「さって、じゃあ今日も次の試合についてのミーティングをやるわよ!」
放課後、香取は隊室で皆を集めてそう告げた。
今は樹里がいる為、先日の玉狛訪問についての事は口に出さない。
玉狛からの帰還後、「取り敢えずの指針の決定と協力相手の見繕いには成功したからあとは臨機応変でいきましょ」という発言で全員が納得したので、それでこの話は一旦終わりとなったのだ。
まかり間違って樹里にその内容を話すワケにはいかないので、そこの口止めは強めに行われているが。
華は勿論、若村や三浦も事の重大さは理解出来ていたので、そのあたりは特に問題なく了承している。
樹里に隠し事をするのは心苦しいが、一歩間違えればその時点で取り返しのつかない事態を招くとあっては、従う他ない。
勘の良い樹里の事だから何かを隠しているのは察しているだろうが、幸い今のところそれに関して探りを入れて来る様子はないのでこのまま現状を維持するつもりでいる。
明確な解決策がないのはもどかしいが、今出来る事には限界があるのも事実なのでこれが最善だろう。
「取り敢えず、真っ先に片さなきゃいけないのは東隊の問題よね。前回は小荒井と奥寺を各個撃破出来たからどうにか出来たけど、これは転送運も絡むでしょうし今回も旨くいくとは限らないわ」
「そうね。東さんはランク戦に自ら参加しているとはいえ、その立ち位置は指導教官としてのものよ。自ら指揮を執る事はないし、小荒井くんと奥寺くんを落としておけばそこまで無理に戦局に関わる気はないでしょうから二人の撃破は最優先事項なのは変わらないわ」
二人の言う通り、東隊を相手にする場合は小荒井と奥寺の撃破が急務となる。
東は隊長として今の東隊に在籍しているが、彼は指導教官としての立ち位置が強く、部隊指揮に関しては小荒井達に任せている。
彼等の指示通りに動く駒に徹しており、小荒井達が落とされた後は無理に点を取ろうとしたりはせず、潜伏を続けるか自ら撤退する事が多い。
そういう意味でも、小荒井達の撃破は優先事項が高かった。
「けど葉子、小荒井達を倒しちまうと東さんが潜伏し続けて生存点を取れなくなるんじゃねーか?」
「その心配は確かにあるけど、小荒井達を残してたら絶対にあいつ等自分を囮にして東さんに撃たせるでしょ。基本的にあいつ等の役割は東さんの狙撃を決める為の陽動なんだから、生かしといても百害あって一利なしよ」
「そうね。わたしも葉子の意見に賛成。それに、仮にそうなった場合は樹里に爆撃させれば自然と撤退を選んでくれるわ。東さんの隠密能力は群を抜いて高いけど、流石に隠れる場所がなくなれば撤退するしかない筈だもの」
若村の指摘通り潜伏に徹した東を見付けるのはほぼ不可能だが、その場合は樹里の爆撃という手札を切ればどうとでもなる。
仕留める事に固執しなければ、東を撤退を追い込む事自体は不可能ではないからだ。
東の隠密能力は別段特別な事をしているのではなく、単に基礎の積み重ねや応用力が常軌を逸して高いだけだ。
隠れる為に必要な障害物が物理的になくなれば撤退せざるを得ないだろうし、そこに関しては気にする必要はないだろう。
「気になるのは、東隊がどのMAPを選ぶかよね。あんまし変な所は選んで来ないと思うけど、前回みたいに天候を弄って来るかもしれないし油断は禁物だわ」
「選ぶMAPは、展示場にしましょう。下手に市街地MAPを選ぶよりは、今回はこれで良い筈です」
東隊室。
奥寺は開口一番、そう告げた。
それを聞いた東はふむ、と呟き顎に手を当てた。
「お前がそう思う根拠はなんだ?」
「今回、相手には広範囲の爆撃を行える木岐坂と北添先輩がいます。屋外のMAPを選ぶと、この二人の爆撃が所構わず飛んで来て強制的に乱戦に持ち込まれるでしょう。それよりは、展示場で屋内戦闘を強要した方が有利に戦える筈です」
奥寺の言う通り、今回は樹里と北添という爆撃を得意とする者が二名もいる。
