(来ないな。とすると、三浦先輩は切るつもりかな?)
ユズルは周囲を警戒しつつ、館内を走りながら思案していた。
現在、彼は北添と連携し三浦を追い込んでいる最中である。
爆撃で揺さぶりをかけ、そこをユズルの狙撃で狙い撃つ。
一度で仕留められなければ、二度三度。
繰り返し削っていく事で、すり潰すようにして落とす。
それが今彼等が取っている手法であり、この方策には三浦を追い詰める他に、樹里を釣り出す狙いもあった。
現在、主戦場にいるメンバーを除き自由に動けるのは自分達の他には三浦、若村、樹里の三名だ。
そのうち居場所が分かっていないのが若村と樹里であり、最も脅威度が高いのは言うまでもなく後者である。
三浦が今の状況から助かるには、北添かユズルのどちらかを止める他ない。
そして、今それを最も簡単に行えるのは樹里である。
このMAPは射線が通り易い上に、今は北添の爆撃によって建造物が破壊されて障害物が少なくなっている。
故に遠方からでも狙撃を通し易くなっており、元より強化視覚と豊富なトリオンにより無制限の射程を持つ樹里ならば狙い放題の筈だ。
だが、最初から捨て身の北添はともかく自分は易々とやられるつもりはない。
確かに樹里の射程と火力は脅威だが、こと狙撃手としての立ち回りには一日の長がある。
射手から転向した樹里と異なり、ユズルは最初から狙撃手として鍛錬を積み重ねている。
加えて樹里は狙撃を手札の一つとしか考えておらず、ユズル程隠密に頓着していない。
だからこそ、狙撃手としての立ち回りでは樹里と他の熟練の狙撃手とでは大きな差が出て来るのだ。
狙撃手とは、ただ隠れて相手を狙い撃つだけが仕事ではない。
スコープによって強化された索敵範囲で戦場を俯瞰して情報を伝達し、機会が来るまでひたすらに待ち続け、撃って居場所がバレた後は一刻も早く姿を隠し、次の機会を探らなければならない。
樹里は見つかっても正面から相手を薙ぎ払える方策がある分、隠密をそこまで重要視していない部分がある。
それを加味せずとも単純な隠密能力ではユズルの方が上であり、隠れ合いで負けるつもりはない。
現在ユズルは狙撃と移動を繰り返しており、大まかな位置自体は捕捉されているだろう。
だが狙撃を実行する時は射線の通る場所を意識して警戒しているし、万が一にも樹里に一方的にやられないよう立ち回っている。
こうなると自分を狙撃で落とすのは困難な筈であり、となれば北添の方を狙うしかない。
北添は自分と違い、姿を晒し続けているし爆撃を実行し続けている。
加えて既に甚大なダメージを受けており、トリオン切れによる脱落も時間の問題だ。
しかしそれまでの間に三浦を仕留める事は可能であろうし、事実もう少しで彼の撃破に手が届く手応えもある。
だからこそ樹里に許されるのは、放って置いても脱落する北添を落とすか、無理を承知でユズルを狙うかのどちらかだ。
されど前者であれば脱落確定な北添と樹里の位置情報とで釣り合いは取れているし、後者であればユズルが狙撃を避けさえすれば後はどうとでもなる。
むしろ撃って来て欲しいくらいなのだが、今のところその兆候は見えない。
三浦を見捨てる決断を下したかと、ユズルは考えていた。
(別に、おかしい事じゃない。既に位置の割れてる三浦先輩と、位置情報が一切割れてない木岐坂先輩とじゃ重要度が違う。天秤に乗せた上で木岐坂先輩を取るのは、間違った判断じゃないだろう)
