「以上が私が見聞き、体験した内容です。よろしかったでしょうか?」
「ああ、ご苦労だった。言うまでも無いが、この話は他言無用だ。エネドラは勿論、他の者にもな」
了解、とヒュースはハイレインに短く返事を返す。
此処は、遠征艇の内部の一室。
あの後、巨大な蜘蛛脚と戦っていたヒュースはミラによって間一髪で回収され、今に至る。
ハイレインは現状を把握すると、星の上で蠢いている
結果として属国の兵に加え、少なくない数の部下を失う事になった。
当然ハイレインにとっても苦渋の決断ではあったが、今やククロセアトロの表層では無数の「糸」が蠢き、万が一にも遠征艇に何かをされる事があれば自分達の帰還すら危うくなる。
部下の損失は惜しいが、ヴィザを含むこの場に集う最精鋭とどちらが価値が重いかは言うまでもない。
戦闘では無敵のヴィザであっても、流石に星の滅びに巻き込まれてはひとたまりもない。
国宝の使い手を万が一にも失うワケにはいかない以上、当然の判断ではあった。
ククロセアトロ本星はあの後表層で大きな爆発が起こり、それを契機に星そのものが輝きを失いつつゆっくりと移動を開始。
恐らくは「神」が死に、星の制御を失った乱星国家は久遠の闇の中へと姿を消した。
決まった軌道を持たない乱星国家であるククロセアトロが滅びた後どうなるかは、実例を知らない為見当もつかない。
母トリガーの機能停止により星が維持出来ず徐々に崩落して消え去るかもしれないし、星としての機能を失ったまま当てもなく彷徨い続けるのかもしれない。
そもそも星の滅び、という事態は滅多に起こる事ではないので、滅びた後どうなるかは軍事国家のアフトクラトルといえど参考例が少な過ぎて分からないのだ。
相手が稀少な乱星国家ともなれば、猶更である。
他国を侵攻する場合、その目的は通常の場合資源の奪略及び支配による搾取である。
星そのものを滅ぼしてしまっては利益を得る事は出来ない為、侵略する側が星を滅ぼすつもりで侵攻する事はほぼない。
今回のククロセアトロ戦役の場合は首脳陣及び研究者は皆殺しとのお触れが出てはいたが、関係者の鏖殺を終えた後は星そのものは支配地として残す予定ではあった。
少なくとも、ククロセアトロの者達が「神」の自壊という馬鹿げた蛮行をしでかさなければ、こんな事態にはならなかった筈である。
今回の結果は誰に取っても損しか齎さない、惨憺たるものだったと言える。
ともあれ、起きた事は覆らない。
ハイレインは先程は簡易的な報告で済ませた内容の詳細を聞く為、こうして個別で呼び出して聞き取りを行っていたのだ。
既にエネドラへの聞き取りは済ませており、彼と同じく別行動をしていたヒュースもまたハイレインの呼び出しを受けて報告へやって来た、というワケだ。
ヒュースは先程は詳しく話していなかった白衣の男との会話内容等を詳らかにハイレインに語り、今に至る。
全ての話を聞いたハイレインはふむ、と頷き顎に手を当てた。
「…………しかし、聞けば聞く程頭の痛くなって来る話だな。利益の為ではなく、己の行動目的に盲信したが故の蛮行とは。言い訳をするつもりではないが、流石にこれを予想しろと言うのは無理がある」
「…………そうですね。そこは私も同意する所です」
ハイレインの滅多に聞けないような愚痴を前に、ヒュースは慎重に言葉を選びながら返答する。
普段領主の立場を弁えて周囲への言動を最大限配慮しているハイレインとしては、こんな弱音じみた声を部下に漏らすのは相当に珍しい。
それだけ彼が今回の件を重く受け止めているという事なのだろうが、精鋭とはいえ大した権力を持たないヒュースとしては迂闊な発言をするワケにはいかない。
自分の失言は主の評価の失墜にも繋がってしまう為、彼が言動に気を遣うのは当然の事と言えた。
「…………今の発言は忘れてくれ。私らしくもない事を言った」
「いえ、構いません」
ヒュースはそう言って、一礼する。
確かにハイレインらしくない発言ではあったが、気持ちは分からなくもないのだ。
流石に、
幾らハイレインが優れた領主にして指揮官とはいえ、あんな狂気の沙汰を予測しろというのは無理がある。
彼らしくない弱音を零すのも、仕方のない事とは言えた。
「さて、お前が遭遇したアフトクラトル出身と思われる子供だが、その男の言によれば他の領主の領地から攫った、という事だったな?」
「はい、奴の言葉通りであればそうなります」
「ふむ、ではこの事は記録には残さないでおこう。他の領主にやり玉に挙げられる可能性がある。どの家の者かは分からないが、当人がいない以上は仕方がないだろう。生きて連れ帰ったのならばともかく、星の滅びに巻き込まれて死んだとだけ報告しても益はないからな」
「…………はい」
故に、ハイレインのこの決定にも否を挟む事はない。
ヒュース個人としてはあの子供はきちんと弔ってやりたかったが、とうの本人は奈落の底に落ち、白衣の男の言の通りであれば自我も既に破壊されていた。
無事な状態で連れ帰れたのであればともかく、他の領地の人間を発見していながら死なせたとあれば、あの子供の属する領地の領主がそれを口実に様々な要求を吹っ掛けて来るであろう事が容易に想像出来る。
アフトクラトルの四人の領主は他の領主の落ち度を常に探っており、弱みがあれば徹底的にそこを突いて来るのが普通だ。
今回はただでさえ「部下の大量の損失」「属国の兵士の損耗」「星の滅びによる戦果なしの結果」という失点が出来てしまっているのだ。
そこに新たな攻撃の口実を作るような真似は、領主としては断じて出来ないだろう。
