香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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ガロプラ⑬

 

 

『やあ、佐鳥』

「…………迅さん」

 

 電話口で迅の声を聴き、佐鳥は重々しく息を吐いた。

 

 此処は、樹里のマンションの前。

 

 丁度今、彼女を送って出て来た所だ。

 

 気になる事があった佐鳥は半ば駄目元で迅に電話をかけたのだが、向こうはワンコールで電話に出た。

 

 その状況が自分の望まない答えを指し示しているかのようで、思わず佐鳥は憂鬱になった。

 

『用件は分かっているよ。樹里ちゃんの()()まで、あとどれくらいあるか、だよね?』

「…………ええ。今日、話している時突然心此処にあらず、って感じになりましたから。その時の横顔がその、()()()の樹里ちゃんに重なって…………」

 

 ふむ、と電話口で迅は得心したような声を出した。

 

 佐鳥としては出来れば外れて欲しい予測だったが、この反応からして最早答えを言っているに等しかった。

 

『残念だけど、おれの未来視はその未来が起きる正確な時刻を予測出来るワケじゃあない。その未来の映像から大雑把に「こういう未来が起きるだろう」って()()出来るだけで、丁寧にタイマー表示が付いてるワケじゃないからね』

 

 でも、と迅は続ける。

 

『────────おれの感覚的に言えば、多分()()()()()()()()かな。その間に、彼女の()()は起きる。これは確定事項と言って良い』

「…………そうですか」

 

 ふぅ、と重々しく佐鳥は頷いた。

 

 予想はしていた。

 

 以前にそう遠くない未来であると、言われてもいた。

 

 しかしこうしてタイムリミットを宣告されると、現実が重くのしかかって来る。

 

 また、あれが来る。

 

 そう思うだけで、記憶の底にこびりついた苦い記憶が蘇って来るからだ。

 

 ────────じゅり? それが、わたしの名前なの?────────

 

 ────────そうだよ! ボーダーで調べたから間違いない。君は、木岐坂樹里って名前なんだ────────

 

 ────────不意に、過去の記憶が想起される。

 

 まだ起きている事態を把握し切れておらず、彼女に接していた日々。

 

 その甘くも苦い記憶がフラッシュバックし、佐鳥は苦笑する。

 

 まだ、未練があったのかと。

 

 彼は己の浅ましさに、自嘲するのだった。

 

「正確な日付は、分からないんですよね?」

『ああ、けれど、大衆の前で起こる、って未来(こと)はないからそこは安心して欲しい。多分警戒区域の何処かだとは思うんだけれど、場所については色んな分岐(パターン)があって特定し切れないんだ』

 

 そうですか、と佐鳥は頷く。

 

 分かっていた事だ。

 

 迅の未来視は、決して万能の力などではない。

 

 確かに彼は、未来を映像として見る事が出来る。

 

 だがそれはあくまでも断片的なものであり、そこに至るまで何が起きるかは自分で推測するしかないし、その未来が起きる正確な日付や時刻も分からない。

 

 加えて自分の知らない人物の介入についてはぼやけた映像でしか見えず、詳細までは分からないという。

 

 アフトクラトルの大規模侵攻の時も大きな侵攻がある事自体は分かっていたが、その相手の情報は殆ど視えなかったらしい。

 

 分かり易くたとえるなら、迅が視認した事のない人物の映像はモザイクがかかっているような見た目になるらしいのだ。

 

 しかも起きる未来は一つとは限らないので、無数に分岐がある場合は多くの映像が混在し、どれに至るかまでは分からないのだという。

 

 比較的辿り着き易い未来はどれか、までは分かるらしいがそれも確率的な話で絶対ではない。

 

 未来はちょっとした事で大きく変わる、というのは迅の言だ。

 

 此処で問い詰めても、恐らく望む情報は返って来ないだろう。

 

 ただ迅を困らせるだけだと、分かってはいる。

 

 佐鳥は目の前に迅がいなくて良かった、と心底思った。

 

 電話越しだからこそ冷静でいられるが、もしもこの場に迅がいれば衝動的に掴みかかって問い詰めていたかもしれない。

 

 そういう予感があったからこそ、直接会うのではなくこうして電話をかけたのだろう。

 

 軽挙を働いてしまった佐鳥が自分を責めないよう、予め迅の方で配慮してくれたのだと思われる。

 

 佐鳥はある程度自制の出来る人間だが、こと樹里の事に関しては何処まで冷静でいられるか分かったものではない。

 

 それだけ彼女に入れ込んでいる自覚はあるし、そうでもなければある程度私生活を犠牲にしてでも彼女の見守り任務を引き受けたりもしていない。

 

 今回の事は彼女の一大事である事も相俟って、いざその時になれば落ち着いて行動出来る自信がないのだ。

 

 かつての苦い記憶も、それに関係している。

 

 最早覚えている者も限られるあの一件で、佐鳥は迅に大きな負い目がある。

 

 だからこそ無体は働きたくないし、変に困らせるのなんて論外だ。

 

