「…………! 来たわね」
香取は携帯端末を見て、その内容に目を通す。
たった今、ランク戦の夜の部が終わり現在の暫定順位が決まったところだ。
そして、ランキングが決まったという事は次の対戦相手が決定されるという事も意味している。
香取は端末に表示された文字列を、無造作に読み上げた。
「────────次の対戦相手は、東隊、影浦隊、弓場隊、か」
「次は四つ巴か。難敵揃いだし、面倒な事になりそうだな」
「そんなのいつもの事でしょ。ただ、面倒な相手ってのは同感。今回は、東隊がいるしね」
そう言って、香取はため息を吐いて見せる。
B級上位の戦いである以上難敵揃いなのは承知の上ではあるが、今回はあの東隊もいる。
東春秋。
その名は、無視するには重過ぎるのだ。
「他の部隊にはなんだかんだで勝ててるけど、東さんだけは撤退に追い込んだだけだからね。まあ、あの人を落とすなんてのは早々出来る事じゃないから仕方なくはあるんだけど」
「今期じゃ確か、一度も落とされてないわね。自己
華はそう話し、香取に同意の意を示す。
彼女達の語る通り、東は生存能力が群を抜いて高い────────────────どころか、前人未到の域にあると言っても過言ではない。
何せ、純粋な狙撃手であるというのに攻撃手や銃手に近付かれてから逃げ切った事が一度や二度ではないのだ。
普通、狙撃手は近付かれた時点で詰みだ。
これはとうの東本人が散々言っている事であり、それは事実である。
狙撃トリガーはライトニングを除いて
その為
東がおかしいのは、そういった別種の対抗手段と成り得るトリガーなど持っていないのに、寄られてからでも平然と逃げ切っている点にある。
以前など影浦と弓場という強力極まりない二大エースに見付かりながらも、二人を食い合わせる形で煙に巻いて逃げ切った事すらある。
東が落ちた試合となると、前期で影浦隊・生駒隊・王子隊が全員総がかりで追い込んだ時くらいだ。
その試合でも追われている最中に3人も落とし、各部隊に損害を与えながらようやく手が届いた、という有り様であった。
上位の名だたる面子が揃ってもそこまでしなければ倒せない、不死身ではないかと疑いたくもなる強烈な大駒。
それが、東春秋なのだから。
「今回も、東さんに関しては無理に落とす事を狙わず撤退させるよう動く事にするわ。無理をして損害を喰らうよりは、よっぽど良いもの」
「今回は恐らく、相手はオレ達の撤退を狙って来る筈です。だから、オレと小荒井が狙われる事になると思います」
東隊、隊室。
そこで奥寺は、自身の見解を述べていた。
それを聞いた東は成る程、と頷く。
「お前がそう思う、根拠はなんだ?」
「今回の相手は、どの部隊も点を欲しがっているからです。影浦隊は今期妙に堅実な形で点を狙って来ていますし、弓場隊も今回の試合次第ではまた中位落ちしかねないんで点を取る事を最優先にするでしょう」
それから、と奥寺は続ける。
「今期の香取隊は、かなり慎重で堅実な部隊運用をしてます。だから、無理をして東さんを落とそうとは考えずに撤退に追い込もうと目論む筈です」
「生存点が欲しいなら、一番邪魔なのはオレ達、ってか東さんだもんなー。だから、オレ等が狙われるって?」
「ああ、東さんを撤退させるなら、オレ等に生き残って貰ってちゃ都合が悪いからな。前回香取隊と戦った時のように、各個撃破を狙われる可能性はむしろ高いと言うべきだろう」
奥寺の言う通り、点が欲しい相手からしてみれば最も厄介なのは規格外の生存能力を誇る東の存在だ。
点が欲しい部隊にとって、生存点として得られる二点はかなり大きい。
しかしそれを得る為には、自部隊以外の全員を
つまりこの場合東を落とすか、自己
それが困難極まりないのが東という駒の厄介な所であり、彼の参加した試合ではタイムアウトでの試合終了といった事態が平然と起こり得る。
雲隠れした東を探し出すのは容易な事ではなく、それを仕留めるとなると夢物語に近い。
