香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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黒トリガー争奪戦Ⅴ

 

 

「────────ハウンド」

 

 出水は敢えて音声認識でトリガーを起動し、キューブを展開。

 

 無数に分割された光弾が、弧を描くような軌道で嵐山隊の二人に向かって襲い掛かる。

 

 射撃トリガー、追尾弾(ハウンド)

 

 威力特化の通常弾(アステロイド)と異なり、対象を指定してそれを追うような軌道を描く事が出来るのが特徴である。

 

 ハウンドにはトリオン探知の誘導弾と、視線誘導の追尾弾の二種が存在する。

 

 弾道を指定する方法が違うだけなので厳密な別種とは言い難いが、この二つの使いどころは大きく異なる。

 

 トリオン探知の場合は相手がカメレオン等で姿を隠している場合等も追尾出来るが、壁等に遮られれば弾道が途切れてしまう上、追尾が正確過ぎるので弾道を読まれ易いという欠点もある。

 

 対して視線誘導はトリオン探知の弾道制御に比べて自由度が高く弾道を読まれ難いが、自身の視界に依存するという性質上視界を遮られれば有効に使う事は出来ないし、誘導設定の強弱による弾道制御の熟練には相応の修練が必要となる。

 

 されど、出水はボーダーでもトップランクの射手の一人である。

 

「…………!」

 

 嵐山は、眼を見開く。

 

 山なりに弧を描いていた筈の出水の弾道が、まるでレールを切り替えたかのように直線的になって一気に光弾が迫って来たからである。

 

 これが、追尾弾を使いこなすという言葉の意味だ。

 

 追尾弾は弾道の自由度に於いては、変化弾(バイパー)に及ばない。

 

 しかし、やりようによってはそれに近い挙動を取る事も出来る。

 

 ハウンドは発射の際、誘導設定の()()を調整出来る。

 

 誘導設定が強ければ最短距離で標的へと跳んでいくし、弱ければ山なりに近い弾道を描く。

 

 これを使用時に使い分ける事で、このような変則的な弾道が実現出来るのだ。

 

 最初の山なりの弾道では、嵐山達に到達するまで若干のタイムラグがあった。

 

 しかし、途中で誘導設定を強める事により、最短距離に近いショートカットを行う事が出来た。

 

 結果として嵐山達は弾道を見誤り、隙を晒す事になった。

 

「────────!」

 

 だが、その程度で被弾する程嵐山達は甘くはない。

 

 嵐山は時枝と共にシールドを展開し、ハウンドを防御する。

 

 如何にトリオン強者である出水の弾とはいえ、ハウンドの威力はそう高くはない。

 

 少なくとも、短時間でシールドを貫くだけの強度を得る事は出来ない。

 

 しかし、当然ながら攻撃を受け続ければ限界は来る。

 

「────────!」

 

 無論、そのくらいは嵐山とて承知の上だ。

 

 攻撃を凌いだ嵐山は間髪入れずにアサルトライフルを斉射し、攻めへ移行。

 

 出水は三輪と共にサイドステップで跳躍し、嵐山の攻撃を回避した。

 

「…………っ!」

 

 されど、攻撃はまだ終わらない。

 

 敢えて時間差でアサルトライフルを掃射した時枝の弾幕が、二人へ襲い掛かる。

 

「舐めるな」

 

 このまま、攻守が反転するのか。

 

 否。

 

 それを許す程、三輪秀次という少年の培った経験値は浅くはない。

 

 三輪は遠隔でシールドを展開し、襲い来る弾丸を防御。

 

 更に自身は低い姿勢で滑るように地を駆け、二人へ肉薄する。

 

 そして、無造作に弧月を抜刀し、嵐山に斬りかかった。

 

「く…………っ!」

 

 嵐山はそれを受けるのではなく、バックステップで回避。

 

 一旦距離を置いて、再びアサルトライフルの引き金を引いた。

 

「おっと」

「…………!」

 

 だが、その銃撃は出水が遠隔起動したシールドによって止められる。

 

 シールドに着弾し、弾け飛ぶ弾丸。

 

 敢えて遠隔起動したのは、そのまま固められる事を防ぐ為だ。

 

 防御用のトリガーであるシールドは性能が高く、そう簡単には壊れない。

 

 しかし、足を止めてその場で盾を張り続けていれば、当然いつかは限界が来るものだ。

 

 射手や銃手相手の負けパターンというのは、絶え間ない攻撃でシールドを使()()()()続け、その場に釘付けにされたまま削り殺される、というものが多い。

 

 そうした事態を回避する為に、出水は遠隔でシールドを張りこちらに弾丸が到達する前に対処したのだ。

 

 無論、相手の弾道を読み切っていなければ不可能な芸当であり、その隙を第三者に突かれる可能性もある。

 

 だが、それこそ望むところだ。

 

