香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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香取隊XXIV

 

 

「絵馬が若村先輩に痛打を与えつつ、緊急脱出(ベイルアウト)。北添先輩も、トリオン切れで脱落ね」

「最後にしっかり爪痕を残してったねぇ。流石だよ」

 

 里見はそう言って、ユズルの活躍を称賛する。

 

 難しい顔をする草壁とは対照的に、里見は心からユズルの戦果を評価しているようであった。

 

「ユズルくんは案の定挟み撃ちにはされたけど、その状況を利用して北添さんが爆撃を実行。隙を突いた壁抜き狙撃で、見事若村くんに攻撃を通したね」

「しかも瓦礫で視界を塞いで、その向こう側から狙いやがったな。ありゃあ、狙ってやれるモンなのかよ?」

「どうかしらね。狙撃に関しては残念ながらわたしは詳しいとは言えないけれど、どう見てもあれは博打の類よ。普通、あんなの思いついてもやらないわ」

 

 草壁はそう言って、ユズルの行動を曲芸と切って捨てた。

 

 確実性を重視し、個人の技量頼りの戦術を嫌う草壁にとってはユズルの個人主義の極みのような無謀な作戦は受け入れ難かったのだろう。

 

 戦果が出たのはあくまで結果論であり、普通あんな真似はみすみす自駒をドブに捨てるようなものだと草壁は断じているのだ。

 

「そーでもねーよ。あの状況で一矢報いるにゃ、あれしかなかったろ。聞くが、おめーはあれ以外に絵馬が爪痕を残す手段を思い描けたか?」

「…………いいえ。あの状況なら、遅かれ早かれ絵馬は落ちていた。だから生存は諦めて、出来る限り長く香取隊の二人を引きつけておくのが理想だったと思うわ」

「けど、それで事態が好転するワケじゃねーし点に直接結びつくワケでもねー。だったら、イチかバチかでも動いた方がリターンが大きいだろうが。点が欲しかったってんなら、別に間違いって程の行動じゃねーだろ」

 

 う、と草壁は言葉に詰まった。

 

 確かにあのまま逃げ続けていても、ユズルの行動が得点に繋がる事はなかっただろう。

 

 それよりは博打に見えても一点でも取れる可能性に懸けた方が、見返り(リターン)は明らかに大きい。

 

 ユズルの時間稼ぎで事態が好転するのならばともかく、彼があのまま逃げ続けても得点に結びつく未来は有り得なかったに違いない。

 

 だからそれよりは賭けでもなんでも点に結び付く行動を取った方が良い、というのは通理である。

 

「…………でも、その行動の為に北添先輩の最後のトリオンを使い切るのは流石にリスクは大き過ぎたわ。結果として力尽きて緊急脱出(ベイルアウト)してしまったし、主戦場の援護を行えなくなったのは大きいんじゃないかしら?」

「そうとも限らねーよ。確かに北添はユズルの助力でトリオンを使い果たして落ちちまったが、影浦にとって戦場への横槍は別に()()()()()()()()()()()()()()()んだ。なら、あそこで北添を使い切ってもまだやりようはある」

 

 そう言って、諏訪は画面の中で戦い続ける数名の隊員を見据えた。

 

「主戦場は、未だ膠着状態だ。あのまま戦ってても、中々決着はつかねーだろうな。何せ、香取に攻めっ気が全くねぇ。ありゃあ、()()を待ってる顔だな」

 

 諏訪の言う通り、香取の動きにはいつもは見えている殺気や敵意といった攻撃意思が感じられなかった。

 

 時間を稼ぐ事を第一として回避優先で動いており、決して無理をしない。

 

 主戦場の中で最大の射程を持つ香取が牽制に徹しているので、二人のエースも思うように攻めきれずにいる。

 

 香取が自ら踏み込まないという事は、残る二人に彼女へ有効打を与える機会がない事を意味している。

 

 とはいえ、攻め気なしで勝てる程影浦も弓場も甘くはない。

 

 このまま膠着状態が続けば、いずれ何らかの綻びが生じ同格以上との戦いにおける経験値という面で最も劣っている香取が崩れるだろう事は間違いない。

 

 だがそれは、あの膠着状態が()()()()()()()()の話だ。

 

 ギリギリの拮抗を保っている主戦場は、些細な切っ掛けで大きく変わる。

 

 香取はただ、()()()を待っているに過ぎないのだ。

 

「そして絵馬が落ちた事で、狙撃手はアイツ一人だけになった。なら、こっからどうなるかは火を見るより明らかだろ」

 

 諏訪はそう言って、眼を細めた。

 

「来るぞ、アレが」

 

 

 

 

「ウラァ!」

 

 影浦は怒号をあげ、マンティスを振るう。

 

 それを振るわれた弓場はバックステップで回避し、地上の影浦と空中の香取に向けて同時に銃撃を敢行。

 

 影浦は最小限の動きで、香取は大きく飛び退いて弓場の銃撃を避ける。

 

 但し、香取はただ逃げたワケではない。

 

