香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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白の少女⑦

 

 

「知ってる事あるなら吐いた方が身の為よ。アタシ、そんなに気が長くないし」

「…………あはは、参ったなぁ」

 

 佐鳥は香取のドスの利いた声を前に縮こまり、溜め息を吐いた。

 

 此処は、香取隊室。

 

 学校帰りにいきなり香取に呼び出しを喰らった佐鳥は嫌な予感を感じつつも来訪すると、怒気の極まった少女に着席するよう促され今に至る。

 

 目の前に腕を組んで立つ香取が怒りのオーラを纏っているのは眼に見えて伝わって来ており、正直今すぐ回れ右をして帰りたいというのが本音だ。

 

 しかし彼女がこうして佐鳥を呼び出した以上、用件は樹里の事に決まっている。

 

 それならば佐鳥も無下にするワケにもいかず、こうして現状に甘んじているというワケである。

 

「天羽から、樹里に異変の兆候があるって情報があってね。アンタが樹里に関する事を知らされてないとは思えないから、知ってる事があったら吐きなさい。まさか、しらばっくれるつもりじゃないでしょうね?」

 

 ジロリと、香取は佐鳥に詰め寄る。

 

 華から「開発室に殴り込むのは止めた方が良い」と言われてはいるが、佐鳥に対して追及するなとは言われていない。

 

 なので、今この場での追及に手を抜くつもりは微塵もなかった。

 

 とうの華も部屋の隅で事の成り行きを見守っており、完全に黙認の状態であるので庇う者はいない。

 

 樹里に異変の兆候がある事は分かったもののすぐに出来る対処法はないと言われた事で相当にフラストレーションが溜まっていた香取にとって、佐鳥は絶好の発散相手であった事もある。

 

 常日頃から樹里の心の大部分を占めている佐鳥に対して香取は相当腹に据えかねており、悪感情を向ける事に躊躇いがなかったのもまた事実。

 

 普段は理性で抑えている部分が、怒りによって箍が外れた結果であった。

 

 無体な事をするつもりはないが、許される範疇であればブレーキをかけるつもりもない。

 

 「何も知らない」は許さないという、言外の威圧を込めて香取は佐鳥を睨んでいる。

 

 返答次第によっては、容赦のない追及が待っているだろう。

 

 それを、目の前にいる佐鳥は嫌という程理解していた。

 

「────────そっか。天羽からってのは、盲点だったね」

 

 だからこそ、佐鳥は誠実に対応する。

 

 この局面でシラを切る程、彼は薄情ではないのだから。

 

「その言い方だと、やっぱアンタは知ってたんだ」

「間接的にだけどね。とは言っても、知ってる事は多くないんだけど」

「言いなさい。なんでもいいから、情報が欲しいの。お願い」

 

 佐鳥の返答を聞いた香取は、打って変わって頭を下げてそう頼み込んだ。

 

 もしも彼がしらばっくれるつもりであれば追及の姿勢を崩さないつもりだったが、佐鳥の言葉のニュアンスから情報を明かすつもりがある事を知り、その誠意に誠意を以て返す事にしたのである。

 

 香取は激情家で直情傾向であるが、決して恩知らずでも礼儀知らずでもない。

 

 それらが自身の感情より下に置かれがちなのは確かだが、誠意には誠意で返す気持ちくらいはある。

 

 相手が相応の態度で接するのであれば、こちらも同じように対応する。

 

 それが、香取なりのラインであるのだから。

 

「オレが知ってるのは、あの夜を契機に樹里ちゃんに近い将来何らかの異変が起こる事が確定した、って事だけだよ。開発室での検査では異常は一切見当たらなかったけど、迅さんがそう言ってたらしいからね」

「────────待ちなさい。()()()って、アンタが直接迅さんに聞いたんじゃあないの?」

「違うよ。迅さんが鬼怒田さんに言伝のような形で話した内容を、鬼怒田さん越しに聞いただけ。肝心の迅さん本人とは、そこから会えていないしね」

 