相応の被害を覚悟で全部隊総出でやれば不可能ではないだろうが、それで失点を重ねるようでは本末転倒だ。
なので東が出て来る試合では、彼を撤退に追い込むのが常道とされている。
「あー、確かに今期の影浦隊って妙に堅実だもんな。香取隊も前と違って手堅いし、充分有り得っか」
加えて、毎回どう動くか予測し難い影浦隊が今期では妙に堅実に動く事が多い。
加えて、香取隊も以前は無かった慎重さを身に付けている。
故に「後先考えず東を襲う」といった展開が中々考えられず、相当に状況が揃わなければ無理をしないであろうと予測出来るワケだ。
そういう意味で、奥寺の分析は間違ってはいないだろう。
「だから、オレ等が狙われる前提で作戦を組むぞ。ある程度候補はあるが、そこから絞っていこう」
「了解。じゃ、一緒に考えっか。サブトリガーも解禁されたし、色々出来る事はあるだろーからな」
二人はそう言って、話し合いを始めた。
東はそれを微笑ましく見守りながら、採点と指導をするべく話を聞いていくのだった。
「弓場隊は、とにかく弓場さんに注意ね。前回は玉狛の天候作戦に巻き込む形で何とか出来たけど、今度はそうはいかないもの」
「地形によっては、弓場さんの脅威度が跳ね上がるからね。幸い、今回MAP選択権があるのは東隊だから変なMAPは選んで来ないだろうけど」
二人はそう言って、弓場への警戒を示す。
前回の試合では玉狛が仕掛けた猛吹雪という強烈極まりない悪天候により、弓場隊はその動きがほぼ封じられた状態にあった。
故に結果的に勝てたとはいえ、ああいった初見殺しのないMAPや天候の下ではどうなるか分からない。
弓場は地形によって脅威度が変わる駒であり、開けた場所であればそれなりにやり様はあるが、閉所での遭遇戦では致死性が跳ね上がる。
何せ、彼の早撃ちは至近距離ではほぼ回避不能なのだ。
最初から視界に入っていたならばまだしも、物陰から奇襲でもされようものなら間違いなく落とされる。
それだけ、弓場の早撃ちは脅威なのだから。
「外岡くんの隠密能力も厄介だし、油断できる相手じゃないわ。最大限、警戒した上で対処していきましょう」
「東サンに、カゲのトコに加えて香取隊か。どいつもこいつも
弓場隊、隊室。
そこで対戦表を見た弓場は、不敵な笑みを浮かべていた。
今期は神田の脱隊で戦力落ちして成績は低迷しがちだが、それでも下を向かないのは彼等らしいと言える。
先に抜けた神田が負い目を感じないよう、全力で戦い抜く。
それが彼への礼儀だと、弓場は感じているのだから。
「東さんがいるって事は、タイムアウトの可能性も考えなくちゃなりませんね」
「ああ、充分に有り得っからな。仕留められれば最良だが、あの人相手に甘ェ事は言えねェ。基本は撤退に追い込むやり方でいくぞ」
「了解ですっ!」
ランクの低迷に悩む彼等にとって、東は一番の障害とすら言える。
なので無理はせず、撤退に追い込む方針で一致している。
恐らくは他の部隊も足並みは揃えて来るだろうという、一種の信頼の下での方針でもあった。
「カゲんトコは、今期だと妙に堅実な戦り方をしてんな。今日の試合でも点を取るより二宮隊への妨害を優先してたみてーだし、気にはなるな」
「香取隊に順位で抜かされて、危機感を覚えたとかですかね。それにしては、動きが多少ぎこちないように思えますが」
「慣れねェ事をやってんなら、多少ぎこちなくもなるだろうさ。何が原因かは知らねェが、あっちにゃあっちの事情があるんだろうぜ」
そう言って、影浦隊の動きに関しての考察は一旦締めた。
影浦隊がどういう理由で普段とは違う動きをして来たか気にはなるが、それはあくまでも向こうの理由だ。
そこまで親しいというワケでもない自分達がおいそれと介入して良い事ではないので、理由に関しては詰めたところで意味などない。
重要なのは影浦隊が試合でどう動くかであり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