 空中で一回転しながら腰のホルスターから拳銃を抜き、それを連射。

 

 無数の弾丸が、弓場と影浦に向けて放たれる。

 

 それを二人が回避し、影浦の攻撃が再開される。

 

 一進一退。

 

 そのような状況が、ずっと続いていた。

 

(そろそろか)

 

 影浦はマンティスを振るいながら、警戒を強めていた。

 

 ユズルが落ちたのは、たった今本人からの報告で知っている。

 

 これで生き残っている狙撃手は、樹里一人のみ。

 

 加えて北添も脱落したので、最大級の射程を持つ彼女を止められる者は誰一人として存在しない。

 

 故に。

 

「…………! 来やがったか…………!」

 

 影浦は眼をギラつかせ、勢い良く弓場に向けて突っ込んだ。

 

 特に障害物に隠れる様子もなく、一直線にだ。

 

 その行動を見て弓場は飛んで火にいる夏の虫だと勇んで銃口を向け────────────────は、しなかった。

 

 感情受信体質(サイドエフェクト)を持つ影浦が、いきなり無謀にも思える特攻をかまして来た。

 

 弓場はそれに、何の意味も見出さないような暗愚では決してない。

 

 何かある。

 

 経験と勘が、その予測を裏打ちする。

 

 そして次の瞬間、()()は訪れた。

 

「…………!」

 

 轟音と共に、天井が崩落する。

 

 何が、起きたのか。

 

 明白だ。

 

 誘導炸裂弾(サラマンダー)の投下。

 

 樹里による爆撃が、開始されたのだ。

 

 現在、狙撃手は樹里一人のみ。

 

 即ちそれは、彼女が動いてもそれを止める者が誰もいない事を意味している。

 

 豊富なトリオンを持つ樹里は、どれ程の距離があろうと問題なく弾を相手に届かせる事が出来る。

 

 しかし他の狙撃手が健在である間は、迂闊に攻撃を仕掛けるワケにはいかなかった。

 

 バッグワームをしながら狙撃をする、或いは合成弾を撃つ以上、どちらであってもシールドを張る事なく攻撃態勢に移る必要がある。

 

 そこを狙われれば、さしもの樹里でも落とされる危険があるのだ。

 

 樹里の生存力を支えている一因に、その豊富なトリオンから来る高い硬度のシールドがある。

 

 生半可な攻撃では彼女の防御を突破する事が出来ず、幾らトリオンが高かろうと肉体の強度は全てのトリオン体で同一である為、シールドも張れずに攻撃を受ければ当然致命傷になる。

 

 だからこそ、壁越しでも平気で弾を当てて来るようなユズルが生き残っている間は、軽々に動く事が出来なかった。

 

 狙撃手が健在である以上、高所から視認される危険は常に存在する。

 

 幾らバッグワームでレーダーから身を隠していようが、見つかる時は見つかるのだ。

 

 事実、ユズルの位置が妙に正確に割れていたのは樹里の索敵に依るものだろう。

 

 これまで一切姿を現さず潜伏していた樹里は、影浦の居場所が確定した事で存分にその索敵能力を活かしていたに違いない。

 

 樹里はこれまでは一切攻撃に参加せずに索敵に徹し、この時をずっと待ち続けていたのだ。

 

 即ち、他部隊の狙撃手という最大の邪魔者がいなくなるこの時を。

 

 狙撃手というものは、生存しているだけで他の部隊の行動に大きな負荷をかけ、行動を縛る。

 

 それは樹里とて例外ではなく、香取隊は彼女という大き過ぎるカードを中々切る素振りがなかった。

 

 最初から暴れていれば点を荒稼ぎ出来た可能性もあるが、同時に不意打ちで討ち取られる危険もあった。

 

 だからこそ香取隊は樹里を最大効率で運用出来る状況が来るまで、ずっと彼女という手札を温存していたのだ。

 

 そして今、樹里を縛る枷はなくなった。

 

 後に残るのは、主戦場を一方的に攻撃可能な位置に陣取った樹里による、圧倒的な爆撃の嵐である。

 

 影浦はこれを予測していた為に、弓場へ向かって突っ込んだのだ。

 

 残る三部隊の中で、弓場隊は狙撃手が最も早く脱落していた。

 

 それはつまり、主戦場以外の情報を取得する手段が殆どない事を意味している。

 

 即ち。

 

 今この瞬間、爆撃の開始で最も混乱を生むのは弓場隊である。

 

 それを承知していた香取と影浦は、すぐさま行動に移っていた。

 

 香取はバッグワームを纏い、崩落した天井の穴から脱出。

 

 同時に、崩落した天板が下にいる二人目掛けて落ちて来る。

 

 幾らトリオン体の膂力が人間離れしているとしても、これだけの鉄骨の下敷きになれば容易に身体を動かす事は出来なくなる。

 

 瓦礫を動かすくらいの事は軽々出来たとしても、全身を鉄骨で圧迫されてなお動けるかは別の話だ。

 

 故にこれの下敷きになれば、身動きが取れないまま終わるのが目に見えている。

 