 電話をかけたけど繋がらなかったよ、と佐鳥はぼやく。

 

 それを聞いて、香取は考え込んだ。

 

 予想通り、佐鳥は樹里の異変について既知ではあった。

 

 しかし、持っている情報自体は自分達とそう大差のあるものではなかった。

 

 強いて言えば迅の情報というお墨付きを貰えた状態ではあるが、それも未確定情報が確定情報に変わった、くらいの意味でしかない。

 

 元より樹里に異変がある事を前提に考えていた香取からしてみれば、何も得ていない状態に等しい。

 

「そんな顔しなくても大丈夫よ、葉子。これで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って事が分かったんだから。佐鳥くんの言質も取れたし」

 

 だが、華にとってはそうではなかった。

 

 彼女にとっては、「佐鳥が鬼怒田から樹里の異変の兆候について話を聞いたという言質が取れた」というだけで、前提条件はクリアされたも同然なのだから。

 

「開発室へ行きましょう。今なら、無下にはされない筈よ。佐鳥くんも、付き合って貰うわよ」

 

 

 

 

「…………成る程、それでわしの所に来たワケか」

「はい、わたし達としても少しでも情報が欲しいので。どちらにせよ、意思の疎通は必須であると判断しました」

 

 華はそう言って、真っ直ぐに鬼怒田を見据えた。

 

 あの後、その場にいた全員を引き連れて華は開発室へと訪れた。

 

 事態の推移に若干付いて行けてない若村達をも有無を言わさず連れて行ったあたり、華の本気度が伺える。

 

 これは、部隊全員で共有すべき内容。

 

 そう判断した以上、今は時間が惜しいとばかりに説明の手間を省いたワケだ。

 

 そもそも、広報部隊の一員である佐鳥を長時間拘束しておく事は出来ない。

 

 少なくとも1時間後には仕事に行かなければならない事は聞いているし、悠長に説明する時間はないと判断したワケだ。

 

 仲間相手の説明であれば、後でも出来る。

 

 今は佐鳥という物証を手元に置けている間に、一刻も早く開発室に殴り込むべきだと華は優先順位の取捨選択(トリアージ)を行ったワケだ。

 

 昨夜香取の殴り込みを止めたのは華本人ではあるが、あれは何の準備もなしに向かっても得られるものはないと判断しただけに過ぎない。

 

 鬼怒田に情報開示を迫る言質が取れた今、昨夜と異なり全く相手にされない、という可能性はなくなった。

 

 だからこそ行動に迷いは無く、香取でさえ驚く手際で開発室に訪問連絡(アポ)を取り、こうして面会に漕ぎ付けたワケだ。

 

 感情で動く香取と異なり、理屈を重視する華は必ず後先を考えてから行動に移す。

 

 逆に言えば()さえ担保出来るのならば、彼女に躊躇う理由は存在しない。

 

 事前準備を最優先しているだけで、華もまた樹里に関する異変について蚊帳の外に置かれていた事は相当に腹に据えかねていたのだ。

 

 だからこそ、こうして言い逃れが出来ない状況を作って開発室にやって来たワケだ。

 

 大人相手なら、感情任せにやるよりもこっちの方が効果的であると理解しているが故に。

 

 華は一切の迷いなく、この場へ赴いたのである。

 

 ちなみに、自分一人ではなく全員を連れて行ったのは「何かあった時に香取隊全員で対処する用意がある」というアピールの為である。

 

 樹里の件に関する自部隊の姿勢を、此処で明確化しておくという狙いもあった。

 

 これで、何かあった時に蚊帳の外に置かれる可能性は薄くなったと言えるだろう。

 

 こういったところも委細ないあたり、華らしいと言えた。

 

「そう凄まずとも、話してやるわい。とはいえ、わしの知っている事はそう多くはないがな」

「つまり、佐鳥くんが語った通り、という認識でよろしいでしょうか?」

「そうなるな。わしが知っとるのは、検査では本当に異常がなかった事と、迅から「近い将来木岐坂に何らかの異変が起こる」と聞かされた事くらいじゃよ」

 

