「────────と、いうワケでガロプラとの同盟締結成功だよ。遊真の話だと契約内容について嘘は言っていなかったみたいだし、あとはあっちの準備が終わるのを待つだけかな」
「よくやった。お前の事だから心配はしちゃいなかったが、これで色々やり易くなるな」
玉狛支部、支部長室。
そこで迅は、先程のガロプラとの会談結果について林道に報告していた。
報告を聞き終えた林道は迅を労い、ふぅ、と息を吐いた。
「俺は行かなくて良いと聞いた時は少し気にはなったが、結果的にそれがプラスになったんなら何よりだ。誠意を見せるって意味じゃあ同道した方が良かったんだろうが、世の中それだけで回る程綺麗じゃねーもんな」
「そういう事だね。場合によってはガロプラは民間人に被害が出る内容の作戦を組んだり、土壇場で契約を踏み倒す
迅の言う通り、ガロプラが同盟を承諾しその上で契約を履行するかは五分五分であった。
こちらの言っている事が信用されなかった場合はそもそも同盟が成立しなかったようであるし、対応次第では同盟は結んだものの有事の際の協力を土壇場で蹴るという
それを防ぐ為にはこちらの強かな部分を見せつけた上で、尚且つ情報の信憑性も明示しなければならなかった。
その為に迅は敢えて林道の同行を避けてレギーの失言を引き出して場を支配し、その失言に対して遊真が不快感を示す所を見せた上で筋道立てた説明を行ったのだ。
あの一連の流れでガロプラ側には自分達の立場の危うさとこちらの仲間意識の高さを認識させた上で、ククロセアトロの情報に関するこちら側の本気度を意識させる事に成功した。
これであちらは迅達が交渉に関しては強かでありながら非常に仲間組織の高い者達であり、尚且つ樹里の一件に関してどれだけの本気度があるかが伝わっただろう。
こちらの感情的な部分を見せた事で相手はこの契約を自分達がどれだけ重要視しているかを理解したであろうし、その上で胸襟を開いて情報を開示した事もあって信用に値する人間であると判断もしてくれた筈だ。
これは林道が同道していたパターンでは有り得なかった未来であり、少なくとも後から付け足した「有事の際の協力」に関しての履行はこうでもしなければ成し得なかったのだ。
「万一何かの切っ掛けで陽太郎の存在が知られてた場合はこっちの情報の証明としてアイツを同行させるケースも考えられたが、そうでもなきゃわざわざ連れてくのはちとリスクが高いからな。それナシで同盟が問題なく結べたってんなら、それで充分さ」
もし、何かの間違いでアリステラの王子である陽太郎とガロプラの誰かがエンカウントしていた場合、彼を生きた物証として交渉の場に連れて行く展開も有り得たが、幸いにもそういった切っ掛けはなかった為今回それは取り止めている。
場合によっては四の五を言っていられないし、一度存在が知れた以上は割り切っていただろうが、それでも陽太郎の存在は不必要に開示して良いものではない。
彼とその姉の瑠花についてはボーダーの最重要機密であり、その素性を他国に知られる事は可能な限り避けるべきだ。
何せ、彼等はボーダーの所有する
他の近界の国々からすれば存在を認知した時点で確実に狙って来るであろうし、そもそも彼等の存在の露見はボーダーの母トリガーの存在を認知させると同義である。
それは可能な限り避けるべき事態であり、今回ガロプラには情報を開示したがそれも必要であったから行っただけで、迅の未来視という担保がなければとてもではないがそんな真似も出来なかっただろう。
現在母トリガーを制御している瑠花を人前に出すという選択肢が絶無である以上、陽太郎の存在を明かすのはこちらに出来る最大限の譲歩であるが、それも時と場合を選んで行わなければならず、尚且つ不要なリスクを避けるに越した事はないので陽太郎の同行は避けたのだ。
かなり遅い時間を指定して会談を行ったのもそれが理由で、陽太郎が起きている内に出かけると彼が付いて来る
