香取隊の狙撃手   作:デスイーター

335 / 492
影浦隊Ⅶ

 

 

「絵馬隊員、若村先輩に遭遇し奇襲を受けて逃走中。予想通りね」

 

 草壁はスクリーンを見ながら、ふぅ、と息を吐いた。

 

 想定していた通り、という顔だ。

 

 それだけ、自分の予測に自信があったのだろう。

 

 何処か上機嫌で、口笛でも吹きそうな勢いである。

 

「巧い事逃げてたけど、捕まっちゃったねー。まあ、若村くんは元々潜伏していたし、無理もないといえばそうだけど」

「違うわ。あれは、完全に香取隊の作戦よ。そうでなきゃ、わざわざこれまで隠し続けていた若村先輩、という手札(カード)切る選択は取らないわ。満を持して、ってやつね」

 

 まず、と、前置きして草壁は話し始めた。

 

「香取隊は最初から、若村先輩の下に絵馬を追い込む気でいた。絵馬が三浦先輩を警戒してたのは見え見えだったし、何より三浦先輩は一度位置が割れている。たとえ姿を隠したとしても、大体どのあたりにいるかは予測されてたでしょうね」

 

 草壁の言う通り、ユズルは三浦に関しては相当に警戒していた。

 

 オペレーターに頼んで移動予測ルートを計算して貰っていたし、その上で的確に道を選んでいた。

 

 事実、これまでユズルが選ばなかった道の先には三浦と遭遇するルートもあった。

 

 故に「三浦から逃げる」という意味では、ユズルは巧くやっていたと言える。

 

「だからこそ、絵馬の意識の外にいた若村先輩での奇襲を狙ったのよ。絵馬がどのルートを選ぶか予想した上で、その進路上に若村先輩を配置する形でね」

 

 だが、ユズルは若村への警戒が不十分だった事は否定し切れない。

 

 若村はあの場面で、樹里と並んで位置が割れていない相手だった。

 

 なので何処で遭遇するか分からない、と割り切っていたのかもしれないが、それでも三浦への警戒度が高過ぎてその分若村への警戒がおざなりになっていた可能性は高い。

 

 ユズルもまた前期の若村の醜態を識る一人なので、無意識の侮りがあったのかもしれない。

 

 三浦と比して若村への警戒度が低かったのは、紛れもない事実なのだから。

 

 今回はそこを突かれて、若村の奇襲を許した形になる。

 

「奇襲で手傷を与える事には失敗したけれど、それでも近距離まで銃手に詰められた事は事実。あの距離での銃手は、強いわよ」

 

 

 

 

「…………!」

 

 ユズルは若村の指が引き金を引くのを見て、即座に動き出した。

 

 アサルトライフルから放たれるのは、追尾弾(ハウンド)

 

 四方に散った弾丸が、ユズルを追い落とそうと迫る。

 

「チッ」

 

 止む無く、ユズルはシールドを張りそれを防御する。

 

 自身を覆う形ではなく、通路を塞ぐような形でだ。

 

 かなり強引にシールドを広げたので、その強度は相当に低くなっている。

 

 しかし、一瞬ハウンドを止めるには充分。

 

 若村自身のトリオンが高くない以上、威力に乏しい追尾弾(ハウンド)であればこれでも充分に防御出来る。

 

「…………っ!」

 

 だが、当然シールドはハウンドを受け止めきった事で破砕される。

 

 通路を塞ぐような形で張ったのだから、普段のそれよりも強度が低かったのが理由だ。

 

 そしてその隙に、若村は天井の穴から飛び降りて通路に着地していた。

 

 ユズルは未だ、バッグワームを装着している。

 

 狙撃手故の癖で見つかった後もいつでも姿を隠せるようにと纏ったままだったのだろうが、それはつまりシールドを使用した今両腕が塞がっている形となる。

 

 故に着地の瞬間を狙って狙撃する事は出来ず、みすみすチャンスを逃してしまった形になった。

 

「────────!」

 

 そして当然、着地に成功した以上は追撃が待っている。

 

 若村は再び銃撃を行い、ユズルを狙い撃つ。

 

 止む無くユズルはバッグワームを解除し、シールドを展開。

 

 放たれたアステロイドを、間一髪で防ぎ切った。

 

(今…………!)

