香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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佐鳥賢⑧

 

 

「嵐山さん、お願いがあります」

「分かった。聞こう」

 

 嵐山隊、隊室。

 

 そこでは真剣な眼をした佐鳥が、自隊の隊長である嵐山と向かい合っていた。

 

 無論、この場には他の隊員も揃っている。

 

 普段は見せない佐鳥の表情に驚いたのか綾辻は眼を見開き、時枝は黙って見守っている。

 

 木虎だけは何かを察したのか、厳しい視線を向けていた。

 

「明後日から数日間、広報の仕事を休ませて欲しいんです。根付さんには、もう許可を取って来ました」

「それ自体は構わない。根付さんがいいと言うなら、俺に反対する理由はないからな」

 

 だが、と嵐山は続ける。

 

「出来れば、理由を話して欲しいな。賢がそんな顔をするって事は、大事な事なんだろう?」

「…………はい。これは何においても、譲れない事です。あくまでおれの問題ですが、おれにとっては何より大事な事なので」

 

 佐鳥は言外に、出来れば何も聞かないで欲しい、と訴えた。

 

 嵐山の事だから、事情を話せば協力すると言い出すだろう。

 

 しかし、これは自分の問題だ。

 

 あくまでいち隊員でしかない佐鳥と、広報部隊の顔である嵐山とでは重要性がまるで違う。

 

 佐鳥が数日休んでも後々地獄のデスクワークが待っているだけで済むが、嵐山はそうはいかない。

 

 彼に対する仕事のオファーは多く、根付としてもボーダーのイメージアップの為に積極的に嵐山をメディアに露出させたがっている。

 

 今回佐鳥の件にしても相当渋った根付が、嵐山まで仕事を休む事に対し軽々と頷くとは思えない。

 

 それに、今回はどういう顛末を迎えるか全く予測出来ないのだ。

 

 トリオン体があるから大丈夫、という問題ではない。

 

 最悪のケースを想定すれば、幾ら備えても足りないからだ。

 

 だからこそ、この優しい隊長を巻き込むワケにはいかなかった。

 

 樹里の件は自分の不始末であるという認識のある佐鳥としては、此処は譲れない部分だった。

 

 それに、こういう言い方をすれば嵐山は察してくれるだろうという信頼もある。

 

 嵐山は親身で優しい隊長だが、隊員の意思は最大限尊重してくれる。

 

 佐鳥が話したくない事を察せば、自然と身を引いてくれるだろう。

 

「────────佐鳥先輩、それでは不誠実だと思います。どうせ彼女の件なんでしょうけど、せめて嵐山さんには事情を説明するべきです」

「木虎」

「流石にこれは譲れません。意思を通すのなら、筋も通して下さい」

 

 だが、それに木虎が待ったをかけた。

 

 木虎は、どうやら佐鳥の思惑を全て看破しているらしかった。

 

 だからこそ厳しい視線を向けているし、頑として譲る様子もない。

 

 自分にも他人にも厳しく、確固たる意志を持つ木虎らしい姿勢だった。

 

「…………ごめん。出来る限り、おれは皆に迷惑をかけたくないんだ」

「もうかかってます。佐鳥先輩が抜けた穴埋めは、誰がすると思っているんですか? 勿論、それが嫌なワケじゃありません。多少仕事が増えた程度で音をあげる程、ヤワなつもりじゃありませんから」

 

 でも、と木虎は続ける。

 

「私達に負担をかけるのは、事実です。それならそれで、きちんと事情を説明するのが筋じゃないですか? 何も言わずに見逃せ、は卑怯だと思います」

 

 そう言って、木虎は佐鳥を睨みつけた。

 

 彼女の眼は強く、厳しい。

 

 これだけは何があっても譲れない、と視線で佐鳥に訴えていた。

 

「そうだな。俺も、お前が仕事を休みたい事に対して文句があるワケじゃない。ただ、何か大変な事があるのなら可能な限り協力したいと思っているだけだ」

「…………嵐山さん」

「佐鳥が迷惑だって言うなら、過干渉はしない。けれど、出来る範囲で協力が出来るのならしてやりたい。木虎も、そう思っているんだと思うぞ」

 

 嵐山はそう言って、にこやかな笑みを浮かべた。

 

 木虎はその言葉を否定せず、無言でため息を吐いた。

 

