香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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白の少女⑩

 

「あ」

「…………雨取さんか」

 

 本部の廊下で偶然、千佳と会った樹里はいつも通りの感情の乏しい顔つきでそちらを見据えた。

 

 千佳はどうやら何かの用事の帰りのようであり、珍しく一人であった。

 

 彼女が本部に来る時は大抵修か遊真と一緒で、それがないという事は訓練の帰りなのかもしれない。

 

 樹里を見た千佳は暫く何かを言いたげに口をもごもごさせていたが、すっと顔を上げて口を開いた。

 

「その。この前はありがとうございました。お陰で、人を撃てるようになったので」

「別に、大した事はしてない。撃てるようになったのは。貴方自身の成果。わたしの言葉は、ただの切っ掛けだったと思う」

 

 それより、と樹里は徐に千佳と距離を詰めた。

 

 急に近付いて来た樹里に、千佳は困惑する。

 

 しかし樹里は構わず、そのまま口を開いた。

 

「どう? 直接吹っ飛ばせて、気持ち良かった?」

「…………え、えーと、その、緊張してたのでよく覚えてないです」

「むう」

 

 いきなり突拍子もない質問をした樹里は、望んだ答えが返って来なかったからか口を尖らせる。

 

 トリガーハッピー的な気質のある樹里としては自分以上のトリオンを持つ千佳が同胞となってくれるなら万々歳なのだが、この分だと望み薄らしいと悟った。

 

 樹里と異なり特に好戦的でもない千佳にとっては、本当におかしな質問でしかないのだ。

 

 千佳は必要なら戦う事を躊躇わないが、戦闘での蹂躙を快感とする樹里と異なりそれを好む事はない。

 

 樹里は戦闘狂というよりは自分の火力で思う存分暴れてスッキリしたい、という無双願望が強く、勝ちも負けも楽しめるというよりは勝ち戦が大好きなのだ。

 

 生来の負けず嫌い気質も相俟って、彼女は思い通りにいかない事をとても嫌がる。

 

 千佳に人を撃てるよう発破をかけたのも自分と同じ火力馬鹿(トリガーハッピー)を増やして楽しい会話がしたかったからであり、それが叶わなかった事で少々ヘソを曲げていた。

 

 なお、弾バカと揶揄される出水は樹里よりもずっと精神的に大人であるので、微妙に波長が合わない。

 

 そもそも佐鳥以外の男子と必要以上に仲良くなるつもりは微塵もない樹里としては、最初から対象外であったりする。

 

 彼女が求めているのはあくまでも同性の同胞であり、そういう意味で千佳の件は当てが大きく外れたと言える。

 

 勿論千佳にとっては勝手な話でしかないので、誰が悪いというワケでもない。

 

 強いて言うなら樹里の気質が単に面倒なものだった、というだけの話である。

 

「なーに往来で絡んでんのよこのスカポンタンッ!」

「あぅ」

 

 そんな折、樹里にチョップをかましながら現れたのは香取だった。

 

 香取はひぅ、と涙目になる樹里を尻目に千佳に頭を下げた。

 

「ごめんなさいね。コイツ、色々デリカシーなくて。どうせ今も、変な事聞いてたんでしょ?」

「あ、い、いえ、その、えっと」

「言わなくていいわ。大体察したから」

 

 突然の問いかけにしどろもどろになる千佳に対し、その反応から香取は樹里が行ったであろう話の内容に察しをつけ、ため息を吐いた。

 

 この分だと、実際に人を撃ってみた感想とかそういうのを聞いたのだろう。

 

 偶然廊下で向かい合う二人を遠目から見かけたので近寄って来た香取であるが、千佳の困惑顔を見て「あ、コイツまた碌でもない事話してんな」と察し、こうして乱入した次第である。

 

 香取の指摘に対し曖昧に笑う千佳を見てそれが正解だと理解した香取は、改めてため息を吐いた。

 

 ついこの間まで人を狙って撃てなかった千佳に対し、流石にそれはデリカシーが無さ過ぎると言わざるを得ない。

 

 そんな真似でも悪意なくやってしまうのがこの天然系幼馴染の悪癖であり、良くも悪くも状況を前に進める積極性でもある。

 

 今回の場合千佳が前に進む切っ掛けにはなったがランク戦で戦う側として大き過ぎるマイナスであり、その為に頭を悩ませている身としては折檻の一つくらいやってもバチは当たらないだろう。

 

 というよりもこれくらいしないと効果はないので、樹里の保護者役その1としては当然の権利とも言える。

 

