「いやー、ヤバかったっすね雨取さん」
「そやなぁ。俺もやられてもうたしホンマ申し訳なかったわ」
はぁ、と生駒は珍しく溜め息を吐いた。
玉狛相手にほぼ完敗に近い負け方をした為に、基本的に
「流石にアレは無理ですって。あの展開を予測出来なかった時点で詰み同然でしたやん」
「それ言うなら、おれが一番のやらかしやなぁ。多分あそこまで好き勝手出来たの、狙撃手のおれが落ちたからでしょうし」
勿論、そこで責任を生駒に被せたままにする水上達ではない。
すかさずフォローに入り、隠岐はチラリと水上に目配せしながら自分にこそ責任があると述べる。
その意図を察した水上はそやなぁ、と頷いた。
「玉狛がひたすら潜伏を選んだ時点で、おかしいと思うべきやったんやと思います。確かに前に出るのが空閑だけっていうのはよくあるパターンでしたけど、ヒュースっていう大駒もいるんにイコさんに援護なしで真正面から突っ込んで来た時点で違和感を抱くべきでした」
「雨取ちゃんに関しては、爆撃だけを警戒して狙撃の方を殆ど警戒しなかったのもマズかったと思いますわ。雨取ちゃんが人を直接撃てない、っていうのも今考えればいつ変わるか分からへん情報やったワケですしね」
今回の最大の敗因は、千佳が人を直接撃てないという認識を抱いたままであった事だ。
これまでの試合ログを見る限り、少なくともROUND6までは千佳が直接人を狙って撃てなかった事は間違いない。
間違いない、のだがそれがいつまでも続くという根拠はなかった事も確かだ。
今回生駒隊は千佳の爆撃による盤面の攪乱こそ警戒していたが、まさか彼女に直接狙撃で狙われるとは思っていなかった。
だからこそ、生駒隊の中では最初に狙われた水上が対処出来ずに落とされてしまったのだから。
「やらかした俺が言うんもなんですけど、人を狙えるようになった雨取は真面目にアカン性能してますね。防御が一切効かない上に、障害物を無視してドカン、ですもん。しかもイコさんの場合はエスクードで視界と移動経路塞がれた上でですから、猶更ですね」
「アレはどうしようもないですよ。下手に上に逃げれば突っ込んで来た空閑くんにやられかねませんでしたし、イコさんの判断は悪くなかったと思いますよ」
また、生駒がやられたエスクードで閉じ込められてからの狙撃、という
エスクードで四方を囲まれた時点で視界は封鎖され、尚且つ脱出するには上に跳躍する他ない。
それは即ち逃げ場のない空中へ自ら躍り出る行為に他ならず、跳躍ではなく旋空での壁の切断を選んだ生駒の判断は悪くなかった。
但し、その動きすら読んでエスクードごと狙撃で粉砕して来た玉狛の方が上手だったというだけだ。
「それでも、落とされたんは俺や。次は、同じ轍は踏まんで」
「…………そうですね。幸いと言うべきかは分かりませんが、最終戦も玉狛が相手です。リベンジの機会は、こっちで作らせて貰いますわ」
ギラリ、と珍しく闘志を瞳に燃やす生駒を見て、水上はため息を吐きながらそう答えた。
正直かなり厳しいが、やってやれない事はないだろう。
己が仕える男がやりたいと言うのだから、それを叶えるのが
水上は密かに心の中で闘志を燃やしながら、目を細めて思案し始めた。
(エスクードとあのバカみたいな威力の狙撃の組み合わせは、正直最悪やな。あの連携を潰さない限り、どうにもならんと思ってええ。しかも、次も他のチームも厄介どころか凶悪な面子が揃ってるんやしな)
ヒュースのエスクードと千佳の狙撃という
引き続き戦う事になった二宮隊は勿論、香取隊もまた相当な脅威だ。
最早あれは、前期とは別物と考えた方が良いだろう。
それだけの成長を成し遂げ、結果的にとはいえB級一位に食い込んでみせているのだから。
(特に、あの
けど、と水上は思う。
確かに
(────────そもそも、合成弾を使って来るのかどうか、って問題もある。今回のログには、絶対に目を通すやろし。狙撃手がいない状態での雨取がどれだけ脅威なんか、ってのは嫌でも分かるやろうしな)
