香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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佐鳥賢⑦

 

 

「すぅ…………」

「寝ちゃったか。なんとか機嫌は直して貰えたけども」

 

 佐鳥はベッドで眠る樹里を横目で見ながら、大きく溜め息を吐いた。

 

 あの後、ご機嫌取りの為に鹿のやでどら焼きを購入。

 

 その足で買い物も済ませ、樹里のマンションへ同行。

 

 夕食を食べた後、お泊りのおねだり(いつものやりとり)を経てなんだかんだで誘惑を跳ね除けつつ樹里を寝かしつけ、今に至る。

 

 今日はいつもより誘惑が強烈だった気がしないでもないが、その程度で折れる佐鳥の鋼の精神ではない。

 

 まあ、全く魔が差さないと言えば嘘になるが、そこで欲望よりも理性が勝つのが佐鳥という少年の善性の証明である。

 

 以前の綾辻の話が頭に過って「少しくらいいいんじゃ」と思わなくもなかったが、そこはそれ。

 

 佐鳥の鋼鉄の精神は、まだ健在なようであった。

 

(とはいえ、今日はちょっと危なかったなぁ。なんかボディタッチ多めな気もしたし、やっぱなんだかんだ不安や不満があったのかも)

 

 佐鳥は眠る樹里を見て、再度ため息を吐いた。

 

 今日佐鳥は玉狛支部へ向かう香取達へ配慮し、予定を手早く終わらせて樹里を連れ帰っていた。

 

 玉狛支部でするであろう話の()()を鑑みれば、彼女を同席させるのは絶対に避けなければならなかったからだ。

 

 何せ、修や遊真はある程度エネドラ経由で()()()の事を聞いている。

 

 その上、遊真とヒュースは近界民だ。

 

 何の切っ掛けで近界にまつわる話が出て来るか分からない以上、樹里がそこに居合わせる事は何が何でも防がなければならなかった。

 

 これは単に組織のしがらみどうこうの話ではなく()()()()()()()の話だ。

 

 流石に香取隊に全ての情報を開示するとは思えないが、何の切っ掛けが()()の引き金になるか分からない以上、警戒するに越した事はない。

 

 加えて、今は迅から樹里に関する悪い未来が確定で予言されている状況なのだ。

 

 少しでもそれに繋がる道筋は、排除しなくてはならない。

 

 最終的に防ぐ事は出来ないのだろうが、可能な限り先延ばしにするのは不可能ではないだろう。

 

 行き付く先は同じであっても、時間さえ稼げばそれだけ準備を整える事が出来る。

 

 明らかなリスクを孕む行動は、阻止して然るべきであった。

 

(とはいえ、それを樹里ちゃん本人に正直に話せないのがもどかしいよな。まあ、話すのは絶対にタブーだから仕方ないんだけど)

 

 なお、それらの事情の詳細を樹里に話すのは不可能である為、結局のところ「理由は言えないけど我慢して」と説明する他ないのが辛いところだ。

 

 幸い樹里はこちらが彼女の為を想って行動しているのを理解してくれているので、深く突っ込まれた事はない。

 

 しかしそれはそれとして不満が溜まるのは事実のようで、その度合いによってその日の「おねだり」の内容や強烈さが変わって来るのだ。

 

 そういう時樹里は言葉ではなく態度や行動で不満をアピールする為、それを察して動くようにしなければならない。

 

 普段は自分の意見はズバズバ言うタイプの樹里であるが、そういう時に限っては女子特有の面倒臭さが全開になるので、気を付けて相手をする必要がある。

 

 とはいえ、佐鳥にとっては慣れたものだ。

 

 今回も好物で釣った上で家まで同行し、その後は樹里の要請で眠るまで傍にいる事でどうにか機嫌を直して貰った。

 

 合鍵を受け取っているので、樹里が寝た後でマンションを出て施錠する事に支障は無い。

 