「どっちにしろ、手強い相手にゃ違いねェんだ。気合い入れていくぞ、てめェー等」
「四つ巴か。今期は多いね」
「場合によっちゃ珍しくもねーだろ。たまたまだ、たまたま」
影浦はそう言って、はん、と鼻で笑ってみせた。
相手が誰だろうが、何人だろうと関係ない。
そういった、彼の普段のスタンスの表れにも見える。
「さっさと作戦組むぞ。時間はあんまねーんだからな」
「おう、任せとけ」
「はいはい、了解っと」
「了解」
違うのは、その姿勢だ。
これまで影浦隊は、各々が好き勝手動いた結果として乱戦を生み出し点を荒稼ぎする、というパターンが常道だった。
この部隊で最も効率的に点を取れる手段がそれであり、その点に不満を持っている隊員はいない。
だが、今期影浦隊は例のユズルと二宮の会談以降、明確に方針が切り替わった。
即ち、無軌道な戦いではなく堅実な試合を。
全体目標として、定めているのだ。
これは無論ユズルの「遠征に行きたい」という発言が関係しており、後輩が奮起した姿に奮い立った影浦がその想いを叶えるべく方針転換した結果でもある。
影浦は一見すると分かり難いがかなり面倒見の良い性格であり、特にユズルの事はチームの大事な後輩として可愛がっている。
そのユズルが真剣な目で「遠征に行きたい」と話した以上、それに協力しない理由は彼にも彼等にもない。
とはいえ、影浦は自分が指揮など取れる柄ではない事は承知している。
影浦は自分は頭ではなくその手足で戦うのが仕事だと割り切っており、頭脳労働は彼の担当ではない。
だからこそ、影浦は指揮を光と北添に丸投げしている。
これまでは光が独断でその感覚のままに采配を下していたが、今はそれに北添も協力するようになっている。
それにより光に欠けていた細かい配慮などが成されるようになり、今日の試合では二宮隊相手に同点でのタイムアウトという戦果までもぎ取る事が出来た。
もしも無理をして影浦が指揮を執っていたら、こうはならなかっただろう。
基本的に部隊で戦う際は隊長が指揮を執るのが普通だが、影浦隊や生駒隊のように別の人間に指揮を任せ、隊長はエースとして存分に暴れ回る、といったスタンスのチームは存在する。
影浦隊の場合は影浦はエースとしての役割に徹し、指揮は光が取るのが常道だった。
オペレートと指揮の双方を同時にこなせる時点で光の
今はそれを北添がフォローに入る事で、光の負担を軽くしつつ指揮の精度向上にも成功している。
その結果として二宮隊相手の同点終了という結果を得られている為、部隊として強くなっているのは間違いないだろう。
「今回のMAP選択権があるのは、東隊だよね。なら、変なMAPは選んで来ないかな」
「オレもそう思う。あそこは、そういう変に奇をてらう事はしない筈」
けど、とユズルは続ける。
「今回は、香取隊がいるからね。あの火力は厄介だし、多少いつもとは違うMAPや天候を選んで来る可能性はあるとは思うよ」
ユズルの言う通り、香取隊の狙撃手である樹里は高いトリオンによる爆撃を行える。
爆撃の有用性というのは擲弾銃での爆撃を扱う彼等自身が良く理解しており、しかも樹里の場合は射程距離が異常に長い。
下手をするとMAPの端から端まで届きかねないのが樹里の持つ射程であり、こちらの攻撃が届かない遠方から一方的に攻撃され続ける、という展開は避けなければならないだろう。
だからこそ、東隊が樹里の超々遠距離での狙撃や爆撃を封じる為に、ある程度狭いMAP等を選んで来る可能性は充分に考えられた。
「おし、じゃあそうなった時の事も考えておくか。ま、結局の所出たトコ勝負なんだがな」
「それでも、事前に分かっていれば色々やりようはあるからね。今回はどのチームも点が欲しいだろうし、それも考慮に入れた上で作戦を立てていこうよ」
北添の助言により、会議は更に進んでいく。
かつて無軌道に暴れ回るだけであった影浦隊には、明確な変化が生まれていた。