「よくやった、千佳。これで充分、目標が圏内に入った」
「う、うん。ありがとう」
修の一切の交じり気なしの称賛に、千佳は恥ずかし気に頷く。
大分謙遜しているが、今回の試合で彼女が成し遂げた戦果は並大抵のものではない。
それを思えば、流石に謙遜が過ぎるというものだろう。
彼等は試合後、玉狛支部にて軽い打ち合わせを行っていた。
今回の試合は夜の部であった為もう大分遅い時間だが、現在修達は全員が玉狛支部に泊まり込んでいる状態だ。
玉狛第二唯一の女子である千佳に関しても「三雲くんと一緒なら」と彼女の両親の許可を得ており、よって多少遅い時間であってもこれから外出するワケではないので問題はない。
ともかく、今はこの玉狛支部のロビーに玉狛第二の全員が集まっている状態にある。
遊真も修の称賛を聞き、うんうん、と頷いた。
「ああ、千佳のお陰でかなりの得点を取れたし、何より二宮さんに勝てた。二位との点差も縮まったし、充分目標達成が見えて来たぞ」
「修の策も、巧く嵌まっていた。しかし、よく二宮があそこで回避行動を取ると読めたものだ」
「前話した感覚から、多分二宮さんは感情で動くタイプなんじゃないかって思ったんだ。だからぼくがああして仕掛ければ、必ず乗って来ると踏んでたんだよ」
それに、と修は心の中で思う。
(多分だけど、二宮さんは千佳の事をかなり気にかけていた気がする。だから、千佳が成長を見せれば必ず勝負には乗って来る、って思ったんだけどそれも予想通りだったな)
修は以前の二宮との問答を思い返しながら、自らの推論を振り返る。
二宮は玉狛支部に来るなり開口一番「立ってないで座れよ、三雲」と言い放ち、言いたい事だけ言って去って行ったように見えた。
しかしこちらの質問には棘だらけの言動ではあるがしっかり答えていたし、暴言そのものではあったがアドバイスらしきものもしてくれていた。
修は母の影響もあり、多少威圧的な雰囲気や言動程度では一切物怖じしない。
言葉の棘の程度を無視して、相手の言いたい事を汲み取ろうとする傾向があるのだ。
だからこそ基本的に会話が棘だらけな木虎や菊地原に対しても平然と接する上に相手の誠意には誠意で返すので、そういった者からは好かれ易い。
相手からしても多少棘のある言葉を使った程度では修側の好感度には全く影響しないので、自然と「話し易い相手」という印象を受ける。
菊地原・二宮は程度の差こそあるが言葉選びが下手くそであり、木虎はTPOを弁える事は出来るが、相手に真摯に対応した結果出力が暴言混じりだったり煽りにしか聞こえない内容になる事が多々ある。
そういった者達にとって修は「何を言っても嫌な顔一つしない上に自分の助言を正確に聞き取って感謝までしてくれる誠実な相手」という認識となり、好意に繋がり易いのだ。
二宮もまた修に対して少なくとも悪感情は抱いておらず、むしろ自身に多大な影響を与える事となった元凶である雨取麟児の関係者という事で個人的に気にかけてすらいる。
修はそんな二宮が人を撃てない狙撃手である千佳の事を何かと気にかけているのを言動から察しており、その彼女が成長の成果を見せれば相応の態度で返してくるだろう事も予想していた。
出力が暴言オンリーなので誤解され易いが、二宮のそういった気遣いは実の所文脈を客観的に見る事さえ出来ればかなり分かり易い。
その為暴言をナチュラルに
「成る程、相手の性格傾向からの行動予測か。しかし、それは基本的に一度きりしか通じんぞ」
「分かってるよ。次は別のやり方でやるつもりだし、そもそも直接二宮さんを倒す必要までは感じていないってのもある。今回の試合で覚悟を見せる事は出来たし、次はあの香取隊がいるからね」
「木岐坂だな」
