香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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弓場隊Ⅲ

 

 

『全部隊、転送完了』

 

 アナウンスと共に、仮想空間への転送が完了する。

 

 香取の足が硬質な床を叩き、その全身を実体化させる。

 

『MAP、展示場』

 

 目の前に広がるのは、白亜の建造物。

 

 古今東西、様々なモノが展示される巨大な博物館であった。

 

「予想通りのMAPね。転送位置もそこまで悪くないわ」

 

 香取はレーダーで仲間の位置を確認しつつ、バッグワームを纏う。

 

 そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「行くわよ。皆、作戦通りに動いて」

「「「了解」」」

 

 

 

 

「始まったわね。最初は予想通り、全員がバッグワームを使ったか」

 

 草壁は実況席から映像を見据え、眼を細めた。

 

 彼女の言う通り、現在全員がバッグワームを使用している状態だ。

 

 観戦する側からは見えているが、向こうのレーダーには一つも反応が映っていない筈である。

 

「今回は、基本的に最初に見付かった人が不利になるからねー。それが分かってるから、皆バッグワームを付けて動いてるんだと思うよ」

「少なくとも、影浦先輩の位置が判明するまではこのままだと思うわ。とはいえ、それも遠い話じゃなさそうだけど」

「あん? どういう意味だそりゃ」

 

 諏訪の問いかけに「わざとらしいわね」とため息をしながら内心で密かに笑みを浮かべ、草壁は返答する。

 

「影浦隊は他の部隊と違って、狙撃手が索敵を躊躇う理由がないもの。だから慎重に動いている他のチームと違って、大胆に行動する事が出来る。今回の展示場MAPは射線が通る、つまり視界が通る場所が多いから、絵馬くんが相手を見つけるまでそう時間はかからない筈よ」

 

 草壁の言う通り、今回の試合では影浦の存在がある為、他の部隊の狙撃手は迂闊な索敵をすればその位置が露見するリスクを背負っている。

 

 視線を向けただけで相手の場所を把握してしまう影浦相手には、相当に行動が制限されてしまうのだ。

 

 普通であれば狙撃手がいるだけで相手の行動を縛る事が出来るのだが、影浦相手では立場が逆になってしまっているのである。

 

 だが無論、とうの影浦本人が在籍する影浦隊は別だ。

 

 ユズルは他の部隊の狙撃手と異なり索敵を躊躇う理由が存在しない為、自由に動く事が出来る。

 

 加えて展示場MAPは射線が通る場所が多く、通常の市街地MAPより索敵がし易い上に地形が入り組んでいる為、思いも依らない場所から視認される事すらある。

 

 故にユズルが敵チームの隊員を発見するのも時間の問題であると、草壁は判断したのだ。

 

「この試合はどのチームも、影浦隊の行動を待っている筈よ。あわよくばそこで介入して漁夫の利を得ようって考えているでしょうし、それが分かっているから可能な限り影浦隊に()()()()()()にはなりたくないでしょう」

「けど、そう旨くはいかねーだろ。絵馬の索敵能力は、低くねーぞ」

「ええ、だからこそ部隊によっては()()()()()()()()()()隊員を見繕って他の隊員とは隠密の程度に差を付けている筈。そしてこの場合、この対象者は影浦先輩とぶつかっても瞬殺されない実力が必要」

 

 だから、と草壁は続ける。

 

「各部隊のエース級を、見える囮として用意している筈よ。そしてこの場合、選択肢は二択になるでしょうね」

 

 

 

 

「────────見付けた」

 

 絵馬はスコープ越しに人影を視認し、眼を細めた。

 

 そして、すかさず通信を繋ぐ。

 

「カゲさん、近くに────────が、いるよ。どうする?」

『考えるまでもねぇな。仕掛けるぞ』

「了解。オレは?」

『好きにしろや。撃てるチャンスと思ったら撃ちゃいい』

 

 了解、とユズルは返答しつつ、スコープを覗き込んだ。

 

「始めよっか。他の部隊も、これで動く筈だしね」

 

 

 

 

「────────!」

 

 館内を走っていた香取は、視界の端に動く影を見つけて振り向いた。

 

 ────────そこには、マンティスを振りかぶる影浦の姿。

 

 香取はバッグワームを解除し、グラスホッパーを起動。

 

 ジャンプ台を踏み込み、蟷螂の刃を回避した。

 

 そのまま壁を蹴り、香取は離れた場所に着地する。

 

 マンティスを使用する為に既にバッグワームを脱いでいた影浦と、香取は正面から対峙した。

 

「よう、香取。遊んで貰うぜ」

「フン、火遊びは火傷の元よ。今度もまた、思い知らせてやるわ」

 

 売り言葉に、買い言葉。

 

 お互いに好戦的な笑みを浮かべ、二人のエースの戦闘が開始された。

 