 言い方は異なるが、二人のスタンスは一致している。

 

 佐鳥が休む事に関しては、構わない。

 

 だが、表面上は飄々としているもののその実基本的に真面目で真摯な佐鳥がこうまで頑なに休みを取ろうとする事に対し、ただならぬ事情を察して心配しているのだ。

 

 何かあれば協力を惜しまないし、自分達に出来る範囲で最大限便宜を図る。

 

 その為にも、事情は話して貰いたい。

 

 二人の意思は、その部分で一致していた。

 

(…………敵わないな)

 

 それを察し、佐鳥は内心でため息を吐いた。

 

 分かってはいたつもりだが、自分のチームメイトは底抜けのお人好し集団らしい。

 

 言葉に出さないだけで黙って見守っている時枝や綾辻もこちらに向けている視線から察するに同じ意見であるらしいし、誰一人として佐鳥を放っておくつもりがないのが分かる。

 

 皆、広報部隊の仕事が激務である事は共通している。

 

 そんな中で佐鳥に協力しようとすれば、相応以上の後処理が待っているだろう。

 

 それでも構わないと、皆が思ってくれている。

 

 これは黙っている方が礼を欠くと、佐鳥は観念した。

 

「…………明後日から数日間の間に、樹里ちゃんの身に大変な事が起きるんです。詳細は機密事項にあたるので話せませんが、それをどうにかする為にB級ランク戦の最終戦日以降は彼女に付きっ切りになりたいんです。ちなみにこれは、迅さんの未来視による情報です」

「成る程、迅からの情報なら疑うべくもないな。根付さんが許可を出したのも頷ける」

 

 事情を聴き、嵐山は頷いた。

 

 あの根付が何故佐鳥に許可を出したのか気にはなっていたが、迅が関連しているとなると話が変わる。

 

 彼の未来視について軽く見れる者はボーダー上層部にはいないし、嵐山達と異なり樹里に関する事情も知っているだろう。

 

 迅の介入があった、となれば渋々ながら佐鳥に休む許可を出すのも頷ける話だ。

 

「けれどそれは、賢一人でどうにかなる事なのか? もしも荒事になるんなら、人手が必要だと思うが」

「一応、ある程度の手配は迅さんの方でしてくれてます。香取隊や玉狛には事情を説明して協力を取り付けていますし、いざとなれば風間隊なんかも動いてくれる事になってます」

 

 佐鳥はそう言って、自分の知る限りの用意された戦力を伝えた。

 

 香取隊は佐鳥本人も動いて有事の際に協力して貰えるようにしてあるし、玉狛は彼女達は勿論迅からも働きかけがあったと聞いている。

 

 風間隊に関しては樹里の事情を完全に把握しているので、協力は得られるだろう。

 

 ちなみにガロプラに関しては佐鳥の与り知らぬ所で話が進んでいるので、彼は知らない。

 

 このあたりが、佐鳥が把握している協力者の内約だった。

 

「成る程。それで、その人員で()()()のか?」

「…………分かりません。()()は、風間隊に加えてレイジさんと小南先輩の協力でどうにかなりました。ですが、今回の規模が不明な以上は確実な事は言えません」

 

 それでどうにかなるのか、という問いに対して佐鳥はそうとしか答えられなかった。

 

 前回と今回とでは、様々な条件が異なる。

 

 あくまでも前回はその人員でどうにかなったというだけで、今回も同じとは限らない。

 

 一応前回以上の戦力を揃えているが、迅があそこまで厳しい声色をしていた以上は軽く見てはならないだろう。

 

 明言はしなかったが、今回の異変は間違いなく今後の未来を左右する重要な分岐点になる筈だからだ。

 

(…………()()()()()も、多分起こり得る。迅さんにとっての最悪と、おれにとっての最悪が同じであるとは、限らないけど)

 

 場合によっては、佐鳥にとっては一切許容出来ない最悪の未来に繋がるケースも充分考えられる。

 

 そしてその場合問題となるのが、迅の想定する「最悪の未来」と佐鳥の想定する「最悪の末路」が異なっていたケースだ。

 

 迅は確かに情深いし、ボーダーの皆の事を誰よりも大事に想っている。

 

 しかしそれは裏を返せば大の為に小を犠牲にする覚悟を決めているという事でもあり、本当に手がなくなれば彼は樹里を切り捨てる方向に動くだろう。

 