うん、と修は頷く。
次の試合の相手は、二宮隊・生駒隊・香取隊だ。
香取隊は今まで二度に渡って敗北した因縁の相手であり、厄介極まりない狙撃手兼射手である樹里がいる部隊でもある。
彼女の合成弾には、前回散々苦しめられたものだ。
あの出水に匹敵するトリオン量と、それを活かす強化視覚の
次の戦いでは二宮だけではなく、樹里という第二のMAP兵器とも戦り合う必要があるのだ。
「でも、多分次の試合では木岐坂先輩は位置バレするまでは射撃は控えるんじゃないかなって思う。今回の試合のログを見たら、狙撃手はなるだけ温存したい筈だからね」
「そうだな。今回唯一の敵側の狙撃手である
だが、樹里の合成弾は次の試合では早々に切って来る事はない手札であると考えている。
理由として、千佳の狙撃解禁があるからだ。
今回の試合で、千佳は明確に人を狙って撃ち、得点を挙げる事が出来ていた。
それはつまり他の部隊は位置バレした段階で、障害物及び防御を完全に無視する即死の一撃が何処から飛んで来るか分からない脅威に晒される事になる。
初見殺しとして猛威を振るった千佳の狙撃であるが、ネタがバレた今となっても十二分以上に凶悪だ。
強さのベクトルが分からん殺しから樹里の
その千佳を抑える方法として、狙撃手を温存する、というものがある。
幾ら千佳とはいえ、狙撃の際には片腕が塞がるしレーダーに映る事を考えるとバッグワームも脱ぎ難い。
つまり、狙撃の瞬間だけはシールドを張れない状態となり、そこをカウンター
だからこそ今回の試合では隠岐が退場するまで千佳を温存したのであり、同様に香取隊もまた千佳封じの為に樹里の使用を控える可能性があるのだ。
「そうだな。けど、狙撃がやり難い市街地Dとか、話だけは聞いてる市街地Eとかを生駒隊が選んで来たらどうするんだ?」
「生駒隊はこれまでMAP選択権を得た事があんまりないからどういう選び方をして来るかはデータが足りないけど、数少ないそういった試合だと殆ど市街地Aか市街地Bを選んでるね。生駒隊は戦術自体もスタンダードで手堅いし、そういう奇策はやって来ない気がするよ」
「そうだな
今回、MAP選択権は生駒隊にある。
前回の試合で得点が出来なかった生駒隊は、今回参加する四部隊の中で最も順位が低い。
生駒隊は前期まではB級3位をほぼ堅持出来ていただけに、彼等がMAP選択権を得る試合というのは必然的に二宮隊・影浦隊というTOP2との三つ巴試合に限定されていた。
それも数が多いものではなく、ちなみに今回の試合でも選択権のあった生駒隊は市街地Bを選んでいた。
なので修も奇をてらったMAP選択はして来ないだろうと考えており、それはヒュースも同意見のようだった。
「水上が策を練るとしたら、目に見えない何かだろう。あれは派手なやり方で意表を突くよりも、他者の思考の隙を突く事を得手とするタイプと見ている」
「確かに、水上先輩の指揮にはそういった傾向が見られるね。分かった、注意しておこう」
修はヒュースの意見を受け入れ、頷いた。
彼自身は水上に対する
その彼が言うのだから、見立てに間違いはないだろう。
勿論後で過去の試合ログを見直して検証はするが、ヒュースの意見は重視しておくべきだ。
「ただ、今回ヒュースの隠し玉については二つとも隠し切る事が出来た。これは大きいと思う」
「そうだな。前者の方は
ヒュースはそう言って、修の意見を肯定した。
現時点でヒュースには、ランク戦で披露していない隠し玉が二つある。
そのうち一つは以前に修が犬飼と話した時に誘導尋問で引っかかって察せられてしまったが、それならそれで別のチームに対して使えば良いだけだ。
後者については「それがある事」自体は推測されているだろうが、その中身までは一切使っていないので分かりようがない。
