「…………それは、事実ですか…………?」
「ああ、おれの
そうですか、とラタリコフは神妙な顔で頷く。
無理もないだろう。
聞く限り、「臨界」というのは本来相当な規模の被害を齎す未曾有の災害に近い。
それが自国の近くで起こるとあっては、気が気でないに違いない。
近界国家は乱星国家という例外を除き、決まった軌道を周回するように動く星々だ。
当然ガロプラもその例に漏れず、現在はこの世界────────────────
つまり、それだけガロプラ本国がこの世界の近くに存在し、尚且つその状態で「臨界」が起きるというのだ。
本国への影響を危惧するのは、自明の理と言える。
「じょ、冗談じゃねーぞっ! そんなのが分かってて、なんでソイツを放置してんだっ!? 閉じ込めるなり始末するなり、やりようはあるだろーがっ!」
それはレギーも同意見だったのか、声を荒げて糾弾する。
始末する、という文言を聞いた遊真は眼を細め、冷ややかな眼でレギーを見据えた。
「それ、自分の仲間がその立場に立った時同じ事言えるの? 危険だからって始末してたら、
「ぐ…………」
遊真の指摘に、自分自身感情的になっていた事を自覚するレギーは黙りこくる。
その様子を見てラタリコフは咳ばらいをして、頭を下げた。
「すまない、軽率な発言をした事は謝罪する。しかし、こちらも突然の情報で戸惑っている事は考慮に入れて欲しい。流石に今の話は、冷静に受け止めるには事が大き過ぎる」
「いいよ、気持ちが分かるとは言わないけど驚くのは理解出来るから。そもそも交渉の主体がおれじゃないしね」
そう言って遊真はチラリと、迅の方を見る。
その意図を察した迅は、にこやかに笑った。
「今のはおれのやり方も悪かったからね。遊真も大目に見てくれると助かるよ」
(やられたな。恐らく、ここまで視えていたのだろう。この場に
微笑む迅に対し、ラタリコフはやられたな、と内心でため息を吐いた。
今のように突然爆弾を投げるような流れで会話を持って行けば、感情的になり易いレギーが激発するのは眼に見えていた。
迅は未来が視えるというから、それこそこの光景が視えていたに違いない。
思えば、この場に成人した者がいない事もレギーの口を軽くしていた要因だろう。
流石に目上の男性がいればレギーも場を弁えて黙っていたかもしれないが、今この場にいるのは誰も彼も未成年のみ。
色々と迂闊なレギーの口が軽くなったのも、頷ける話である。
ともあれ、これで交渉は一気に自分達が不利になった。
先に失言をしたのはこちらなので、此処から先の交渉ではある程度譲歩した形にする必要がある。
そもそも迅が言い出した「取引内容」に関してもガロプラ側に有利な条件ばかりなので、元からこれ以上の条件を突きつけるのは厳しいだろう。
これから先はどれだけ相手の提示する条件を軽めに押し留める事が出来るか、そういう
レギーが色々と拙いのは百も承知なので彼を責める気はないが、先程までより厳しい状況に置かれた事は確かだった。
「まず、状況を整理しましょう。貴方の未来視によれば、
「残念ながら、おれの
成る程、とラタリコフは頷く。
具体的な日付が分かっていればその日に本国の守りを固める、という方法も取れたがそれも不明となれば後手に回る他ない。
そして、その場合手っ取り早いのが玄界側と全面的な協力関係を結ぶ事だ。
何せ極論、玄界側はガロプラの被害を考慮する必要がない。
向こうからすればこちらはいきなり攻め込んで来た敵国に過ぎず、何の益もなしに助ける義理など存在しないからだ。
今回は向こうがこちらの持っている情報を欲しがっていた為に取引が成立したが、これまでで開示出来る情報は全て開示してしまった。
情報を担保に出来ない以上、こちらから出せるものは今後の行動方針の策定と人手くらいしかない。
前者に関しては、迅の提案を呑む事で叶えられる。
そもそも自分達はアフトクラトルの命令を穏便に遂行出来ればそれに越した事はなく、玄界側に無用な恨みを買ってまで被害を与えたいワケではない。
