香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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黒トリガー争奪戦Ⅵ

 

 

「旋空弧月」

 

 夜闇の中、太刀川は迅に旋空を放つ。

 

 放つ旋空は、片腕。

 

 左の弧月は使わず、あくまでも一刀流。

 

 されど、抜き放たれる攻撃は必殺の鋭さを備えている。

 

 扱いの難しい旋空を手足のように操る、その技巧。

 

 それこそが、彼をA級一位たらしめている力の一端である事は言うまでもない。

 

「おっと」

 

 しかし、だとしても単発の旋空程度で迅が被弾する筈もない。

 

 迅は最低限の跳躍を行い、横薙ぎの旋空を回避する。

 

「────────」

 

 無論、そのくらいは承知の上。

 

 迅の足が地から離れた瞬間を狙い、カメレオンを解除した風間が背後から忍び寄りスコーピオンを振るう。

 

「…………!」

「残念。視えてるよ」

 

 されど、その攻撃を迅は凌ぐ。

 

 振り向きざまに振るった風刃のブレードが、風間のスコーピオンを斬り払う。

 

 風刃の真骨頂はあくまでも遠隔斬撃ではあるが、そのブレード自体も超が付く程高性能だ。

 

 スコーピオンよりも軽く、弧月よりも切れ味が鋭く硬い。

 

 言ってしまえばそれだけだが、単純に高品質な武器というのはそれだけで強い。

 

 軽さと応用性の代償としてブレードトリガーとしては最も脆く壊れ易いスコーピオンで受け太刀などしようものなら、その刃ごと斬り裂かれて終わりだろう。

 

「────────」

 

 あくまで、()()()使()()()が相手であった場合ではあるが。

 

 風間は風刃とスコーピオンが接触する瞬間、刃の角度を変える。

 

 その動きによってブレード同士の衝突によって発生する衝撃は受け流され、風間のスコーピオンは破砕される事なく迅の斬撃を受け流す。

 

 それは、どれ程の絶技だろうか。

 

 強度が低く受け太刀には向かないスコーピオンで、弧月以上の威力を誇るブレードを完全に受け流す。

 

 そんな事は出来る者は、ボーダーでも風間以外には早々いないだろう。

 

 己の才覚に驕らず、ひたすらに上を目指し続け自らを鍛え上げた末の妙技。

 

 それが、今の攻防には垣間見えていた。

 

「────────!」

 

 しかし、このようなレベルの攻防はこの場に集う者達にとって()()()()の事でしかない。

 

 それは即ち、この程度の事が出来ずしてこの場に立つ資格が無いという事と同義。

 

 未だカメレオンで姿を隠したままの菊地原と歌川もまた、それは承知している為に動揺はない。

 

 この程度で心乱すようであれば、とっくの昔に退場していたであろうからだ。

 

(風間さんが「指示があるまでカメレオンは解除するな」って言うから従ったけど、言う通りにしといて良かったね。悔しいけど、ぼく等じゃこれに割って入ったら何処かで首を落とされてたと思う)

(なんだ、案外素直じゃないか。菊地原)

(茶化さないでよ、むかつくから。別に、不満とかそういうのじゃないし。今だって、不穏な()が聴こえないか警戒してるのはぼくだって事は忘れないでよね)

 

 ぶすぅ、と言動とは裏腹に何処か拗ねた様子の菊地原に歌川は姿を消したまま苦笑する。

 

 風間からの指示は、カメレオンで姿を隠したままでの()()()()である。

 

 菊地原の副作用(サイドエフェクト)、強化聴覚。

 

 それは効果範囲はそこまで広くはないが、その()()に関してはかなりのものだ。

 

 近くで動く者の動きは逐次察知出来る為彼がいる限り接近戦での奇襲のリスクはほぼ回避出来るし、遠くから撃たれた弾丸であっても速度次第ではその音を頼りに察知も出来る。

 

 その性質を買われて、菊地原はこの場に()()が入れられる危険がないかを探り続けていたのだ。

 

 向こうからの連絡で、狙撃手一人の位置が判明した事は知っている。

 

 しかし高確率で、それは佐鳥の方だろうとの事である事も未確定情報ながら伝わっている。

 

 つまり、彼等が最も警戒している狙撃手────────────────樹里は、未だその位置が分かっていない。

 

 樹里はその高いトリオンと強化視覚の副作用(サイドエフェクト)により、超々遠距離からの狙撃を可能とする。

 

