香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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黒トリガー争奪戦Ⅳ

 

 

「来たか」

「────────」

 

 米屋は自分を追う木虎を見据え、不敵な笑みを浮かべる。

 

 彼女が追って来るだろう事は、彼にも推測出来ていた。

 

 あの場にいた嵐山隊は、三名。

 

 その全員が攻撃手トリガーを装備はしていたが、三人の中で最も近接格闘戦能力が高いのが木虎である以上、一人追撃に差し向けるのであれば彼女だろうと予想出来た。

 

 米屋は木虎同様トリオンこそ少ないが、ボーダーでも上位の実力を持つ攻撃手である。

 

 戦闘好きな面や飄々とした性格が目立ちがちであるが、彼は単騎での立ち回りも仲間のサポートもオールマイティにこなす万能型の隊員だ。

 

 特に力を発揮するのはチーム戦での連携であるが、当然ながら単騎運用の適正も高い。

 

 あの場で狙撃手への刺客を任された事からもそれは明らかであり、その期待に相応しいだけの実力はあると自負している。

 

 しかし、そんな彼にとっても木虎は片手間で戦えるような相手ではない。

 

 目的の狙撃手の下へ辿り着く為には、彼女への対処が必要不可欠。

 

 元々の戦闘狂(バトルジャンキー)な性格も相まって、米屋は即断で迎撃を選択した。

 

「旋空弧月」

 

 まずは、挨拶代わりの旋空を一閃。

 

 太刀川や生駒といった旋空の名手には及ばないものの、彼もこのトリガーの扱いにはこなれている。

 

 何より、まだある程度距離がある状態における戦いでの攻撃手の唯一の中距離攻撃手段こそが旋空なのだ。

 

 牽制として撃つのは、決して間違った使い方とは言えない。

 

「────────」

 

 しかし、その程度で被弾する程木虎は鈍くはない。

 

 木虎は地を蹴り、足狙いの旋空を回避。

 

 そのまま跳躍して接近────────────────は、しない。

 

 確かに、一気に距離を詰めるには跳んで移動した方が手っ取り早い。

 

 しかしそれでは、潜む狙撃手に対して無防備を晒す事になる。

 

 先程の三輪と米屋の会話は、木虎も聞いていた。

 

 というよりも、敢えて彼女に聞かせたのだろう。

 

 一人狙撃手を援護に向かわせるという、()()()()()()()()()()()()()()を。

 

 これは、一種の心理戦だ。

 

 この戦場に於いて、狙撃手が重要な役割を担っているのは言うまでもない。

 

 迅の側の狙撃手が、二名。

 

 太刀川の側の狙撃手が、三名。

 

 この合計5名の狙撃手こそが、この戦場の趨勢を握っていると言っても過言ではない。

 

 何処から撃って来るか分からない狙撃手の脅威は、必然的に敵の行動を縛る()()()()()として機能する。

 

 即ち相手の狙撃手が位置バレしていない状態で健在である限り、常に横槍の可能性を頭に入れて行動しなければならないのだ。

 

 故に、狙撃手に狙われる危険がある限り下手な跳躍は命取りになる。

 

 跳躍、即ち地面から足が離れている状態では回避行動を取る事は非常に難しい。

 

 その状態で攻撃を凌ぐ手段はシールドでの防御一択であり、何処から飛んで来るか分からない狙撃────────────────しかも十中八九イーグレットであるそれを、的確に集中シールドで防御しなければならない。

 

 これは非常にリスキーな状態であり、トリオンの少ない木虎であれば猶更だ。

 

 トリオン体と異なり、シールドの強度は使用者のトリオン量によって変動する。

 

 修レベルの極小トリオンであれば硝子のように割れてしまう脆い盾しか作り出せない一方、二宮のようなトリオン強者は鋼の如く強固な防壁を生成出来る。

 

 木虎はどちらかといえば前者であり、ボーダーの中では例外枠の修を除き彼女のトリオン量は米屋と並んで最低値と言って良い。

 

 故にシールドは相応の強度しかなく、彼女の場合防御に回った時点で敗色が濃厚になってしまう。

 

 トリオンが低いという事は、継戦能力も低いという事と同義。

 

 だからこそ木虎は防御ではなく攻撃を重視した、スピードタイプの立ち回りを基本としているのだから。

 

 大きく跳躍などせずとも、幾らでもやりようはあるのだ。

 

「────────」

 

 木虎は旋空が足元を通り過ぎた瞬間、素早く着地。

 

 そのまま地面を滑るように駆け、米屋を追走する。

 

 同時に、ホルスターから拳銃を抜き即座に引き金を引く。

 

 無数の銃弾が射出され、先を行く米屋を狙い撃つ。

 

「おっと」

 

 米屋はその攻撃に対して防御ではなく回避を選び、サイドステップで跳躍。

 

 木虎と距離を取りつつ、弾丸を回避した。

 

 一見、その挙動は狙撃に対して無防備なように見える。

 