「いやぁ、負けちゃいましたね。雨取ちゃんも撃てるようになってたし、予想外にも程がありましたね」
「負けは負けだ。そこは素直に認めるべきだろう。次はないがな」
二宮はあっけらかんと笑う犬飼に対し、憮然とそう返した。
拗ねているように見えなくもないが、犬飼はその実機嫌はそう悪くないのをこれまでの経験で感じ取っていた。
どうやら修が有言実行し、千佳が人を撃てるようになるという成長をしたことが甚く気に入ったらしい。
そういう所は変わらないなぁ、と犬飼は一人ごちるのであった。
「けど、徹底してましたよね。最初に犬飼先輩が狙われた事もそうですし、うまくしてやられた感じがします」
「そうね。恐らく、最初から何が何でも犬飼先輩は優先的に落とす事を決めてたんだと思うわ。雨取さんが人を撃てないって認識のままだった
「ヒュースくんまで投入して来たからねー。向こうからすると相当、おれが邪魔だったんだと思うのは同感」
今回の試合で、千佳の狙撃による第一犠牲者となったのは犬飼だった。
盤面の調整を行いつつ立ち回っていた犬飼に対し、玉狛はヒュースを投入。
ヒュースの射撃を対応していた最中、障害物越しに飛んで来た狙撃が犬飼を一撃で吹き飛ばしたのだ。
恐らくあれは、ヒュースの観測情報を元に狙撃を叩き込んで来たのだろう。
千佳の狙撃が威力が高過ぎて、多少目標がズレた程度では回避した事にはならない。
身体の何処かに当たればそれだけで即死レベルのダメージを受けるし、余波に巻き込まれただけでも恐らくは致命傷に近い傷を負う事になるだろう。
加えてあの時犬飼が背にしていたビルは、硝子張りで向こう側が見えていた。
流石に強化視覚を持つ樹里のように細かな隙間を通して標的を視認する事は出来ないだろうが、そもそも硝子しか障害物がなかったのならばスコープで見通す事は充分可能だ。
また、千佳のいた場所は犬飼の居所とそう離れてはいなかった。
それこそ射撃が届くくらいには近い場所であった為、着弾までの時間も相応に短かったのだ。
犬飼の中には爆撃を警戒する頭はあっても、狙撃に対する注意は精々が地形破壊を想定したものだった。
故に千佳の不意の狙撃を凌ぐ事が出来ず、真っ先に落とされたのである。
「千佳は人を撃てない」という欺瞞情報のアドバンテージを切って仕留める最初の標的として選ばれた時点で、玉狛にとって犬飼がどれだけ厄介に映っていたかは見て取れる。
彼がいる限り、二宮の打倒は成し得ない。
そう考えていたであろう事は、犬飼自身も理解出来ていた。
「辻ちゃんは雨取さんのハウンドで固められた上で、狙撃でやられたんだもんね。あれはあれで、どうしようもなかったよね」
「ええ、かなりの数の分割をしていて尚且つ広範囲でしたので避け切る事が出来ず、止む無くシールドを張ったんですが、その上からぶち抜かれてしまいました。射線は意識していたつもりだったんですが」
「思っていたよりも雨取ちゃんの狙撃スキルが成長してたのと、おれの時と同じく障害物の上からぶち抜かれたのもあるからね。隠岐くんを落とした直後で居場所が割れてたのもあるけど、今思えばそれも想定済みだったのかもね」
辻の場合、いきなり降って来たハウンドを避け切れずにシールドで防御した結果、その上からアイビスで貫通されて倒されている。
犬飼がやられた直後で情報共有からさして時間が経っていなかった事もあり、為す術なくやられてしまった。
ちなみに辻は遊真と戦っている生駒の援護の為に狙撃を仕掛けていた隠岐を斬り捨てた直後であり、位置が割れていた。
その為に犬飼に続き、真っ先に標的になったのだと思われる。
或いは、敢えて遊真が前に出る事で隠岐を引っ張り出した上で倒して貰う、という思惑もあったのだろう。
玉狛としては狙撃手である隠岐は最も排除したい相手であった為、まんまとその思惑に乗せられた形となる。
千佳が好き放題に暴れられたのは、狙撃手という枷が存在しなくなった事が最も大きい。
