若村は通路に下りて来た影浦目掛け、銃撃を見舞うべく引き金に手をかけた。
影浦は今、着地の寸前であり地に足が着いていない。
故に若村の攻撃を凌ぐには、シールドを張るしかない。
それこそが、狙いだ。
あわよくば手傷を与えたいが、そうでなくともシールドを張らせ影浦をその場に留める事にこそ意味がある。
撃つ準備をしていた弾種はハウンドであり、そう広くない通路の中では回避行動はかなり難しいだろう。
壁となる障害物があるワケでもないので、選択肢はシールドでの防御に限定される筈だ。
ハウンドは威力は乏しいが、相手を狙って曲線軌道で弾が飛ぶ為、凌ぐにはシールドを張るかもしくは障害物を盾とする他ない。
その為ハウンドが威力を発揮するのはどちらかといえば開けた場所、或いは障害物の存在しない閉所であり、今この場は後者に当たる。
この状況を作る為に、樹里に爆撃をして貰ったのだ。
爆撃への対処をする為には、シールドを張るか効果範囲外へ逃げるしかない。
先程影浦は飛んで来る弾を迎撃するという離れ業を見せていたが、結果的にこの場へ追い込めた為良しとする。
ともかく、若村の役目は通路に追い込んだ影浦を足止めする事だ。
トリオン切れも最早秒読み段階だが、自分はもう此処で落ちても問題は無い。
敵は既に、影浦一人。
彼さえ倒せるならば、自分を使い捨てようが支障はない。
影浦という大駒には、それだけの価値がある。
死にかけの若村一人の犠牲で済むのならば、良い取引の筈だ。
「────────え?」
────────だが。
その目論見は、一瞬にして崩れ去った。
引き金を引こうとした腕が、
何が、起きたのか。
瞭然だ。
影浦が、マンティスを用いて銃撃が見舞われる前に若村の腕を斬り落としたのだ。
反応が、早過ぎる。
シールドを張られて凌がれる程度は予想していたが、まさか弾丸の発射前に腕を潰されるというのは想定外だ。
そういう意味で、若村は影浦という大駒の持つ意味を甘く見ていたと言える。
影浦はボーダーの中でも、トップクラスの実力を持つ攻撃手である。
違反行為によってポイントこそ削られているが、実力だけを見れば間違いなくポイント1万レベルは超える。
あの村上でさえ、影浦には勝ち越せていないのだ。
香取も1対1では勝ち目が見えない相手であるというのを、もう少し深く理解するべきであったろう。
これが、元A級。
高位の実力者達と鎬を削って来た、牙持つ獣である。
「…………時間切れか」
『トリオン漏出過多。
そして、最後の攻撃が失敗に終わり腕を切断された事で残されたトリオンも底を着く。
若村のトリオン体は罅割れ、光の柱となって消え去った。
「────────!」
その、瞬間。
影浦は己の直感が警報を鳴らしたのを感知し、上へ跳躍した。
刹那。
影浦のいた場所に、壁を斬り裂いて放たれた斬撃が見舞われた。
旋空弧月。
壁の外に待機していた三浦が、不意打ちで見舞ったそれである。
無論壁越しである為、三浦には影浦の姿が見えていない。
しかし、たった今までこの場には若村がいた。
三浦は若村の観測情報とレーダーの位置情報を頼りに、斬撃を放ったのだ。
大まかな位置さえ分かれば、横薙ぎに斬り払えば少なくとも回避行動を取らせる事は出来る。
理想は今の一撃で落とす事だったが、そう旨くはいかない事は分かっていた。
或いは生駒旋空並の剣速があればそれも可能だったかもしれないが、三浦の旋空の腕前は平凡の域を出ない。
故に攻撃の着弾までにはタイムラグがあり、結果として攻撃は回避されてしまった。
壁という障害物で相手の姿が見えていなければサイドエフェクトで事前に察知される事もないだろうという算段であったが、それは少々以上に影浦の経験値を甘く見ていたと言わざるを得ない。
影浦が今回回避に成功したのは、積み上げられた経験値から来る直感の行動に依るものだ。
確かに影浦の
しかしそれは、影浦が能力に頼り切りである事を意味しない。
影浦には、膨大な回避行動の経験値がある。
サイドエフェクトによって相手の攻撃のタイミングや軌道を察知出来る影浦は、経験則でそれらをある程度推測する事が出来る。
野生の勘的な要素が強い為推測というよりも察知に近いが、どちらにせよ「このタイミングに攻撃がこういった感じで飛んで来るだろう」というのは影浦にとって予測で対応出来る範疇なのだ。
あそこでトリオン切れ間近の若村が出て来た段階で、影浦は彼が完全な陽動役であると見抜いた筈だ。
何せ、若村に致命打を与えていたのは同じ部隊のユズルである。
どれだけのダメージを与えたかは聞いていただろうし、何より実力で大きく劣る若村が至近距離に現れた段階でその意図は明確である。
