香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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ガロプラ⑩

 

 

「迅さん、どこにかけてたの?」

「ちょっと難儀な子にアドバイスをね。一応、誠意は見せないといけなかったし」

 

 迅はそう言って、尋ねて来る遊真に笑い返す。

 

 遊真は迅の口元を視るが、黒い煙は出ていない。

 

 どうやら嘘ではなさそうだが、全てを語るつもりはないらしい。

 

 こういう時の迅は何を言っても無駄なのは経験則で分かっているので、遊真は内心でため息を吐いた。

 

「迅さん、悪ぶるのも程々にした方が良いと思うよ。そういうのって、やってるうちに誤解だらけになるもんだし」

「…………そうだね。善処するよ」

 

 迅の返答を聞き、あ、これ言っても駄目なやつだな、と遊真は悟る。

 

 彼の露悪的な振る舞いには慣れていたが、どうやらこれは彼なりのケジメというか処世術らしく、言っても直す気がないようであった。

 

 未来視という異能を持つ迅はその視点が俯瞰的過ぎて、他者の理解を得難いところがある。

 

 それについて迅は理解をして貰おうとするのではなく、「苦しいのは自分だけで良い」と抱え込む悪癖があるようであった。

 

 電話の相手に対して何らかの罪悪感を抱いている事は察したが、流石にその内容までは読み取れない。

 

 遊真の副作用(サイドエフェクト)はあくまでも嘘が分かるものであり、心が読めるワケではないのだ。

 

 相手がどの程度発言に嘘を織り交ぜているかは分かるが、そもそもだんまりを決め込めば何も分からないし、相手の考えている事を正確に読み取れるというものでもない。

 

 しかし相手の意思の堅さくらいは経験則で察せる為、遊真はそれ以上の追及を止めた。

 

 迅のスタンスはあまり褒められたものではないが、彼には彼しか知り得ない事情がある。

 

 それを知らない自分が踏み込み過ぎるのはルール違反だと、遊真は判断したのだ。

 

「迅さん、これだけは言っとくよ。迅さんがみんなの為を想って行動してるのを、おれ達は知ってる。だから、そこまで自分を責めなくても良いと思うよ」

「…………! そうだね。ありがとう」

 

 しかし、言うべき事は言っておく。

 

 自分の発言を聞いた迅の顔を見て、やっぱり言っておいて良かった、と遊真は思う。

 

 迅はかなり頑固な性質だが、話が通じないワケではない。

 

 常に自分の信条や決意が上位に置かれているだけで、決して他人の話を無下にするタイプではないのだ。

 

 全ての言葉が受け入れられたとは思えないが、こちらのスタンスは理解してくれたらしい。

 

 だが迅の中の芯がブレた様子は一切ないので、これは根気強くやる必要があるな、と一人思う遊真であった。

 

「それで、今から会いに行く人って誰なの? おれやオサムを連れてさ」

「会えば分かるよ。遊真は一度、会った事があるみたいだしね」

「ほう」

 

 遊真はそう言って、眼を細めた。

 

 今の迅の発言に、嘘はない。

 

 どうやら彼の言葉通りならば自分の既知の相手のようだが、そもそも遊真の交友関係はボーダーのものに限定される。

 

 ボーダーの人間に会うだけならばわざわざこんな夜遅くに赴く理由はないし、生憎それ以外に心当たりがあるワケでもない。

 

 しかし嘘を言っていないという事は、少なくとも一度は会った事のある相手という事だ。

 

「お待たせしました」

「お、来たね。じゃあ行こうか」

 

 そうこうしている内に修が現れ、迅は踵を返した。

 

 話が終わった事を察し、まあ行けば分かるかと遊真は思い直す。

 

 迅はふっと笑って、こちらに振り返った。

 

「遅い時間だけど、ご足労頼むよ。未来に向けて、会っておかなくちゃいけない人達がいるんだ」

 

 

 

 

「…………!」

「やあ、お待たせしました。()()()()()()()

 

 そして。

 

 迅に連れられて行った先には、確かに見覚えのある人物がいた。

 

 銀髪の、何処か生意気そうな顔立ちの少年。

 

 確かレギーとか呼ばれていた、この間侵攻して来た()()()である。

 

 彼の横には、遊真の知らない黒髪の少年も同道している。

 

 見た事はないが、レギーと一緒にいる所を見るに同じガロプラ出身の近界民なのだろう。

 

 素性を思えば彼に近界民以外の知り合いがいるとは思えない以上、それが妥当なところだろう。

 

「てっきりあの髭のおじさんが来ると思ってたけど、やっぱり視た通り君達が来たんだね。隊長は、あちらじゃないのかな?」

「ガトリン隊長からは、自分に裁量を預けられています。私の発言は、我々の総意であると受け取って貰って構いません」

「成る程、了解したよ。別に不満があるワケじゃない。そちらに不都合がないのなら、それで良いよ」

 

 そうですか、とラタリコフは何処か値踏みするように迅を見る。

 