だが、それならそれで構わない。
このままであれば三浦が落ちるのは時間の問題であるし、先程までのように横槍を入れられる心配は最早ない。
東隊がいなくなり、弓場隊も隊長の弓場を残すのみとなった今、主戦場以外に介入出来るのは自分達影浦隊と香取隊しかいないからだ。
だからこそこのまま三浦を落とせるのならそれはそれで構わないし、そうなった場合は別の場所に介入を始めるだけだ。
そろそろ北添のトリオンが危ないが、三浦を落とした後で一発撃つくらいは出来るだろう。
現在北添には三浦のいる場所の他にも爆撃を落として貰っており、残る二人の炙り出しを進めているが一向にユズルは樹里達を発見出来てはいなかった。
まがりなりにも狙撃手である樹里はともかく若村まで見付けられないというのは少々不本意だが、それだけ彼の隠密能力が上達したのだと思う事にした。
今期の彼の成長は前期とは別物のレベルであり、元々腕が悪いワケではなかったので本格的に前を向けるようになればそういう事もあるのだろう。
(とにかく、助けるつもりがないならさっさと三浦先輩を落として他の炙り出しに移ろう。そうなれば流石に、木岐坂先輩も出て来ざるを得ない筈だ)
ともあれ、香取隊に三浦を助ける気がないのであればこれ以上長引かせる必要はない。
早急に彼を落として、なるべくなら北添が生きている内に爆撃を続行して貰いたい。
四方八方に爆撃を落とし続ければ、いずれ樹里や若村も炙り出せるだろう。
「ゾエさん、そろそろ決めちゃおう。援護よろしく」
『了解ー。じゃ、やっちゃうね』
(来た…………!)
三浦は飛来する二つの擲弾を見上げ、よし、と拳に力を込めた。
時間的に考えても、そろそろ勝負を決めに来る頃合いだと考えてはいたのだ。
北添の
ならばこれ以上狩りを長引かせる理由はなく、さっさと自分を落とそうとする筈だ。
そして、その為には複数の爆撃でこちらの行動を制限し、その隙をユズルが撃つのが最も手っ取り早い。
(メテオラ)
だが、あくまでもそれは三浦が爆撃をそのまま通した場合の話である。
要は、爆撃が落とされる前に起爆して相手の狙いをズラせば良い。
しかし技後の硬直がある旋空では、その隙をユズルに狙われる恐れがある。
だからこそ、これを使う。
ワイヤー
当然、三浦の腕では狙った場所に正確に当てる事は出来ない。
だが、
向こうの弾の近くで起爆させられれば、相手の弾を誘爆させる事は可能。
三浦はメテオラを分割なしのそのままの状態で撃ち出し、弾丸は天井近くの壁に着弾。
同時にメテオラが起爆し、その爆発に巻き込まれた北添の弾が誘爆。
展示室の天井に到達する前に起爆した弾丸の爆発が、カーテンのように上層部を包み込んだ。
(メテオラで誘爆させたか…………っ! この隙に逃げようってハラか、これっ!)
その光景をスコープ越しに見ていたユズルは、当然相手の狙いを看破していた。
わざわざメテオラを使ってまでこちらの爆撃を誘爆させたという事は、その隙に逃げる算段があるという事。
しかし、展示室の出入り口は押さえてある。
現在、展示室から出られる場所は二ヵ所。
どちらも、これまでの北添の爆撃によって開いた穴だ。
今ユズルがいる場所からであれば、どちらから三浦が出て来た場合も対応可能である。
(けど、そのくらいあっちも分かってる筈。なら、この状況で取る手段はあれしかない!)
