「今の音声はなんだ、貴様…………ッ!」
『ふむ、どうやらクセロ主任が死亡したようですね。これは、星の上位管理者が死亡した場合に発動するプログラムですよ』
ヒュースの怒声に対し、少年の骸に宿る男はあくまでも淡々とそう答える。
まるで普段の一幕であるかのように、緊張感も焦燥もない。
自身の生身の肉体が死亡し、疑似人格が起動した身体も磁力によって身動きが取れない状況で尚、彼は一切の動揺を見せなかった。
それがどうにも自分とは価値観の全く違う虫か何かと会話しているようで、ヒュースの嫌悪感を煽った。
遠くからは轟音が響き、地面の下からは奇妙な異音が鳴っている。
明らかな異常事態を前に、ヒュースは内実を知っているであろう男を再び睨みつけた。
「それは、ククロセアトロの王が死んだ時に起動する代物という事か? 王が死んでから使えるものがあっても、長が死んでしまっては意味がないだろうっ!?」
『王、という表現は適切ではありませんね。クセロ主任は単に、我々の中で最も高い管理権限を持っていた人物というだけの話です。そもそも、ククロセアトロの王家の血筋は絶えて久しいですからね』
「なんだと?」
そこで返って来たのは、ヒュースにとっても予想外の言葉だった。
王家の人間が、既にいない。
それは、即ち。
「王家の人間が、もういないだと…………っ!? まさか貴様等、王家の人間から
────────国の基幹たる
通常、惑星国家では王家の人間がその星の母トリガーの管理・制御を行っている。
その為に他国を侵略し属国化する場合、制御権限を持つ王家の人間は皆殺しにするのが常だ。
母トリガーを掌握した後であろうとも、王家の人間が生きている限り制御権を取り戻される恐れが残る。
その憂いを消す為に、相手の国を支配する際には王族は皆殺しにしておくのが通例なのだ。
しかし、これまでにククロセアトロが他国の侵略を受けたという話はない。
ならば、この頭の螺子が外れている異常者共が星の制御権を得んが為に王族を弑逆したと考えても何ら不思議ではないだろう。
『いえ、この星の王族は昔後継者が流行り病で死んでしまいましてね。王と妃も高齢でしたので後継者を残す事が出来ず、止む無く当時の従者筆頭に母トリガーの制御権を預けて血が絶えてしまったのです』
ですので、と男は続ける。
『その従者は医療技術の不足故に王家の血を絶やしてしまった事を相当に悔やみ、以後このククロセアトロを医療国家として発展させていく道を選んだというワケです』
「そんな話、聞いた事がないぞ。以前に送られたククロセアトロの王家当ての手紙も、返信があった筈だ」
『それは我々が偽装しました。王家が不在となれば、他国がどう反応するかはご存知でしょう? 国を守る為の、当然の対処です』
ぐ、とヒュースは言葉に詰まる。
確かに、母トリガーの制御権を持つ王家が既にいないとなれば、他国はこぞって侵略し利権を貪りに来るだろう。
国を預かる者として、その情報を隠蔽したのは理解出来る。
相手がアフトクラトルという、侵略を繰り返す軍事国家であれば猶更だ。
「だが、今の話ではその制御権を持つ者が死んだ後に発動する代物という事だろうっ!? 普通であれば、その人材を守る為に全力を尽くすのが筋の筈だっ! 守るべき者が死んだ後に発動する機構に、何の意味があるっ!?」
問題は、その重要な母トリガーの管理権限を持った人物を守る為ではなく、それが死亡した時に発動するシステムを仕込んでいた点だ。
母トリガーの制御権を持つ者がいなくなる、というのは国の正常な運営が行えなくなる事と同義だ。
王家による血の認証が出来ない以上、制御権限を持つ者の重要性はかなり高かった筈である。
にも関わらず、その者を守る為ではなく死んだ後に発動する代物を用意していた。
そこが、ヒュースには全く理解出来なかった。
守るべき者が死んだ後に発動するシステムなど、無用の長物以外の何物でもないからである。
『だって、
「────────は?」
────────だが。
続く返答は、ヒュースの常識からして有り得ないモノだった。
勿体ない。
そんな理由で、重要人物が死んだ後に発動する仕掛けを作ったとでもいうのかと。
ヒュースは、流石に瞠目し息を呑んだ。
常識が違う。
価値観が違う。
コレは、ナンだ、と。
「貴様等、正気か?」
『科学の発展は狂気と隣り合わせである、という在り来たりな返答をする事も出来ますが、此処はお答えしましょう。それが、我々の
少年の骸を借りた男は淡々と、一切の抑揚を交えぬ口調で告げた。
ヒュースには、分かってしまう。
この男は、狂ってなどいない。
ただ、自分の使命────────────────否。
彼等にとって研究は、それこそ呼吸と同義。
それ以外、それこそ命ですら研究と比すれば下位に置かれてしまう。
この男たちはそういった虫のような生態を持ったモノ達であるのだと、ヒュースは理解せざるを得なかった。
「…………貴様等は王家から預かった星を守る為に、技術を培っていったのではないのか?」
『かつての事など知りようがありません。王家が絶えてから、既に200年以上は経過していますので。我々はただ、己に課された命題をこなす事のみに注力しています。その過程に於いて、我々の生死や星の命運など
かつてアパテオナスと呼ばれた男は淡々と、まるで本当に些細な事のように告げる。
自身の命や、星の滅びですら些事。
それが事実であると、男は本気で言っていた。
(こいつ等は…………ッ!)