波風立てずに任務を終える事が出来ればそれが最良であり、そう考えた場合迅の提案に乗る以外の選択肢は有り得ないとまで言える。
(問題は、何処まで条件を引き上げて来るか、だ。わざわざ自分達の弱みを曝け出した以上、属国の情報提供以外に
そもそも、属国の情報提供だけを求めるならば遺物に関連した事項を伝える必要などない。
こちらの任務を穏便に終わらせてくれる提案をしてくれたというだけで、吊り合い自体は取れているのだ。
だというのに更なる情報を開示した以上は、相応の
「遺物」の臨界が間近という爆弾を投下した、その真意。
それを量らない事には、始まらないだろう。
「単刀直入に聞きます。貴方がたがその情報を開示した上で、我々に求める事はなんですか? 流石にその情報は、こちらの得られるリターンとそちらのリスクが釣り合っておりませんから」
だからこそ、ラタリコフは腹の探り合いを早々に放棄して直球で疑問をぶつけた。
これ以上水面下で争っていても、こちらの益にはならないと判断したのだ。
未来視という反則じみた視点を持つ以上、情報面でこちらが優位を取れる事はまずない。
故にこの相手には、さっさと胸襟を開いた方が効率的だ。
ラタリコフは、そう考えたのである。
「まあ、そう来るよね。お察しの通り、こっちが欲しいのは属国の情報だけじゃない。それに加えて、
「…………成る程、そう来ましたか」
迅の返答に、ラタリコフは頷いてみせた。
予想通りといえば予想通りだった分、ある意味拍子抜けでさえある。
(「神」となる人間を寄越せ、くらいは言って来るかと思いましたが、それもなしですか。いえ、そもそもこちらの確認もしておかないといけませんね)
ラタリコフはそういえば、と思い出し以前から気になっていた事項を確認する事にした。
それは────────。
「ああ、それから一つ聞きたい事がありました。以前、この世界に侵攻をした際に貴方がたの基地の地下深くに強大なトリオン反応を検知しました。あれは恐らく
────────以前の作戦の際に発見した、基地地下のトリオン反応。
それについて、正体を問い質す為だ。
ヨミの分析によれば、その反応は十中八九
しかし、この世界は近界の国と違い、トリオンに依らず発展しているのだという。
母トリガーなしで運用可能な国家、というのが近界出身である自分達には想像すら出来ないが、実際に存在する以上は認める他ないだろう。
だが、この世界の軍の基地の地下から母トリガーに類するトリオン反応が出たとなれば、色々と話は変わって来るのだ。
「我々の認識では数年前にはあのような大きな基地は存在せず、貴方がたボーダーと呼ばれる組織の規模も今程ではなかった。つまりその発展には、地下の母トリガーが大きく関与している。違いますか?」
「正解だよ。基地の地下には、確かに
「…………! アリステラ、成る程。そういう事ですか」
ラタリコフは自分の知る
アリステラとは数年前に滅びた近界国家であり、噂によればこの玄界とも交流があったらしい。
つまり、それの意味するところは。
「即ち、今のボーダーはアリステラ王家の亡命した姿である、と言い換える事も出来るのですね?」
「そういう事だね。アリステラはボーダーの同盟国でね。数年前に攻め込まれた時に救援に行って、国が亡びるのは止められなかったけど王女とその弟は母トリガーと共に逃がす事に成功したんだ。だから今は、アリステラの王女が母トリガーを管理してるよ」
迅はそう言って、ラタリコフの指摘を認めた。
そして、一つの推測を導き出す。
(あちらがここまで胸襟を開いたという事は、純粋に知識と人手を欲しているのは事実のようですね。不躾な質問をした私に咎める事もしないという事は、これも既定路線なのでしょうが)
ハッキリ言って、いきなり相手国の中枢に関する質問をする、というのは使者として褒められた事ではない。