 異性の佐鳥が樹里のマンションの部屋の鍵を持っているのは傍から見れば問題しかないが、とうの樹里から熱望され押し切られて今に至る。

 

 以前樹里が帰宅後うとうとしながら食事を取っていた際に、佐鳥が「眠そうだしもう帰るね」と言った瞬間、樹里は眼を細めて「賢が合鍵持てばいいじゃん」と言い出したのだ。

 

 流石に女の子の部屋の合鍵を男の佐鳥が持つのはどうかという押し問答をしたのだが、樹里は「賢なら大丈夫」「賢に持ってて欲しい」として引かず、結果として合鍵を持つ事を了承させられたのだ。

 

 それ以来「合鍵持ってるからいいでしょ」との事で夜遅くまでマンションに残る事を要請されるようになったので、半ば確信犯だったのでは、と疑っている。

 

 以前は「樹里ちゃんが寝ちゃうと鍵締めれないから」と言って断っていたのを、根に持っていたのかもしれない。

 

 天然気味なようでいて割と計算高いところもある樹里なので、狙ってやった可能性は否定し切れない。

 

 まあ、そういう所も可愛いな、と思ってしまう時点で色々手遅れではあるのだが。

 

「ん…………」

「…………っ!」

 

 樹里が寝返りを打ち、その拍子に彼女がこちらの方を向いた状態で布団がはだけてしまう。

 

 寝間着のボタンが緩かったのか一番上の部分が外れ、樹里の白い胸元が見えそうになる。

 

 慌てて佐鳥は布団をかけ直し、ばくばくする心臓を押さえながらはぁ、とため息を吐いた。

 

(っとに心臓に悪いっ! ホント、男の子の前で無防備に寝てくれちゃってるの目に毒どころの騒ぎじゃないってのっ!)

 

 はぁ、と佐鳥は内心で毒づきながら、頬を赤らめた。

 

 自分を好いてくれている容姿端麗な少女の寝姿を見て何も思わない程、佐鳥は枯れてはいないし朴念仁でもない。

 

 かといって下手に彼女の内面に踏み込めば色々と問題が起きる可能性がある為、泣く泣く我慢を重ねているのが現状だ。

 

 下手に樹里の心を解きほぐすような真似は避けなければならない以上致し方ないし、元を辿れば佐鳥に原因があるので文句を言える立場でもない。

 

 なので不満は内に溜め込まざるを得ず、佐鳥は悶々とした日々を過ごしていたのだ。

 

 紳士でいる為には、相応の労苦が必要という話でもある。

 

 少なくとも男として生理現象が反応しないワケではないので、日々大変な想いをしながら樹里に接していた佐鳥であった。

 

 そういう佐鳥だからこそ上層部からも樹里の世話と監視を任されているのであり、それを裏切るワケにはいかない以上仕方のない話ではある。

 

 責任感が強いのも、それはそれは悩みの種ではあるのだ。

 

「…………そろそろ帰ろ」

 

 佐鳥は何度目か分からない溜め息を吐きつつ、諸々の片付けを済ませて樹里の部屋を後にした。

 

 途中、部屋の隅に投げ捨てられた下着が目に入ってしまったが、流石にそれに触るワケにはいかないので見なかった事にした。

 

 幾らズボラだと思っても、流石に異性の使用済の下着を勝手に移動するワケにはいかない。

 

 樹里の事だから、着替えた際に片付けるのが面倒だと放置していたに違いないが、それを指摘するには勇気がいる。

 

 後から指摘した際、「じゃあ片付けていいよ」と言われても困るし、どちらにせよ空気が微妙になるので却下である。

 

 いつまでも放置するようなら注意しなければならないが、流石にそれはないと思いたい。

 

 …………思いたい、のだが面倒臭がりな樹里ならば有り得てしまうのが困りものだ。

 

 その時は意を決して注意しなきゃな、と別の意味で悲壮な覚悟を決める佐鳥であった。

 

「ん? 迅さんか」

 

 そして、佐鳥が樹里のマンションを出た直後、携帯に着信があった。

 

