(やられた…………! 罠に嵌まって、オレを庇った小荒井を落とされちまったっ!)
奥寺は状況を理解し、唇を噛んだ。
無理もない。
明らかな自分のミス、読み負けで大切な相棒を落とされたのだから。
奥寺はワイヤーを張って待ち構えているであろう三浦もしくは若村を落とす為、三浦の姿を視認した瞬間躊躇いなく旋空を撃ち放った。
まずはワイヤーを切断して通り道を確保しつつ、次の一手で撃破に繋げる為に。
しかし、それこそが罠だった。
二人の斬ったワイヤーは入り口近くに設置されたメテオラと接続されており、その行動が引き金となって起爆。
奥寺を庇った小荒井は何とかシールドでの防御に成功したが、その上から三浦に旋空で斬られ落とされた。
完全に、自分のミスだ。
奥寺はそう考え、俯きそうになる。
『馬鹿、前見ろっ!』
「…………!」
通信から怒声が響き、奥寺はハッとなって顔を上げる。
その視線の先には、弧月を振りかぶる三浦の姿があった。
「く…………!」
咄嗟に弧月を構え、三浦の刃を弾く。
否、弾こうとした。
「…………っ!?」
だが、振り下ろされた刀身が形を変え、奥寺の弧月をすり抜けた。
そしてそのまま三浦の刃は奥寺の左の肩口を斬り裂き、片腕が使用出来なくなった。
「幻踊…………!」
幻踊。
それは旋空と同じく弧月のオプショントリガーであり、刀身を変形させる効果を持った代物だ。
至近距離の鍔迫り合いでしか効果がない為使用者は殆どいないが、三浦は数少ないその使用者だった。
その事を失念していた事から、奥寺は自分の動揺の大きさを悟る。
小荒井の警告がなければ、腕一本では済まなかっただろう。
つくづく自分の責任は重いと、奥寺は自嘲した。
『おい奥寺、今は試合中だぞ。反省会は後にしろよな』
「小荒井…………」
そんな奥寺に、小荒井が通信で呼びかける。
半ば呆れた様子の声で、小荒井は通信の向こうでため息を吐いた。
『お前が責任感が強いのは知ってるよ。でも、反省や後悔は後にしろって。試合中は、とにかく余計な事に意識を向けない。お前がいつも言ってる事だろーが』
「…………驚いた。お前、ちゃんと聞いてたんだな」
『そういう返しが出来んなら大丈夫だな。気張れよ』
そう言って、小荒井は通信を切った。
奥寺はまったく、と苦笑しながら視界の先にいる三浦を見据えた。
(そうだ、今は後悔してる場合じゃない。今はただ、目の前の試合の事を考えないといけない)
気合いを入れ直し、奥寺は現状を再確認した。
小荒井は撃破され、この場にいる味方は自分一人。
しかも片腕は奪われ、室内にはワイヤーが張られている事が予想される。
先程の旋空とメテオラの起爆である程度切断された筈だが、まだそこそこの数が残っているだろうと予測される。
その状態で三浦の相手をしなければならないのは、正直言って厳しい。
ただでさえ地の利を奪われている上、三浦には幻踊がある。
故に迂闊に鍔迫り合いをすれば今のように防御をすり抜けて攻撃を通されるし、距離を取っても旋空がある。
残された手は、そう多くはなかった。
(考えろ。どうすれば、得点に繋げられる? 今はただ、それだけを考えるんだ)
奥寺は己を叱咤し、思考を回す。
余計な事は考えず、ただひたすらにこの後の展開を思考する。
(香取隊は、オレ達が仕掛けて来るのを読んでいた。だからこそ罠を仕掛けていたワケだが、香取隊の策が本当にアレだけで済むのか? 二の矢は、残されてはいないか?)