それら二つをROUND7で使わず隠し切った事は、大きな武器となる事は間違いない。
「但し、油断は禁物だ。話によれば、木岐坂はほぼ毎試合ごとにトリガー構成を変えているらしい。香取隊は毎回その試合に適合したトリガーセットで臨んでいるから、予想外のトリガーを持ち込んで来ても不思議じゃない」
「そうだね。今回のダミービーコンにも驚いたし、生駒隊とは逆にどんどん奇策を使って来るイメージかな」
「香取隊は爆発力は高いが、隊の平均的な地力だけ見れば上位陣と比べてそこまで高いワケではないからな。チームに安定力がある相手に挑むのならば、奇策の一つや二つは必要になる。当然といえば当然だな」
だが、とヒュースは続ける。
「香取隊は堅実な策を取るよりも、突飛な策を選んだ方が強いチームなのは確かだ。チームの能力が攻撃面に寄っている為、下手な消極策よりもそちらの方が隊の強みを生かし易いからな」
ヒュースの言う通り、生駒隊や二宮隊というのはチームとしての地力が高く、堅実で安定感のある戦いを得意とする。
だからこそ下手な奇策は却って自らの首を絞める可能性があり、軽々には行えない。
しかし、香取隊はそもそもが攻撃特化型のチームだ。
チーム全体の平均値は実のところB級上位でもそこまで高くはないのだが、香取と樹里という突出し過ぎている駒がいて、それを活かす事に全力を尽くしているタイプの部隊である。
こういったチームは下手な堅実策を取るよりも、奇策を選んだ方が結果を出し易い。
相手の意表を突いて懐に入り込む事が真骨頂とも言えるだけに、安定志向よりも尖った戦術の方が強い場合が多いのだ。
それは玉狛第二にも言える事だが、彼等の場合経験豊富な近界民の軍人と傭兵、それに直接狙撃が解禁された千佳という反則にも程がある手札が揃っているので、また話は違って来る。
やっている事は似ているのだが、こちらは
なお、修は自分の持てる手札の中で全力を尽くしただけ、という認識なので文句を言われる事があっても何処吹く風なのは言うまでもないだろう。
「そう考えると、MAP選択権が香取隊にないのは幸いだったね。どのMAPを選んで来るにしても、普通の選び方はしなさそうだし」
「高確率で摩天楼か市街地C、或いは河川敷あたりだろうな。少なくとも、普通の市街地MAPは選ばないだろう」
「まあ、あそこならそういう選び方になるよね。どちらにしろ、今回は関係ないけど」
それより、と遊真は続ける。
「二宮隊は、次はどう動いて来ると思う?」
「大まかに、二通りの可能性があると思ってる。一つはこっちが千佳を温存する事を見越して、最初から二宮さんを表に出して序盤で点を稼ごうとする動きだ。こっちを選んで来たら、勿論最優先で二宮さんを潰せるように動く」
修の言う通り、千佳を最初は温存するだろう事を見越して序盤で点を取ろうと動いて来る可能性はある。
こちらとしても千佳は鬼札なので軽々に切って落とされる事態は勿論避けたいし、理に適った戦術ではある。
しかし、それならばそれで残る手札を総動員して二宮隊を潰すように動く事も出来る。
転送位置にも左右されるが、決して不可能ではないだろう。
「二つ目が、徹底して潜伏してこっちの挙動に呼応して動いて来る可能性だ。こっちを選んで来たら、方法をガラリと変える必要がある。少なくとも、二宮さんの分の得点はぼく達が得るのは難しくなる」
「…………どうやら、何か考えがあるようだな。話してみろ」
「うん。ぼくの考えは────────」
そうして、玉狛支部の夜は更けていく。
結局修達の話し合いは小南から「もう寝なさい」と注意が飛んで来るまで続き、翌日へ持ち越されるのだった。