香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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玉狛支部①

 

 

「こんばんは、香取先輩。お話、終わったんですね」

「…………ええ、一応ね。今から帰るところよ」

 

 香取は普段通りの表情で挨拶して来た修に対し、何処か複雑そうな顔でそう返答する。

 

 此処は、玉狛支部のロビー。

 

 普段支部の人間が団欒する時に集まる場であり、修を始めとした玉狛第二の四名が勢揃いしていた。

 

 香取達は今回特段彼等に会うつもりはなかったのだが、小南の勧めでこの場に来る事になったのだ。

 

 先程と違い、交渉が目的ではないので今度は香取が矢面に立つ形となっている。

 

 会話だけなら華でも出来るが、彼女の場合事務的な会話に終始しがちで会話を発展させるのが非常に苦手だ。

 

 香取と比べれば社会性があるように見える華ではあるが、その本質は内弁慶気味でさして親しくない相手と雑談に興じれるタイプの人間ではない。

 

 話を向けられれは応答はするが、感情とノリに任せた会話というのが苦手なのは確かなので、今回は香取に任せた形である。

 

 香取もまた不必要に華が交友関係を広げるのを快く思っていない節がある為、役割分担に異議はない。

 

 しかし、相手は先日ランク戦でぶつかったばかりで尚且つ色々思うところもある玉狛第二の面々だ。

 

 無意識に顰め面になったとしても、無理はないだろう。

 

 色々な意味で意識している修を筆頭に、樹里の余計なお節介で人が撃てるようになった疑惑のある千佳。

 

 強敵として警戒せざるを得ない遊真に、大規模侵攻での戦闘を発端とした奇妙な縁がある近界民のヒュース。

 

 誰も彼も少なからず香取が意識せざるを得ない者達であり、自然表情は強張る事になる。

 

(変な事を言ってメガネの奴に余計なヒントを与えるのも癪だわ。当たり障りの無い会話で終わらせましょ)

 

 また、香取は会話を通して自分達の情報が修に抜かれる事を恐れていた。

 

 それは決して過大な警戒ではなく、彼女からしてみれば当然のリスクヘッジである。

 

 修は人畜無害そうな顔をしておいてえげつない戦術を平然と使い、尚且つ観察眼も鋭く相手の弱みを見抜く機会を虎視眈々と狙っている要注意人物だと香取は認識している。

 

 これまでも修は相手のチームの性質を利用した策を多々使用しており、それは彼の優れた洞察力と分析力から来るものだと経験則で理解している。

 

 故に、変に慣れ合わずに程々の距離感で接するのが丁度良い。

 

 色々と世話になる予定の小南の手前無下には出来ないものの、無難な対応で終わらせようと目論む香取であった。

 

「あ、そういや忘れる所だったわ。ウチの樹里がアンタんトコの雨取に余計なお節介をやったみたいで悪かったわね。聞いてる?」

「え? いえ、初耳ですが……………………千佳?」

「あ、えっと、その、ね。実は…………」

 

 なので以前樹里がやらかした独断専行(おせっかい)の事を話題に出してそちらに意識を持って行こうとしたのだが、どうやら千佳はその件に関して仲間に通達していなかったようだった。

 

 てっきりそれも含めて話していると思っていただけに、微妙に気まずい空気が流れる。

 

 しかし千佳から一連の流れを聞いた修は成る程、と頷きこちらへ振り返った。

 

「どうやら、千佳が世話になったみたいですね。ありがとうございます」

「あー、別にアイツが勝手にやった事だしいいわよ。てか、てっきり文句でも言われるモンかと思ってたんだけど」

「いえ、結果的に千佳が前に進む切っ掛けになったのは事実ですし、本人が良いと言っている以上ぼくから言うべき事は何もありません。最後に千佳がそう決めたのなら、それを手助けするだけですから」

 

 修はきっぱりと、そう言い切った。

 

 仲間のデリケートな部分に無遠慮に触れたのは事実なので文句の一つでも出るかと思っていただけに、香取としては拍子抜けも良いところだ。

 