香取隊は自分の行動を読み切り、罠を仕掛けていた。
それはもう過ぎた事だし、悔やんでも仕方がない。
しかし重要なのは、香取隊の仕掛けが本当に
(あの罠で仕留め切れなかった場合の、考えられる
思考する。
思考を回す。
これまでの香取隊の試合、その流れ。
此処に至るまでの経緯、各々の性格傾向。
それらを鑑みて、考えられる次の手は。
(────────成る程。恐らく、これだな)
結論する。
恐らくはこれだろうという、推測。
それに思い至り、奥寺は視界の先にいる三浦を見据えた。
(動揺が収まった。迂闊に仕掛けては来ないみたいだし、少しやり難いな)
三浦は距離を取ってこちらと対峙する奥寺を見て、もうラッキーヒットは望めないな、と思案する。
先程は動揺した隙を突いて何とか攻撃を通せたが、一度幻踊を見せてしまった以上二度目は通用しないだろう。
幻踊は確かに鍔迫り合いでは有用なトリガーだが、逆に言えば至近距離での斬り合いでもなければ効果を発揮出来ない。
有用ではあっても使いどころが限定され過ぎている為、弧月を使っている者であれば殆どがセットしている旋空と異なり、使用者が極端に低いのである。
トリガーはセットしているだけでもトリオンを食う為、必要なもの以外はセットせずにトリオンを節約するのが普通だ。
使わないトリガーをセットしておくのはトリオンの無駄だし、下手に手札を増やしても使いこなせずに逆に足を引っ張る可能性すらある。
トリオンにそこまで余裕があるワケではない者であれば猶更であり、三浦はトリオン評価値5とボーダー隊員としては平均的だが、そこまで多い方ではない。
それでも尚幻踊をセットしているのは、先程のような状況が発生した時に攻撃を当てるチャンスを生む為だ。
幻踊はハッキリ言ってマイナーな部類のトリガーであり、その存在を警戒している者は左程多くはない。
三浦がそれをセットしているのも失念している者が多く、ああいった咄嗟の攻撃の際にその存在を忘れて攻撃を喰らうパターンは確かにあるのだ。
客観的な評価はともかく自分の腕にそこまで自信のあるワケではない三浦にとって、意表を突ける一手というのは重要であり、だからこそ敢えて幻踊を採用しているのだ。
しかしそれが通じるのは、あくまでも相手が警戒をしていない場合だ。
一度使ってしまった以上、二度目はないだろう。
むざむざそれを許す程、奥寺が甘いとも思えなかった。
(けど、次の手はある。だからこそ、この場所を選んだんだから)
三浦はチラリと、今戦っている土器の展示室を見据える。
此処は他の多くの展示室と異なり天窓が存在せず、射線の通る場所がない。
天井も低いので奥寺がグラスホッパーを使って来たとしても移動範囲は限定されるし、そもそもワイヤーが張ってあると向こうは思っている筈なので下手に跳躍しようとは思わないだろう。
東隊の戦術の基本は奥寺と小荒井が敵を釣り出し、そこを東の狙撃で仕留めるというものだ。
だからこそ、射線が通らない場所での戦闘は可能な限り避けたいというのが本音な筈だ。
それを押してもこの場で仕掛けて来たのは三浦を逃がしたくないという焦りであり、明確な失策であると言える。
相方を失い、片腕まで奪われた奥寺が取るであろう行動は二つに一つ。
この場で戦闘を継続するか、撤退して仕切り直すかである。
そしてこの場合、可能性が高いのは。
(やっぱり!)
────────この場から逃走し、仕切り直す方である。
射線が通らず、ワイヤーが張られているこの場では明らかに奥寺が不利。
ならば一度撤退し、射線が通る場所へ三浦を誘導するのがベスト。
身を翻し出口へ向かった奥寺を見て、三浦はその推測が正しかった事を理解する。
無理をして不利な場所で戦うよりも、有利な場所へ誘い込むのが常道。
当たり前の思考であり、此処で意表を突く意味などない。
そもそも奥寺にとってこの場で戦闘を継続するメリットが皆無なのだから、当然の選択ではあった。
「…………!」
だからこそ、それを対策していない筈がない。
通路の向こうから、無数の弾丸が飛んで来る。
弾丸の主は、帯島。
偶然、この場にやって来たのだろうか。
そんな筈はない。
こうなるように、三浦達が仕向けていたのだ。
帯島が近くにいる事は、此処に来る前に樹里の報告によって分かっていた。
だからこそ、彼女がすぐ来れる場所で待ち構える事を選んだのだ。
小荒井が脱落し、奥寺が窮地に追い込まれたという分かり易い釣り餌を以て。