 そう思い、口から出そうな言葉を何とか抑え込む。

 

 そして、考える。

 

 今の状況で、答えが返って来る問いかけは何なのだろうかと。

 

 思案し、佐鳥はゆっくりと口を開いた。

 

「…………じゃあ、最終戦が終わるまでは大丈夫なんですね?」

『ああ、それは心配ない。最終戦の結果自体は不確定だけれど、それが終わる前に彼女が()()()()事はないよ。それだけは保証出来る』

「分かりました。ありがとうございます」

 

 迅からの返答を聞き、佐鳥はふぅ、とため息を吐く。

 

 念の為の確認であったが、少なくともボーダーの基地内部という大勢が見ている前で樹里に異変が起こる可能性はないらしい。

 

 先程も「警戒区域の何処か」と言っていたし、少なくともランク戦の最中に突然豹変する、という可能性はなさそうだ。

 

 本音を言えば詳しい日時や場所も知りたかったが、迅がああ言っている以上は本当に分からないか、伝える事で不都合が起こるかのどちらかだろう。

 

 たとえば、迅が「この場所で異変が起きる」と佐鳥に伝えた結果、想定外の場所で「臨界」が起きてしまう可能性すら普通に有り得るのである。

 

 起きる場所を知っているのであれば当然佐鳥はそこへ行くのを避けるだろうし、その行動の結果として迅によるリカバリーが難しい場所でアレが起きる可能性はゼロではない。

 

 そうした事態を防ぐ為に敢えて渡す情報を絞っている、というのは充分考えられる。

 

(…………あの時の二の舞は、避けないとね)

 

 かつて、迅の言葉を信じきれなかったが為に最悪の事態を引き起こした身としては軽々に動くのは躊躇われる。

 

 佐鳥としては自分の信念に沿って行動したつもりだったが、まさかそれがあんな結果になるとは夢にも思わなかった────────────────と、いうのは言い訳でしかない。

 

 結果的に正しかったのは迅の方であり、彼の言葉を軽視して状況を悪化させたのは他ならぬ自分なのだ。

 

 その訓戒を活かす為にも、此処での下手な追及は悪手だろう。

 

 気持ちは急いてはいるが、自分の行動が原因で事態を悪化させてはならない。

 

 そんな想いが、佐鳥を縛っていた。

 

『…………すまないね。君には、負担をかける事になる。いや、かけ続けていたね。あの時から、ずっと』

「い、いえ…………! あの時もおれの軽率な行動が招いた事ですし…………っ!」

『それでも、いつもの癖で説明の義務を軽んじたのはおれの方だ。()()()()()()()()()()()()()()と諦観から説明を蔑ろにした責任は、おれの方にある。佐鳥が重荷に感じる事は、ないんだよ』

 

 佐鳥の葛藤に、電話越しながら気付いたのだろう。

 

 迅は優しい声色で、佐鳥を窘める。

 

 分かるのだ。

 

 彼は、何もその場凌ぎの慰めでこんな事を言っているのではない。

 

 本気で、責任は自分の方にあると思い込んでいる。

 

 佐鳥からすれば、迅の言葉はお門違いにも程がある。

 

 悪いのは自分で、彼は被害者なのだ。

 

 あの時選択を間違えたのは、他ならぬ佐鳥なのだから。

 

 だが、それを言っても迅が首を縦に振らない事は経験で分かっている。

 

 これは、これまでに幾度も繰り返された押し問答なのだから。

 

『と言っても、君は納得しないんだろうね。けれど、これだけは覚えていて欲しいんだ。おれは、君達の味方だよ。それだけは、何があっても変わらない。最上さんに、おれの師匠に誓うよ』

「迅さん…………」

『今は、それだけ覚えておいてくれればいい。信じる必要も、おれの言う事を聞く必要だってない。ただ、君にはちゃんと味方がいるんだって、それだけ知っておいてくれれば充分だからさ』

 

 その言葉を最後に、迅との電話は切れた。

 

 最早向こうと繋がっていない携帯を片手に、佐鳥は上を向く。

 

「────────分かっていますよ、そんな事は。だからこそ、何が何でも樹里ちゃんは助ける。その為に、形振りを構うつもりはありませんから」

 

 

 

 

「終わったか?」

「うん。大丈夫だよ。そろそろ時間じゃないかな」

 

 迅は通信の切れた端末を片手に、ウッドベンチに座る林藤に向けて笑みを浮かべた。

 

 此処は、三門市郊外の公園。

 

 其処で迅は、林藤と共に時間を潰していた。

 

 いつもの未来視の為の市内巡回、ではない。

 

 それならば迅一人で行う筈であり、支部長でもある林藤が付き添う理由はない。

 

 彼が普段は支部にいる林藤を連れて来てまで、此処にいる理由。

 

 それは。

 

「────────お待たせしました」

「来たか。待ってたよ」

 

 ────────来訪者、即ちガロプラの二人と会談を行う為。

 

 防寒装備で身を固めたラタリコフは、胡乱な表情のレギーと共に公園へ足を踏み入れた。

 

