香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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天羽月彦②

 

 

(今日煮詰めても仕方ないから続きは明日にしましょ、か。アイツもそういう気遣い出来るようになったんだなって)

 

 若村は一人、本部の廊下を歩いていた。

 

 あの後暫く話し合いを続けていたのだが、「今日は皆疲れてるしあとは明日にしよう」と香取が会議を打ち切ったのだ。

 

 華はともかく残りの面々は集中力が長時間続くというタイプではなく、若村自身も昼の試合の疲れもあってあのまま続けても有意義な意見が出せたかは怪しいところなので、正直香取の提案は有難くはあった。

 

 しかし以前の香取であればそんな気遣いを見せるような要素はなく、かといって変に気合いを入れて煮詰めるような事もしていない。

 

 ハッキリ言って、隊長として丁度良い塩梅の采配が振るえるようになっていると言って良いだろう。

 

 それが何処か有難いと思うと同時に、寂しいとも感じてしまうのは何とも不思議な感覚だった。

 

(やっぱ、オレって葉子の駄目な部分ばっか見て安心してたのかな。それが今はあいつがデキる奴になって、劣等感を感じてるとか…………? 正直、ないとは言えねぇな)

 

 若村はそんな想像に辿り着き、自嘲気味にため息を吐く。

 

 悲観的で後ろ向きな思考は彼の常であるが、これは以前の自分の醜態を自覚してしまっているからという理由も大きい。

 

 前期までの若村は、今の彼からしてみたら黒歴史そのものだ。

 

 自分の事を棚に上げて、香取の粗ばかりを探し文句を言うだけ言って具体的な解決策すら模索しない日々。

 

 間違いなくあの頃の自分は隊の足を一番引っ張っていたお荷物であり、香取の足枷にしかなっていなかった。

 

 樹里に関連した騒動でその事を自覚して以来、若村は昔の自分を殴りつけたくて仕方なかった。

 

 思い返せば思い返す程過去の自分は惨めでみっともなく、どの口でアイツの事を悪く言っているんだ、と後悔するばかりだった。

 

 それが今の悲観的(ネガティブ)思考に繋がっており、一度想像を膨らませてしまうと悪い方悪い方へと考えてしまうのは若村の悪癖であった。

 

「何一人で百面相してるの? 麓郎さん」

「…………え? あ、天羽か…………」

 

 そんな時、声をかけて来る者がいた。

 

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはいつも通りの白い服を着た天羽が立っていた。

 

「嬉しそうな顔してたと思ったらいきなり沈んで、緩急激しいね。またいつものネガティブが出たの?」

「あ、いや、それは」

「出たんだね。予想はつくけど、言ってみてよ。大方、前の自分を思い返して自己嫌悪とかだろうけど」

「…………!」

 

 天羽の指摘に、図星を突かれた若村は眼を見開く。

 

 その様子を見て、天羽ははぁ、とため息を吐いた。

 

「この程度のカマかけに引っかからないでよもう。ホント、麓郎さんって分かり易いね」

「あ…………」

 

 若村は天羽の言葉で初めて自分がカマをかけられた事を悟り、項垂れた。

 

 確かにこれは、分かり易いにも程がある。

 

 つくづく自分の交渉適性のなさを感じ、若村はため息を吐いた。

 

「とは言っても、麓郎さんが悩む内容とか結構分かり易いから殆ど確信は持ってたけどさ。今は試合でもきちんと貢献出来てるんだし、悩む内容といえばそれくらいかなって」

「…………貢献か。ちゃんと、出来てるように見えるか?」

「それこそ前とは雲泥の差でしょ。自覚ないの?」

「それは…………」

 

 そうなんだが、と若村は小さく呟く。

 

 確かに昔と比べればチームの一員としての仕事は出来ている自覚はあるが、それはあくまで()()()()()である。

 

 比較対象となる過去の自分がそもそも話にならないレベルである為、現状を正確に評価する事が難しい、というのが正直なところであった。

 

「言っとくけど、昔が酷過ぎるから今がマシって話でもないから。そうでなきゃ、B級上位でチームを勝たせるなんて無理な話なんだし」

「え?」

「チームにお荷物抱えたまま勝てる程B級上位が甘くないのは、前期までで嫌という程分かってるでしょ。けど、だからと言ってただ頑張っただけで勝てるって話でもない。要は、()()()()()()()()()()()()()()が全てなんだから」

 

 だから、と天羽は続ける。

 

「今の麓郎さんは、その()()()()()ってのをやれてるから香取隊が勝ててるんだよ。今日の試合だって、麓郎さんがあそこで出なきゃヒュースは落とせなかったでしょ。そう考えれば、悪くない評価は出来ると思うけど?」

