「というワケで、近々そういう事が起こるからよろしく頼むよ」
「了解した。全力を尽くそう」
風間はそう言って、二つ返事で迅の話を了承した。
文句も、聞き返す事すらしない。
それが当たり前かであるように、風間は頷いた。
「いやいや、またアレが起こるってマジですか。風間さんもなんでそんな簡単に流しちゃうんです?」
「想定はしていたからな。ガロプラでの一件は、報告を受けている。明らかに木岐坂を狙ったと思われる奇妙なトリオン兵の行動と、何かを打ち込まれたという事。最近こいつが忙しなく動いていた事を思えば、察しはつくというものだ」
そう言って、風間はなんて事のないように話す。
既に一度、樹里の
もう二度とやりたくない、というレベルでの難事であったが為に、彼の記憶には色濃く当時の事が残っている。
それを当たり前の事であるかのように流されると、流石にえー、という不満も持つというものだ。
「それ、未然に防げないんです? なんなら、木岐坂の行動を制限するとか」
「いや、どうやらこれは概ね時間経過で起こる類のものみたいでね。こっちで何かしようとすると、むしろ事態が悪化しかねないんだ。だから、起きる前提で動くしかない。力不足で済まないね」
「…………そうですか。いや、迅さんがそう言うならそうなんでしょうね。分かりましたよ、もう」
しかし、迅にこう言われてしまえば菊地原も納得する他ない。
何らかの切っ掛けで起きる事態ではなく、時間経過で起きる事が確定してしまっているのであれば、確かにどうしようもないからだ。
あれの相手をするのは勘弁という想いはあるが、風間がやるという以上自分達に参戦しないという選択肢はない。
不可避の戦いであるのならば、駄々をこねないだけの思慮は菊地原にもあった。
そんな菊地原を見て、迅は苦笑いを浮かべた。
「面倒をかけるね。出来れば、こうなる事自体を阻止したかったんだけども」
「別に、やるしかないってんならやるだけですよ。けど、正直ぼくたちだけだと相性が悪いですけど、そこは考えてくれてるんですか?」
「
成る程、と菊地原は頷く。
錚々たるメンバーの名前を聞き、それなら、と納得した。
玉狛第一の強さは最早言うまでもないし、玉狛第二に関しても最近の勢いを見れば充分戦力になるであろう事が予想出来る。
香取隊もこれまでの経過を見る限り相応に戦力になってくれるだろうし、何より樹里のチームメイトであるのだから蚊帳の外に置く方が不自然だろう。
嵐山隊は、佐鳥が所属している時点で予想がついていた。
恐らくは佐鳥が頼み込んで協力を取り付けたという形だろうが、よく根付さんが許可したものだと思う。
詳しい事情を知らない菊地原としては、このあたりの想定が限界ではあった。
「別途の戦力の宛て」が何かは分からないが、多分此処で聞いても答えてはくれないだろう。
迅は誠実ではあるが、秘密主義な面がある。
明かすと決めた事以外は、徹底して明かさない。
そういう面があるのは承知していたので、徒労をするつもりはなかった。
「一応聞きますが、今回の事はガロプラの時同様、というよりそれ以上に部外秘でやるつもりですか?」
「ああ、大方今言ったメンバー以外に事情を説明するつもりはないよ。下手に関係者が増えるのはそれなりにリスクのある話だし、なるだけ彼女の事情は広めたくない。申し訳ないが、参加する人員についてはある程度厳選させて貰っているよ」
「了解しました。では、そのように動きます」
対して、歌川は聞くべき事をしっかりと聞き、頷いた。
誰に何処まで話して良いかは重要な事なので、こうして確認をしたワケだ。
但し、迅は「別途戦力の宛て」について
恐らくではあるが、今言った面子はあくまでも参加が
そもそも、風間は今回の件が起こる事を察していた節がある。
風間は元から、樹里の事は人一倍気にかけていた。
その彼女が例のガロプラ侵攻の際に奇妙なトリオン兵に襲われたと報告があった時から、或いはそれ以前から。
こういう事が起こると、想定はしていたのだろう。
樹里の事情についてある程度知っている身からすれば、確かに何も起きないと考える方が不自然なのだ。
菊地原も少々不満を漏らしてはいるが、その事態が起こる事自体は受け入れている。
迅が此処まで真剣になる以上、彼の言葉自体は真実であるという前提で考えた方が良いだろう。
樹里の件は、デリケートな問題を含んでいる。
出来るだけ事情を知る者を迂闊に増やしたくないというのも、分かる話だ。
ボーダーの面々は精神的に成熟している者が多く、仮に内実を知ったところで支障など出よう筈もないが、それでも軽々に広めて良い内容でない事は菊地原にも分かる。
それでも協力を要請する相手にはある程度事情を明かさざるを得ない為、協力者の選定自体は迅に任せた方が良いだろう。
彼ならば、「協力させて事情を話しても構わない相手」の選別は容易に行えるであろうからだ。
起こる事自体は確定しているのであれば、自分達がやるべきはその事態に直面した時に全力で戦うのみ。
菊地原は内心でそう覚悟し直し、ふぅ、とため息を吐いた。
「了解。風間さんがやるってんなら、やる事自体に否はないですよ」
「すまないね。迷惑をかける」
「ホントですよ。けど、やるからには手を抜く気はないんで、
「ああ、勿論だ」
迅はそう言って、にこりと笑う。
この分だと、言外に伝えた内容にきちんと察しているらしい。
嫌になるくらい理解力が高いなと、菊地原は本日何度目になるか分からない心中でのため息を吐いた。
そんな菊地原に苦笑を向けながら、迅は再び笑みを浮かべた。
「じゃあ、その時になったらよろしく頼むよ。風間さん、おれはこれで失礼しますね」
