香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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ククロセアトロ⑨

 

 

「木岐坂先輩が、近界の国の実験体だって…………? 一体、どういう事だヒュース」

 

 話を聞いていた修がまず、いきなりのヒュースの発言に疑問を呈した。

 

 無理もない。

 

 彼からすれば、いきなりヒュースがトンデモな話をしたようにしか受け取れないのだから。

 

「言葉通りだ。木岐坂はほぼ間違いなく、放流されたククロセアトロの実験体────────────────通称、「ククロセアトロの遺物」だ。文字通りの意味でな」

「文字通り、って…………?」

「ククロセアトロの連中が遺した危険極まりないモノ達、という意味だ。どうやら心当たりのある者もいるようだから、順序立てて説明してやる」

 

 そう言って、ヒュースは小南をチラリと見据えた。

 

 小南は常の快活さが嘘のように黙りこくっており、表情も険しい。

 

 これは、何も知らない者の反応ではない。

 

 嫌な予感が、現実となった。

 

 小南の反応は、まさにそれであった。

 

「オレ達が攻め込んだ時、ククロセアトロの連中は捕らえていた実験体の中からある程度の数を選び、脱出ポッドに乗せて放流した。奴等が何を考えていたかは定かではないが、星が滅びる前に被害者を逃がそうなどという殊勝な考えでやったなどという事は断じて有り得ないとだけ言っておく」

 

 なにせ、とヒュースは続ける。

 

「────────放流された実験体達には例外なく、「臨界」という()()()()が仕込まれていたのだからな」

 

 臨界。

 

 ヒュースがそのワードを口にした瞬間、全員の背筋に嫌な気配が駆け巡った。

 

 詳細は分からない。

 

 しかし、話の流れからして碌なものではないという事だけは確かだった。

 

「脱出ポッドに乗せられた実験体は、ほぼ全員が心身薄弱の状態にあった。自我が完全に壊れていた者もあれば、僅かな反応しか返さなかった者等様々だったらしい。尋問したトリュボスの生き残りの情報によれば、拾った者の言う事はある程度忠実に聞いていたらしいがな」

 

 そう言って、ヒュースは盛大に舌打ちした。

 

 彼からしてみても、実験体達の状態は看過出来ないものだったらしい。

 

 聞いただけでも碌な扱いを受けていなかった事が予想出来る為、無理もない。

 

 ヒュースは敢えて口にしないが、彼が出会った者以外にもアフトクラトルから攫われた子供がいた可能性があるのだ。

 

 だからこそ、軍人として非情に徹する事が出来るヒュースであっても、この事柄に関しては明確な怒りを抱いている。

 

 伝え聞いただけの小南達の中にも、ククロセアトロという国家への嫌悪感が明確に生まれつつあった。

 

「────────だが、実験体には「臨界」という爆弾が仕込まれていた。引き金(トリガー)となった出来事は様々だが、鍵となるのは()()()()()のようである事はまず間違いない。実際にトリュボスに拾われた実験体は、人間らしい感情を取り戻した直後に()()()()()らしいからな」

 

 吐き捨てるように、ヒュースはそう告げた。

 

 そして、ふぅ、と大きく溜め息を吐く。

 

「聞いた話によれば、トリュボスはアフトクラトルの支配の頸木を逃れる為に実験体の確保に踏み切ったらしい。オレ達が事実上の敗走を経験する程の国の代物であれば、と淡い期待を抱いたようだな」

 

 愚かな事だ、とヒュースはぼやく。

 

 確かに、浅慮ではあるだろう。

 

 ククロセアトロの脅威度がアフトクラトルの想定を斜め上に上回った事は事実ではあるが、それだけ制御不能の相手である事も普通は分かる筈だ。

 

 それを情報の隠匿という宗主国の怒りを買うような真似までして確保しようというのは、少々どころではなく短絡的と言う他ない。

 

 トリュボスについてはエネドラやヒュースの話で伝え聞いただけでどういう扱いを受けていたかは定かではないが、属国の処遇というものは基本的に捨て駒上等の酷いものである事は聞いている。

 

 ヒュースでさえククロセアトロ戦役の時に属国の兵士を犠牲を許容する扱いで引き連れていたのだから、それがアフトクラトルにとっての当たり前である事は容易に想像出来る。

 

 そんな無体な扱いをする宗主国の支配から逃れる為には、藁にも縋る思いだったのかもしれない。

 

 この場合、掴んだ藁が特大の爆弾に繋がっていたという最悪の結果を齎したようではあるが。

 

「どうやらトリュボスの連中は、回収した実験体数名に対してそれなりに人道的な扱いをしていたようだった。話によれば命令には忠実に従うし、奴等の中にも幼い子供を虐げる事を是としないだけの良心があったのだろうな。或いは、懐柔を狙ってそうしていたかもしれんが」

 

 だが、とヒュースは続ける。

 