にも関わらずラタリコフがそれを行ったのは、向こうのスタンスを確認したかったからだ。
此処ではぐらかす、もしくは嘘を織り交ぜるようであれば後々こちらを使い捨てる算段で中途半端な情報提供をしている、とも取れる。
その場合は必要最低限の情報提供だけを行い、実際の協力については色々と条件を付けて有名無実にするつもりであった。
だが迅は一切隠す事なく、自国の中枢を明かして来た。
それは紛れもなく有事の際に運命共同体となる覚悟が出来ている事と同義であり、これは今更疑うべくもない。
故に、これからの道筋は決まったも同然だった。
「────────了解しました。貴方がたの世界から手を引く取り引き、及び属国の情報提供に加え、「臨界」のデータと有事の際の協力、謹んでお受けします」
ラタリコフはそう言って、先程見せた腕輪を迅に手渡した。
「これはうちの技術者が開発した通信機兼発信機のトリガーです。対となるトリガーは私が持っていて、これがあればどれだけ離れていてもお互いの位置が分かります。ある程度星が近付けば通信出来て、ほかのトリガーに傍受される事はありません」
「つまり、有事の際はこれで連絡しろって事だね。了解した」
迅はラタリコフの意図を汲み、腕輪を受け取った。
それを確認し、ラタリコフはそれから、と口にする。
「アフトクラトルの属国のデータと「臨界」に関するデータは、後日纏めて持ってきます。出来る限り急ぐつもりですが、数日程度はかかると見込んで下さい」
「充分だよ。少なくとも、そのくらいの猶予はあるみたいだからね」
そうですか、とラタリコフは何処か安心したように胸を撫で下ろす。
流石に数日の猶予もないとなれば焦る事になったのだろうが、その心配まではしなくて良さそうである。
とはいえ、差し迫った危機であるのは事実。
楽観はしていられないなと、ラタリコフは己を叱咤する。
「では、準備が出来次第そのトリガーを使って連絡をします。今後とも、よろしくお願いします」
「…………成る程、大変な事になったものだな」
「すみません、勝手に決めてしまって」
「いや、良い。その状況ならば、我々も手を拱いているワケにはいかんからな。何より、裁量権をお前に預けたのは俺だ。今更文句は言わんさ」
ガロプラ遠征艇。
そこで今回の会談の成果を報告したラタリコフを、ガトリンはそう言って労った。
それを見守る面々は一様に神妙な顔をしており、レギーはずっと俯いていた。
「全く、ラタの足引っ張ってんじゃんか。何やってんだよレギー」
「まあまあ、相手は未来が視えるってんだから仕方ないだろ。むしろ話がスムーズに進んだ分、手間が省けたと思えばいいじゃないか」
「…………」
会談の時に感情的になって足を引っ張ってしまった自覚のあるレギーは何も言えずにウェンの糾弾を受け入れ、コスケロがそれを宥める。
レギーがこの中で最も年若く未熟なのは誰しもが理解している事なので、ウェンの叱責も本気でやっているワケではない。
しかし落ち込んだ状態のレギーには効き目抜群の為、コスケロが仲裁に入った次第であった。
「そうだな、それについてはお前だけの責任ではない。そもそも、お前達に交渉を任せたのは俺だからな。何かあった時の責任は、当然俺にあるとも」
それに、とガトリンはラタリコフを見据える。
「部隊の事はともかく、
「…………はい」
そう言って、ラタリコフは────────────────否。
ガロプラ王族正統後継者、オルカーン=マーダックは頷いた。
仮にも王家の一人として、今回の件は見過ごすワケにはいかない。
だからこそ彼が交渉の場に赴き、決定を下したのだから。
(これから、忙しくなりますね。ですが、やり遂げてみせる。今後の、ガロプラの為にも)
状況は最悪に近いが、活路がないというワケでもない。
今回の玄界との同盟関係は、それを切り開く光明と成り得るかどうか。
その岐路に立たされていると感じる、ガロプラの王子であった。