 そう言って、鬼怒田はかぶりをふった。

 

 確かに、鬼怒田の言葉が真実であれば彼は何も知らないのだろう。

 

「ですが、その()()の内容について多少なりとも心当たりがあるのではないでしょうか? たとえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるとか」

「…………!」

 

 しかし、それはあくまでも()()()()に限っての話だ。

 

 思いも寄らぬ指摘に鬼怒田の顔が強張ったのを、華は見逃さなかった。

 

「そもそもの話として、わたし達と鬼怒田さんとでは樹里に対する前提知識の情報格差があると認識しています。加えて、ボーダー、というより上層部の彼女に対する扱いがまるで腫物を扱うが如きものである事も気になっていました」

 

 ですので、と華は続ける。

 

「樹里は過去、何らかの明確な()()を起こしているのではないでしょうか? そしてそれが故に、ボーダーは彼女に対する扱いで慎重になっている。違いますか?」

「…………そう思った、根拠はなんじゃ?」

「これまでの、事情を知っていると思しき方々の対応です。どの方も基本的に協力的な姿勢は見せてくれましたが、肝心な所の情報は一貫して話せない、の一点張りでした。「樹里に何かがある」という事は、むしろ匂わせてくれさえしたのに、です」

 

 華の言う通り、樹里の事情を知っていると思わしき者達の対応はある意味で一貫していた。

 

 誰も彼も樹里本人に何かしらの事情がある、という事自体は匂わせてくれてさえいたのに、肝心の情報に関しては「話せない」の一点張り。

 

 本当に秘密にしたいのであれば匂わせる事すら許されないであろうし、かと思えば情報提供の内容がどうにも中途半端に過ぎる。

 

 肝心な所はぼかしたまま、具体性に欠ける助言をするに留めている。

 

 そこに、華は着目したのだ。

 

「これらの動きについて、貴方方上層部が何も対処をしていない、というのも違和感がありました。いえ、忍田本部長の言動から考えるにむしろそれを推奨する向きすらある、と感じていました」

「ふむ、忍田くんはなんと?」

()()()()()樹里に関する情報を開示する事は出来ない、と。その上で何かあれば協力は惜しまない、とも言っておりました」

 

 それから、と華は続ける。

 

「詳しい話をする事自体に、リスクがあるとも話していました。あの時点ではそれは樹里のあの恐慌状態に関するものと認識していましたが、後々考えると少し違和感が残りました」

「違和感、じゃと?」

「ええ、そのリスク、つまり危惧自体がどうにも具体性があるように思えたんです。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような、そんな違和感ですね」

「…………!」

 

 華の指摘に、鬼怒田は眼を見開いた。

 

 しまった、という顔をするが、それを見逃す華ではない。

 

 鬼怒田の反応を見て、華は矢張り、と小さく呟いた。

 

「やっぱり、そうなんですね。あの子は過去、何かしらの()()を起こしている。ですので、貴方方が恐れているのは未知の異変ではなく、既知の異変の()()。違いますか?」

「…………参ったのう。本当に、大人が顔負けしとるわい」

 

 ふぅ、と鬼怒田は思わずため息を吐いた。

 

 それを見て、華は成る程、と頷く。

 

「その反応から見て、指摘は事実と取っても構わないでしょうか?」

「そうじゃな、それくらいは教えてもよかろう。確かに、木岐坂は過去にとある異変を起こしておる。とはいえ、それを知る者は限られているがな」

 

 そう言って、鬼怒田は華の指摘内容を認めた。

 

 此処まで理詰めで迫られれば、流石の鬼怒田でも口を割らざるを得ない。

 

 事前準備を欠かさず、相手の挙動を逐一観察していた華の用意周到さの勝利と言えるだろう。

 

「その内容について、教えて貰う事は出来るでしょうか?」

「すまんが、まだ出来ん。これは、知る者が増えるだけでもリスクのある話でな。幾らお主らがあ奴の身内とはいえ、軽々に教えてやる事は出来んのじゃ」

 

 鬼怒田はそう言って、線引きをする。

 