 見たところ、この話題を今後も引っ張るつもりはないらしい事も分かる。

 

 それならそれで話題を変えるだけだと、香取はさっさと次の話へ移行する事に決めた。

 

 このあたりの切り替えが早いのも、香取の長所であった。

 

「そういえば、アンタ等遠征目指してるんだったわね。こないだの試合であんまし点取れなかったし、色々厳しいんじゃないの?」

「残り二試合で目的は達成しますので問題ありません。今後の二試合でB級二位以内に入るのは、不可能じゃないですから」

「ふぅん、生意気。断言するあたり、何か考えがありそうね」

 

 ジロリ、と香取は修を見据える。

 

 あまりに堂々と「目的は達成する」と言い切るので少々揶揄してみたが、相変わらず修の表情は微動だにしない。

 

 どうやら詳しい説明をする気はないらしく、素知らぬ顔だ。

 

(これ以上やっても無駄ね。切り上げましょ)

 

 矢張り自分では、会話で修から情報を引き出すのは難しいと判断し香取は矛を収める。

 

 最初から駄目元であったが、得意の煽りが効かないとなると交渉戦ではもうお手上げだ。

 

 メリットを提示して譲歩を引き出すのは自分に出来るやり方ではないし、此処は引き下がるのが得策だろう。

 

 元より、修達と会う事自体予定になかったのだ。

 

 突発的な遭遇で得るものがなかったとしても、仕方がないと割り切るべきだろう。

 

 チラリ、と自分達をこの場に呼んだ小南の姿を垣間見る。

 

 にこにこしながらこちらを見ている小南の心情は、量れない。

 

 自分と修のやり取りが微笑ましいものにでも見えているとしたら心外だが、敢えて口に出して事態をややこしくする気もない。

 

 善性の極みとも言える人間性を持つ小南は、彼女が誇る圧倒的実力に裏打ちされた安定した人格もあって香取が相手をするのは荷が重い。

 

 悪感情を抱く事自体が不可能な人種であるし、年頃の女子高生そのものかと思えば独特の価値観を持っていたりするので、どうにも付き合い方が判断し難いのだ。

 

 凄まじい実力を持った歳の近い女子という事では木虎と同じだが、彼女と違い小南は一年年上であり、垢ぬけた性格をしていて軽々に喧嘩を売る事も出来ないしそもそもそういったやる気も起きない。

 

 修と異なり本当に人畜無害である小南に対しては、多少の苦手意識を持っていると言っても過言ではない。

 

 香取としてはこちらが煽ったり強気の発言をしても笑顔で返すような人種は、どうにもやり難いのである。

 

 相手の望むものが分からない以上、当たり障りのない対応を続けるのが無難だと香取は割り切る事にした。

 

「ところで、アンタさ────────」

 

 

 

 

「小南先輩、本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「え?」

「惚けなくても結構です。流石に、話題の切り替え方が不自然でしたし何らかの思惑があってわたし達を彼等に引き合わせた事は分かってますから」

 

 華はそう言って、真っ直ぐに小南を見据えた。

 

 指摘された小南はうっ、と口ごもり、バツの悪そうな顔をする。

 

 どうやら、推測は間違いではなかったようだ。

 

「…………そんなに、わざとらしかった?」

「ええ。葉子は気付いていないみたいでしたが、わたしには小南先輩が何らかの目的を持ってわたしたちと彼等を邂逅させたかったように見えました。客観的に見て、わざわざわたしたちを玉狛第二の面々と会わせる理由が薄いようにも感じていましたので」

 

 華の言う通り、小南の誘導はハッキリ言ってあからさまだった。

 

 本人は話の流れで自然に誘導したつもりであろうし、香取は気まぐれか何かと判断して特に疑う事なく乗っていたが、客観的に事態の推移を見守っていた華には違和感しか残らなかった。

 

 小南も、自分が大根役者である自覚が多少なりともあったのだろう。

 

 はぁぁ、と大きく溜め息を吐き、顔を上げた。

 