 確認すると迅からのものであり、恐らくはこちらがマンションを出るタイミングを視て図っていたのだろうと思われる。

 

 なんだろうと思いつつ、佐鳥は携帯を取った。

 

『やあ、佐鳥。今出たところかな』

「はい、視られた通りだと思いますよ。それで、何の御用でしょうか?」

『報告とお礼をね。今日は気を遣ってくれて、助かったよ。これでまた一歩、解決に向けた道筋(ルート)が舗装出来たから』

 

 迅はそう言って、電話の向こうで佐鳥に謝辞を述べる。

 

 その意味を理解出来ない程、佐鳥は鈍感ではなかった。

 

「やっぱり、天羽の件は迅さんの差し金だったんですね」

『言ってしまえばそうなるね。このタイミングで天羽が動いて状況が好転する未来が視えたから、少しお願いをしていたんだ。「香取隊の事を気にかけて欲しい」ってね』

 

 迅はあっさりと、佐鳥の指摘を認めた。

 

 今回の流れにどうにも作為的なものを感じていた佐鳥は成る程、と頷く。

 

 そもそも、人前に滅多に出ない天羽が親交のある若村の事を気にしていたとはいえいきなり解説を引き受ける、という所からおかしかったのだ。

 

 気にしていたのは事実であろうが、それならそれで観戦席に赴けば良いだけの話である。

 

 人混みが苦手な天羽が下の観戦席に行けるかはともかく、それならそれで上層の観戦席に行けば良いだけの話だ。

 

 あそこは基本的に正隊員の中でも限られたメンバーしか利用しないし、下と違ってC級は基本立ち入らない。

 

 その利用する面々も二宮や太刀川といった癖の強い面子ばかりなので、強者以外に興味のない天羽でも無理なく利用出来るだろう。

 

 そうせずに何故か解説席という目立つ場所に行く意味など、そうそうある筈もない。

 

 だが、迅の介入があったとなれば話は別だ。

 

 天羽はなんだかんだで迅と仲が良いし、彼のお願いならば引き受けてもおかしくはない。

 

 彼とは殆ど接点のない佐鳥に推察出来るのはこの程度だが、それでも「天羽が解説を引き受けた」という違和感はこれで解消出来た。

 

「それで、今回はなんで香取隊を玉狛に行かせたんです? 協力要請なら、迅さんからして貰えば良いのに」

 

 残る疑問は、何故そこまでして香取隊に玉狛へ向かわせたかである。

 

 とうの迅本人が玉狛の人間なので、彼等に働きかけるならこんな迂遠な手段を使わずとも、彼本人が伝えれば事足りる。

 

 玉狛支部は迅を含めて基本的に善人の集まりであり、真摯な頼みを断る者は一人もいない。

 

 普段からこの世界の為に動いている迅からの直接の頼みであれば、二つ返事で引き受けるだろう。

 

 そうせずにわざわざ香取隊を動かした事に、何かの意味がない筈はないのだ。

 

『彼女達が直接、玉狛支部に行く事に意味があったんだ。少なくともそうしなきゃヒュースの口は重いままだったし、小南の本気度も違って来る。それだと一手対処が遅れる可能性があったから、このタイミングでの香取隊の支部訪問は必須だったんだよ』

「ヒュース、ですか」

 

 ああ、と電話口の向こうで迅が頷く気配を見せた。

 

『ヒュースは()()()について、情報を持っていた。けれど、基本的にアイツは自分の国が関わる事について滅多な事じゃ話さない。だからこそ、ヒュースには自発的にそれを話して貰う()()()()が必要だったんだよ』

 

 佐鳥は知る由もないが、ヒュースは頑なに「アフトクラトルについての情報は話さない」と情報開示については非常に融通の利かない姿勢を見せていた。

 

 そのヒュースからしてみれば、「例の国」の話は明確にアフトクラトルの不利益に繋がる為、口を閉ざしていたのである。

 