その理屈は分かるので、ヒュースも同意する他ない。
ハイレインの立場が悪くなれば、その家に属するエリン家も当然危地に陥ってしまう。
ヒュースの敬愛するエリン家当主の為を想うのならば、ハイレインの失脚は何が何でも防がなければならないのだ。
ハイレインは必要とあれば冷徹な判断も下せるが、領主としては有能極まりなく、残酷ではあっても無意味な搾取は行わない。
自陣の犠牲は最小限で済ませようとするし、敵には容赦しないが味方に関しては基本的に寛容だ。
少なくとも領主としては非の打ちどころのない人間である事に違いは無く、彼に何かあれば弟のランバネインが家を継ぐ事になるのだろうが、流石に適性の違いは如何ともし難い。
ランバネインも優秀ではあるのだが、どちらかといえば彼は前線に立って活躍する方が性に合う武人タイプだ。
ハイレイン程の政治力はないので、彼に領主の代わりが十全に務まるかは疑問が残る。
やろうとすればある程度は出来るのであろうが、少なくともハイレインより優秀な結果は出せないだろう。
それだけハイレインの能力は領主として傑出しており、彼を失うのはエリン家にとっても無視出来ない損失である。
故に主であるエリン家当主に危害が及ばない限りは、ヒュースがハイレインに否を唱える事はない。
少なくとも、個人的な感傷で文句を言う程子供ではないだけの話だった。
「そういえば、白衣の男はその子供のトリガーを
「あくまでも私見ですが、
「矢張りか。つまり、星の表に出て来ていた子供の兵士達の手足が伸びたのも同じような理屈のようだな」
「ええ、私も同じ意見です」
話は次に、今回戦った子供が付けていたトリガーについてのものとなった。
あれを白衣の男は、
ヒュースの見た限り、あれは通常の足を代替する形でトリガーが装着されていたように思う。
あの子供の足は人体の可動域を超えた形で折り畳まれていたし、トリオン体であっても身体そのものの変形はエネドラのような黒トリガーによる例外を除けばまず有り得ない。
トリオン体は生身の身体と乖離すればするほど不具合が生じやすくなる為、基本的に生身の身体がそのまま再現される形となるのが普通だ。
エネドラの
それだけ、トリオン体の改造というものは生身の身体に悪影響を齎すのだ。
(そう考えると、あいつ等は矢張り外道の類だな。攫って来た子供に、あんな改造を施すとは)
但し、生身の身体の安全を一切考慮しないのであれば話は変わって来る。
使用者の安全の一切を考慮しないのであれば、理論上は幾らでもトリオン体は改造出来る。
普通に考えてリスクがメリットを遥かに上回る為まずやらないのだが、ククロセアトロの連中はそういったブレーキが一切存在しないように思えた。
ヒュースの対峙した子供は焦点のない瞳をしており、白衣の男の言によれば自我も失っていたとの事であるから、相当に無理な実験を重ねたであろう事は容易に想像出来てしまう。
ハイレイン達が地上で戦闘した瓦礫の天使と化した子供達も似たようなものであると推測出来るだけに、遣る瀬無い想いがあった。
ヒュースは軍人として冷酷な判断を下せるが、内面は情に厚いタイプである。
それが軍人としての責任感より上位に来ないというだけで、感受性そのものは豊かで本質的には激情家でもある。
大恩あるエリン家当主の為ならば誰に対しても牙を剥く用意があるあたりに、その片鱗を感じられる。
そんなヒュースにとって、今回垣間見たククロセアトロの所業は看過出来る代物ではなかった。
軍人である以上今更人の命についてどうこう言うつもりはないが、流石に相手の畜生ぶりが想像を超え過ぎていたのだ。
今冷静でいられているのは、相手が星ごと滅びているからではある。
胸糞の悪い結果にはなったものの、あの外道共が生き残る事がなかったという事だけは朗報だったと言えるだろう。
「ご苦労だった。また何かあれば呼ぶ事になるが、本星に帰還するまでゆっくり休んでくれ。今後、忙しくなるだろうからな」
「その後、同道していた属国であるトリュボスの本星で大きな爆発があったと報告があり、調べてみるとどうやら連中はククロセアトロ本星から流出した無数の脱出用ポッドの存在を隠匿したばかりか、そのうち一つを秘密裏に回収していたそうだ。そしてそれの
ヒュースはそこまで言うと、ふぅ、とため息を吐いた。
どうやら彼にとっても、相当に思うところのある話であったようだ。
「結局、その中身ってのはなんだったのよ?」
「
「「「…………っ!?」」」
だが、その言葉に話を聞いていた小南を始めとした三者は同様に眼を見開いた。
何か、嫌な話の流れになっている。
そんな予感が、三人の中で渦巻いていた。
「結果から言えばククロセアトロの連中は自分達研究者ではなく、選定した実験体のみを脱出ポッドに乗せて放流していたらしい。その数は数十に及び、その殆どには例外なく件の
「つまり、トリュボスって星の連中はその実験体相手にやられたって事か?」
いや、とヒュースは首を振る。
「正しくは、その
────────その言葉に、三人の嫌な予感は更に膨れ上がった。
放流された検体達と、
少なくとも小南には、それに類する現象に心当たりがあったからだ。
「────────木岐坂樹里。あれは間違いなく、奴等の放流した検体の一人、通称「ククロセアトロの遺物」の一角だ。扱い損ねれば星一つに甚大な被害を齎しかねない特級の危険度を持つ、いつ爆発してもおかしくない爆弾のようなものだ」
ヒュースの宣告に、空気が凍り付く。
かねてより隠されていた秘密、その一端が明かされた。