「参ったわね。染井さん、年下とは思えないくらい大人びてるわ」

「よく言われます。それで困った事はありませんが」

「あー、身内が良ければ後の有象無象はどうでもいいって感じ? 分かる気はするわね」

 

 ええ、と華は曖昧に微笑んで見せる。

 

 年齢不相応とも言える落ち着きを持つ華の態度を悪く言う者はいないワケではないが、そうした相手に対しては無視を決め込むのが彼女である。

 

 そういう低俗な輩と関わっても人生の損失になるだけだし、自分は自分の大切な者さえ無事なら極論後はどうでもいい。

 

 口には出さないが、そういう割り切りが華の中にはあった。

 

 身内最優先主義な小南にとっても、その価値観は理解出来るものだったのだろう。

 

 垢ぬけてカラっとしているように見えて、この人も情は深いのだな、と華は内心で思うのだった。

 

「小南先輩。貴方がわたしたちを彼等に引き合わせた理由については、大体察しが付いています。恐らくですが────────────────彼等を樹里に何かあった時の助っ人枠として考慮して欲しい、あたりではないでしょうか?」

「うわマジなんで分かるのよっ!?」

「矢張りですか」

 

 成る程、とカマかけに成功した華は眼を見開いて驚く小南を見て得心する。

 

 半ば確信に近い推測だったが、どうやらこれで合っていたようだ。

 

 華は頭を切り替え、小南に向き直った。

 

「玉狛第二には、ハッキリ言ってB級レベルとは言えない跳び抜けた実力者が複数在籍しています。近界民(ネイバー)のヒュースくんは言わずもがな、遊真くんも大規模侵攻やこの前の防衛戦で見せた()()()()()()があります。彼等がランク戦のレギュレーションの外で戦う場合、その戦力は間違いなくA級と遜色ないものになるでしょう」

 

 加えて、と華は続ける。

 

「ヒュースくんは勿論、遊真くんも何かの事情を抱えていてこういう()に関わらせるハードルは低いと見ています。口も堅そうですし、そもそもわたし達はヒュースくんが近界民であるというあちらのアキレス腱とも言える情報を知っています。そういう意味でも、協力を得易い相手であるのは間違いないでしょう」

「そ、そうね。よ、よく分かったわね」

 

 小南は何故か冷や汗をかきながら、華の指摘を肯定する。

 

 この分だと、前半はともかく後半の理由については深く考えていなかったようだ。

 

 自分の想定する小南の善性のレベルがまだまだ甘かったか、と華は評価を再修正する。

 

 どうやら彼女は単純に、「うちの子たちならきっと力になってくれるわっ!」的なノリで薦めただけの様子だった。

 

 他にも思惑はあるだろうが、主軸はそこだろうと見ている。

 

 誘導がド下手だった事も相俟って、むしろ微笑ましさが勝るのは天性の性質だろうな、と何処か眩しいものを見るように華は小南を見据えるのだった。

 

「…………遊真くんの見せた黒いトリガーは、かなりの出力があるように見受けられました。あれは、玉狛謹製のトリガーでしょうか?」

「え? あれはく────────」

「そうだ。普段はランク戦に参加する為に使用していないが、あれは遊真専用のトリガーという事で間違いない。出力の高さは保証する」

 

 何かを口走りかけた小南を遮り、レイジがそう説明した。

 

 華はレイジの顔色を見て、成る程、と頷く。

 

 どうやらこちらがあちらの事情を察した事も理解している様子だが、小南と違いそれを口に出す迂闊さは分かっているようだ。

 

(やっぱり、あれは黒トリガーだったのね。S級隊員にならない理由については、今言った通りランク戦に参加する為って事で良さそう)

 

 華は遊真が見せた黒いスーツ状のトリガーが、黒トリガーである事を半ば確信していた。

 

 大規模侵攻で小南が扱う双月の性能は見ているし、その出力の高さも分かっている。

 

 その上で、遊真のあのトリガーは出力が()()()()と思っていたのだ。

 