 確かに華の指摘自体は認めたが、それと全ての情報を開示するかどうかは別の話だ。

 

 むしろ、指摘を認めるという段階の時点で相当にグレーである様子だ。

 

 故に、最大限の便宜を図っての返答であるとも受け取れる。

 

 流石にこうして誠意を以て返されてしまえば、華とてこれ以上の追及は出来ない。

 

「では、その事を知っている人間は誰なのでしょうか?」

「…………ふむ。それを知ってどうするつもりじゃ?」

「いざという時に、すぐに頼れる相手を知っておく為です。既に事情を知っている相手であれば、説明の手間や機密を理由に動き難くなる事がありませんので」

 

 成る程、と鬼怒田は頷く。

 

 確かに、華の言は筋が通っている。

 

 樹里に何らかの異変が起こった時、事情を知らない者が相手では一から説明をする手間が生じてしまう。

 

 しかし、既に彼女の事情を知る者相手であればその手間を省く事が出来る。

 

 樹里が日頃共にいるのが香取隊の面々である以上、いざという時に即座に頼れる相手を知る事は間違いなくプラスになる。

 

 そうして理詰めで根拠を示されてしまえば、鬼怒田とて折れるしかなかった。

 

「わし等上層部は全員が知っとる。あとは迅に佐鳥、風間隊の面々じゃな。玉狛の連中も少なくとも小南や木崎は知っておるし、嵐山隊も詳細な情報までは持っておらんが木岐坂に何かがある事くらいは察しておる。わしが知っておるのはこれくらいじゃな」

「成る程、ありがとうございました。では、何かあった時頼る先は今名前を挙げた面子という事でよろしいでしょうか?」

「そうじゃな。こやつ等であれば、間違いなく力になってくれるじゃろう。誰も彼も多忙な面々ばかりではあるが、非常事態なら力を貸す事は惜しまん筈じゃ」

 

 了解しました、と華は頷く。

 

 概ね予想通りの内容ではあったが、鬼怒田からの言質が取れた事は大きい。

 

 この場での目的は、果たされたと言っても過言ではないだろう。

 

「では、失礼します。お手数をかけて、申し訳ありませんでした」

「構わん。いずれは話さんといかんかったからの。むしろ、手間が省けたくらいじゃわい」

「…………ご配慮、痛み入ります」

 

 からからと笑う鬼怒田に対し、華は再度頭を下げた。

 

 今回はそれなりに強引なやり口ではあったが、鬼怒田はそれを水に流すと言っているのだ。

 

 可能な限り角を立てない方法を選んだつもりではあるが、それでも鬼怒田の心象を害する可能性は充分にあった。

 

 だが、そこは理解ある大人である鬼怒田である。

 

 こちらの魂胆などお見通しの上で、「笑って水に流す」という選択をしてくれた。

 

 やり込めたつもりでいた華ではあるが、まだまだ子供という事だろう。

 

 しかし、不快ではない。

 

 むしろ大人の頼り甲斐を見せつけられたような気がして、悪い気分ではないのだった。

 

「何かあれば、まずはわしを頼れ。迅の奴に言いたい事がたくさんあるのは分かっておるが、あ奴もあ奴で苦労をしとるからな。それに、わしを通した方が色々と便宜を図り易い場合が多いからの。そこは覚えておけ」

「了解しました。ありがとうございます」

 

 華はそう言って一礼し、自分の連れて来た者達を連れて開発室を辞した。

 

 最初から最後まで華の独壇場であったが為に一言に喋れずにいた香取隊の面々は、彼女の勢いに押されてそのまま退室していく。

 

 それを見送った鬼怒田はやれやれ、とかぶりを振った。

 

「子供達に苦労をかけるのは、性に合わんからの。精々、大人(わし)に出来る事を全力でやるだけじゃ」

 

 鬼怒田は部屋を去って行った年若い隊員達の事を想い、溜め息を吐く。

 

 大人としての力不足を嘆きながらも、彼は来たる日に備える為準備を進めていくのだった。

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