 出水の側としてはもう一人の狙撃手の位置さえ判明すれば、そこから一気に盤面を動かす事が可能となるのだから。

 

(まだ、撃っては来ないか。今回の樹里ちゃんは、中々慎重だな。もしかして、佐鳥が指示を出してんのかな)

 

 そのまま再びのハウンドを放ちながら、出水は思案する。

 

 正直、樹里の性格であればそろそろ何処かで撃って来ていてもおかしくはなかった。

 

 彼女は狙撃手としては技術はともかくとして、心構えの方は射手時代のそれを引きずっている部分が多い。

 

 故に、寄られても自力で対処出来るという事情も相俟って彼女の引き金は中々に軽い方だ。

 

 普通の狙撃手であれば待ちに徹する場面であっても、平気で撃って来るくらいには。

 

 彼女の引き金は、比較的軽い。

 

 しかし、そういった動きが無い以上熟練の狙撃手である佐鳥が指示を出している可能性が高い。

 

 樹里は、確かに部隊戦の経験がない。

 

 だが、その点を経験豊富な佐鳥が補っているケースは充分に考えられた。

 

(となると、樹里ちゃんの経験不足を突く形での策は狙えないか…………? あの子、佐鳥の言う事だけは聞くもんなぁ)

 

 組んでいる部隊が他のチームであれば、樹里は命令よりも自分の状況判断を優先して独断専行する可能性が高かった。

 

 命令を聞けないワケではないが、集団戦の経験が無いが故にチームとしての動きを分かっていない為、攻められる機会を見逃す、という選択を取る事を嫌がるパターンが想定されていた為だ。

 

 しかし、彼女は佐鳥に対しては従順だ。

 

 彼の言う事であれば自分の意に沿わぬ事でなければ基本的に従うし、そうでなくとも佐鳥がきちんと説明すれば大抵の場合は頷く。

 

 その佐鳥が樹里の行動を制御しているのだとしたら、彼女の部隊戦の経験不足を突く形での策は使えないだろう。

 

(なら、使わざるを得ないようにしてやるしかねーか。楽は出来ねーみたいだけど、なんとかなるだろ)

 

 それならそれでやりようはあると、出水は開き直った。

 

 部隊戦の初心者故の陥穽を突けなくなったのは正直痛いが、プラスがゼロになっただけで別にマイナスが生じたワケではない。

 

 ならば、その前提で行動するまでだ。

 

(さぁて、やってやりますか。米屋の方も気にはなるけど、木虎相手じゃ簡単にはいかねーだろ。ま、そっちで樹里ちゃんを釣り出してくれれば儲けものだけどな。巧くやれよ、槍バカ)

 

 

 

 

「今、どっかの弾バカが余計な事を考えた気がすんな」

「いきなりなんですか、あなたは」

 

 一方、妙な虫の知らせを受けた米屋はまるで日常会話のようなやり取りをしながら木虎と刃を交わしていた。

 

 戦闘中は無駄話などしない木虎だが、その性格上煽りには乗り易い。

 

 軽々しく行動に移す事はないが、相手から話しかけられた場合には情報収集も兼ねて応じるケースもある。

 

 今回は先程までほぼ無言で戦っていたところにいきなり話しかけられたものだから、思わず応じてしまった形だ。

 

(どうやら、別に何かの思惑があったワケじゃなさそうね。独り言に反応したみたいで、癪だわ)

 

 木虎は思考を続けながら無造作に突き出された米屋の弧月を回避し、サイドステップで側面へ移動。

 

 更に右手のスコーピオンを振るい、その刃を米屋が弧月の柄で受け止める。

 

 こちらを押し返そうと弧月に力が加えられた事を察し、木虎は自分からその動きに連動。

 

 押し出される勢いを利用して後退し、そのまま滑るように駆け出した。

 

「旋空弧月」

 

 そんな木虎に対し、米屋は旋空を使用。

 

 横薙ぎに振るわれた拡張斬撃を木虎は最低限の跳躍で回避し、移動を再開。

 

 互いの距離を測りながら、睨み合いへと移行した。

 

(立ち回りが巧いわね。厄介な相手だわ)

 

 木虎は米屋の戦い方を思い返しながら、煩わしい想いを抱いていた。

 

 先程から、二人の戦いは一進一退の攻防が続いている。

 

 通常攻撃の射程自体は銃手トリガーを持つ木虎に分があるものの、今のように旋空を織り交ぜる動きでこちらの攻めが牽制されていた為だ。

 

 斬り合いの場合は米屋の槍弧月のリーチが厄介で、中々懐には入り込ませては貰えない。

 

 いっそ屋内戦に移行出来れば彼の槍のリーチがむしろ障害になってやり易いのだが、それを分かった上で乗って来るとは思えない。

 

 そもそも、自分は狙撃手を狙う米屋を止める立場だ。

 