「────────ククロセアトロの悪意は、そんな奴等の想像を超えていた。人間として真っ当な扱いを受ける中で徐々に自我を取り戻した検体は、ある日実験体として過ごした日々の記憶がフラッシュバックしたらしい。それが、引き金となった」

 

 記憶の、突発的な想起(フラッシュバック)

 

 それが引き金になったと聞かされ、全員の心中に胸糞の悪いものが生まれた。

 

 折角人間らしい情緒を取り戻した先の、悪夢。

 

 希望が見えた矢先にそれを奪われる、理不尽極まりない結末だった。

 

「突如としてその実験体は金切り声をあげ、姿形を変えて暴走したらしい。加えてその子供の体内から伸びた()がトリュボスの母トリガーに接続されてしまい、瞬間的に爆発的な出力を得た結果大きな爆発が起こり、首脳部のいた区画ごと全てが消し飛んだらしい。その実験体、諸共な」

「…………!」

 

 話を聞き、あまりの凄惨さに修は息を呑んだ。

 

 一方、小南の表情は更に険しくなっている。

 

 心当たりがある。

 

 矢張り彼女は、そういう顔をしていた。

 

「そして、放流された実験体を拾った他の国々でも同じ事が起こった。細部は違うが、一様にその実験体達は人間らしい情緒を取り戻した直後にそういった暴走を起こした。トリュボスのように運悪く(マザー)トリガーの近くで暴走が起きてしまった場合は、かなりの被害を齎したようだな」

「なんで、そんな事に…………」

「…………予想はできるぞ」

 

 惨憺たる内容に修が絶句する中、遊真が成る程、と頷く。

 

 今の話を聞き、どうやら思うところがあるらしかった。

 

近界(あっち)の戦場でも時々あったよ。緊張の糸が切れた途端に仲間を失った光景なんかが蘇って、突然叫び出す奴なんかが。聞いた感じ、その実験体ってのはククロセアトロで碌でもない扱いを受けてたんだろ? だったら、情緒を取り戻した瞬間にその時の記憶が蘇って、麻痺していた感情が一気に爆発してもおかしくない」

 

 遊真の言う事には、筋が通っていた。

 

 恐らく、実験体は惨憺たる扱いを受ける日々の中で感情を麻痺させて、己の心を守っていたのだろう。

 

 そうでもしなければ耐えられない程、実験体としての日々は辛く苦しいものだったに違いない。

 

 しかし、人間らしい扱いを受ける中で封じていた情緒が蘇り、感情の麻痺という予防線のない状態でかつての記憶が蘇ってしまった。

 

 そうなればパニックに陥り狂乱する事は、容易に想像出来る。

 

「そうだな、オレも同意見だ。それだけならば、まだ心理療法とやらでどうとでもなった。問題は────────────────ククロセアトロの連中は実験体に感情の昂りを引き金とする機能、「臨界」を仕込んでいた事だ。これは、ロドクルーンで匿われていた技術者を処刑する前に尋問した結果分かった事だがな」

 

 感情の昂りを引き金とする機能、「臨界」。

 

 それがどういうものかは、既に文脈で想像出来ていた。

 

 それだけに、ククロセアトロの悪辣さが否が応でも浮かんで来る。

 

「…………心を閉ざした実験体達を見たククロセアトロの研究者は、()()()()()らしい。「情緒を取り戻した時の感情の昂りを引き金とすれば、爆発的な力を発揮出来る丁度良い起爆剤になるのではないか」とな」

「それって…………」

 

 ああ、とヒュースは頷く。

 

「奴等は実験体が人間的な扱いを受け、情緒を取り戻した瞬間に起動する起爆装置を仕込んでいたんだ。研究者は「リミッター解除システム」と言ってぺらぺらと饒舌に話していたらしいが、結果としては自爆装置と変わらん。実験体の限界を無視した力を引き出すのだから、身体が耐え切れる筈もないからな」

 

 ヒュースの言葉に、小南達の中に凄まじい嫌悪感が沸きあがる。

 

 ニュアンスからして、その捕らえられた研究者は何の良心の呵責もなくまるで日々の実験の成果を報告する時のように話していたのだろう。

 

 それがククロセアトロの非人道性を象徴しているかのようで、嫌な気持ちを抱く。

 

 同じ人間とは思えない、畜生のような所業の数々。

 

 ヒュースから聞いた話だけでも、ククロセアトロに対して圧倒的な嫌悪感を抱くには充分過ぎた。

 

「少なくとも、(マザー)トリガーに接続してしまった実験体は例外なく当人ごと吹き飛んだという話だ。小南が木岐坂を制圧した時にそうならなかったのは、母トリガーの存在しない玄界である事も大きかったのだろうな」

「…………」

 

 小南の背筋に嫌な予感が奔ると共に、成る程、と心中で頷く。

 