だからこそ影浦は「第二の矢」の存在を事前に警戒しており、今回の回避行動に繋がったワケだ。
「…………!」
だが、それで問題は無い。
どちらにせよ、影浦を空中に追い込むという目的は果たせたのだから。
影浦は己の
攻撃の軌道から考えて、間違いなく樹里による攻撃。
明確に影浦に当てる軌道で全弾が向かって来た事から、恐らく
しかも今回のそれは先程弓場を狙った弾とは違い、弾速自体は通常のものだ。
即ちそれは威力も減衰していないという事であり、影浦のシールドで防げるものではない。
逃げ場のない空中で、これを凌ぐ術はない。
「甘ぇよ」
否。
そんな予測すら、獣の本能は上回る。
影浦はマンティスを壁に突き刺し、それを軸に横へ跳躍。
体当たりで壁を突き破り、迫り来る流星を回避した。
マンティスを攻撃ではなく移動手段として利用しての、空中での回避行動。
それは奇しくもグラスホッパーによる移動を疑似的に再現しており、技術のみでそれを成し遂げた影浦に三浦も眼を見開いた。
影浦が飛び出したのは、三浦が潜んでいた方の壁からだ。
当然、目の前には三浦がいて、影浦の攻撃の射程に入っている。
そして三浦は、旋空の攻撃後の硬直が解けたばかり。
すかさず反撃をするには、三浦の経験値が足りていない。
これが風間や太刀川であれば、考えるよりも先に身体を動かし影浦に攻撃を見舞っていただろう。
実力者との戦闘の経験値の差というのはそれだけの違いが出るものであり、個人ランク戦にあまり積極的ではなかった三浦が即座に動けなかったのも無理はない。
「…………!」
そして、目の前に現れた獲物を逃がすような影浦ではない。
影浦はマンティスを振るい、三浦を攻撃する。
曲線軌道を描く斬撃を、三浦は辛うじて受け太刀で防御した。
しかし、影浦はすかさず刃を引き戻し、第二撃で三浦の右腕を両断した。
あまりの攻撃スピードに三浦は対応し切れず、右腕ごと弧月を取り落とす。
最早これで、三浦に影浦に抗する手段は無い。
次の一撃で、終わる。
「…………っ!?」
────────だが。
その瞬間、落ちていく弧月の先に、グラスホッパーが展開された。
ジャンプ台が弧月の柄に触れ、ブレードが弾丸のように飛んで行く。
直接の攻撃行動ではない為サイドエフェクトによる反応が出来ず、飛来した弧月は影浦の左足を斬り飛ばした。
「チッ」
影浦はすかさず、それを成したであろう人物へと向き直る。
視界の先には、いつの間にか地面に下りていた香取がこちらに突っ込んで来るのが見えた。
当然、影浦はそれを迎撃する。
マンティスを振るい、香取の首を狙う。
「…………!」
香取はその瞬間、グラスホッパーを展開。
ジャンプ台を踏み込み、大きく跳躍して斬撃を回避する。
それと同時に空に現れたのは、流星。
樹里の放った無数の弾幕が、香取の背後より降り注ぐ。
弾種は不明。
片足を失った影浦に、これを避ける術はない。
「しゃらくせぇ!」
────────などという甘えは、この男には通用しない。
影浦はマンティスを伸ばし、フックのように壁に引っかけて自身の身体を牽引し跳躍。
弾幕の効果範囲から、一息に逃げ切った。
一瞬後、流星が着弾。
地面に降り注いだ弾幕は、その全てが起爆し大爆発を引き起こした。
「…………!」
影浦は止む無く、シールドを張り爆発を凌ぐ。
樹里の
しかも今回は以前のような加減された威力ではなく、全開のものである。
当然、爆破の規模は尋常ではなく、幾らマンティスを使って移動したとはいえその効果圏内から逃げる事は不可能。
削られた片足では、今更逃げる事も敵わない。
よって影浦はこれまで可能な限り避けて来たシールドでの防御を用いて、爆発を凌いだ。
爆撃による粉塵が舞い、視界を塞ぐ。
周囲一帯の景色は、爆煙によって閉ざされた。
「旋空弧月」
香取隊の攻撃は、終わらない。
残った左腕に弧月を再生成した三浦が、爆煙の向こうから拡張斬撃を見舞う。
普通の相手なら、これを回避する術はなかったろう。
しかし、影浦には
攻撃の軌道を察知した影浦は、片足で最低限の跳躍を行いそれを回避。
そして素早く地面へマンティスを引っかけ、自身を牽引し着地。
跳躍の隙を最低限の動きで消し去り、そのまま三浦へマンティスを振るった。
「…………!」
視界が塞がれ、攻撃の軌道を察知出来ない三浦にこれを避ける術はない。
三浦は蟷螂の鎌によって、残った左腕を左足と共に両断。
攻撃手段の一切を失い、その場に倒れ伏した。
多くの傷口から多量のトリオンが漏れ出ており、更に攻撃手である三浦は両腕を失った以上戦闘能力は無いも同然。
