佳は「ありがとうございました」と改めて樹里に感謝を告げつつ、隊室を辞した。

 

 彼女の後姿を、樹里は満足そうに見送る。

 

 すっきりした、と晴れやかな笑みを浮かべる少女の姿が用事を終えて隊室に戻る幼馴染に目撃されるまであと僅か。

 

 その後、案の定今回の事が香取に知られる事になり、大目玉を喰らう事になる樹里であった。

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