 

 同時に、ユズルは通路を駆け出した。

 

 この、一本道となっている通路で銃手相手は分が悪い。

 

 せめて障害物のある場所へ移動しなければ、話にもなりはしないのだ。

 

 当然、それを黙って逃がす若村ではない。

 

 再度銃撃を放ちながら、若村も通路を駆け出した。

 

(やり難い…………! 旋空で障害物ごと両断する攻撃手よりはマシかもしれないけど、それでもこの距離で攻撃にタイムラグがない銃手の相手は厄介極まりない…………!)

 

 仮に、遭遇した相手が射手であれば攻撃までのタイムラグを利用して逃げ切る事も出来ただろう。

 

 射手は攻撃に移るまでにキューブの展開、分割、射出の工程を挟む必要があり、常に攻撃を続けられるワケではない。

 

 両攻撃(フルアタック)で交互に撃ち続けるのであれば話は別だが、それならそれで防御が薄くなるのでそこを狙えば良いだけだ。

 

 少なくとも二宮という規格外以外の射手であれば、何とかいなせる自信はあった。

 

 だが、銃手は別だ。

 

 銃手は射手と異なり、攻撃までにタイムラグが存在しない。

 

 引き金を引くだけで弾丸を撃ち続ける事が出来、両腕を塞ぐ必要すらない。

 

 応用力こそ射手に劣るが、それでも近距離で遭遇した時より厄介なのは銃手の方である事は間違いない。

 

 若村は銃手としての能力は平凡だが、それでも基本はしっかり押さえているし腕自体が悪いワケでもない。

 

 犬飼のような盤面調整能力も北添のような高火力も持ち合わせてはいないが、銃手に出来る基本的な事は普通にこなせるだけの能力はある。

 

 今回の場合、それで充分過ぎる程ユズルの脅威となっているのだ。

 

 銃手として出来る、当たり前の事をこなす。

 

 たったそれだけで、今のユズルにとって若村はこの上ない脅威と化していた。

 

(しかも、ハウンドとアステロイドを使い分けて来てるから、対処がやり難い。特別な事をしてるワケじゃないけど、だからこそ隙が無い…………! これならまだ、威力が凄まじい代わりに射程距離が短い弓場さん相手とかのがやり易かったかも…………!)

 

 若村の戦闘スタイルは、銃手としてはスタンダードなものだ。

 

 中距離で銃撃を放ち、相手を牽制しながら詰めていく。

 

 それだけだ。

 

 だが、特別な事をしていないからこそ、付け入る隙がない。

 

 仮に弓場であれば、その射程の短さを利用して立ち回る事も出来ただろう。

 

 仮に諏訪であれば、撃って来るのがショットガンのみと分かっているが故に画一的な対処でどうにかなった筈だ。

 

 されど、若村はアステロイドとハウンドを逐次切り替えながら揺さぶりをかけつつ撃って来ている。

 

 交互ではなく、計算された上での無作為(アトランダム)

 

 だからこそ、やり難い。

 

 銃手としては基本的なやり方であるだけに、目立った隙が見当たらないのだ。

 

 無論、威力ではユズルのイーグレットやアイビスの方が上だ。

 

 しかしユズルの場合、狙撃銃であるが故に一発ずつしか撃てない上に一度撃ってしまえば再装填(リロード)するまで攻撃手段がなくなる。

 

 ライトニングならば連射可能だが、そもそも威力が乏しい上軌道が見えている狙撃など脅威でもなんでもない。

 

 弾速が速いと言っても、トリオン量がそこまで高くないユズルが撃った弾では速度も知れている。

 

 ライトニングが脅威となるのは樹里や千佳といった、高いトリオンを持つ者が撃った場合だ。

 