 それを見て、林藤がベンチから立ち上がる。

 

「そちらさんには初めましてだな。俺は林藤っていう。ボーダー玉狛支部の支部長をやってる」

「これはどうも。既に聞いているでしょうが、私はガロプラ遠征部隊員、ラタリコフと言います。こちらはレギーです。では早速ですが、本題を」

 

 そう言うとラタリコフは懐から端末を取り出し、林藤に手渡した。

 

「以前要請のあった、アフトクラトル属国の情報及びククロセアトロに関する情報を纏めてあります。とはいえ、ククロセアトロに関する情報は未知数の部分が多く、正直助けになれるかどうかは分かりませんが」

「いや、充分だ。何せこっちはその国に関する情報はほぼゼロに等しいからな。アフトクラトルの捕虜からの情報があるとはいえ、万全じゃあない。情報一つとっても、俺達にとっちゃ重要なんでね」

 

 それよりだ、と林藤は続ける。

 

「アンタ達から見た、ククロセアトロの()()を聞きたい。実際にその国に行ったヒュースからはもう聞いてるが、他の視点からの情報も欲しくてね」

「それならば構いません。私見を交えてでよければ、お話しましょう」

 

 そう言うとラタリコフは林藤に促されるまま木のテーブルを挟んで向かいのウッドベンチに座り、護衛のように背後で立つレギーを控えさせながら話し始めた。

 

「以前、ククロセアトロは我が国へ「売り込み」へ来た事があります。彼の国は格安で義肢を提供しており、かつては多くの国々がククロセアトロ謹製の義肢を用いて兵士を()()()しておりました」

「ふむ、その言いぶりからするとアンタ等のトコはそれを断ったって事か」

 

 ええ、とラタリコフは頷いた。

 

「そうです。王は四肢を失い負傷した兵士達を無理に戦場に送り出す事はないと、彼の国の要求を突っぱねました。後から聞いた話では、王は彼の国の使者に対し「人間と話しているとは思えなかった」と漏らしていたそうです」

「人間と話しているとは思えなかった、ねぇ」

「彼の国からの使者の男は常に平坦な物言いで、王が要求を突っぱねて退席を命じた時も淡々と応じていたそうです。交渉が失敗した悲哀も、要求を突っぱねたこちら側に対する悪感情も、何も感じ取れなかったと言います。まるで人間の形をした虫か何かのようだった、と王は漏らしておりました」

 

 ふむ、と林藤は先程から黙っている迅の隣で思案する。

 

 これまで得た情報からククロセアトロは知識欲旺盛なマッドサイエンティストの集団かと考えていたのだが、今の話からするとどうにも毛色が違う。

 

 知識欲・探求心に飢えているのではなく、ただひたすらに自らの()()をこなすだけの兵隊蟻の集団。

 

 少なくとも今聞いた話をヒュースの話と総合すると、そのように思える。

 

 情熱はない。

 

 良いものを作ろうとする熱意も、他者を上回ろうとする向上心も。

 

 現状に対する不満も、己の国に対する愛着も。

 

 何もかもが、感じ取れない。

 

 ヒュースの話を聞いた時は国の滅びの機に際して捨て鉢になっているだけかとも考えていたが、どうにもそういう気配はしない。

 

 むしろ、彼等は平時から何に対しても執着らしい執着がなかったように思える。

 

(いや、執着はないが妄執はあったっぽいな。恐らくは)

 

 ヒュースの話では、彼等ククロセアトロの研究者達は滅びた王家から星を受け継いだ従者を起源とする集団だったのだという。

 

 その技術集団が王家への忠誠という指針を与えられなかった事で技術向上を手段ではなく目的とし、倫理善悪を問わずあらゆる方法を用いて新技術を開発する()()の機構と成り果てた。

 

 到達すべき目標地点が存在しない為その探求に際限はなく、指針とするべき寄る辺が存在しなかった為に善悪の秤は投げ捨てられた。

 

 歯車を掛け違えたまま稼働する、意思なき人の形をした工場。

 

 それが、末期のククロセアトロの姿だったのだろう。

 

 実際に対峙した二者が受けた印象を総合すると、そういう答えになる。

 

 心底悍ましい集団だなと、林藤は心の中で吐き捨てた。

 

「ありがとう。参考になったよ。ついでに聞きたいんだが、他の国でも「ククロセアトロの遺物」────────────────即ち放流された検体を拾ったって聞いたが、無事だった検体は一人もいなかったのか?」

「ええ、どの検体も例外なく「臨界」に至り、大きな被害を与えた後に生命活動を停止したと聞きます。あくまでも伝聞ですので、詳しい事までは分かりかねますが」

「いや、参考になった。ありがとう。じゃあ、()()の際の協定について詰めていこうか」

 

 林藤はそう言って、ラタリコフとの話し合いを再開した。

 

 迅はその光景を見守りながら、首から下げたサングラスを握り締める。

 

 その表情は、ある種の決意に満ちていた。

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