その在り方に、ヒュースは強烈な嫌悪感を覚えた。
恐らく、最初の従者とやらは崇高な使命を帯びて国の改革に勤しんだのだろう。
かつて王家を守れなかった我が身を嘆き、その代替として医療技術の発展に力を注いだ筈だ。
しかし、それを受け継ぐ中で何処かで歯車が狂ってしまった。
もしかすると、件の従者は技術のみを後継達に教導し、かつての王家の忠誠などは教え込まなかったのかもしれない。
最早誰もいない王家に対する忠誠を教えるよりは、純粋に医療技術の発展を志し、より多くの人々を助けられるようにした方が良いとでも思ったのだろう。
だが、王家への忠誠という指針を持たなかったククロセアトロの後継者達は、いつしかひたすらに技術の成果
初心を忘れ、手段をこそ目的としてしまった後継。
その成れの果てが、この狂科学者の集団なのだろう。
きっと、その過程でヒトとして持つべき倫理観やタガが軒並み外れてしまったのだ。
そうでなければ、
アフトクラトルもまた、ククロセアトロとは国交があった。
軍事国家である以上、戦いの結果四肢を失う者が出るのはそう珍しい事ではない。
精鋭の集まるアフトクラトルとて、人員の損耗は起こり得る。
そういった時に安価で義肢を提供していたククロセアトロは便利な取引相手だったのだが、あろう事か彼等は商品として供した義肢に盗聴機能を仕込んでいた。
その事に気付いたアフトクラトルの技師が領主に報告し、今回の開戦に至ったのである。
普通に考えれば、軍事国家の機密を────────────────しかも、商品として提供した義肢を利用して盗み出すなど、正気の沙汰ではない。
他国への侵略を頻繁に行う軍事国家に於いて、機密情報は何が何でも死守すべきものとして扱われる。
それを積極的に盗み出そうとする等、直接的な宣戦布告と受け取られてもなんらおかしくはない。
事実それが発端となってこのククロセアトロ戦役が開始されたワケであるが、実のところ鏖殺をハイレインが宣言する事態になったのには他にも理由がある。
ククロセアトロの技術者が出入りを行ったタイミングで、様々な国から
常時戦争状態と言っても過言ではない近界では人一人がいなくなるなど日常茶飯事だが、それが常にククロセアトロの技術者が来訪したタイミングと重なっているとなれば話は別だ。
一度、二度であればまだ偶然の一致と流しただろう。
だが、それが
決定的な証拠が一切見つからなかった為に疑惑の段階ではあったのだが、ハイレインは元よりククロセアトロの動向には警戒していたのだ。
そんな折にククロセアトロが機密の盗聴というボロを出した為、この機に全てを灰燼に帰す心づもりでハイレインは挙兵したワケである。
これまではククロセアトロが中立の医療国家であった為に迂闊な介入は控えていたが、機密を盗み出したという明確な開戦理由が出来た以上、最早遠慮する必要はなくなった。
証拠など、相手を滅ぼしてから手に入れれば良い話なのだ。
そして、事実としてヒュースの目前にはトリガー
なので望み通りの成果を手に入れたとは言えるが、ヒュースにとっては嫌悪感の方が先に出た。
主への忠誠を第一として生きるヒュースにとっては、それを忘却し見当外れの方向性へあらゆる被害・倫理を無視して走り続けるこの
「…………! こいつは…………っ!」
そして、星の異変はヒュースの下にも現れた。
地面が隆起し、巨大な怪物の腕が形成されていく。
やがて巨きな蜘蛛の脚部じみた代物となった瓦礫の集合体が、ヒュースに矛先を向ける形で鎮座していた。
『どうやらわたしを殺害した事で、
「
『ええ、本来の制御者であった王家の血が絶えた以上、十全に
あっけらかんと、何も感じていない風に男は告げる。
そこに母トリガーや冠トリガーに対する畏敬はなく、ただ「使えるモノを使う」というニュアンスのみを孕んでいた。
最早怒る事すら億劫になったヒュースは、少しでも情報を得んが為に口を開く。
「止める方法は?」
『ありません。上位管理者が死亡した事で、アクセス権限を持つ者はいなくなりました。あとは、
「…………!」
だが、そこで返って来た言葉は彼の想像の斜め上を超えていた。
今、男は「神が死ぬまで」と言った。
それは即ち、今起きている異常事態を引き起こしている機構の動力源に母トリガーを使用しており、尚且つ一切の
母トリガーから力を吸い上げ、神が枯れ果てるまで貪り続ける寄生虫。
それこそがこの国の現在の
「…………っ!」
しかし、動揺している暇はない。
形成された巨大な蜘蛛脚が、ヒュース目掛けて振り下ろされたからだ。
「
ヒュースはバックステップでそれを躱し、回転ブレードで蜘蛛脚に向けて射出する。
だが、あまりにもサイズの違う怪腕に対しては焼け石に水であり、蜘蛛脚の端を削るに留まった。
どちらかといえばサポート型の性能であるが故に、この結果は致し方ないと言えた。
『ふむ、どうやら巨大質量による攻撃に関してはアフトクラトルの精鋭相手でも一定の効果が見込めるようですね。では────────』
それを冷静に観察していた男の言葉は、そこまでであった。
蜘蛛脚が二度目の攻撃を行い、結果として床が崩落。
男が意識を移した少年の身体は、そのまま奈落の底へと落下する。