「ったく、この子ったらまた余計な事してくれちゃって。懲りるってのを知らないのかしらこいつはー」
「
「痛くしなきゃ覚えないでしょアンタはむしろ痛くしても覚えないからこうしておしおきしてんでしょうがわかってんのかこのスカポンタンッ!」
バチコーン、と軽快なハリセンの音が響く。
それを振るったのは誰あろう、香取である。
現在、樹里の再びのやらかしについて知った香取が彼女を折檻している場面である。
まあ、折檻と言ってもほっぽをむにょむにょと引っ張ったりハリセンで叩いたり等で、じゃれ合いの範疇ではある。
発端は、妙に良い笑顔をしていた樹里が隊室の入り口にまるで誰かを見送った後のような様子で立っていた場面を香取が発見した事だ。
樹里は交友関係が狭く、自分からそれを広げようともしない為彼女が話す相手というのは限られている。
ハッキリ言って片手の指で足りる程度であり、自発的に話す相手となると更に絞られる。
そんな彼女がまるで誰かを見送った後であるかのように隊室の入り口に立っており、それでいて妙に機嫌が良い。
なんかあったなコイツと直感を働かせた香取はすぐさま樹里を問い詰め、その結果あっさりと彼女は千佳との一連のやり取りを吐いたのだ。
香取は怒った。
そりゃもう怒った。
以前あれだけ言ったのにまるで反省していない樹里に対し、香取は怒りと共に折檻を行った。
よりにもよってあの千佳が人を狙って撃てるように後押しをしたのだというのだから、このくらいはしてもバチは当たらないだろうと思いっきりおしおきをした。
「葉子、それくらいで。みんな見てる」
「ったく、分かったわよ」
それでも堪えた様子がなかったのでそのまま折檻を継続していたのだが、そこで華からストップがかかり香取は樹里から手を離した。
華達は香取が樹里相手に
にも関わらず香取は樹里とのじゃれ合いを継続していたので、流石に華から制止がかかったのである。
二人共隊服ではなくパーカーのスカート姿なので、色々揉み合った結果として相当に服が乱れている。
ハッキリ言って思春期男子には目に毒な光景であり若村達は揃って眼を背けていたのだが、香取は一切気付いた様子はない。
しかし傍から見ていて相当に見苦しかったのは確かなので、華からストップがかかったという寸法だ。
自分達の姿を客観視出来ていない香取がその事に気付いた場合折檻の矛先が若村達に向きかねないのと、これ以上幼馴染のあられもない姿を晒すのを華が嫌ったという面もある。
香取は身内しかいない場である為ある意味安心して素で振舞っているのだが、華としては二人の肌がみだりに異性に晒されるのは良い気分ではない。
こういう時に引き締められるのは自分しかいない事も相俟って、華の一喝が入ったというワケである。
理屈を付けて仲裁に入るあたり、華の二人への感情の重さが見て取れる。
幼馴染三人は、今日も平常運転であった。
「えーと、樹里ちゃんは最初雨取さんに謝ろうと思ったんだよね? それ自体は良い事だし、大目に見てあげても良いんじゃないかな?」
「甘いわよ雄太。樹里、アンタ最初から雨取に謝ろうと思って声かけたの?」
ジロリ、と香取は樹里を睨みつける。
こいつがそんな殊勝な筈がないという、信頼の下の視線だった。
「違うよ? 何となく声をかけて、沈んでそうだったからなんだろって気になって隊室に呼んだの。そしたら撃てない事に悩んでるって言ったから、思った事を言っただけ」
「謝ったのは?」
「話す途中でまだ謝ってなかったなって気付いたから。ぶっちゃけそれまで忘れてた」
「でしょうねアンタはそういう奴よねホラ見なさいこれがこいつの
「あぅあぅ」
案の定の返答に、香取は再び樹里の頬をむにょんむにょんと引っ張る。
大して親しくもない相手に謝る為にわざわざ呼ぶといった行動をする筈がないと思っていたが、推測通り単なる流れで謝っただけであった。
樹里は人間関係のあれこれに対して相当に鈍く、ハッキリ言って礼節や社交辞令といったものを殆ど弁えていない。
そんな彼女が以前の行動を謝る為にわざわざ隊室に呼ぶかと言われれば、否だ。
謝るつもりなら出会い頭に「あ、そういえばあの時はゴメン」と言って済ませるのが樹里である。
それをせず隊室に招いた時点で、何かしらの興味を千佳に対して抱いて衝動的に行動した結果に違いないと踏んでいたワケだ。