陽太郎は歳の割には聡く、自分の立場もしっかりと理解している。
それ故に自分の存在が交渉の益になると分かれば、独断で会談の場に行こうと考える可能性は充分以上に有り得たのだ。
まだ子供なので彼自身の機動力はないに等しいが、雷神丸の背に乗ればその点は解決出来る。
雷神丸の「正体」を鑑みてもなるべくその展開は避けるに越した事はなく、彼の同席を阻む意味でも会談の時間帯をあの遅い時間に指定して干渉を避ける必要があったワケだ。
ガロプラの者達は基本的に誠実な人間が揃っているが、それと交渉相手として完全に信用出来るかはまた別の話だ。
向こうの最優先事項は自国の安全と発展であり、優先するものが異なる以上は潜在的敵国として扱った方が無難に事を進められる。
誠意を見せる事と、何でもかんでも情報を開示する事は似ているようで違うのだから。
そもそも相手に完全な信頼を置けない以上は、保険はかけておくべきなのである。
今回ガロプラには最終的にボーダーの母トリガーの存在とアリステラ王家の生き残りがいるという情報を開示したが、それを開示したのは信用を得る為という事ともう一つ、決定打となる要因があった。
「今回、遊真はあのラタリコフと名乗った近界民の名前の部分に嘘がある、と言っていました。レギーと呼ばれていた方は名前部分に嘘がなかったというのに彼だけ名前を隠した、という事は────────」
「────────要するに、本当の名前を知られちゃ不味い事情があったって事だな。で、ガロプラがアフトクラトルの制圧下にあって王族も皆殺しにされてる、って状況を鑑みりゃあ」
「十中八九、あのラタリコフという少年の正体はガロプラの王族だろうね。そうでもなきゃ、あの場面で偽名を使う意味はないし」
今回の会談の際、ガロプラ側は殆ど嘘を言わなかったが、唯一遊真の
前回の侵攻が初接触であるガロプラの人間がわざわざ交渉の場で偽名を使う以上、そこには何かしらの意味がある。
要するに、あのラタリコフという人物は何かしらの事情で「本当の名前」を隠さなければならない理由がある、という事だ。
そして、ガロプラの状況を鑑みればその意味は一つしか有り得ない。
即ち、素性を隠し生き延びたガロプラの王族である、と。
エネドラの情報によればガロプラの王族は皆殺しにされたという事だし、万が一ラタリコフの正体がアフトクラトルにバレればどうなるかは自明の理だ。
それを防ぐ為に偽名を使っていたのだろうが、まさかこちらに嘘を見抜く
これでこちらは相手に対して決定的な弱みを握る事に成功したと同義であり、万が一の時はこの手札を切るという選択肢が生まれた。
だからこそこちらの最重要機密である母トリガーとアリステラ王家の生き残りの情報を開示したのであり、そうでもなければ流石にこれを知らせるのはリスクが高かった。
場合によってはそうも言っていられなかっただろうが、余計なリスクを背負い込むのを避けるに越した事はないのである。
それこそ陽太郎の存在が知られていれば開示に踏み切るパターンも有り得たが、そうでもない限りは余計なリスクを背負い込むべきではない。
こちらはそれが出来る程余裕のある立場でも、内情でもないのだから。
「それはそうと、ガロプラは有事の時どれだけ協力してくれそうなんだ?」
「基本的には、全面的な協力をしてくれるみたいだね。やっぱり、自国が近くにある時に
そうか、と林道は頷く。
迅の視た通りであるならば、今後の事を考えてもかなりの有益な結果となったと言えるだろう。
今後起きる事が確定している樹里の異変に関しては、用意してし過ぎるという事はないだろう。
ヒュースやガロプラから得られた「臨界」に関する情報や以前の経緯を考えれば、どう考えても最重要の懸念事項として扱うべき事柄だからだ。
そして迅が視た通り、樹里の暴走が母トリガーの近辺で起きる事は絶対に避けなければならない。
現在、ボーダーの基地の地下深くにはアリステラの