「ったく、今度馬鹿やるようなら次は華に出て来て貰うからね。それでもいいの?」

「…………ごめんなさい」

「分かればいいのよ分かれば。本当に分かったんならね」

 

 ちなみに保護者役その2である華はもっと徹底的に理詰めでやるので、そっちの方が効果的だったりもする。

 

 外面は大人しい少女であるのだが、華は内に熱い想いを秘めており、こと身内の事に関しては一切の容赦をしない。

 

 特に樹里に対しては複雑な事情がある事もあり、一切の躊躇いを捨てる筈だ。

 

 それが分かっているからこそ、樹里は香取の脅しに素直に屈した。

 

 伊達に、昔から付き合いがあるワケではないのである。

 

「と、ごめんごめん、置いてけぼりだったわよね。とにかく、前にコイツがデリケートな話題に踏み込んじゃったのは謝るわ。いきなりで色々戸惑ったでしょ」

「い、いえ、木岐坂先輩のお陰で前に進む切っ掛けになったのは確かで、むしろ感謝してるっていうか」

「それでも、アンタの深い所に無遠慮に触れちゃったのは事実でしょ。そこはちゃんと、謝らなきゃいけないわ」

 

 兎角、今は千佳への謝罪が最優先だと判断した香取は樹里と共に頭を下げる。

 

 感情的で自尊心の強い少女である香取だが、悪いと思った事は素直に謝るだけの度量はある。

 

 樹里という庇護対象がいる影響か、本来よりも精神年齢が成長している香取にとってこの程度は当たり前だ。

 

 その光景を見ていた若村が後日「母親みたいだな」とポロっと漏らしてしまい、折檻を受ける事になるのはまた別の話だ。

 

「けど、試合じゃ容赦しないわよ。今のアンタは確かに脅威だけど、それで諦める程こっちも素直じゃないのよ」

「…………! 分かりました。よろしくお願いします」

 

 千佳は香取が自分を「対等の対戦相手」と認識してくれているのを理解し、そう言って頭を下げた。

 

 玉狛では基本的に庇護対象扱いされる千佳なだけあって、こうして正面から実力を認められて宣戦布告して来る相手、というのは今までいなかった。

 

 香取の言葉には飾り気がなく、変に気を遣った感じもない。

 

 恐らくは自然体で、千佳に対し宣戦布告をしている。

 

 それがどうにも嬉しくて、千佳の顔は若干綻んでいたのだった。

 

「じゃあ、またね。メガ────────三雲にもよろしく言っといて」

「は、はい。それではっ!」

 

 ぺこりと頭を下げる千佳に対し、香取は苦笑しながら樹里を引っ張って歩き出す。

 

 千佳はそんな二人の背が見えなくなるまで、その場から見送っていた。

 

 

 

 

「で? 何か言い訳は?」

「聞いてみたかったから聞いた。反省はしてる」

有罪(ギルティ)。やっぱどうしようもないわねこのスカポンタンッ!」

 

 あぅぅ、と香取にヘッドロックをかけられて悲鳴をあげる樹里。

 

 香取は人目がある廊下ではなくこうして隊室に移動し、改めて樹里への尋問を開始していた。

 

 しかし、矢張り予想通り過ぎる答えを返した樹里に対し即座に折檻を始めるのもまた予定調和だったと言える。

 

 これで変に誤魔化さないのが樹里の美点ではあるのだが、だからといってその突拍子もない行動力には困ったものだ。

 

 お陰で慣れない謝罪までする羽目になったのだから、文句くらい言ってもバチは当たらないだろう。

 

「葉子、そのへんで」

「華」

「詰めるなら理詰めで詰めなきゃ。そっちの方が樹里には効果的よ」

「華~」

 

 その様子を見ていた華がフォローしてくれたと思ったのも束の間、更に容赦のない意見が出て来て樹里はしゅんとなった。

 

 淡い希望は打ち砕かれ、樹里は項垂れるのだった。

 

「ただ、場合によっては情状酌量の余地を残してもいいわ。樹里、雨取さんの様子は()()だった?」

「え、っと?」

「いつもと違った感じがあったとか、空元気を出してたりとか、そういった事はなかった?」

「なかった、と思う。あの子のいつもを知らないから、多分、だけど」

 

 そう、と頷く華に対し樹里は疑問符を浮かべる。

 

 それは香取も同じだったようで、首を傾げていた。

 

「華、それどういう事よ?」

「葉子、雨取さんは心因性の問題で今まで人が撃てなかったのよ? それが今回、初めて自分の意思で人を撃ったんだもの。人を撃てなかった理由がもしも何らかの心的外傷(トラウマ)に起因するものだったんなら、それが態度に現れていてもおかしくないわ」