ユズルの脳裏に、過去に見たROUND1の香取隊の試合が想起される。
その試合で三浦や若村はあるトリガーを用いて、狙撃手による視認を逃れて移動を行う事に成功していた。
そしてその方策は、この場でも有効である。
(
それがROUND1で香取隊が用いた隠密策であり、姿を消すあのトリガーであればユズルが監視しているあの場からでも逃走は可能だろう。
だがカメレオンは、決して扱い易いトリガーではない。
何せ、使用中は他のトリガーが
シールドや攻撃用のトリガーは勿論、バッグワームすら展開出来ないので使用中はレーダーに映ってしまう。
「ヒカリ、レーダーの映像寄越して! 多分、カメレオン使って来る!」
『おう!』
ユズルの視界に、レーダーの映像が映し出される。
自分で出来なくもないが、今は少しでも手間を減らしたい。
三浦の機動力は低くないので、モタモタしていれば逃げられる可能性があるからだ。
そしてユズルの眼には、左右の穴の内右側の方へ移動する反応が映し出された。
「ゾエさん、右の入り口に爆撃落として! カメレオン使った三浦先輩が出て来る!」
『了解! やっちゃうよー!』
北添はユズルの呼びかけに応じ、再び爆撃を投下した。
カメレオン中はシールドが使えない以上、これを防ぐには透明化を解除する他ない。
だが、それは足を止めてこちらに姿を晒した上でシールドを張る事を意味している。
故に、そこで詰みだ。
広げたシールドの上からアイビスを叩き込めば、確実に獲れる。
ユズルはスコープ越しに、その瞬間を待った。
「…………え?」
されど、予想していた光景は訪れなかった。
北添の爆撃は一切の妨害を受けず、そのまま着弾。
カメレオンの解除が間に合わなかった、というのは有り得ない。
それならば
だが確かに、レーダーには右の穴に向かう三浦の反応が映し出されていたのだ。
「…………! まさか…………!」
もう一度、レーダーをよく見る。
すると、もう一方の左の出入り口に一瞬、反応が映ったのを確認出来た。
慌ててそちらにスコープを向け、確認する。
そこには、空間から染み出すように現れてバッグワームを纏う、三浦の姿が確認出来た。
反応は、確かにあった。
にも関わらず、三浦当人は逆の場所にいた。
この不可解を説明する事の出来るトリガーが、一つだけあった。
「ダミービーコン…………!」
オプショントリガー、ダミービーコン。
これは偽の反応をレーダーに映しだす事の出来るトリガーであり、東が最も得意とする代物だ。
思い返す。
そういえば確かに、ROUND1で帯島がダミービーコンとカメレオンを駆使して相手の動きを攪乱していた。
ユズルは対戦相手である香取隊の動きばかりを注視していた為、一人部隊でまずB級上位に上がって来ない漆間の事はさして注目していなかったのだ。
だが当然、戦った張本人である香取隊の面々は漆間の動きを覚えている。
故に、その模倣を行う事はむしろ当然と言えるだろう。
「…………! これは…………!」
そしてその瞬間、MAPの至る所に大量の反応が出現した。
考えるまでもない。
これらは、ダミービーコンに依るものだ。
そして、気付く。
三浦達がやっていた
恐らくだが、三浦だけではなく若村もダミービーコンを積んで至る所にバラ撒いていたのだ。
そして恐らく、ワイヤーは思った程の数は仕掛けられていない。
それこそ、主戦場となる恐竜の展示室にのみ集中的に仕掛けてある、という展開も充分に有り得る。
(これじゃあ、何処かでカメレオンを使ってもどの反応が本物か判別出来ない…………!)
最悪なのは、この状況下ではカメレオンのデメリットがデメリットとして機能しない事だ。
一度姿を晦ましてしまえば、何処でカメレオンを使っても周囲のダミービーコンの反応と紛れて分からなくなってしまう。
ダミービーコンは使った当人だけではなく、オペレーターに操作を任せる事が出来る。
故に他のトリガーとの併用も可能である他、カメレオンを使っていたとしても操作を全てオペレーターに任せる事で起動が可能なのだ。
即ちそれは、カメレオンを使ってもこちらに感知する術がない事を意味している。
ダミービーコンの反応は機械的なので良く見れば判別は出来るが、戦闘中にそんな余裕があるかと言われれば否だ。
そして、この場面で一斉にダミービーコンを起動したという事は。
(マズイ…………!)
────────現状、いつカメレオンを起動しても見分けがつかない。
ただ一度敵を見失った時点で、盤面の状況は逆転した。
この瞬間、追う者と追われる者は逆転した。
一方的に攻撃を加えていた狩人が、ダミービーコンという罠に嵌まり獲物の側へと堕したのだから。