 それ以外では基本的に牽制にしかならず、そして一度で撃てる弾数に圧倒的な差がある銃手相手では当然分が悪い。

 

 更には機動力評価でユズルは5、若村は6と若干ながら後者に分がある。

 

 入り組んだ地形ならば話は別だが、一本道ではいずれ追いつかれてしまうだろう。

 

(それに、どうせ三浦先輩も来てる筈。このままだと、詰むな)

 

 加えて、現在位置が分かっていない三浦の存在もある。

 

 こちらは光が示してくれた移動ルート予測があるが、その予測の中にはこのまま逃げ続けていればかち合う道筋も存在する。

 

 そして、若村が自分を捕捉している以上間違いなく何処かで挟み撃ちをする算段をしている筈だ。

 

 向こうにとっては唯一残っている敵の狙撃手である自分が邪魔で仕方のない筈なので、最優先排除対象としているのは言うまでもなく理解出来た。

 

(これ、生き残るの無理だな。どう頑張っても、どっかで落ちる。それなら────────)

 

 

 

 

「絵馬は何とか凌いでいるけど、時間の問題ね。三浦先輩も挟み撃ちをする為に動いているようだし、もう詰みだわ」

「確かに、これは厳しいね。やっぱり、あの距離まで銃手に詰められたのは不味かったね」

 

 元銃手と現役銃手一位の二人が、スクリーンを見ながら冷静に現状を評価する。

 

 ユズルは何とか逃げ続けているが、このままでは詰む事は火を見るより明らかだった。

 

「銃手の利点は、その即応性よ。射手程の応用性がない代わりに、引き金を引くだけで弾を撃ち続けられるから中距離での攻撃が途切れない。だから、あの距離まで銃手に詰められた段階で相当にやり難い筈よ」

「そうだねー。射手みたいに置き弾をしたり合成弾を使ったりと応用性を広げる事は出来ないけれど、その分取り回しがやり易いのが銃手の魅力だからね。若村くんは特別な事はしていないけれど、だからこそ隙がないとも言える。ユズルくんからしてみると、かなり厄介な筈だよ」

「ああ、逆にあの状況なら一芸特化の奴よりもスタンダードな銃手である方がよっぽどやり難いだろーぜ。そういう意味で、あそこに若村をぶつけたのは最適解と言えるな」

 

 元銃手一人と現銃手二人が、現状を正確に評価する。

 

 今のところ、ユズルに付け入る隙は見当たらない。

 

 特別な事をやっていないからこそ、突破口が存在しないのだ。

 

 それは銃手としてのノウハウが分かっている三人も理解しているし、正鵠を射ているだろう。

 

「けど、ありゃ諦めた奴の眼じゃねーな。まだなんか、やってくれるだろーぜ」

 

 

 

 

「雄太、どうだ?」

『問題ないよ。そろそろ、挟み撃ち出来るね』

 

 若村は通信で三浦の返答を聞き、よし、と内心でガッツポーズを取る。

 

 銃撃を撃ち続けたまま、視界の先で逃げるユズルの動向を注意深く見守った。

 

 このままいけば、この先にある展示室で三浦と自分とで挟み撃ち出来る計算だ。

 

 左程広くない展示室であり、障害物もそう多くはないのでユズルに抵抗の余地を与える事はないだろう。

 

 銃撃は何とか凌ぎ続けているユズルだが、それでも三浦と二人で挟めば詰ませられる筈だ。

 

 これまで潜伏し続けてようやく掴んだ狙撃手撃破のチャンスを、逃すワケにはいかない。

 

 その一心で、若村は細心の注意を払いながらユズルを追撃していた。

 

(来た…………!)