 しかし、樹里がその国に関連しているという確信を得た事で、その矜持を口を閉ざし続けるデメリットが上回った。

 

 結果としてヒュースは自ら情報開示に踏み切り、今に至る。

 

 迅は香取隊が支部を訪れる事でそうなる未来は視えていたが、かといってその話の内容を一字一句まで理解出来るというワケでもない。

 

 彼が視る事の出来るのはあくまでも未来の()()()()映像なので、会話内容まで全てを把握する事は出来ないのだ。

 

 よってヒュースに口を割らせる為には特定の条件を揃えた上で、香取隊が支部を訪問する必要があった。

 

 天羽に依頼した内容は、彼に香取隊と会話をする機会を与え、間接的に樹里の現状を知らせた上で彼女達を玉狛支部へ向かわせる為のものだった。

 

 迅は鬼怒田を通して「樹里に現状で異常はない」と伝えてしまっているので、今更本当の事を話せば話が拗れる未来が視えていた。

 

 その為に部外者であった天羽を使い、自発的に動くように誘導したというワケである。

 

「成る程、了解しました。やっぱ、今日の事は余計なお節介じゃなかったみたいですね」

 

 勿論、佐鳥が気を利かせて樹里を連れ出すのは想定の範疇だったろう。

 

 佐鳥ならば、樹里が玉狛支部へ行った結果のリスクを考えない筈がない。

 

 あそこは、本部よりも気軽に近界の話が飛び交う場所だ。

 

 近界民は排除しなければならない外敵である、という姿勢をアピールしている本部では、余程の事がない限り近界に関する話を一般隊員の前でするという事はない。

 

 しかし、親近界民を標榜する玉狛では近界民を複数名擁している事もあり、日常会話の延長線上で近界の話が出る場合がある。

 

 そんな所に樹里を連れて行けば、どういう反応が起こるか分かったものではない。

 

 そういう意味で、佐鳥の行動はファインプレーと言える。

 

 迅からすれば、想定された最善の行動ではあったのだろうが。

 

『ごめんね。いつも利用するような形になっちゃって」

「謝らないで下さい。元はといえば、オレが迅さんの忠告を聞かなかったのがそもそもの元凶なワケですし」

『あの時は、おれの側も誠意が足りなかった。だから、何度も言うけど君がそこまで気にする事はない────────────────とは言っても、気にしちゃうんだろうけどね』

「…………」

 

 迅の指摘に、佐鳥は押し黙る。

 

 そして、彼の脳裏にかつての記憶が蘇って来る。

 

 ────────えっと、こんにちは! オレは佐鳥賢、君の名前は?────────

 

 ────────な、まえ…………? わた、し…………なまえ、なんだっけ…………?────────

 

「…………っ!」

 

 そこで、佐鳥は息を呑む。

 

 当時の情景が頭の中にありありと蘇り、その「結末」までも思い出してしまったからだ。

 

 それは今でも佐鳥の心を蝕む棘となっており、思わず胸を押さえて蹲る。

 

『…………! 大丈夫っ!?』

「あ、へ、平気っす。ちょっとフラついただけなんで」

『…………そっか』

 

 佐鳥に何が起きたかを察した迅は心配するが、返答を聞き重々しく溜め息を吐いた。

 

 この件に関して彼がどれだけ負い目に感じているかを知っている以上、下手に踏み込めない。

 

 そんなもどかしさが、電話口から伝わって来るようであった。

 

『色々ごめんね。じゃあ、また後で』

「はい、お疲れ様でした」

 

 そして、迅は会話を終わらせる事を選び佐鳥はそう言って電話を切った。

 

 ふぅ、と何度目かも数えられない溜め息を吐き、佐鳥は星一つない空を見上げた。

 

「…………ままならないよなぁ、ホント」

 

 佐鳥は呟き、歩き出す。

 

 暗い夜空を仰ぐ佐鳥は、そのまま街の雑踏へ消えて行った。

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