「ああ、こっちの事は任せろ。お前は、お前のやるべき事をやれ」
「勿論」
迅はそう返すと踵を返し、その場を立ち去った。
その後姿を見ながら、菊地原は再びため息を吐く。
「…………なんか、完全にしてやられた感じがしますね」
「迅の相手をするというのは、そういうものだ。あいつもあいつで苦労してるし、あれで繊細な奴だ。俺たちは俺たちで、やるべき事をやればいい。割り切れば、案外悪い気分でもないものだぞ?」
風間の言にふぅん、と菊地原は胡乱な声をあげる。
正直いい様に翻弄されたようで気分は良くないが、この上司は思っていた以上にやる気らしい。
それならそれで、自分のやるべき事は変わらない。
心の中でこの件に必ず関わって来るであろう一人の友人の姿を思い浮かべ、思う。
(風間さんが張り切ってるなら、全力で仕事をこなすだけだね。ぼく達にこんな苦労をかけるんだから、失敗したら承知しないよ。佐鳥)
「色々と裏で動いているようだな、迅」
開口一番、そう言い放ったのは城戸である。
此処は、ボーダーの司令室。
そこへ呼び出された迅は、室内に一人で待っていた城戸と正面から対峙していた。
「さて、どれの事ですかね。生憎色々と忙しいものでして、抽象的に言われても返答しかねますよっと」
「惚けずとも良い。これまでの経緯と、最近のお前の動きから何が起きるのか、何に備えているのかは大体察しがついている。お前の懸念は、それなりに的を射ていると言っておこう」
城戸は最初から碌な返答など求めていないのか、むべもなくそう言い切った。
迅もまた下手に答える方が悪手だと考え、無言で返す。
城戸はその鉄面皮から誤解されがちだが、情を介さないワケでも融通が利かないワケでもない。
最上位に三門市の安全とボーダーとしての責務があり、それを最優先するというだけで人並み以上に情深いし、部下の判断を尊重しない人間でもない。
今回は迅が直接口頭で事情を説明すると「組織の長」としての返答と行動を強いられる為、敢えて迅に詳しい内容を語らせるのを避けた形だ。
だからこそ、こうやって抽象的な表現に留めた意思疎通を行っている。
お互い、この程度の察しがつくであろう事は想定済みだ。
むしろ、このくらいは出来なければ組織の長と未来視を持つ助言者などやっていられない。
お互い、俯瞰的に物事を見る事にはとっくに慣れ切っている。
大の為に小を殺す事も、必要なら幾らでもやって来た。
その上で今回は、小を殺す事なく大を救う、という難問の解決の為に動いている。
今動いている流れを止めたくないというのは二人の共通認識である為、これはその確認のようなものだった。
「その時になった場合、
「…………そうだね。取り敢えず、大々的には動かないでいてくれる方が有り難いかな。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
「分かった。これは独り言だが、情報操作と後始末についてはこちらでやっておく。お前は、お前のやるべき事をやれ」
城戸の言葉に、迅はこくりと頷いた。
そして、そんな彼の判断に感謝する。
組織の長としては、此処で迅に詳しい事情の説明を迫り、厳格に対応すべきところだ。
しかし城戸はそれを曲げて、こちらの意図を汲んでくれた。
矢張り、彼は根本的な所では変わっていないと迅は思う。
あの写真に写っていたような笑顔はもう見せなくなってしまったが、誰よりも仲間想いで情に厚かった城戸政宗の根っこはそのままだ。
単に今は、ボーダーという組織の為を思って冷徹に振舞っているに過ぎない。
彼の笑みを知る身としては少々寂しいところだが、それが必要な事であるとは理解している。
だからこそ迅はその場で一礼し、踵を返した後で一度だけ振り向いた。
「分かっていますよ。おれはおれに出来る事を、全力でやり遂げてみせます」
────────近界、久遠の闇の最中。
此処は、近界の星々が浮かぶ果ての無い夜の暗闇のただ中。
そこに、ゆらゆらと揺れながら浮かぶ一つの星の
表層は無惨に罅割れ、元は街があったであろう場所は巨大な地割れで寸断され内部が露出している。
至る所が巨大な爆発でもあったかのように吹き飛ばされており、大きなクレーターが出来ている場所もある。
光はなく、風は吹かず、生き物の気配はない。
既に核が死んでいる星は、本来であれば朽ちゆくままに果てなき闇の中で浮かんでいるだけだったろう。
但し、特殊な乱星国家であったこの星は、中枢を失い生きている人間が誰もいなくなった後であるにも関わらず、
それは宛てのない旅であり、かつてこの国に蔓延っていた技術者の遺した機能が引き起こした残滓のようなものだった。
本来であればそれは、目的もなくひたすらに夜の闇を移動するだけの、意味のない航海になっていただろう。
最早国を動かす人間が不在である以上、それが必然と言えた。
────────近辺より既存の
だが、その星骸は偶然にも
技術者が国の中枢を司るトリガーに組み込んでいた、既存トリガーの自動識別システム。
それがとある反応を検知し、自動的に国の頭脳の代替である疑似的な人工知能に通達。
現在は人間に替わって星を管理するその魂なき意思が、即座に決定事項を通達した。
────────
罅割れた蜘蛛の台座の形をしたソレは、静かに国の航路を決定する。
滅びた筈の星は形なき意思に導かれ、その行き先を変える。
誰にも予想出来なかった災厄の芽が、今ゆっくりと近付こうとしていた。
────────その名は、ククロセアトロ。
今は既に亡き妄執の国家の残骸にして、悪夢の始発点たる元凶の星であった。