「…………!」

 

 そこでようやく、若村は今自分が天羽に叱咤激励されていると気付いた。

 

 天羽は言動こそ容赦がないが、その内容としては若村を励ます事しか言っていない。

 

 そしてそれは、決して一時の慰めではなかった。

 

 確かに天羽の言う通り、B級上位はエース頼りでお荷物を抱えたまま勝てるような甘い環境ではない。

 

 それは前期までで散々分かっている事であり、それでもある程度はチームを勝ちに導けていた香取の方がおかしいのだ。

 

 あの頃の、チームの体を成していなかった香取隊と今の自分達を比べればそれこそ雲泥の差があると断言出来る。

 

 香取はしっかりと隊長として振舞うようになったし、樹里という強力な大駒も加入した。

 

 三浦も要所要所で的確なサポートをしてくれているし、自惚れでなければ自分もある程度自らの仕事くらいはこなせていると信じたい。

 

 そして天羽は、その「自分の仕事」が出来ている事を誇れと、暗にそう言っている。

 

 この先輩相手でも容赦のない言動を繰り返す格上の後輩が、まさかこんな風に気遣ってくれるとは思ってなかっただけに驚きも大きい。

 

 確かにそれなりに話す仲ではあるが、まさか天羽からこんな言葉が飛び出して来るとは思っていなかったのだ。

 

「なに、その視線。変な事を言った覚えはないんだけど」

「い、いや、励ましてくれたのがなんだか嬉しくてな。どう反応して良いか分からなかったんだ」

 

 まさか励ましてくれて驚いたと言うワケにはいかず、若村はそう言ってお茶を濁した。

 

 それを見た天羽は胡乱な目を向け、ふぅん、と呟く。

 

「麓郎さん、褒められ慣れてなさそうだもんね。あ、でも銃手の面々からは可愛がられてるんだっけ。それともそっちはスパルタ式だったりしたの?」

「いや、そんな事はねぇぞ。来馬さんとか、色々親切にしてくれてな」

「つまり菩薩(来馬さん)の対応には慣れてるけど、他はそうでもないってワケか。犬飼さんとか、結構スパルタっぽかったりするの?」

「そういうワケじゃないんだが…………」

 

 むしろ放任気味だったぞ、とは口が裂けても言えないだけに、若村は言葉に詰まる。

 

 犬飼も若村が自分で気付けなければ成長はないと考えていたからこそ彼自身が前へ進む選択をするまでは様子を見ていたのだが、そんな師の機微に気付ける程彼は勘が良くはない。

 

 以前の犬飼の話も額面通りにしか受け取れておらず、その裏にある思惑まではまるで見抜けていないのだ。

 

 そのあたりの鈍感さは彼の善良さから来るものではあるが、師の犬飼としては少しは交渉ごとに強くなって欲しいという想いもあり、内心複雑でもあったりする。

 

 かといって自分と同じような話術巧者になって欲しいとまでは思っておらず、氷見に尋ねられた時は「腹黒いろっくんはろっくんじゃない」という内容の返答を返しているあたり中々面倒な葛藤を抱えている様子であった。

 

 なお、当然それらは若村の知る由もない事なので、栓なき事ではあるのだが。

 

「まあいいや。麓郎さんは麓郎さんで安心したかも」

「…………? どういう事だ?」

「別に。気にしなくていいよ」

 

 天羽はそのあたりも見通していたりするのだが、当然本人には言わない。

 

 彼の求めているのはありのままの若村であり、無理をしてまで変化を望んでいるワケではない。

 

 なんだかんだ言いつつも若村の善良さこそを天羽は好んでいるので、純朴な部分は変わって欲しくないとすら思っている。

 

 そういう所が銃手界隈で可愛がられている原因かな、と密かに思う天羽であった。

 

「そういえば、次は四つ巴だっけ。東さんもいるし、面倒な事になるんじゃない?」

「東隊だけじゃなく、他も強敵揃だからな。油断は出来ねぇよ」

「そうだね。どこの部隊にも今期一度は勝ってるけど、状況が味方した部分も大きいからね。特に弓場隊なんかは相当なデバフかかった状態で相手してたし、東隊も奥寺達が合流する前にどうにか出来たってのは大きいと思うよ」

 

 そういえば、と天羽は続ける。

 

「今日の影浦隊の試合、ログ見た?」

「い、いや、それはまだだが」

「見ておいた方が良いと思うよ。きっと、色々変わると思うし」

「…………? そうか。まあ、後で見ておく」

 

 若村は天羽の突然の提案に訝しみながらも、頷いた。

 