 小南の双月もラービットを紙切れのように斬り裂くなど相当な破壊力を持っているが、あれは出力は元より彼女自身の卓越した技巧も相俟った代物だろうと当たりを付けていた。

 

 元々の出力の高さに加え、相手の急所に的確に刃を滑り込ませる技術。

 

 それらが合算された威力が、あの結果というワケだ。

 

 しかし、遊真のトリガーは単純に出力が高かった。

 

 少なくとも、他のトリガーとは雲泥の差があった事が見て取れる。

 

 確かに玉狛のトリガーはどれも特殊で強力だが、あくまでもそれは性能の唯一性が特化している為に強力なだけであって、ノーマルトリガーである事に違いは無い。

 

 だが、遊真のトリガーは明らかに出力の桁が違うように見えた。

 

 そして、それだけの出力を誇るトリガーなど一つしか思い当たらない。

 

 黒トリガー。

 

 優れたトリオンを持つ者が自身の命と引き換えにして遺す、形ある棺とも言うべき特殊なトリガーである。

 

 華がわざわざ「黒いトリガー」と言ったのは、それを踏まえた上でのカマかけだった。

 

 そちらは小南に気付かれずに終わったが、その時点で会話を見守っていたレイジにはお見通しだったらしい。

 

 此処は形の上では気付かないフリをするのが得策だろうな、と華は判断し玉狛に対する手札(カード)を内に抱え込みつつ、レイジに向き直った。

 

「では、いざという時は彼等に協力を要請────────────────いえ、そちらの判断で援軍として派遣する、という事でよろしいでしょうか?」

「それで構わん。戦力的に十分なものを持っている事は、俺や小南が保証する。ランク戦の外であれば、あいつらの本来のトリガーを解禁出来るしな。ヒュースに関しては、直接戦ったお前達がその実力を理解しているだろう」

「ええ、充分に。了解しました。では、そのようにお願いします」

 

 華はレイジの意思を汲み、恭しく頷いてみせた。

 

 いくら戦力的に充分だからとはいえ玉狛第二の面子を樹里の件に関わらせようとするのは違和感があるが、そこは迅から何か言い含められてでもいるのだろうと察しがついた。

 

 先程レイジは迅は「必要と思わない限り人前には姿を現さない」と言ったが、それは逆に言えば必要と感じればすぐにでも現れる事を意味している。

 

 まして、此処は彼の所属する玉狛支部だ。

 

 自分達の訪問を予見し、事前に迅がレイジに何かを言い含めていたとしても不思議ではない。

 

 恐らく彼は小南には「何かあったら遊真達も力になってくれるだろうな」と事前に言っておく事で、彼女の行動を誘導したのだろう。

 

 小南であれば、そういう風に言い含めておけばどういう行動に出るかは分かり易いからだ。

 

 そして、その上でこちらがどう反応するかもある程度予想していたのだろう。

 

 或いはそれらも含めて、予知で見通した上の行動という可能性もある。

 

 自分達の行動が全て迅の掌の上だと思うと多少癪ではあるが、少なくともより良い結果に繋がるよう動いてくれているのは伝わるので、理屈の上では文句はない。

 

 無論この場で香取に繋がれば場が拗れるのは明白なので、敢えて口にはしないのだが。

 

 そのあたりのリスクヘッジも、華は欠かさない。

 

 幼馴染の直情傾向は、誰よりも理解しているのだから。

 

「ご配慮、ありがとうございます。いざという時は、頼りにさせて貰います」

「ああ、勿論だ。助力を惜しむつもりはない。遠慮なく頼れ」

 

 これで、大人の会話は終わった。

 

 連れて来て早々陽太郎という子供の相手をする事になった若村と三浦は今では遊真やヒュースと何かを話しているし、あからさまに喧嘩腰で修に絡んでいる香取を除けば和気藹々とした雰囲気が漂っている。

 

 あれならもう少し話させていてもいいかな、と香取が何か粗相をしないか注意しつつ、華は事の成り行きを見守っていた。

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