「爆撃に乗じて、若村先輩がカメレオンで姿を隠したか。やるわね」
「ああ、幾ら弓場さんといえどあの状況じゃ中々手を出せない。考えたね」
草壁と里見の二人はそう言って、若村の作戦を称賛する。
爆撃で姿を隠してからの、カメレオンとダミービーコンによる攪乱。
言葉にしてみればシンプルだが、現状ではこれ以上なく効果的であった。
「これで弓場は、いつ姿を隠した銃手から撃たれるか分からねー、って状況に陥ったワケだ。無視して行こうにも、何処にワイヤーが仕掛けられてっか分かんねー以上迂闊にゃ動けねーわな」
諏訪の言う通り、弓場に対する脅威は身を隠した若村だけではない。
スパイダー。
香取隊の得意とするワイヤー陣が、何処に仕掛けられているか分かったものではないのだ。
若村は、弓場を待ち伏せしていた。
それはつまり罠を仕掛ける時間が相応にあった事を意味しており、当然ながら何も仕掛けていないとは思えない。
弓場は、若村にとって明確に格上の相手である。
その弓場を相手にするにあたり、ワイヤーの一つも仕掛けていないという事は有り得ないだろう。
そして、幾ら格上とはいえワイヤーに引っかかってバランスを崩してしまえばそれは明確な隙となる。
そこを突かれてしまえば、弓場とて討ち取られる可能性はある。
だからこそ、弓場が先へ進むには何が何でも若村を処理する必要が出て来る。
若村さえいなくなれば、ワイヤーに引っかかったところで問題は無いからだ。
「弓場さんを完全に防御側に追い込んだのはえらいね。自分で仕掛けるタイミングを決められるってのは、大きなアドバンテージだ」
故に、現状弓場は若村が仕掛けて来るのを待つ他ない。
相手からの
戦術上の有利は、既に確保されているというワケだ。
「けど、一度でも姿を晒せば弓場さんはそのチャンスを逃さないでしょう。何度でも同じ手が通用する相手じゃないわ」
「そうだね。だから、チャンスは一度きり。その機会を活かせるかどうかが、勝敗の鍵だね」
(さぁて、どう来る?)
弓場は不敵な笑みを浮かべつつ、その時を待っていた。
現在、この周囲にある反応は6つ。
そのうちいずれかが若村であると見て、間違いないだろう。
若村は現在、カメレオンで隠れていると予想される。
通路は先程の爆撃で半壊となっており、所々で外が見え隠れしている。
しかし完全に向こうを見通せるようにはなっておらず、明らかに爆撃の威力は加減されていた。
完全に壁を破壊してはダミービーコンによる偽装がそもそも成立しない為、当然の話ではある。
よって、今も尚若村は壁の向こう側に潜伏し、奇襲のチャンスを伺っていると推測出来る。
(とはいえ、いつまでもチンタラ待ってるワケはねェよなァ。カメレオンは、使用中常にトリオンを消費する。若村の奴は、脇腹に大きな傷があった。あの傷じゃあ、放っておいてもトリオン切れで脱落する。あの状態で持久戦は、まず無理だろう)
先程対峙した際、若村には脇腹に大きな傷があるのを確認出来ている。
誰にやられたのかは知らないが、あれでは放っておいても脱落は確実。
そんな状態で使用中常にトリオンを消費するカメレオンを長く使い続ける事は、まず出来ない。
若村はそれほどトリオンに余裕があるワケではないので、猶更だ。
(トリガーは、セットするだけでもトリオンを消費するからなァ。スパイダーに加えてダミービーコンまでセットしてるってなると、トリオン消費は以前よりも大きいだろう。つまりそれだけ、若村の奴の戦闘継続時間は短くなってる。猶更、チンタラは出来ねェ筈だ)
現在、若村はスパイダーとダミービーコンという二つのトリガーを新たにセットしている。
この二つはトリオン消費こそ大したものではないが、そもそもトリガーとはセットするだけでトリオンを消費するのだ。
トリガーセットの枠を空けている者が大半なのは、何も意味のない行いではない。
余計なトリガーをセットすると、それだけトリオンの余裕が失われ戦闘継続時間が短くなってしまうからだ。
しかし、若村はチーム戦術の為にそれを押してでも二つのトリガーを新たにセットした。
弓場の記憶では若村はスパイダーをセットする前は二つの空きをトリガーセットに残していた筈であり、現在はフルセットの状態になっていると予測出来る。
つまりそれだけトリオン残量が圧迫されているという事でもあり、残された時間はそう多くはない筈だ。
見たところあの傷ではそもそもトリオン切れまでそう遠くは無いと推測出来るので、猶更である。
(さあ、来やがれ! どう来る!?)