得点が欲しい弓場隊にとって、今の奥寺は格好の標的である筈だ。
帯島はB級上位の中ではまだまだ拙い点が多いが、それでも光るものがある万能手である。
だからこそ、初手は堅実にハウンドを使うだろうと予想していた。
ハウンドで相手にシールド使用を強要し、そこを旋空で叩き斬る。
先程三浦がやったように、シールドを使用させてしまえばその場に留まらざるを得なくなる。
上下へ逃げる事が難しい上に、帯島はきちんと弾を広げて撃っている。
あれを回避し切る為にはシールドを張る他なく、あとはそこを旋空で斬れば良い。
帯島と自分が同時攻撃をすれば、流石に避け切れはしないだろう。
場合によっては奥寺の点が弓場隊のものになってしまう危険はあるが、それならそれで構わない。
東を撤退させる為には、奥寺・小荒井両名の脱落が必須。
ならば、一点くらいであれば許容範囲である。
そう考えての、帯島との疑似的な共闘。
それが、三浦達香取隊が仕掛けた第二の矢であった。
流石にこの状況下では、シールドを張ってハウンドを受け止めるしかない。
そういった前提での、詰みの盤面。
「えっ!?」
────────だがそれは、奥寺の思いも依らぬ行動によって覆される。
奥寺はあろう事かグラスホッパーを踏み込み、帯島へ接近したのだ。
当然、そんな真似をすればハウンドの群れに正面から突っ込む事になる。
しかし奥寺は一瞬だけシールドを張って致命打になり得る弾だけを防御し、そのまま突っ切った。
当然、受け切れなかった弾丸は着弾し、奥寺の身体に無数の風穴が空く。
それは、放置すれば確実にトリオン漏出過多に至るクラスのダメージだ。
だが、それでも突破に成功した事に変わりはない。
多大なダメージを負いながらも、奥寺は帯島へ肉薄する事を選んだのだ。
「くっ!」
帯島は咄嗟に弧月を構え、迎撃の構えを取る。
この距離では、射撃トリガーの準備は間に合わない。
しかし奥寺のダメージは大きく、放って置いてもトリオン漏出過多で脱落するだろう。
だから、帯島は奥寺の攻撃を凌ぐだけで良い。
とは、考えなかった。
奥寺の身体の向こうでは、三浦が旋空の発射態勢に入っている。
恐らく、下手な防御をしたが最後彼の手で二人纏めて叩き斬られる事になるだろう。
「旋空弧月」
ならば、やる事は一つだ。
こちらも旋空を使い、迎撃する。
向こうが旋空でこちらを狙って来たという事は、当然こちらの旋空の射程内にいる事になる。
旋空の射程限界は、20メートル程。
その範囲内にいる限り、どちらの旋空も当たる距離なのだ。
そして、旋空は基本的に防御出来ない攻撃である。
余程巧くやらない限り、一度放たれれば回避する以外の選択肢はない。
特にグラスホッパーで加速し空中にいる奥寺は回避する事もままならない筈であり、既に至近距離まで接近しているが故に今更軌道変更をしても遅い。
「えっ!?」
だが、奥寺はそこで予想外の行動に出た。
旋空を撃つ、それ自体は想定はしていた。
されどそれは、帯島に向けたものではなかった。
彼が斬ったのは、天井。
振り返りもせずに撃ち放った旋空は、展示室の天井を大きく切り裂いていた。
当然、防御すら捨ててそんな真似をすれば帯島の旋空を避け得る筈もない。
奥寺の身体は両断され、致命傷を負った。
「…………っ!?」
────────だが次の瞬間、帯島に無数の弾丸が着弾し彼女もまた致命の傷を負う事となった。
第三者、それに依るものではない。
今のは紛れもなく、奥寺が自身の身体を陰にして隠していた弾丸────────ハウンドであった。
奥寺が天井を斬ったのは、それによって射線が通り狙撃が来るであろうと警戒させる為。
事実、三浦はそれを見越して攻撃を止めて警戒態勢に移っていた。
しかし、それこそが
本命は三浦の妨害を封じ、その隙に帯島と相打つ事だったワケだ。
奥寺は現状では最早生き残って点を取る事は不可能と断じ、自分を狙って来るであろう帯島もしくは若村を自身の身と引き換えに落とす気でいたワケだ。
あの状況で自分が展示室からの逃走を選ぶであろう事は分かっていたであろうし、その対策をしていない筈が無いと奥寺は考えた。
だからこそその対策、即ち伏兵をこそ標的として点を取る作戦に切り替えたのだ。
天井を斬ったのは、東の狙撃が来ると警戒させる為のブラフ。
本命はあくまでも、帯島の撃破であったワケだ。
『『戦闘体活動限界。
帯島と奥寺のトリオン体が、同時に崩壊する。
それは二つの光の柱となり、戦場から消え去った。