 あくまで最後の手段となるだろうが、佐鳥と違い彼の中にはその選択肢は「有り得るもの」として存在するのが明確な違いだ。

 

 勿論、彼の立場からすれば仕方のない事だ。

 

 迅の失敗は即ちこの世界に致命的な未来を齎す可能性があり、その結果として数多くの人間が犠牲になるような未来に繋がるとなれば、彼は苦渋の決断を下さざるを得ない。

 

 そのあたりは、理屈としては分かっている。

 

 されど最後の最後で彼に頼れない、というのは佐鳥からすれば心細い事でもあった。

 

(いや、充分便宜は図ってくれているしこれはおれの我が儘だ。もう目一杯迷惑をかけてるのに、これ以上頼るなんて出来るもんか)

 

 とはいえ、迅とてそんな選択肢を選びたくないという想いもあるのだろう。

 

 その証拠に、自分だけではなく香取隊や玉狛に働きかけて着実に樹里の味方を増やしてくれている。

 

 恐らくだが、遊真という近界民を玉狛に所属させたのもこの時を見据えてという理由が幾分かある筈だ。

 

 近界民である遊真は、良い意味でも悪い意味でも偏見を持たない。

 

 遊真の価値基準は木虎や樹里の話を総合すると修のそれを参考にしており、彼に無体を働かない限り遊真から悪感情を抱かれる事はない筈だ。

 

 加えてガロプラ襲撃の際に形の上とはいえ樹里の護衛を失敗しているので、その分の負い目もあって積極的に樹里を助けようとしてくれるだろう。

 

 そういう面で義理堅い性格であるというのは、既に掴んでいる。

 

 故に、玉狛の協力に関しては問題ないだろう。

 

 玉狛第二は、修を中心として纏まっているチームである。

 

 彼が今回の件に関して協力を是としている限り、全面的に味方になってくれる筈だ。

 

 なので、最低限の戦力確保は出来てはいる。

 

 新進気鋭ながら特機戦力揃いの玉狛第二に、ボーダー最強の名を冠する玉狛第一。

 

 これに実力を疑うべくもない風間隊に、最近破竹の勢いで勝ち進んでいる香取隊まで加わるのだ。

 

 その進撃の大きな要因を担っている樹里が今回敵になるワケだが、今や彼女達は樹里を抜きにしても充分に強い。

 

 それに、樹里の幼馴染たる彼女達を蚊帳の外に置ける筈もない。

 

 迅のお膳立てもあって、此処まで進んで来れたのだ。

 

 今更、取りこぼしがあってはならない。

 

 だからこそ、出来れば嵐山達には今回の件から遠ざかっていて欲しかった。

 

 佐鳥は勿論チームメイトの事を大事に想っているし、この場所が自分の居場所であるという自覚もある。

 

 故にこそ、色々と面倒な問題が絡む今回の件に彼等を関わらせたくなかった。

 

 だが、真摯に問いかけて来た以上正直に答える以外に道はない。

 

 充分戦力は用意したつもりだが、それでどうにかなるという確証はない。

 

 佐鳥には、そう答えるしかなかった。

 

「────────そうか。分かった。仕事の件は、安心しろ。後処理もこっちでやるから、賢は賢のやるべき事をやって来るんだ」

「…………ありがとうございます。嵐山さん」

 

 どうやら自分の意を汲んでくれた様子の嵐山に、佐鳥は深々と頭を下げる。

 

 それを見て、嵐山はため息を吐いた。

 

「ただし、助けが必要なら遠慮なく頼ってくれ。俺達はいつでも、駆け付ける用意は出来てるからな」

「え、でも、おれが抜けた分の穴埋めとかで大変なんじゃ」

「大丈夫だ。迅の方から話があって、根付さんと相談してな。これから一週間の間は、広報の仕事は最低限のものしか来ない事になってる。その分後が大変だけど、そこは皆で協力して乗り切って行こう」

 

 ポカン、とする佐鳥に対し嵐山は爽やかな笑みでそう言い切った。

 

 漸く話の内容を理解した佐鳥は、深々とため息を吐いた。

 