前回もそうだったが、この二人は屋外のMAPだと所構わず爆撃をやって来て、強制的に乱戦を引き起こそうとして来る。
特に北添の適当メテオラは影浦隊の定番戦法ともなっており、やって来る事は分かっていても対処がし難い戦術の代表例とも言えた。
それを封じる為に屋内戦闘を強要するというのは、確かに利に叶っている。
「けどよー、木岐坂の爆撃だと建物ごと吹っ飛ばされるぜ? 流石にあいつの爆撃を連打されたら、かなり厳しいんじゃねーか?」
「序盤はその心配はしなくて良いと思うぞ。木岐坂は確かに爆撃を得意としてるが、ポジションとしては狙撃手だ。基本的に隠密に徹するだろうし、位置の分からない狙撃手としての優位性を早々に捨てる展開はまずないだろうってのがオレの見立てだ」
奥寺はそう言って、小荒井の懸念を一蹴する。
派手な爆撃が目立ちがちな樹里だが、その立ち位置は狙撃手だ。
位置バレしていない狙撃手の脅威性は向こうも充分に理解しているだろうし、試合が膠着状態にでも陥らない限りは軽々に樹里の爆撃という手札を切る事はないだろうというのが奥寺の目算であった。
「そうだな。木岐坂は結構型に嵌まらない奴だが、今の香取隊なら迂闊な運用はしないだろう。狙撃手としての基本自体は、習得してる筈だしな」
「はい、その上で東さんの強みを活かせる展示場MAPでなら、充分得点を狙えると思います。今回は敵チームにそれぞれ突出したエースがいますし、彼等を相手にするにはこれくらいは必要でしょう」
今回、脅威となるのは二人の爆撃手だけではない。
敵となるチームにそれぞれ香取、影浦、弓場という突出したエースがいる。
この三名は落とすにはかなりの労力を必要とする上、一人で戦局を左右しかねないレベルの突破力を持っている。
それを打ち倒すにはMAP選択の時点で有利と取った方が良いというのが、奥寺の言だった。
「あ、でも明確に有利なMAPを持ち出すとオレ等が狙われる事になるんじゃね? そこは大丈夫なのかよ?」
「どちらにしろ、東さんがいる時点でオレ等は警戒対象なんだ。だったらいっそ、徹底的にやった方が良い。中途半端に妥協した策じゃ、あの強豪連中相手に勝つ事なんて出来ないからな」
有利なMAP設定をすれば確かに狙われ易くはなるが、東という最強の不確定要素を抱えている以上今更だと、奥寺はその懸念を一蹴した。
得点が欲しいチームにとって、東は最大の障害と言っても過言ではない。
下手に潜伏に徹されると生存点が取れなくなる上、油断すれば容赦なく自陣の駒を持って行かれる。
終盤まで生き残って欲しくないであろう筆頭であり、他のMAPを選んだとしても真っ先に狙われるのは眼に見えている。
ならばMAP設定を極端に有利なものにして、少しでもアドバンテージを取って始めた方が良い筈だ。
その言に小荒井も成る程、と納得したようであった。
「まあ、確かになー。じゃ、それで行くか」
「ああ、細かい所を詰めていくぞ。東さん、何か指摘があったらその都度お願いします」
「了解した。好きに話し合ってくれ」
「帯島ァ、今回の試合で一番厄介なのはなんだ?」
「はいっ! 東さんの存在ですねっ! 今回MAP選択権は東隊にあるので、彼等に有利なMAPを選んで来ると思います」
弓場の問いかけに、帯島は元気良くそう答えた。
それを聞いた弓場は成る程、と頷く。
「確かに、ただでさえ厳ちィ東さんを活かせるMAPを選んで来る可能性は高ェだろうなァ。外岡はどう思うよ?」
「おれも同意見っすね。今回、北添先輩と木岐坂がいるから、爆撃による乱戦持ち込みを警戒して屋内MAP────────────────それこそ、東さんの得意な展示場あたりを選んで来る可能性は高いと見てます。そう考えると、一番警戒しなきゃならないのは東隊かもですね」
展示場MAPとは、東が得意とする事で有名なMAPである。
屋内戦闘を強要されるのは市街地Dと一緒だが、展示場MAPは屋内ステージとしては破格の広さを持っている。