 

 

 

「予想通り、香取先輩と影浦先輩がぶつかったわね。運がないのは、こっちだったか」

「弓場さんと香取ちゃんのどっちか、だとは思ってたからねー。まあ、香取ちゃんの方が機動力が高くて移動範囲が広い分見つかり易かった、って事かな」

 

 里見はそう言って、映像内で対峙している香取と影浦を見た。

 

 香取の機動力評価は8で、評価7の弓場よりも高い。

 

 事実として香取は三次元機動を得意とするスピードタイプであり、グラスホッパーも使用する事から単純な機動力ではボーダーでも上位に位置している。

 

 それ故に移動範囲が広い為、弓場よりも見つかる確率が高かった、というのが里見の推測であった。

 

「けど、若村先輩や三浦先輩が見つかるよりはマシだったでしょうね。あの二人では、影浦先輩の相手は少し厳しいもの」

「タイマンならともかく、今回は十中八九他の部隊が乱入を狙ってるからねぇ。影浦さんと戦いながら奇襲を警戒出来る、ってなると自然香取ちゃんの方だよね」

「だろーな。というよりも、カゲとまともにぶつかって瞬殺されねぇ実力で尚且つ周囲に気を配る余裕があるってなりゃ、相当限られんだろ。今回の試合じゃ、香取か弓場のどっちかってのは間違いねーな」

 

 だが、それでも若村や三浦が見つかるよりは遥かにマシな結果ではある。

 

 今回の試合は影浦隊の行動を契機として他の部隊が動こうとしている、というのが予測されていた為、なるべくなら最初に影浦隊と接敵する対象は相手に押し付けたい、という思惑があった。

 

 しかし影浦に見付かって接敵し、尚且つ奇襲に気を向ける余裕があるとなると香取か弓場の二択となる。

 

 故に両部隊は香取と弓場のみ他の隊員と比べて隠密の程度を下げ、囮として運用していた筈だ。

 

 今回はたまたま弓場ではなく香取が見つかったが、立場が逆でもなんらおかしくはなかった。

 

 最善の状況ではないが、若村や三浦が見つかるよりは大分マシ。

 

 香取隊の置かれている状況は、概ねそんな所である。

 

「とにかく、これで影浦先輩の位置と香取先輩の位置が露見した。試合は、此処から動くわよ」

 

 

 

 

「オラァ!」

 

 影浦は腕を振り、マンティスの刃を伸ばす。

 

 その刃の先にいた香取はすかさずバックステップを行い、回避する。

 

 そしてそのまま踵を返し、硝子張りの通路を駆け抜けた。

 

「逃がすかよ」

 

 香取を追い、影浦も駆け出した。

 

 二人がいたのは展示室同士を繋ぐ狭い通路内であり、横に跳ぶような隙間は無い。

 

 機動力では香取の方が上だが、上下左右に逃げ道がなく三次元機動が出来ない以上は逃げ切る事は難しい。

 

 だからこそ、影浦はこの場を奇襲をかけるポイントとして選んだのだから。

 

「────────!」

 

 影浦は再びマンティスを振るい、香取はグラスホッパーを踏み込みそれを回避。

 

 加速を得て、一気に通路を駆け抜けた。

 

 幾ら三次元機動が出来ないとはいえ、グラスホッパーでの加速力を以てすれば通路をショートカットする事は難しくない。

 

 このまま閉所でやり合っても影浦相手では分が悪いので、当然の選択ではある。

 

「────────」

「…………!」

 

 ────────それは、第三者にとっても周知の事実である事を除けば。

 

 香取が駆け抜けた通路の先、恐竜の化石の展示室。

 

 中央にティラノサウルスの骨格が展示してある広い空間の入り口付近に、彼はいた。

 

 彼は、弓場は、香取が通路から跳び出した瞬間二丁拳銃を居合抜きの如く撃ち放った。

 

 神速と謳われる、弓場拓磨の早撃ち。

 

 それに対し香取は、己の反射神経の全力を以て対応した。

 

 身体を捻り、尚且つ両防御(フルガード)で防御。

 

 辛うじて急所と足は守ったが、代償として左腕の肘から先を吹き飛ばされた。

 

 痛打を貰ったからと言って、否。

 

 だからこそ、香取の動きは止まらない。

 

 香取は弓場の銃撃が終わったのを見計らい、グラスホッパーを起動。

 

 そのまま大きく跳躍し、弓場と距離を取った。

 

「────────!」

 

 次の瞬間、そこへ影浦が現れて弓場へ向かいマンティスを振るった。

 

 銃撃直後で再装填(リロード)前であった弓場は拳銃をホルスターに仕舞い、シールドでそれに対応。

 

 集中シールド二枚により、影浦のマンティスを防ぎ切った。

 