 木虎の側から建物に入ったとしても、米屋はそれをスルーして目的地へ向かおうとするのが目に見えている以上は実行するワケにはいかなかった。

 

(それに、向こうはもう一人の狙撃手を釣り出したい筈。そういう意味でも、屋内戦に乗って来る可能性は低い)

 

 米屋の視点では、もう一人の未だ位置が判明していない狙撃手さえ釣り出せれば、最悪自分が落ちたとしても構わない、くらいには考えている筈だ。

 

 未だ隠れているもう一人の狙撃手の存在がこの戦場全体の鍵を握る事は、木虎にも理解出来ている。

 

 何処から撃って来るか分からない狙撃手が存在し、しかも敵側の想定としてはその人物は樹里である可能性が高い。

 

 トリオン量が高く、超々遠距離からの狙撃や防御不能の火力の攻撃を使って来る彼女の位置が分からないというのは、それだけでトップチームの動きを制限するに足る。

 

 このA級同士が跋扈する魔境のような戦場に於いて、樹里はその存在だけで鬼札と成り得るのだ。

 

 切り札というものは、得てして伏せ続けた方が効果的な場合がある。

 

 今回のケースは、まさにそれだと言える。

 

(けれど、ずっと伏せ続けるワケにもいかない以上、何処かで切る必要が出て来る。相手は、それを狙っている筈)

 

 一応、部隊戦に不慣れな樹里を動かす関係上、嵐山はある程度彼女の裁量に委ねる決定を下している。

 

 だがそれは、佐鳥が自分で樹里の制御を引き受けるだろうという信頼をしているからこその采配でもある。

 

 樹里は大人しそうな外見と裏腹な自由奔放な性格で他者の指示よりも自分の判断を優先しがちだが、例外的に佐鳥の言う事だけは聞く。

 

 余程自分の不利益にならない内容であれば大抵は受け入れるだろうというのが、木虎の樹里に関する所感である。

 

 猫のように気まぐれに見える彼女が、佐鳥の前では驚く程素直になる。

 

 佐鳥のチームメイトという関係上彼女と関わる機会が多かった木虎は、そういった場面を少なくない数目撃している。

 

 だからこそ、佐鳥が制御していれば樹里が独断専行に走る可能性は低いと見ていた。

 

(いえ、今考えるべき事ではないわね。私は、私の仕事を全うするだけよ)

 

 自尊心が高く攻撃的な性格に思われている木虎だが、チーム戦では自分を殺して役割に徹する程度の事は普通に出来る。

 

 というよりも、それが出来ないような未熟者がA級部隊でエースなど張れる筈もない。

 

 木虎は刺々しい性格から自分勝手なイメージを抱かれがちだが、こと戦闘に於いては冷静沈着で決して自分の判断だけで暴走する事など有り得ない。

 

 そんな勝手をして勝てる程、A級は甘い世界ではないのだ。

 

 嵐山の方針で部隊戦ではある程度自己裁量を任されてはいるが、それは彼女が部隊としての作戦行動の真意を正確に把握出来るだろうという信頼が前提にある。

 

 いちいち指示を下すよりも、状況を見て木虎に判断をさせた方がタイムラグなく連携が行える。

 

 そう信じているからこそ、嵐山はあまり細かい指示はしない。

 

 木虎もそれが分かっているからこそ自己裁量で動きつつも、最大限嵐山の意を汲んだ動きをする事を徹底している。

 

 言う程簡単な事ではないが、彼女のエースの看板は伊達ではない。

 

 エリート、エースといった称号は名乗るだけでは意味が無い。

 

 それに相応しい結果を伴ってこそ、その名に価値が出て来るのだ。

 

 少なくとも、木虎は自分の称号を有名無実なものにするつもりなど微塵もなかった。

 

(そろそろ、状況を動かすべきね。出水先輩も三輪先輩も、決して侮れる相手じゃない。出来ればさっさと米屋先輩を片付けて、そっちに向かいたいところだわ)

 

 だからこそ、動くべきタイミングが近付いている事を木虎は察していた。

 

 確かにこのまま堅実に戦えば負けはしないだろうが、同時に米屋を落とす事も出来ない。

 

 お互いのトリオン量が等しく少ない以上持久戦で負ける事はないものの、それでは他の戦場に干渉出来ない。

 

 かといって米屋を放置すれば狙撃手が危険に晒される為、彼は此処で仕留める事が最善と言えた。

 

(多少無理をしてでも────────────────いえ、そろそろ()()()が終わる筈。だから、私のやるべき事は────────)

 

 木虎は思案し、自分の果たすべき役割を模索する。

 

 そして。

 

「────────!」

 

 一つの、通信が届く。

 

 その内容を聞いた木虎の表情が、僅かに変わった。

 

(────────了解しました)

 

 通信を終え、前を向いた木虎は鋭い眼光で米屋を見据えて。

 

 作戦遂行の為、動き出した。

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