弓場は不敵な笑みを浮かべつつ、若村の
そう長く待つ事が無いのは、予想出来ている。
ならば、来る筈だ。
香取隊の、次の行動が。
(…………! 来やがったかっ!)
そして、弓場は目撃する。
破壊された天井の穴から見える、無数の流星を。
樹里による、遠隔射撃。
それが、始まったのだ。
(
ギリ、と弓場は歯を食いしばり凶悪な笑みを浮かべる。
(話に聞いてた、新種の合成弾!
弓場は降り注ぐ弾幕の正体を推測し、行動に移る。
即ち、通路の外での脱出である。
もしも本当に、予想通り
アステロイドの貫通力が付与されたハウンドであるモスキートであれば、広げたシールドでは貫通される。
集中シールドで防ごうにも、流石にあの弾数を全て防ぎ切るのは無理だ。
ならば、その射程範囲外へ逃げる他にない。
幸いと言うべきか、弾幕は全て通路内に降り注ぐように軌道が設定されているようだ。
故に、あれを凌ぐには通路外へ逃げる他にない。
(恐らく、外に出た瞬間を狙い撃つつもりだろうなァ! けど、そう旨くはいかねェぜ!)
弓場は即座に駆け出し、爆撃でボロボロになった壁に向かって体当たりを敢行した。
ただでさえ爆撃の影響で脆くなっていた壁がそれに耐えられる筈もなく、弓場は壁を破壊して通路の外に飛び出した。
一瞬後、通路内に流星が着弾し、激しい音が響き渡る。
その轟音を背に、弓場はすぐさま周囲に眼を向けた。
(…………! どっちもビーコンか…………!)
弓場の視界には、浮遊する二つのビーコンが映し出されている。
レーダー上では、この近くの反応は二つ。
その両方がビーコンだったという事は、残る反応のいずれかが若村であるという事だ。
(これで、出た瞬間を狙われる、っつうのはなくなった。後は、反応を虱潰しにすりゃあいい)
最も弓場に隙が出来る瞬間は、壁を破壊し外に出た時だった。
場合によっては鉢合わせた若村に銃撃を見舞われる可能性もあったが、どうやら賭けには勝ったらしい。
もっとも、早撃ちは弓場の十八番なのでもしもそうなったとしても先に相手を倒す事くらいは出来るだろう。
それこそ、カメレオンの解除の瞬間を狙えばそれで済む。
若村はカメレオンを扱っていた期間自体はそこそこ長いが、それでも風間隊程の習熟度はない。
あちらと異なりあくまでもエースである香取のサポートとして運用していたので、本気の隠密戦闘に適応しているワケではないからだ。
風間隊の面々であればそれこそ息を吸うようにカメレオンの発動と解除を切り替えて来るが、若村にそこまでの練度は望めない。
それこそ、カメレオンの習熟度だけで言えば笹森の方が上だろう。
故に、そこを狙う。
確かに若村は以前よりずっとチームの為に貢献出来るようにはなったし、その成長には目を見張るものがある。
しかし、技術や実力といったものは一朝一夕で激変する事はない。
それらは日々の確かな積み重ねにより向上するものだし、その成長スピードには個人差がある。
弓場は銃手の先達として若村の面倒を見た事もあり、その時の感覚からして彼は決して一部の天才のようにスムーズに成長出来る器ではなかった。
あくまでも平々凡々、全く才能が無いとまでは言わないが上を目指すには適切な内容で尚且つ相当量の鍛錬をかなりの長期間続ける必要があった。
訓練を怠っていたようには見えないが、それでも残念ながら若村の成長スピードは知れている。
少なくとも、この短期間でカメレオンの扱いが風間隊並に習熟しているとは思えなかった。
(次の反応は…………!)
弓場はレーダーに映る三つ目の反応に向け、走り出した。
反応は通路を囲むように配置されており、弓場の足ならば数秒で辿り着く。
先程までいた通路はコの字型に曲がっていた為、先に視える通路の角を曲がった先に三つ目の反応があった。
弓場はそのまま減速せず、一気に角の向こうに躍り出た。
(こいつもビーコン…………! なら、若村がいるのは通路の向こう側か…………!)