 だからこそ、判断は一瞬だった。

 

 香取程の三次元機動は不可能である二人には、天井の穴から逃げた彼女を追う手段がない。

 

 故に、影浦と弓場は共に回避行動を最優先とした。

 

 弓場は右へ。

 

 影浦は左へ。

 

 それぞれ大きく飛び退き、落下する鉄骨を回避する。

 

 だが、次の瞬間。

 

 爆撃、その第二撃が迫っていた。

 

 展示室の側面に着弾した爆撃は、壁際に展示してあったプレシオサウルスの模型ごと壁を吹き飛ばし、大きな風穴を空ける。

 

 更に、爆煙の向こうから無数の銃撃が見舞われた。

 

 姿は見えないが、間違いない。

 

 香取だ。

 

 爆撃に乗じ、煙に紛れて香取が撃って来たに違いなかった。

 

 放たれた弾丸は、弓場と影浦双方に向けられている。

 

 しかも予め副作用(サイドエフェクト)で感知していた影浦とは異なり、弓場はその攻撃に気付くタイミングがギリギリだった。

 

 弾丸は弓場の頬を掠め、そのまま空を切る。

 

 あと一瞬でも回避が遅れていれば、頭部が吹き飛ばされていただろう。

 

 幾ら連射性能が低い拳銃型のトリガーとはいえ、まともに急所に喰らえば一発で終わりなのは言うまでもない。

 

 それを回避してのけたのは、偏に経験に依るものだ。

 

 影浦の不可解な特攻と、天井から急に逃げた香取。

 

 その行動から何を狙っているのか、何の情報を得ているのかを予測し、看破してのけたのだ。

 

 弓場は以前の香取とは異なり、誰が相手であろうと全力でランク戦を戦い抜いて来た。

 

 現在はチームランク戦に集中する為に個人戦はあまりやっていないが、それでも膨大な戦闘経験が彼の中に蓄積されている事は間違いない。

 

 故に、一人だけユズル撃破の報が届かなかった状態にあっても、最適解で行動に移る事が出来た。

 

 香取と影浦は共にその隙をこそ狙ったのだろうが、それは少々弓場を侮っていた目算と言わざるを得ない。

 

「…………!」

 

 だが、問題は無い。

 

 一の矢、二の矢が防がれたのであれば、第三、第四の矢を装填するまで。

 

 再びの爆撃が、展示室へ直撃した。

 

 

 

 

「案の定、爆撃が始まったな。ま、他の部隊の狙撃手がいなくなったんだし無理もねーが」

 

 諏訪は爆撃が繰り返される映像を見て、溜め息を吐いた。

 

 確かに彼の言う通り、ユズルという敵対する最後の狙撃手が落ちた時点で、樹里が暴れ始めるのは眼に見えていた。

 

 ダウナーな雰囲気を纏う樹里であるが、その本質はかなり好戦的で気もあまり長くはない。

 

 実のところ狙撃手に向いている精神性とは言えないのだが、佐鳥と幼馴染の言う事はしっかりと聞く為これまで我慢をしていたのだろう。

 

 恐らくは、「後できちんと暴れさせてあげる」と確約した上でだ。

 

 そして、暴れて良い状況が整ったのであれば彼女が黙っているとは思えない。

 

 案の定、ユズルが落ちた瞬間樹里という砲台の封印が解かれた。

 

 結果が、この地獄絵図である。

 

 ユズルが必死に時間を稼いでいたのも、半ばこれを防ぐ為でもあった。

 

「こうなると、もうほぼ香取隊のワンサイドゲームね。止める手段のない爆撃を繰り返す木岐坂先輩が健在である以上、幾ら個人としての能力が高くともたった一人で覆せる盤面ではないわ」

 

 草壁の言う通り、最早これは香取隊による一方的な蹂躙劇だ。

 

 狙撃手という唯一樹里に届き得る手段がいなくなった以上、彼女を縛る枷は存在しない。

 

 後は爆撃を繰り返し、隙を見て攻撃を叩き込んで終わりだろう。

 

 少なくとも草壁は、そう判断していた。

 

「どうかなー? それはちょっと、弓場さんを軽く見過ぎだと思うよ」

 

 しかし、待ったをかけたのは弓場の信者(ファン)である里見だ。

 

 里見はにこりと笑いつつ、諭すように語り掛けた。

 

「木岐坂さんの暴れっぷりはこれまで散々目にして来た二人が、このまま無策で落とされるとは思えないな。戦闘の経験値では二人の方が勝っているし、香取隊はチームとして纏まりが出来たのは今期からだからね。決して、万全の態勢とは言えないと思うよ」

 

 それに、と里見は続ける。

 

「二人とも、あんなに楽しそうに戦ってる。あれはきっと、勝負を諦めた眼じゃないよね」

 

 そう言って、里見はスクリーンに映る二人のエースを見据える。

 

 弓場は眼をギラつかせ、影浦は口角を上げて。

 

 心底楽しそうに、共に戦場の中で踊っていた。

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