 迅が何故あのガロプラ防衛戦の時、樹里を基地から遠ざけていたのか分かってしまったからだ。

 

 ヒュースは知らないが、この世界にも(マザー)トリガーは存在する。

 

 それは本部の地下深くに安置されており、アリステラの王女である瑠花が管理を請け負っている。

 

 恐らく迅は、本部の近くで樹里が暴走する未来(ルート)も視ていたのだろう。

 

 何かが違えば、あの夜その暴走が起きてもおかしくはなかったという事だ。

 

 そしてその場合、母トリガーの近辺での暴走は最悪の事態を招く可能性がある。

 

 だからこそ、迅は樹里を基地から離れた場所に配置するように働きかけたのだろう。

 

 彼が何処まで樹里の情報を把握しているかは分からないが、そういう判断は普通に出来る少年なのだから。

 

「け、けど木岐坂先輩はこの世界の人間だぞ? 近界に攫われたなんて話は────────」

「────────木岐坂は、四年前の大規模侵攻から三年の間()()()()()だったらしいな。なら、四年前に攫われて一年前のククロセアトロ滅亡の際に放流されたとすれば、辻褄は合う」

「…………!」

 

 ヒュースの指摘に、全員が息を呑む。

 

 確かに、辻褄は合ってしまう。

 

 樹里は四年前の大規模侵攻から三年の間、消息の一切が分からなかった。

 

 そして、一年前────────────────即ち、ククロセアトロが滅びた直後に姿を見せている。

 

 確かにそれならば、四年前に攫われて一年前のククロセアトロ戦役の際に放流された、と考えれば時期的にも辻褄は合う。

 

 合ってしまう、のだ。

 

「加えて既に「臨界」らしき現象が起きていた事、更に今後似たような事が起こると迅が予知したのならば、最早疑いようはないだろう。木岐坂樹里は、ククロセアトロが放流した実験体だ。間違いなくな」

 

 よって、ヒュースの言に筋が通る。

 

 状況証拠的にも、樹里が件のククロセアトロから放流された実験体である事はほぼ間違いないように思える。

 

(もしかして────────)

 

 小南は、ふと気付く。

 

 樹里の事を考えた際に、当然ながら彼女が慕う佐鳥の事についても頭に浮かんだ。

 

 佐鳥は小南の従兄妹である嵐山の隊のメンバーなので、彼女自身ともある程度親交がある。

 

 その佐鳥が、不意に樹里に対して何か罪悪感を抱いたような顔をする時があるのだ。

 

 彼と樹里の関係性がイマイチ分かっていなかった為その時には突っ込まなかったが、仮に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えればどうだろうか。

 

 佐鳥の性根が限りの無い善性である事は、小南は理解している。

 

 その佐鳥が心身共にボロボロな樹里を前に親身になって接しただろう事は、容易に想像出来る。

 

 しかしその結果樹里の記憶がフラッシュバックし、「臨界」が起きてしまったとすればどうだろうか。

 

 恐らく迅はそれとなく佐鳥に樹里への接触を慎重にするよう進言したかもしれないが、それを聞かずに自身の善性を優先して行動したとしたら。

 

 その結果、樹里が「臨界」に至ってしまっていたとしたら。

 

 彼は自分の所為だと、途轍もない罪悪感を抱くのだろう。

 

 迅は未来視という文字通りの神の視点を持っているが為に、他者とは物の視方が違う為共感を得難い部分がある。

 

 そういった価値観の乖離によって佐鳥は迅の言葉を信用し切れず、自分の善性に従った可能性はある。

 

 今の佐鳥の樹里に対する一見すると臆病な程に慎重な姿勢は、その時の経験に起因するものかもしれない。

 

 少なくとも小南は、そう思い至ったのであった。

 

「…………それで、その「臨界」とやらをどうにかする方法はあんの?」

「少なくとも、今までオレが知る事例では実験体が無事に済んだ事はない。近界の星には例外なく(マザー)トリガーが存在する上、玄界(こちら)と違ってほぼ全てがトリオン製の建物だ。実験体の暴走を助長する要素が多過ぎて、一度「臨界」に至ってしまったが最後まず助からん」

 

 だが、とヒュースは続ける。

 

(マザー)トリガーがなく、トリオンに依存していない玄界であれば、可能性はあるだろう。事実として小南が一度制圧に成功している以上、やりようはある筈だ。具体的な作戦は、今後詰めていくしかないだろうがな」

「OK、なんも分かんないって事ね。いいわ。それならそれで、あたし等の総力をあげて取りかかるだけよ」

 

 小南はそう言って、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

 樹里の背景は、理解出来た。

 

 今後起き得る事態も、生半可なものではないだろう。

 

 だが、可能性がゼロではないとだけ分かれば充分だ。

 

 一人では無理かもしれないが、皆で頑張ればどうとでもなる。

 

 それが、ボーダーという組織の強みなのだからと、小南は笑うのだった。

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