 どうぞ撃ってくれと言わんばかりの動きだが、まさにそれこそが彼の狙いだ。

 

 狙撃手がいるのはどちらも同じだが、木虎側と米屋側とではその意味と性質は異なっている。

 

 木虎は何処から来るか分からない狙撃に常時警戒せざるを得ない厄介な状況であるのに対し、米屋の場合はむしろ相手の位置を確定させる為に早く撃って欲しいくらいなのだ。

 

 前者の場合は、言うまでもなく通常通りの狙撃手の脅威に晒されている状態と言える。

 

 例としてはランク戦の序盤、相手チームに狙撃手が在籍し居場所が割れていない場合と同じだ。

 

 狙撃に常に意識を回しつつ、その上でどれだけ安全マージンを取った上で動けるか。

 

 大きく動けばその分狙撃に対する備えは疎かになるし、かといって慎重になり過ぎても相手に時間を与える事になって後々ジリ貧になる可能性がある。

 

 今の木虎は、そういった二択を強要されているに等しい。

 

 一方の米屋はというと、彼の場合は相手の狙撃手のうち一名の大まかな方角が判明している状態にある。

 

 この時点で意識外からの挟み撃ちは避けられる状況下にあり、方角が判明している狙撃手相手であれば早々に不意を撃たれる事はない。

 

 ────────狙撃の最大の欠点として、発射から着弾までにある程度タイムラグがあるという点が挙げられる。

 

 相手の警戒網の外から狙う事で真価を発揮するのが狙撃である以上、どうしてもターゲットからある程度の距離を取っておく必要がある。

 

 しかしそれはその分発射から到達までの時間がかかるという事と同義であり、更に撃って来る方角が分かっているとなれば最早それは奇襲でもなんでもなく、何処に来るのが分かっている攻撃(テレフォンパンチ)に過ぎない。

 

 狙撃の優位点である相手の視界の外から狙う事が出来るという利点は、撃って来る方角が分かっていれば軽減する事が可能。

 

 そういった意味で、この先にいる狙撃手に関してはそこまで警戒する必要はないのだ。

 

 問題のもう一人の狙撃手に関してだが、こちらはどちらであろうと早々に撃って来て欲しいというのが米屋の本音だ。

 

 たとえその一撃で米屋が落ちる事になったとしても、もう一人の狙撃手の居場所さえ判明すれば相手の狙撃手の脅威は無力化出来たも同然。

 

 米屋という駒を失ったとしても、相手の狙撃手全員の位置を丸裸に出来ればそれだけでお釣りが来るというものだ。

 

 少なくとも米屋はそう考えているし、彼に命令を下した三輪にも少なからずそういった思惑はあるだろうと踏んでいる。

 

 だからこそ、米屋は狙われるのを承知で動いているのだから。

 

(まあ、どっちにしろただでやられるつもりはねーけどな)

 

 無論、だからといってただ狙撃の的でいるつもりはない。

 

 陽動は、放置すれば脅威になるからこそ意味を持つ。

 

 此処で木虎単独に圧倒されてしまっては、囮が囮として機能しない。

 

 故に、()()の動きは行いつつも一切手は抜かない心づもりだった。

 

「う、らぁ…………っ!」

「…………!」

 

 叫声と共に、米屋は槍型の弧月を突き出した。

 

 斬撃ではなく、刺突。

 

 通常の弧月よりも柄の長い、長槍じみた形状。

 

 この槍弧月は米屋がA級特権でカスタマイズした特注品であり、トリオンが低く継戦に向かない彼が自分なりの戦闘スタイルを突き詰めた末に辿り着いた代物である。

 

 その槍による刺突を、木虎は大きく横に跳んで回避。

 

 大袈裟な回避行動であるが、無論それには意味がある。

 

 米屋の槍の穂先が、ブレる。

 

 否。

 

 穂先の形状が変化し、一本槍の形状から三又槍のようなものに変化。

 

 回避行動を取った木虎の髪を、変化した刃が掠めた。

 

 これは技量による残像ではなく、歴としたトリガーの効果だ。

 

 幻踊。

 

 それが、米屋が用いたオプショントリガーだ。

 

 これは旋空と同じく弧月と併用して使用するトリガーであり、その効果は()()()()()()()である。

 

 文字通り刃の形を自在に変える事によって、近接戦闘に於いて相手の虚を突く形で不意を撃てる。

 

 それがこのトリガーの最大の長所であるが、セットしている隊員は少ない。

 

 その要因として、使いどころの少なさが挙げられる。

 

 中距離での牽制にも使える旋空と異なり、この幻踊は相手に近付かなければ意味を成さない。

 

 攻撃手が得意な距離である接近戦での使用が前提である上に、形の変わった刃を扱うというのは通常の弧月に慣れた者である程難しいのだ。

 

 あらゆる形状で出現させる事が前提であるスコーピオンとは異なり、弧月はオーソドックスな刀の形状という扱い易い形である事が最大の長所であり、傑作トリガーと言われる所以である。