視界に映るのは、空中に浮遊するビーコン。
即ち、三つ目の反応もまた陽動であったワケだ。
残る反応は、通路を挟んだ反対側。
コの字型の通路の、内側にある。
此処からそこへ向かうには、再び通路に入り突っ切るしかない。
(迷ってる時間は、ねェな!)
モタモタしていると、それこそ若村はトリオン漏出過多で
彼にあのダメージを与えたのは、自分達弓場隊ではない。
となれば十中八九、影浦隊。
傷口から考えて、ユズルだろうと推測出来る。
このままトリオン漏出過多で敗退した場合、その得点は彼に最も大きなダメージを与えた隊員の属するチームに加点される。
即ち若村の分の得点は影浦隊に掻っ攫われる事を意味しており、それは避けたかった。
現時点で奥寺、及び北添の分で二点を確保しているとはいえ、場合によっては再度の中位落ちまで見えている現状点は一点でも欲しい。
(神田の奴を心配させねェ為にも、点は逃さねェ! 迷ってる時間は、ねェな!)
弓場は即断し、通路の壁を体当たりで破壊。
残る反応目掛けて、再び駆け出した。
その、瞬間。
「…………!」
横合いから、弓場に向かって銃撃が見舞われた。
咄嗟にシールドを張り、弓場はそれを防御する。
振り向く。
そこには、
(…………! そういう事か…………! 若村の奴は、最初からカメレオンなんざ使ってなかった…………っ! 反応は全部ビーコンで、本人はバッグワームでレーダーに映らねェようにしてたワケか…………っ!)
これみよがしにビーコンの反応が現れたので誤認してしまったが、恐らくはそれを含めて向こうの狙いだったのだ。
若村は最初からカメレオンを使わず、通路の外にバッグワームを纏って潜伏していた。
そして、弓場が通路の外に出た瞬間。
或いは今のように通路内へ戻った瞬間を狙い、奇襲をする算段だったのだろう。
実際、一歩でも反応が遅れていれば危なかった。
(けど、これで…………!)
しかし、奇襲は防いだ。
現在、若村との距離は10メートルもない。
完全に、弓場の射程圏内である。
ホルスターに、手をかける。
この距離ならば、反応も許さず即殺出来る。
「…………!」
それは、何の妨害もなければの話だ。
弓場は、空から降って来る流星を目撃する。
しかもそのスピードは、今までの比ではなかった。
それこそ弓場の銃撃に匹敵するのではないかという弾速で、無数の弾幕が迫っていた。
「チッ!」
恐らくあれは、完全に弾速重視に
トリオンの大半を弾速に注ぎ込み、恐らく威力は左程でもないだろう。
だが、あの弾速ではこちらに到達するまで最早刹那の余裕もない。
そして、今から回避するだけの時間もなかった。
弓場は止む無く、シールドを展開。
それも、ただのシールドではない。
固定シールド。
その場からの移動を封じられる代わりに、強固な防御性能を持つ特殊な形態のシールドである。
あれだけの弾速であれば、威力に割り振っているトリオンは相当少ない筈。
仮にあれが
そういう算段を以て、弓場は固定シールドでの防御を選択した。
そして、流星が着弾する。
凄まじい轟音と共にシールドに無数の弾幕が降り注ぎ、しかして弓場の固定シールドは罅割れながらもその全てを防ぎ切った。
(よし…………!)
案の定、弾速に大半のトリオンを注ぎ込んだ影響か威力はそこまででもなかったらしい。
弓場は固定シールドを解除し、再びホルスターに手をかけた。
今の隙に若村との距離は多少離れてしまったが、弓場の機動力ならば数秒もせずに射程圏内に収められる。
そう考えて、動き出そうとした。
「…………っ!?」
────────だが。
その行動が、実現する事はなかった。
固定シールドが解除された、その瞬間。
空から凄まじいスピードで降って来た無数の弾丸が着弾し、その
シールドを解除した弓場に、それを防ぐ術はない。
『戦闘体活動限界。
機械音声が、弓場の敗北を告げる。
爆発に呑まれた弓場のトリオン体は崩壊し、光の柱となって消え去った。