万が一にもそれと樹里が接触してしまう事態は避けなければならず、それが知れただけでも意味はある。
(木岐坂さんには悪いけど、幸い彼女は佐鳥の言う事なら大抵は聞いてくれる。そっちの根回しもしておかないとね)
樹里もまたボーダーの一員である以上普段から基地にいるのは避けようがないが、迅が視た未来では殆どの場合暴走は屋外で起きているようであった。
なので今後はなるだけ樹里をボーダー本部に長期間留めておく事は出来る限り避けるよう、佐鳥を通じて誘導した方が良いだろう。
いざガロプラの協力が得られたとしても、有事の際にこちらの不手際で事態が悪化していた、という事は避けるべきだからだ。
暴走時の樹里が母トリガーと接続する事は最悪の結果を招くようであるし、断じてそれは阻止しなければならないのだから。
「そういえば、遊真達はどうした?」
「ヒュースに同盟の事について説明しに行ってるよ。あいつにも協力して貰う以上、説明は必要だからね」
「というワケで、ガロプラの連中とも協力する事になったんだ。ヒュース、問題はないか?」
「問題ない。オレ個人に、ガロプラに対する隔意はないからな」
ヒュースはそう言って、修の説明を受けて首肯した。
修は迅の許可を得て、帰って来るなりヒュースへ今回の会談の結果ガロプラと同盟を結ぶ旨を伝える事にしたのだ。
ヒュースはガロプラを属国としている、アフトクラトルの人間だ。
その為有事の際に諍いが起きては困る為、こうして事前説明の必要があると考えたまでである。
「むしろ、ガロプラ側の反応の方が気になるところだな。隔意があるのは、向こうの方だろう」
「いや、そこはどうとでもなる。相手の出方にもよるけど、ヒュースが戦うとなればあの磁力トリガー────────────────
「成る程、考えているならそれでいい」
そう言って、ヒュースは修の説明に納得を示した。
ヒュースの言う通り、ガロプラからしてみれば彼は自分達の国家を侵略し支配下に置いた憎きアフトクラトルの人間だ。
有事の際だからといって肩を並べて協力するのは難しいだろう事は想像に難くないが、何も正面から姿を晒す必要はない。
それこそガロプラ侵攻時のように、ヒュース自身は姿を隠して
国同士の遺恨というものは言う程簡単なものではなく、一朝一夕でそれを解消する事は困難だ。
しかし、今回の場合事が起きた時限定での協力関係である。
故に互いの関係改善は極論必要なく、要は事が終わるまで滞りなくお互いの能力を使用出来ればそれで良い。
だからこそヒュースは姿を隠し、援護のみに徹すれば問題は起き難いだろうと修は言っているワケだ。
「ヒュースがこっちにいる事は向こうも把握してるだろうけど、姿さえ見せなければ余計な波風を立てようとは思わないだろうっていうのがぼくの考えだ。ぼくは近界の事情には詳しくないけど、二人はどう思う?」
「同意する。ガロプラは、少数精鋭の集まりだ。不必要に事を荒立てる程、彼等の長が考え無しとは思えん」
「おれも同じ意見かな。確かにあのレギーってのは考え足らずに見えたけど、他の人達は軒並みプロ意識が高いみたいだから、ヒュースが姿さえ見せなければ万が一はないと思う」
そう言って、二人は同意を示した。
彼等から見ても、ガロプラは公私混同はせず自身の職務に徹するだろうという見方は強いようだ。
これならば、問題はないだろう。
修は、そう判断した。
「じゃあ、有事の際はそれで頼む。こっちとしても他人事じゃないし、やれる事はしっかりやるぞ。大きな被害が出るような事になれば、遠征にも差し支えるしな」
「了解した。ククロセアトロに関する事となれば、放置するワケにはいかん。全力を尽くす」
「同じく。聞いただけでも厄介ごとってのは分かるし、手を抜く理由はないからな」
二人の近界民は修の号令に対し、そう言って力強く頷いた。
曇天は未だ晴れないが、少しずつ準備は重ねられている。
今夜の事は、その一環であった。