 

 独特のセンスや応用力が必須であるスコーピオンとは違い、弧月はそっくりそのまま日本刀の延長で扱う事が出来る。

 

 生駒のような実際の剣術を収めた人間であれば言わずもがな、そうでない者であっても剣というのは挙動がイメージし易い。

 

 基本の型など無いスコーピオンとの最大の違いは、そこだ。

 

 極論、弧月は長物の使い方にさえある程度慣れていればそれなりに扱う事が出来る。

 

 それこそ剣道の教本なんかで学ぶ事も出来るし、マニアックな兵法術なんかの書物を参考にしても良い。

 

 そうでなくとも弧月使いは比較的数が多い為、それらの者達の動きを模倣する事から始めても構わないのだ。

 

 ()()()があるという事は、それだけとっかかりが掴み易いという事でもあるのだから。

 

 無論の事上位の実力に至れるかどうかは本人次第ではあるが、誰であっても()()()扱い易いという点は、無視出来ないメリットと成り得るのだ。

 

 しかしそれは、あくまで弧月が通常の刀の形状をしている武器である事を前提としている。

 

 幻踊は刃の形を変える事でその前提を崩してしまう為、使いこなすには相応の技量とセンスが必要なのだ。

 

「ハッ…………!」

「…………っ!」

 

 だが、米屋にその心配は無用だった。

 

 刺突をしたばかりの弧月の刃の形状が、再び変わる。

 

 三又槍のような形状から、鎌のような形へと。

 

 そして、それは。

 

 横に避けた木虎を、追い打つ為の形状変化だった。

 

 米屋はそのまま槍を薙ぎ、木虎を追撃。

 

 滑らかな動きで首を狙う大鎌を、木虎は咄嗟にスコーピオンで受け止める。

 

 更にその反動を利用し、後方へ跳躍。

 

 すぐさま地面へ着地し、改めて米屋と対峙した。

 

「おっと、いきなり首狙いは無理だったか」

「悪いけど、そう簡単にやられるつもりはないわ。私は、エースなので」

「良いねぇ。楽しくなってきた」

 

 ニヤリと、米屋は楽し気な笑みを浮かべる。

 

 今の攻撃は割と本気で彼女の急所を狙っていただけに、それを防がれた事で彼の戦意に火が点いていた。

 

 矢張り、スコーピオンの使い手は攻防の立ち回りが巧い。

 

 自身がそうであったように、スコーピオンの使い手は視野が広く対応力が非常に高い。

 

 それは変幻自在に形を変えるスコーピオンの使い手としてなくてはならない必須技能であり、スピードに頼りがちな緑川では未だに到達していない領域でもある。

 

 米屋は、B級の頃は弧月ではなくスコーピオンを使っていた。

 

 トリガーのカスタマイズが出来るのはA級隊員の特権であり、それが無かった頃は自身にとって都合が良い武器としてスコーピオンを選んでいたのだ。

 

 トリオンが低く、継戦能力が高くない米屋にとって、様々な工夫を凝らすのは当然の事と言えた。

 

 ただ我武者羅に鍛錬するだけで上に行ける程、実戦は甘くはない。

 

 明確な成長案を示し、勝つ為の工夫を怠らずあらゆる角度から常に改善案を模索する。

 

 それが出来て初めて上に行く前提条件が整い、ようやく挑戦者としてのスタートラインに立てるのだ。

 

 気合いや根性論で強くなれるなら、誰も苦労はしない。

 

 現実は精神論ではなく、根拠に基づいた論理的(ロジカル)な方法こそが勝利の鍵となる。

 

 気合いや根性といったものは、あくまでも最後の一押しをする一要素でしかない。

 

 太刀川も常々言っているように、気持ちの強さ()()では勝てない。

 

 上を目指す強い意思の下で、あらゆる可能性を模索し最適な方法を見つけなければ勝ち上がる事など到底不可能。

 

 そして、この両名はそれを知り、その上で今の場所まで駆け上がって来た者達である。

 

 この程度、お互い肩慣らしでしかない。

 

 狙撃の脅威は、依然として存在する。

 

 しかし、それは言ってみれば彼等にとっては戦闘に於いて当然発生する状況の一つでしかない。

 

 お互いの行動に制限がかかる事など、いつもの事。

 

 肝要なのは戦況を正確に理解した上で思考を止めず、如何に相手の裏をかけるか。

 

 それこそが、勝敗の分かれ目となる事を二人は充分に熟知している。

 

 彼等は、A級。

 

 B級ランク戦という伏魔殿を駆け上がり、一つの境界線を越えた者の証である称号を持つ精鋭である。

 

「さぁ、行くぜ。すぐに倒れてくれるなよ」

「問題ありません。勝つのは、私ですから」

 

 お互いに不敵な笑みを浮かべ、二人の影が交差する。

 

 二人の戦士の戦いは、徐々にその熱を高めていった。

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