「…………結局、全部迅さんの掌の上なんですね。いえ、気を回してくれてたんだからむしろ感謝するべきですが」

「そうだな。迅は確かに難しい立場に立ってはいるけれど、決して冷血漢じゃない。むしろ情に篤い奴だし、仲間のピンチは決して見過ごさない。お前が思っているより、あいつは甘い奴だからな」

 

 嵐山の言葉にそうですね、と佐鳥は頷く。

 

 確かに、迅は難しい立場に置かれている。

 

 未来視という唯一無二の副作用(のうりょく)を持つが故に、軽々に動く事が出来ない。

 

 自分の判断一つで未来が悪い方向に変わってしまうという重圧(プレッシャー)に常に晒され、更にはボーダーからの期待と信頼を一身に背負っている。

 

 彼の言動や行動は常に深読みされる事になり、その背に乗る重荷は尋常なものではないだろう。

 

 けれど、迅は仲間の事を心底大事に想っているし、可能な限り犠牲のない未来を目指そうとしている。

 

 彼は仕方なく小を切り捨てる事はあるかもしれないが、そうならない為に全力を尽くす事を一切厭わない。

 

 今回の件も、嵐山達の助力が必要だと考えたからこそ手を回していたのだろう。

 

 幾ら嵐山が相談をしに行ったところで、根付が素直に頷くとは思えない。

 

 彼が渋々ながら嵐山達の仕事量の減少を認めたのは、迅からの進言があったからだろう。

 

 メディア対策室長の根付からしてみればボーダーの表向きの看板である嵐山隊を鉄火場に放り込みたくなどないだろうが、事が迅の未来視となれば無視も出来ない。

 

 根付は言動に棘が多く嫌みを言う事も多いので疎ましく思っている人間もいるが、責任を負うべき大人としての自負はしっかりと持っている。

 

 そうでなければ理由があったとはいえ完全に影浦の側に非があったのに彼の暴力事件を内々の処分で済ませはしなかっただろうし、佐鳥の願いを聞き入れもしなかっただろう。

 

 迅の言葉に相応の力があったのは事実だが、それを受け入れて嵐山隊の助力を許したのは他ならぬ根付である。

 

 これは迅さんは勿論、根付さんにも足を向けて寝られないな、と佐鳥は一人ごちるのだった。

 

「お前の大事な子の一大事だ。こんな時に、俺達を蚊帳の外に置くのは野暮ってものだぞ」

 

 嵐山はそう言って、ニコリと笑う。

 

 その笑みに一切の曇りはなく、彼の決意の固さを表していた。

 

「おれも協力するよ。賢に何かあるのは、嫌だしね」

 

 時枝はいつもと変わらぬ表情で、しかし親しい者には分かる程度の笑みを浮かべてそう言った。

 

 この得難い友人はきっと、確かな力になってくれるのだろうと佐鳥は思った。

 

「私もちゃんとオペレートするね。大丈夫、樹里ちゃんの一大事ってんなら他人事じゃないしね」

 

 綾辻はそう告げ、サムズアップをかました。

 

 いつも通りの笑顔でなんてことのないように話す彼女に、何処か救われた気がした。

 

「貴方は、嵐山隊の狙撃手なんです。前衛なしで、どうやって目的を達成するつもりですか? やるならやるで、徹底的にやって下さい。貴方も一応、嵐山隊(ウチ)の一員である事に変わりはありませんから」

 

 あくまでも刺々しい態度を崩さず、木虎はそう話した。

 

 しかしその実面倒見の良さが隠し切れておらず、言葉の棘も照れ隠しだろうというのは察せられた。

 

 自分は良い仲間を持ったな、と佐鳥は改めて思う。

 

(…………こんな人たちを、置き去りにしようとしてたのか。おれ、まだまだだな)

 

 だというのに、自分は勝手な判断で仲間を蚊帳の外に置こうとしていた。

 

 それがどうしようもなく情けなくて涙が出そうだが、今はそんな真似をしている暇はない。

 

 協力して貰うと決まったのならば、徹底的に。

 

 木虎の言葉通り、やってやろうではないかと佐鳥は奮起した。

 

「────────話せる範囲で、事情をお話します。まず────────」

 

 そうして、佐鳥は己の裁量で話せる範囲に絞って今回の一件の内実を説明し始めた。

 

 そこに、迷いはない。

 

 頼りになる仲間達は、真剣に佐鳥の話に耳を傾けていた。

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