 正直影浦隊の試合となると基本的に北添が場をかき乱し、そこを影浦が乱戦に持ち込み、ユズルが隙を見て点を取るといういつもの光景しか浮かばないのだが、天羽がこう言っている以上は何かしらの変化があったのだろう。

 

 天羽は目上相手だろうと臆しないどころか常にマイペースを崩さない人間だが、意味の無い嘘は言わない。

 

 その天羽がこうまで言っている以上、何かはあるのだろう。

 

 彼が気にする「何か」の内容までは分からないが、此処で天羽に聞くよりもログを見た方が早いだろう。

 

 何が映っているのか気になる所だが、それは後で良いだろう。

 

 今は、不器用ながらも自分を気遣ってくれたこの後輩にどうお返しをするかが重要だった。

 

「色々ありがとな。折角だし、なんか奢るぜ」

「気持ちは有難いけど、もう夕食は済ませちゃってるんだよね。そんなにお腹は減ってないから、今はいいよ」

「そ、そうか」

「どうしてもって言うなら、あとでチョコレート頂戴。種類はなんでもいいから」

「分かった。覚えておく」

 

 とはいえ、夕飯を済ませてしまったというなら無理強いは出来ない。

 

 少々拍子抜けではあるが、それならば彼の言う通りあとでチョコレートの一つでも差し入れすれば良いだけの話だ。

 

 流石に板チョコ等では格好がつかないので、少々高めのやつにしとくか、と一人考える若村であった。

 

「そういえば、今期上がり調子だけど麓郎さん達は遠征でも目指してるの?」

「いや、別に遠征目指してるワケじゃねぇよ。そもそも理由がねぇしな」

「ふぅん、じゃあ理由があったら目指すんだ」

「…………? まあ、そういう事にはなる、のか…………?」

 

 そんな折、不意に天羽から齎された質問に返答すると、妙な反応が返って来た。

 

 なんだ、と気にはなるがどう聴いて良いのかも分からない。

 

 若村が言葉に詰まっていると、天羽は何かを逡巡した後、再びこちらを向いた。

 

「いつ理由が出来るか分かんないんだし、取り敢えず遠征入り目指すのも悪くないんじゃない? 選択肢ってのは、手に取れなくなったら手遅れなんだし」

「どういう事だ…………?」

「別に、ただの一般論だよ。でも、心に留め置いておいて損はないと思うけど」

 

 イマイチ要領を得ない天羽の説明に、若村は疑問符を浮かべるしかない。

 

 何かを言いたいのは確かなのだろうが、その内容が判然としない。

 

(あ…………)

 

 そこで、気付く。

 

 天羽は黒トリガー使いのS級隊員なので、若村が知る由もない情報を知っている可能性は大いに有り得る。

 

 そして、彼が知り得そうな情報の中で遠征、即ち近界に関わるものは()か。

 

 それを考えれば、おのずと答えは出そうではあった。

 

「もしかして────────」

「────────答えは言わないよ。おれも詳しく知ってるワケじゃないし、そもそも具体的な何かが分かってるワケでもないんだ」

 

 だが、若村が問い返そうとした際には天羽はそう言って言葉を遮った。

 

 そして、ジロリと若村を見据える。

 

「ただ、なんとなく注意しといた方が良いとだけは言っとくよ。彼女、この前から妙に色がブレ始めてるし、気になってはいるからさ」

「…………分かった。葉子達にも言っとくよ」

「その必要は無いと思うけどね。多分、香取達はある程度情報は持ってると思うよ。何処までか、までは分からないから好きにすればいいけど」

 

 そうか、と若村は頷き、得られた情報を自分なりに吟味する。

 

 天羽の言い方からして、()()に何かしらの異変の兆候があるのは確かなのだろう。

 

 しかしそれが彼の副作用(サイドエフェクト)に依るものなので、具体的な根拠がない状態と来ている。

 

 聞いた話では天羽のサイドエフェクトは相手の強さが色として分かるというものらしいが、詳しい内容までは知らないしそれを面と向かって聞ける程若村の心臓は強くはない。

 

 副作用(サイドエフェクト)の持ち主はほぼ例外なくその症状(のうりょく)に対する葛藤があり、みだりにそれに関連する話をするのは忌避される傾向にある。

 

 若村からすれば強い能力を持って羨ましいと思った事は一度や二度ではないが、それを口に出さないTPOくらいはある。

 

 故にもやもやしつつも、今は天羽の言う通り心に留め置くしかないと割り切る若村であった。

 

「色々ありがとな。助かったぜ」

「別に、気になったから声をかけただけだよ。それじゃあ、おれはこれで」

 

 そう言って、天羽はその場を立ち去った。

 

 若村は突然手にした情報に困惑しながらも、次やるべき事を見据えて歩き出すのであった。

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