その上数多くの展示物があるので隠れる場所にも事欠かず、内部は複雑に入り組んでいるので逃走ルートも非常に多い。
加えて見た目以上に射線が通る場所が多く、狙撃手にとってかなり立ち回り易いMAPなのは言うまでもない。
それを十全に活かして来るのが東であり、彼等の警戒ももっともだと言えた。
「多分、小荒井と奥寺も似たような事を考えるでしょう。今回は厄介な駒が多いので、せめてMAPだけでも自分達の有利な場所にしようとすると思います」
「そうですね。自分も多分、奥寺先輩達の立場だったら同じように考えると思います」
「成る程、俺も概ね同意見だ。だから今回は、展示場が選ばれるだろうって前提の上で作戦を組み立てる。良いな?」
「「了解」」
二人の返事を聞き、良し、と弓場は気合いを入れて胸を張った。
「今回は、木岐坂が使って来るっつー新合成弾ってェ新しい脅威もある。東さんは勿論、影浦も生易しい相手じゃねェ。気合い入れていくぞコラァ」
「そういえば、木岐坂さん新しい合成弾を習得したって話だよね。確か、
「そうだね。ログを見たけど、ハウンドとアステロイドの合成弾みたい。シールドを貫通して相手を倒してたよ」
影浦隊、隊室。
そこでは北添とユズルが、樹里の新たな合成弾について話をしていた。
ハウンドとアステロイドの合成弾、
その脅威は、しっかりと認知されていた。
「驚いたよねー。まさか、新種の合成弾を引っ提げて来るなんて」
「出水先輩が教えたみたいだね。なんか、師匠やってるとかって言ってたらしい」
「出水が師匠かー。そういや、二宮さんの師匠もやってんだっけ。あれで案外面倒見が良いって事かー」
光はそう言って、学校で米屋と馬鹿をやっている場面を想起しながら遠い目をした。
師匠としての出水など知らない光にとっては、彼は友達と面白おかしく過ごしている男子学生でしかない。
誰に対しても臆せず話しかける光なだけに、知り合いの意外な側面に関してもただ感心するだけでそれ以上の感慨はない。
そいつはそいつだろ、が基本スタンスなのでこんなものである。
「じゃあ、合成弾を撃って来た時は要警戒だね。これまでは
「
ユズルの言う通り、今回新たに樹里が取得した合成弾の脅威は爆撃との二択を強要出来る部分にある。
樹里はトリオンが高い為、爆撃の破壊規模は相当に広い。
故にシールドを張って耐えるのがベターだが、もしもその弾丸が爆撃ではなく貫通弾の方だった場合、張ったシールドをぶち抜かれて終わりだ。
トリオンの高い樹里がこの二択を得た事で、こちらに対する縛りは相当に増えたと言えるだろう。
「けど、合成弾を使うって事はその瞬間位置バレするって事だからね。自分から隙を晒してくれるなら、そこを狙うだけだよ」
「でも、射線が通り難いMAPだとそれも難しいんじゃない? ゾエさんが
「いや、その心配はしなくても良いと思うよ。少なくとも、東隊は射線が通り易いMAPを選んで来ると思うし、なんなら展示場あたりを選んで来ても不思議じゃない。今回はそれだけ、厄介な相手が揃ってるからね」
ユズルもまた、奇しくも外岡と同じ結論に達していた。
このあたり、同じ狙撃手としての視点が影響しているのかもしれない。
二宮への偏見や思い込みを払拭した今、ユズルの思考が冴え渡っている事も影響しているのだろう。
それだけ、あの一件の効果は大きかったという事だ。
既に、感情の行き場を見失い斜に構えていた頃の彼はいない。
明確な目標を持ち、努力する事を知ったユズルは顔を上げた。
「だから、オレ達はいつも通り乱戦に持ち込んで点を掻っ攫いましょう。カゲさん、よろしくお願いします」
「おう、任せろ。誰が相手でも、ぶっ倒してやっからよ」
影浦はそう言って、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
ランク戦第七ラウンドの前夜は、こうして過ぎていく。
各々の部隊が決意を固め、作戦を組み上げていく。
そうして、試合当日が訪れた。