本来なら今の一撃で仕留めるつもりであったが、三浦が身体を僅かに捻った為に致命傷を与え損ねた。
しかし、どちらにしろこれで三浦は無力化出来た。
「あとは、テメェ等だ」
影浦は、粉塵の中を突っ切って斬りかかる香取を見据えた。
片足が削れ、万全とは言い難い状態。
されど、それでも尚彼に負けるつもりは微塵もなかった。
少なくとも、相手の大将は此処で倒す。
そう意気込み、影浦は香取にマンティスを振るった。
変幻自在の軌道を持つマンティスは、甘い回避を許さない。
香取の得意とするのは最低限の動きで回避行動を行い、最短距離で相手の懐に潜り込み刃を突き立てる突撃戦法だ。
だが、影浦の前で迂闊にそれをすれば蟷螂の刃は容赦なく香取の喉笛を掻き切るだろう。
未だ、影浦と香取の間には隔絶した力の差が存在する。
気合いだけで、想いだけで埋められる程両者の実力は肉薄していない。
たとえ心機一転して前に進んでいたとしても、鍛錬量や日々の積み重ねの怠慢はなかった事にはならない。
影浦は自らを鍛える事に関して熱心というワケではないが、
実戦に勝る経験値がないのは言うまでも無く、日々の戦いの蓄積は確実に彼を高みへと押し上げていた。
一時期は個人ランク戦からも遠のき、腐っていた期間が長かった香取とは積み重ねの量自体が違うのだ。
しかも影浦は風間や太刀川といった高位の実力者とも積極的に戦っており、上位層の経験値も豊富である。
加えて以前はA級ランク戦で鎬を削っていた事もあり、ボーダーのトップ層での戦闘経験も多い。
故に、1対1では香取に影浦に勝つ目は無い。
「────────!」
しかし、これはチーム戦だ。
そんな事は分かっているとばかりに、天空より再び無数の弾幕が降り注いだ。
先程と、同じ光景。
違うのは、香取との距離だ。
既に香取は、影浦の至近まで接近している。
今、先程のようにマンティスを使った移動を行えば彼女にその隙を突かれるだろう。
ならば、どうするか。
「…………!」
答えは、前進あるのみ。
影浦は片足のみで一息に踏み込み、香取の懐に入り込んだ。
完全な、鍔迫り合いの距離。
そして、当然ながら樹里の弾幕は香取に当たる軌道では降って来ていない。
香取の至近距離、その場であれば弾幕に当たる心配はない。
仮に今度も
幸い、樹里のいる方角は香取の背中側だ。
故に狙撃をしようとしても、香取の身体が壁となって彼女を巻き込む軌道以外では撃てないだろう。
そして、狙撃を察知出来る影浦であれば狙われた瞬間回避する事など容易い事だ。
影浦はその手にスコーピオンを生やし、香取に斬りかかる。
この至近距離では、マンティスを使う意味はない。
そして、マンティスばかりが取り沙汰される影浦であるが、元々スコーピオンの名手であるのは言うまでもなくこの距離であろうと香取に負ける余地はない。
「な…………っ!?」
────────されど。
次の瞬間、その目論見は崩れ去った。
影浦の背中から飛来した弧月が、彼の胸を貫いた事によって。
振り向く。
そこには、倒れ伏す三浦のすぐ傍に砕けたばかりのグラスホッパーの残骸が見えた。
その瞬間、影浦は何が起きたかを理解する。
確かに、三浦は自ら戦う手段を失った。
しかし、三浦が左腕を両断された際に握っていた弧月はその時に地面に落ちていた。
三浦は残る右足を使ってブレードの角度を調整し、それを香取がグラスホッパーで打ち出したのだ。
先程と、同じ手段。
されど影浦は三浦が両腕を失った事で無力化出来たと思い込み、意識の外に置いていた。
加えて、影浦はあの時樹里の狙撃をこそ警戒していた。
爆撃で攪乱し、その隙を狙撃で突くのは香取隊の常套手段。
あの状況であれば間違いなくそれが来るであろうと、影浦は狙撃への警戒に多くのリソースを割いていた。
幾ら狙撃が察知出来ると言っても、身動きが取れない状態で撃たれればやられるのは言うまでも無い。
だからこそ影浦は既に無力化した三浦への警戒を外し、遠方からの攻撃にこそ神経を注いでいた。
更に、この期に及んで同じ手は使わないだろうという多くの戦闘経験を持っていたが故の戦場の常識もその判断を指示していた。
しかし、そこをこそ香取隊は突いた。
最も強力な樹里の狙撃を見せ札とし、無力化された三浦を相手の意識から外す為の戦略。
それを以て、香取隊は影浦を打ち倒すに至ったのだ。
「やってくれるじゃねぇか。けど、楽しかったぜ」
『トリオン供給機関破損。
影浦は不敵な笑みを浮かべながら、トリオン体が罅割れる。
戦闘体が崩壊し、影浦の脱落と共に第七試合は幕を閉じた。