 そして、視線を横に立つ遊真達に移した。

 

「彼等は? 白い髪の少年は、あの時レギーと接触した黒トリガー使いのようですが」

「今後のボーダーの為に、重要な位置にいる子達だよ。今回も、連れて来た方が益になると思ったから連れて来たんだ。うちの支部の子だし、近界民に対する偏見もないから支障は出さないよ」

 

 ふむ、とラタリコフは迅の発言を受けて改めて二人を見る。

 

 彼からすればレギーとちょっとした因縁のある遊真はともかく、修は完全な初対面だ。

 

 修はあの時ヒュースと行動を共にしていたので、直接ガロプラと接触するタイミングがなかったのだ。

 

 当時角の出ているアフトクラトル製のトリオン体になっていたヒュースを他の隊員に見せるワケにはいかなかった以上、身分を保証出来る修が同道するのは絶対条件だった。

 

 流石に捕虜待遇のヒュースを単独で行動させるワケにはいかなかった以上、当然の処置ではある。

 

 修ではヒュースが何かをした時止められないが、そもそもヒュースを一人でどうにか出来る存在などそういない。

 

 しかし迅の未来視にヒュースが裏切るような未来は一切映っていなかった為、ほぼ独断でこの采配を決めていた。

 

 なので、ガロプラの面々からすれば修はトリオンが弱く戦闘経験も浅そうな、一見して素人の少年にしか見えないだろう。

 

 されど、この場の優位性は迅の方にある。

 

 何せ、彼等は迅と結んだ契約の一環として、此処を訪れているのだから。

 

「じゃあ、話をしようか。契約通り、あの夜の異変の詳細について聞かせてくれるかな」

 

 

 

 

「────────寄生型トリオン兵に、ククロセアトロの技術の残骸か。想定していた以上に、複雑な事情が絡んでいたんだね」

 

 迅はラタリコフの話を聞き、成る程、と頷いた。

 

 聞かされた内容は、鬼怒田が推測していた内容とほぼ変わりはない。

 

 驚きなのはあの異形のトリオン兵に関する説明書がわざわざ彼等の下に送付されていたという奇想天外な顛末であり、改めてククロセアトロという国家の異常性が浮き彫りになった。

 

 話を聞いていた遊真達も驚いており、修も開いた口が塞がらないようだった。

 

 それはそうだろう。

 

 相手に無断で余計な機能を付けていた上に、いけしゃあしゃあとその説明書まで送り付けるように仕込んでいたのだ。

 

 面の皮が厚いとか、そういうレベルではない。

 

 人の感情の機微を一切理解しない、ただ合理のみを優先する虫のような異形の精神性。

 

 その行動からは、そういった非人間的な要素が感じられた。

 

「確認するけれど、もうそのロドクルーンって国にも君達の国にもククロセアトロの関係者はいないんだね?」

「ええ、ロドクルーンが匿っていた研究者はアフトクラトルに囚われて処刑されたそうですし、我々の所にも国交の勧誘は来ましたが王がそれを跳ね除けて以降接触はありません。今回の事は、我々にとっても寝耳に水でした」

「そのようだね。今回の件に関して、君達に非はないようだ。その点に疑いはないよ」

 

 迅はそう言って、にこやかに笑みを浮かべた。

 

 ラタリコフはそれを胡乱な目で見た後、こほん、と咳ばらいをする。

 

「それで、あのメモに書かれていた事は本当なのですか? 貴方は、未来が視えると」

「本当だよ。ああ、ちなみに確認の為に当てさせようとしているものに関しては、銀色の輪っかかな? 腕輪(ブレスレット)のように見える。植物の模様が彫ってあるね」

「…………!」

 

 その言葉に、ラタリコフは勿論レギーも息を呑んだ。

 

 そして、そのままポケットに手を入れ銀色の腕輪を取り出す。

 

 確かに迅の言う通り、植物の文様のようなものが彫ってあった。

 

 流石にこうまで言い当てられては、信じるしかないというものだ。

 

「君達の侵攻の事も未来を視て知っていたから、準備万端で待ち構えてたんだ。だけど、あの時の異形のトリオン兵────────────────アラフニ、だったか。あれだけは、想定外だったんでね。事情が全く分からないから、それについて聞きたかったんだよ」

「…………成る程。しかし、それを我々に開示したのは何故です? 情報提供は、既に契約に盛り込まれていた。余計な情報を与える意味はないのでは?」

「そうでもないよ。確かに此処までは、()()の範疇だ。でも、そちらに()()をして貰いたい以上は誠意を見せないといけないからね」

 

 ふむ、とラタリコフは考え込む仕草を見せた。

 

 彼の認識では、自分達はあの時レギーを救って貰う為に結んだ契約の対価として情報提供に来ているものだと考えている。

 

 ククロセアトロの件については話したところで自分達の不利益になるワケでもないし、そこまで重い対価というワケではないのでこうして赴いたのだが、どうやら迅は()()()()を求めているらしかった。

 