 

 でも、と華は続ける。

 

「樹里の()()感じ、そういう雰囲気はなかった。それなら、次の試合でも容赦なく人を撃って来るだろうと予測出来る。希望的観測を一つ潰す意味でも、これが知れたのは大きいわ」

 

 華が気になっていたのは、千佳の「人を撃てる状態」が一過性のものでないか否かだった。

 

 今回、千佳は初めて自分の意思で人を狙い撃った。

 

 彼女が人を撃てなかった理由について詳しく知るワケではないが、もしもそれが深刻なトラウマに由来するものだった場合、人を撃った直後である今それが態度に現れていなければおかしいと考えた。

 

 だからこそ感情の機微には疎いが人間観察力は高く、本質を見抜く眼を持っている樹里の所感を聞いたのだ。

 

 結果として千佳に致命的な動揺のようなものはないと分かった事で、ログで見た「人を撃つ千佳」が次の試合でも変わらぬ脅威として立ちはだかるだろう事が推測出来た。

 

 樹里が千佳に対して無遠慮な質問をしでかしたのは完全に想定外ではあったが、それはそれとして得られる情報は拾っていく。

 

 思慮深い華らしい、抜かりの無い采配であった。

 

「じゃあ、今回はお説教だけで済ませてあげる。樹里、正座」

「え」

「正座」

「…………はい」

 

 但し、それはそれとして叱るべきところはしっかりと叱る。

 

 てっきり無罪放免かと思っていた樹里は華の迫力に屈し、項垂れながら正座を始めるのであった。

 

 

 

 

「それでそんな元気ないワケかー」

「うん、華はいじわる。わたし、悪くないもん」

「いやぁ、一応雨取さんのデリケートな部分に触れたんだし、謝らなきゃいけなかったのは確かだよ。そこは反省しようね」

 

 むぅ、と項垂れる樹里に対し佐鳥はため息を吐いた。

 

 華からの「お説教」を受けた樹里は気力回復の建前でいつものように佐鳥を呼び、ラウンジでお茶していた。

 

 佐鳥は忙しい業務の合間を縫って時間を作り、こうして樹里に付き合っている次第である。

 

 なお、佐鳥なら無条件で自分の味方をしてくれると思っていた樹里は口を尖らせるが、此処で甘やかしても良い事はないと分かっている佐鳥に妥協はない。

 

 心を鬼にして説教をした華の気遣いを無にしてはいけないと、佐鳥は考えていた。

 

「前にも言ったかもだけど、樹里ちゃんもなんで香取ちゃんの部隊に中々入らなかったのかとか、他人に聞かれるの嫌でしょ? 今回はそれと同じようなモンだから、そこは分かってね」

「…………ん、分かった。それなら、理解出来る」

「うんうん、それでいいよ」

 

 相変わらず佐鳥の言う事には素直な樹里なので、理屈が通っている事もあり反省の意を示した。

 

 理屈が通っているだけでは樹里は首を縦には振らないが、それを佐鳥が言ったのであれば話は別だ。

 

 本質的に親しい人間に嫌われる事を恐れる樹里にとって、佐鳥の言葉を否定するというのはあってはならない事だ。

 

 だから基本的に佐鳥の言葉にはなんだって従うし、自分にとって都合の悪い事でないなら疑問すら挟まない。

 

 今回の場合、分かり易いたとえを用いた事もあって頷く事に否やはなかった。

 

 確かに他者から自分と香取の関係性について揶揄されたくはないし、現に今も佐鳥からの指摘でなければたとえとして出された時点でヘソを曲げる筈だ。

 

 佐鳥という自分にとっての特別枠からの説明だった事もあり、素直に頷く結果となったがそれ以外の人間がやったのであれば逆効果だったろう。

 

 それだけ彼女にとって佐鳥という存在は重く、香取や華と同じく何があっても失ってはいけない存在だとインプットされている。

 

 ────────らない。────────たしの、────────まえは────────

 

「────────樹里ちゃん?」

「ん。なんでもない」

「…………そう」

 

 不意に、脳裏に浮かぶ情景。

 

 懐かしさを覚える、記憶にない光景。

 

 それに気を取られていた樹里は、佐鳥の呼びかけではっとなった。

 

 佐鳥に心配をかけぬよう、樹里は笑って誤魔化した。

 

 否、誤魔化したつもりになっていた。

 

 しかし、その様子がおかしい事は傍から見れば分かる。

 

 佐鳥は大きく、息を吐いた。

 

 樹里を見る佐鳥の顔にはある種の疑念と共に、何かを覚悟したかのような感情が浮かんでいた。

 

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