あんまりな結果に三浦もそれ以上フォローの言葉が見つからず、冷や汗をかいている。
「葉子、もういいから。むしろ途中で謝ってない事に気付いただけでも、まだマシだと思うべきだわ」
「…………それもそうか。こいつの事だから、最後までそれに気付かなかった可能性も充分にあるし。けどやらかしはやらかしじゃない?」
「雨取さんに関しては、前にも言った通り遅かれ早かれだったと思う。樹里は単に、その切っ掛けを与えただけよ」
「うん、だから────────」
「でも反省はする事。無遠慮に踏み込んだのは今回も同じなんだし、相手が人見知り気味の雨取さんだからって遠慮なしにやって良い事じゃないわ」
「…………はい」
華からフォローが入ったと思い途端に開き直ろうとする樹里だったが、それを許す程幼馴染の少女は甘くはなかった。
しっかりと釘を刺した事で、調子に乗りかけた樹里はすぐにしゅんとなる。
その様子から「やっぱ全然反省してないわねこいつ」と思った香取であったが、華の手前これ以上の手出しはやり難い。
あとはゴーサインが出てからにしましょ、と一旦手を引っ込める香取であった。
「でさ、雨取は人を狙って撃てるようになると思う?」
「多分だけど、なるでしょうね。最後の壁をこの子が壊しちゃったのは確かだろうし、高い確率で出来るようになると思うわよ。指摘の内容自体はかなり鋭かったみたいだし、話の通りなら雨取さんも納得していたみたいだしね」
そう言って、華はなんとなしに幼馴染を見詰める。
この少女は天然気味なようでいて、妙な所で鋭い部分がある。
しかも思った事を口にするのに躊躇いがないので、今回はその性質が的確に千佳の心の壁を突き破ったと見るべきだろう。
千佳は人見知り気味で、基本的に奥手な少女である。
故に赤の他人から悩みを相談するよう持ち掛けても、遠慮をして口を閉ざす可能性が高い。
だが樹里は相手の内面を見抜いて鋭い言葉を的確にかけた為、本来ならば機能する筈だった心の壁を打ち壊して千佳の口を開かせたのだ。
そういう意味で彼女以外にこの役目が出来たかは疑問であり、今回の事がなければ千佳が人を撃つ決心をする切っ掛けが与えられたかは少々疑問が残る。
しかしそれを言うと香取がまたヒートアップする為、心の中に留め置く事とする華であった。
「やってしまった事は仕方がないわ。次に玉狛と戦う時は、雨取さんが人を撃てる想定で作戦を組んだ方が良いとは思うけど」
「そうね。二回連続で当たる事はそうそう無いとは思うけど、心構えだけはしておきましょうか。樹里、アンタにも働いて貰うからね」
「任せて。撃ち合いは得意」
ニコリ、と樹里は何の気負いもなく笑みを浮かべてみせた。
その様子を見てやっぱり反省してないな、と思う幼馴染二人であったが、流石にキリがないので気付かなかった事にする。
この少女がそういう性格である事は分かっていたのだし、むしろ此処で殊勝になられては調子が狂うまである。
なんだかんだ、最終的に樹里には甘い二人であった。
「けど、本当にそんなすぐに雨取が撃てるようになるのか? 決意したって言っても、実際に出来るかは別だろ」
「出来るわよ。あの子、確かに奥手だけど前回樹里の話を経て人に向けての爆撃は出来るようになってたもの。だから芯自体は相当に強いし、有言実行はするタイプだと思うわよ」
「そうね。わたしも同意見。ああいう子は、やるって言ったら紆余屈折はあれど最終的には本当にやるわ。話を聞く限り、自分の内面ともきちんと向き合えたみたいだしね」
そう言って、決意しても実際に出来るのかと疑問を抱いていた若村の言葉を華達は一蹴する。
口だけじゃないのか、と思う若村の疑念は当然ではあるが、香取は直感で、華は理屈で千佳が有言実行はすると見抜いていた。
樹里は千佳との会話内容をかなり正確に記憶していた為、どういったやり取りがあったかは把握出来ている。
その結果として、「千佳は人を狙って撃てるようになった可能性が高い」と二人は結論したのだ。
無論あくまで推測であるが、香取達は女の勘でそれが正解であると確信していた。
こういう時の勘は当たると経験則で分かっている為、二人の確信が揺らぐ事はない。
論破されて二の句が継げず、若村は辛うじて「そうですか」と答えるのみに留めた。