隠岐はグラスホッパーを持ち、見つかっても逃げられるという戦闘スタイルである為他の狙撃手よりも引き金が若干軽い部分がある。
牽制であっても躊躇いなく撃つし、見つかる事に対してそこまで頓着しないのだ。
隠密能力自体は低くないが、隊のサポートの為であれば迷いなく前に出る傾向がある。
今回はその隠岐の狙撃手としての性質を利用され、引っ張り出された形となる。
狙撃手が邪魔だったのは二宮隊としても同じである為辻が排除に動いたのだが、それもまた玉狛の作戦だったというワケだ。
「けど、こんな短期間で雨取ちゃんが人を撃てるようになるなんて思いませんでしたね。三雲くんはその辺り、強要はしないタイプでしょうし」
「ふん、何処かの誰かが余計な世話でも焼いたのだろう。雨取は自分から状況を改善する能力は低いが、他者の言葉を素直に受け入れる柔軟さはある。ならば、何かしらの後押しがあれば変わるだろう。それだけだ」
今回最も大きな敗因は、千佳が人を撃てるようになっていた事を見抜けなかった事だ。
前回までの玉狛の試合は欠かさずチェックしており、その結果として少なくともROUND6の段階では人を撃てない事は確認している。
それがROUND7になって急に撃てるようになった事は不可解といえば不可解だが、どうやら二宮にはその心当たりがあるようだった。
「んー、二宮さんは誰の影響か、ってのは分かってるんです?」
「いるだろう? 能力は高い癖に後先を考えず、人のデリケートな部分にも土足で踏み入りそうな馬鹿が。それが答えだ」
「あー…………」
二宮の言い方でそれが誰を指すのかと察した犬飼は、溜め息を吐いた。
あの二宮が此処までボロクソに言う相手となると限られるし、今聞いたワードはこれまでにも散々耳にした覚えのある罵倒語録だ。
彼が能力は称賛しつつも人格面で此処まで駄目だしとする相手となると、一人しかいない。
(樹里ちゃんかー。ホント、余計な事してくれたもんだよ。二宮さんは喜んでるのがなんか複雑だけどねー)
木岐坂樹里。
彼女しかいないだろう。
二宮は一時的に弟子扱いになっていた彼女に対して相当入れ込んでいた事は知っているし、樹里がソロであった頃に広がった己の隊長の悪評に関しては火消しに奔走した身として充分以上に知っている。
その暴言具合から勘違いされがちだが、二宮はかなり面倒見が良いタイプだ。
言動が終始暴言に変換されて出力されている為に傍目からは罵倒をしているようにしか見えないが、よくよく内容を聞いてみると大体が助言や発破の類である事は理解出来る。
問題は言葉の棘が強過ぎて概ね真意は伝わらない事だが、少なくとも二宮の側は面倒を見る人間の性格や立ち振る舞いをしっかり見ているつもりなのだ。
樹里は表情の変化が少なく身内以外に対しては喜怒哀楽が表に出難い為掴みどころのない性格をしていると思われがちだが、その実案外素直で分かり易い性質をしている。
香取隊に入隊して以降の彼女は有り体に言って浮かれており、隠れていたそういう部分が表に出て来て密かにファンが増えているのも確かだ。
ともあれ二宮が言う通りの性格をしているのならば、人を撃てない千佳に対し何らかの助言を行った事も容易に推察出来る。
樹里は計算高い面もあるがそれ以上に感情的な少女でもある為、その場の衝動で深く考えずに発言をする事も充分考えられる。
千佳に対しどんな発破をかけたかは分からないが、どちらにせよ彼女が人を撃てるようになったという事実は変わらない。
責任の在り処を問うよりも、まずはそれを受け入れた上で次の試合の対策を練るべきだろう。
「最終戦に向けて、色々考える事が出来ちゃいましたね。香取隊の方も強くなってますし、生駒隊もこのままで終わるタチじゃないでしょ」
「やる事は変わらん。向かって来るのならば、迎え撃つだけだ」
了解、と返答しつつ犬飼は眼を細めた。
今回は一位から陥落したが、次はこうはいかない。
玉座に座るのは、己達の王である。
そうでなければならないと、犬飼は密かに闘志を燃やすのだった。