 

 若村は、ユズルが目的の展示室に足を踏み入れたのを確認した。

 

 そして当然、向こう側の入り口からは三浦がやって来ている。

 

 カメレオンは使っておらず、バッグワームを纏っていたのでレーダーには映っていなかった筈だ。

 

 しかしユズルは予想していたのか、特に驚いた様子はない。

 

 諦めたか、と若村はユズルを見てそう判断する。

 

 判断、してしまった。

 

『麓郎くん、爆撃よっ!』

「…………!」

 

 だからこそ、一瞬反応が遅れた。

 

 通信で華から警告を受けた事で、咄嗟にその場から飛び退きシールドを張る。

 

 次の瞬間、轟音と共に通路の天井が吹き飛ばされた。

 

 ガラガラと音を立てて通路が崩落し、進路が塞がれる。

 

 北添による、遠隔爆撃。

 

 それに、違いなかった。

 

(は…………っ!? んな事したら、絵馬も閉じ込められるだけじゃねーかっ! あの展示室は、此処と雄太が入って来た場所しか出入り口がねーんだぞっ!?)

 

 しかし、解せない。

 

 今ユズルが足を踏み入れた展示室には、二ヵ所しか出入り口がないのだ。

 

 当然今若村の前で塞がれた出口を除けば、あとは三浦が入って来た場所しか出入り口がない。

 

 当然室内には三浦とユズルが残される事になり、逃げ場所がなくなるのは向こうの方だ。

 

『ろっくんっ!』

「…………!」

 

 だが。

 

 三浦の警告を受けて動いた時には、一歩遅かった。

 

 崩落した瓦礫をぶち抜いて、一発の弾丸が飛来したのだ。

 

 咄嗟に回避行動を取る若村だが、避け切れずに脇腹に被弾してしまう。

 

 飛来した弾丸、アイビスは若村の脇腹を大きく吹き飛ばし、相当のダメージを与えていた。

 

 即死はしないが、放置すれば確実にトリオン切れによる緊急脱出(ベイルアウト)に至る傷だった。

 

(マジかよっ!? わざわざ瓦礫で視界を塞いで、その先から瓦礫越しに当てて来たってのかっ!?)

 

 相手のやった事のレベルの高さに、若村は驚愕する。

 

 ユズルはあろう事か瓦礫で視界を塞いだ上で、その瓦礫の向こう側から若村に狙撃を当ててみせたのだ。

 

 恐らくはレーダー頼りの狙撃だろうが、それをこうも簡単に当てられるのは尋常な事ではない。

 

 もしも若村の回避行動が一歩でも遅れていれば心臓をぶち抜かれていた事を考えると、本当に狙撃手としての技量がとんでもない事が分かる。

 

 ユズルは土壇場で、生き残る為ではなく点を取る為に行動した。

 

 その判断が功を奏し、若村に致命傷に繋がる傷を与える事になったのだ。

 

 

 

 

「…………即死はさせらせなかったか。やれる事はやったし、良しとするかな」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 そして当然、防御を捨てて壁抜き狙撃を行ったユズルが三浦の攻撃を凌げる筈もない。

 

 ユズルは当然のように三浦の旋空で両断され、脱落していた。

 

 しかし、最後にまんまと攻撃を通させてしまったのは痛い。

 

 三浦は瓦礫で通路が塞がれた後ユズルがこちらに背を向けて通路側に銃口を向けた事で彼の狙いを理解して旋空を放ったが、一歩遅かった。

 

 自身の生存を放棄し、点を取る事を選んだユズルの作戦勝ちと言えるだろう。

 

「…………やられたな。けど、これで狙撃手は片付けた。それに────────」

 

 

 

 

「あー、そろそろ限界かな。ごめん、落ちるよ」

『おう、後は任せろ』

 

 全身にひび割れが広がっていた北添は、自身の限界を感じて通信越しに謝罪する。

 

 ただでさえ傷口からのトリオン漏出が続いていた北添は、今の爆撃で最後のトリオンも使い切った。

 

 どうにかユズルの援護は出来たが、彼の役割は此処までである。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 トリオン体が崩壊し、北添は光の柱となって消える。

 

 最後まで仲間の為に力を振るい続けた銃手は、こうして脱落した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。