香取だけならともかく華が理屈をつけて論破した為、こうなった以上は若村に言える事は何もない。
元より論戦が得意なワケでもないので、当然の結果と言えた。
「…………いつからだと思う?」
「多分、早ければ次にでもかな。ああいう子は、決断しちゃえば早いしね」
だから、と華は続ける。
「今頃、チームメイトに話をしてるんじゃないかしら。そういう段取りは、しっかり踏む子に見えたしね」
「話ってなんだ、千佳」
玉狛支部、その一室。
そこには修を始めとした玉狛第二の面々が揃っており、オペレーターの宇佐美も同席している。
迅はいつも通り不在で、烏丸はバイト中。
レイジは用事の為に出かけており、小南は防衛任務のシフトで出ている。
今、彼等が集まっているのは千佳が「話がある」と切り出した為だ。
元は今回の試合の振り返りの為に集まった面々であったが、解散前に千佳がそう言って皆を呼び止めたのである。
話し合いの最中千佳が何かを言おうと葛藤していた事に宇佐美や遊真は気付いていたが、敢えて口出しはしなかった。
基本的に本人の意思を尊重するのが彼等玉狛であり、無理強いをするつもりは全くなかった。
なので最後まで千佳が口を開かないようなら気付かないフリをしようと思っていたのだが、結果としてそれは杞憂に終わったと言える。
千佳は修に問い返され、一瞬逡巡した後顔を上げた。
「…………あのね、修くん。わたし、人を撃てるかもしれない」
「え…………?」
その予想外の言葉に、修は眼を見開いた。
これまで千佳は「人が撃てない」と言い、爆撃自体は出来るようにはなったが、人を狙って撃つ事自体は出来ないままであった。
修はそれでも良いと言い続けていたが、まさか今になってその言を翻して来るとは思っていなかったのだ。
「なんで、そんな事を…………? まさか、今回の試合の事を気にしてるのか? だったら、無理をする必要は────────」
「ううん、違うの。確かに責任は感じてるけど、それだけじゃないの。なんで人を狙って撃てなかったのか、その理由が分かったから」
過保護が発動して千佳を思い留まらせようとする修であったが、それは千佳自身に止められた。
彼女の意思が固い事を知り、修は傾聴の姿勢に入る。
確かに修は千佳に対して過保護な所があるが、同時に彼女の意思を尊重しようという気持ちもある。
なのであくまでも千佳自身がそう望むのであれば、それを叶える事は吝かではない。
無理をしていないのなら、という前提で修は千佳の話を聞く事にしたのである。
「前にも言ったと思うんだけど、わたしは自分のトリオンで人を撃ってそれを咎められるのが怖かったの。だから、スコープで覗いて撃つ狙撃だとそれがしっかりとイメージ出来ちゃって、引き金が引けなかった」
でもね、と千佳は続ける。
「考えて見たら、爆撃もわたしのトリオンで派手にやってるのは変わりないんだし、これまでそれを続けてもそういう声を聴いた事はなかったの。偶然かもしれないけど、わたしが怖がってた事は何も起こらなかったんだ」
「だから、撃てるって思ったのか?」
「うん。気付けてみたら簡単で、爆撃も狙撃も他の人から見たらあまり変わらないけど、それを責める人がいなかったって事は、そんなに怖がる必要もないのかなって。だから、撃てると思う。きっと」
そこまで告げた千佳の瞳に曇りはなく、修も彼女の意思が固い事を再確認出来た。
話を聞いていた遊真や宇佐美は千佳が自分で気付けたのではなく第三者の干渉によってその考えに至ったのだと察したが、彼女がそれを詳しく説明する気がない事を悟り、口を噤んだ。
誰に何を言われたのか気にはなるが、どうやら前回同様プラスの方向性の影響を与えてくれたようなので、本人が言わない限り追及はしない事に決めた。
こういう所で踏み込まないのが、玉狛の人間らしいと言える。
本人の意思を最大限に尊重するのが、彼等玉狛であるのだから。
「そうか、分かった。なら、次からは撃てると思った時は撃ってくれて構わない。無理そうなら無理で構わないからな」
「うん」
修の返答を受け、千佳はにこりと微笑んだ。
その決意の結果が現れるのは、そう遠くはないだろう。
知る者が限られる中、少女は歩みを進める。
白の少女の介入は、ランク戦に大きな波紋を呼ぼうとしていた。