「協力とは、メモに書いてあった件でしょうか?」

「そうだね。協力、というか取り引きかな。そっちがアフトクラトルに命じられて、おれ達の足止めをしに来た事は知ってる。遠征艇を狙ったのも、その一環でしょ」

「…………!」

 

 迅の発言に、横で聞いていたレギーが目を見開いた。

 

 先程からどうも発言をしないように心掛けているらしかったが、迅が想定以上に自分達の事情を知っている事に対して慄いていたらしい。

 

 それを横目で見つつ、迅は話しを続けた。

 

「でも、こっちとしちゃ何度も襲撃されるのは少し困るんだ。だから、遠征の日程でこっちで手を回して50日程遅らせるから、それを以てアフトクラトルに任務成功の報告をすれば良い。どうかな?」

「メモに書いてあった内容ですね。確かに我々としては好都合ですが、そちらのメリットは?」

「言った通りさ。何度も襲撃されるのはこっちとしても困るし、妨害の内容次第じゃ50日じゃ利かない遅延が出る恐れもある。それに、民間人に被害を出したくないって理由もあるから、穏便に事が済むならそれ以上の事はないんだ」

 

 それから、と迅は続ける。

 

「条件が良過ぎて信用出来ないって言うなら、要求を付け足すよ。ガロプラのように、今後こちらを攻めて来る可能性のある属国の情報と、ククロセアトロについて知っている情報が他にあれば教えて欲しい。どうかな?」

「…………我々に、アフトクラトルを裏切れと?」

「そんなの、アフトの捕虜から聞きだしゃいいだけの話じゃねーか!」

 

 レギーは流石に突っ込まざるを得なかったのか、ジロリと迅を睨みつけた。

 

 彼からしてみれば、こちらはアフトクラトルの捕虜を確保しているのだからそちらに尋問して聞き出せば良いだろう、としか思わない筈だ。

 

 その発言に対し迅はいや、と首を振る。

 

「アイツは頑固者でね。何があっても主人の国についての情報は漏らさない、って一点張りなんだ。相当な例外でもなければ、彼の口から属国やそれに類する情報は貰えないっておれの副作用(サイドエフェクト)がそう言ってる」

 

 それに、と迅は続ける。

 

「────────ククロセアトロの情報は、どんな小さなものであっても手に入れておきたい。これが、正直本音なんでね」

「…………!」

 

 迅の言葉に、ラタリコフは眼を見開いた。

 

 少々胡散臭い発言が続いた迅であるが、今の発言に嘘はないと直感で見破ったのだろう。

 

 彼の眼の色が、目に見えて変わった。

 

「…………それは、そちらで確保している()()()()()()()()()()に関連する事でしょうか?」

「察しが良いね。その事については、アフトクラトルから通達があったのかな?」

「ええ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とまで言っていました。彼の国に関しては、アフトクラトルの側も相当に警戒しているようです」

 

 成る程、と迅は頷く。

 

 想像はしていたが、どうやらアフトクラトルの中でククロセアトロに関連する事は相当なアンタッチャブルな案件になっているようだ。

 

 エネドラやヒュースの話を聞く限り当然と言えば当然だが、ククロセアトロの悪名はどうやら近界ではそれなりに知られている事らしかった。

 

「質問をしてもよろしいですか?」

「ああ、構わないよ」

「では。他の国では、ククロセアトロの遺物を回収してから遅くとも数年以内には、「臨界」が発生していました。あの少女に関して、それはなかったのですか?」

 

 ラタリコフの質問は、当然といえば当然の内容だった。

 

 ヒュースの話では、ククロセアトロの遺物と称される漂流者を拾った国では例外なく「臨界」と呼ばれる事象が起き、甚大な被害を齎している。

 

 しかし彼の見た限り、この世界にそういった被害の痕跡は見えない。

 

 警戒区域には無数の破壊痕はあったが、あれは恐らく先の大規模侵攻の際のものだろう。

 

 「臨界」が起きればあの程度では済まない事は、知識として知っている。

 

 だから、問うたのだ。

 

 この世界で、「臨界」は起きているのか否かを。

 

「結論から言うと、それらしい事は一度起きたよ。けど、こっちで鎮圧出来たから大した被害は出なかったんだ」

 

 でも、と迅は続ける。

 

「此処からが本題でね。例のアラフニっていうトリオン兵の干渉の影響で、遠くない日にもう一度その「臨界」が起きるみたいなんだ。多分、まだ君達の星がこの世界の近くを周回している状態でね」

「…………! それ、は…………!」

 

 流石に聞き逃せない情報に、ラタリコフは眼を剥いた。

 

 隣のレギーも驚いた様子で、口をぱくぱくと開閉させている。

 

「そういうワケで、おれ達と君達はいわば運命共同体なんだ。今後の未来の為にも、可能な限りの協力体制を結んでおきたい。理解して貰えたかな?」

 

 迅はそう言って、不敵に笑いかける。

 

 爆弾そのものと言える情報の投下を以て、交渉の主導権が完全に迅の側に握られた瞬間であった。

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