「────────」

 

 すかさず、そこへ香取の銃撃が加わる。

 

 弓場はそれをシールドで防ぎつつ、バックステップで後方に退避。

 

 更に、影浦に向けて銃撃を撃ち放った。

 

「ハッ!」

 

 影浦はそれを、大きく横に跳んで回避した。

 

 感情受信体質(サイドエフェクト)による感知による咄嗟の回避行動に慣れ切っている影浦にとって、弓場の銃撃といえど至近距離でさえなければ反応する事は出来るのだ。

 

 影浦にとってサイドエフェクトによって察知した攻撃を回避するのは最早呼吸と同義のようなものであり、思考を挟むというタイムラグすら存在しない。

 

 それは己を苛む症状(のうりょく)故に身に付いた生態のようなものであり、条件反射の域にすら達している。

 

 だからこそ神速の早撃ちに対しても反応が可能であり、回避する暇もない至近距離での銃撃でさえなければ弓場の攻撃に対応する事は可能だ。

 

 影浦はニヤリと笑みを浮かべ、マンティスを振るう。

 

 それに対応し、弓場はホルスターに手を伸ばす。

 

 エースによる三つ巴の戦いが、始まった。

 

 

 

 

「此処で弓場さんが乱入。香取隊長は片腕を取られて、三つ巴になったわね」

「嫌なトコに弓場さんを配置してたねー。あれじゃあ、回避し切るのは難しいよ」

 

 里見はそう言って、映像の中で片腕を失いつつも拳銃で応戦する香取を見た。

 

 今回、弓場は狭い通路の先という逃げ場のない場所で待ち構えていた。

 

 通路は硝子張りではあったが、その先にある展示室の様子までは伺えない。

 

 展示室も上部分は硝子張りであるが、下半分は違う。

 

 入口近くで待ち構えていた弓場の早撃ちに対応するには、時間も距離も足りなかった。

 

 必然として香取は攻撃を凌ぎ切れず、片腕を失う事になったのである。

 

「香取が片腕をやられたのは痛ぇな。あれじゃ、スコーピオンと拳銃を同時に使うのは難しいだろ」

「そうね。元々香取先輩は、銃手トリガーを牽制用として使っていた。中距離は銃撃で牽制しつつ、距離を詰めてスコーピオンで仕留めるのが戦闘スタイル。だけど、これで攻撃の手札が減った事は間違いないわ」

 

 今回の弓場の奇襲で、香取は片腕を落とされた。

 

 香取は元々拳銃は牽制用として割り切り、相手を仕留める時はスコーピオンを用いている。

 

 しかし片手を失った事で、片腕で銃撃しつつ片腕で刃を振るう、という動きが出来なくなった。

 

 エース二人相手にこのハンデは、甘く見て良いものではない。

 

 致命打ではないが、無視して良い負傷でもないのだから。

 

「けれど、片腕でも拳銃を扱う事自体は出来る。彼女の存在が、この三つ巴の鍵となっている事は間違いないでしょうね」

「そりゃ、弓場の射程関係か?」

「そうよ。弓場さんは弾速と威力を極限まで上げている代わりに、射程と装弾数を切り詰めている。単純な射程では、弓場さんよりも香取先輩の拳銃の方が上なのよ。そして、銃撃が届く以上弓場さんは香取先輩の攻撃を無視出来ない。事実上、香取先輩の存在が弓場さんの行動を大きく制限していると言えるわ」

 

 それに、と草壁は続ける。

 

「香取先輩は、機動力が三人の中で一番高い。加えて、今戦っている展示室には足場となる場所が無数にある。流石に弓場さんでも、影浦先輩の相手をしながら三次元機動が可能な香取を捉えるのは至難の業でしょうね」

 

 草壁の言う通り、先程まで香取と影浦がいた通路と異なり、展示室は天井が高い上に足場となる個所が多い。

 

 中央に位置しているティラノサウルスの骨格の他にも天井からはプテラノドンの骨格が吊り下げられている他、壁には海のジオラマを背景にしたモササウルスの標本も展示されている。

 

 更に壁際には階段が備え付けられており、その先には別の展示室へ向かう入り口が用意されている。

 

 グラスホッパーを用い、三次元機動を行える香取にとってこの場は弓場と大きく距離を取りながら一方的に攻撃を加えられる地形と言える。

 

 そういう意味で、現在香取が果たしている役割は大きい。

 

 彼女の存在によって、この場での膠着が生まれつつあるのだから。

 

「弓場さんとしては、最初の奇襲で香取を仕留めておきたかったのでしょうね。それが失敗した事が、どう響くか。まだまだ、試合は荒れそうね」

 

 そう言って、草壁は映像を見据える。

 

 スクリーンの中では、三人のエースが展示室の中で攻防を繰り広げていた。

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