 そして、元々射手であった彼女は通常の狙撃手と異なり近付かれたとしても戦う手段がある。

 

 トリオンでいえば同等の出水がいるが、彼と樹里では駒としての性質が異なる。

 

 出水はあくまで前衛をサポートする後衛としての役割が強く、大抵の事は自力で対処出来る事もあって前衛と共に前に出る事が多い。

 

 これは彼等の部隊が実質太刀川と出水の二人のみの戦力で立ち回る事が大半であるという事情もあり、ランク戦でも太刀川が前に出る傍らそれを出水が背後でサポートする、といった形が多かった。

 

 場合によっては別々に行動する事もあるが、出水は優秀な射手とはいえあくまでも後衛。

 

 A級クラスの攻撃手に前衛のいない状態で近付かれた場合、流石に不利は否めない。

 

 良くも悪くもスタンダードな射手の上積みである彼は、その立ち回りや利点・欠点に於いても大きく常識とかけ離れる事は無いのだ。

 

 だが、樹里の場合は事情が異なる。

 

 彼女は経歴の関係上射手としての性格も強いが、現在の職種はあくまでも狙撃手。

 

 加えて、樹里にはそのトリオンとサイドエフェクトを活かした常識外の射程がある。

 

 出水も射程にトリオンを割り振れば相当な距離の弾を飛ばす事が可能ではあるが、射手トリガーの場合そちらに力を割けばその分威力や弾速が犠牲になる。

 

 しかし、樹里の場合はイーグレットがある。

 

 イーグレットは使用者のトリオンに応じて射程距離が拡張される狙撃手トリガーであり、こちらは距離による威力減衰はほぼ発生しない。

 

 つまり、シールドを容易く貫通する威力の弾丸を、高いトリオンに由来した超射程でいつでも撃つ事が可能なのだ。

 

 しかもその()()()()というのが曲者で、樹里には他の狙撃手には無い唯一無二の利点がある。

 

 それは、狙撃に於いて()()()()()()()()()というものだ。

 

 通常、狙撃は狙撃銃のスコープ越しに標的を視認し、引き金を引くという工程(プロセス)が必要となる。

 

 当然これには他から見つかり難くなる為の姿勢を取り、スコープを覗いてから照準を合わせるというタイムラグが発生する。

 

 しかし、樹里にそんなものは必要無い。

 

 強化視覚(サイドエフェクト)によって素の視力で狙撃銃のスコープ並かそれ以上の視界を持つ彼女は、スコープを覗くという工程を省いて狙撃を実行する事が出来る。

 

 要するに彼女は眼に直接スコープを取り付けているに等しい状態であり、文字通り()()()()狙撃を実行可能なのだ。

 

 無論これは比喩表現であり、彼女の右目に取り付けられている片眼鏡(モノクル)風のスコープは視力補強の効果のないアクセサリーに過ぎない。

 

 以前佐鳥に聞いた話では「こっちの方が良く視える気がするから」という理由で取り付けている代物らしいが、菊地原が髪を伸ばしている事情と似たようなものだろうと歌川は推察している。

 

 菊地原もまた、自身の強化聴覚(サイドエフェクト)を煩わしく思い、普段は「こうすると少しだけ聴こえ難くなる気がするから」という理由で髪を伸ばしている。

 

 一方で全力で副作用(サイドエフェクト)を活用する時には髪を結ぶのだが、これは彼なりの一種の自己暗示(マインドセット)だろうと歌川は見ている。

 

 実際に効果がなくとも、本人の思い込みというものは案外馬鹿に出来ない。

 

 人は、精神によって能力が左右される生き物だ。

 

 気分が乗らない時はそれ相応のコンディションしか出せないし、逆にやる気に満ち溢れ極限まで集中している時は普段視えないものでも見えて来る場合がある。

 

 そういう意味で、樹里や菊地原の行動は一概に無駄とは言えない。

 

 戦闘中のテンションやモチベーションというものを自分でコントロールする術は、それはそれで得難い技術なのだから。

 

 ともあれ、彼等がこうして隠密に徹し続けているのは樹里を警戒しているが故だ。

 

 彼女の位置さえ判明すれば或いは捨て身で加勢するという選択肢も出て来るのだが、場合によっては彼等二人が樹里への刺客として送られるパターンも考えられる。

 

 風間から聞いた樹里は近くに存在するカメレオン使用者の姿を認識出来るというあまり聞きたくなかった情報もあるにはあるが、必要とあれば向かうだけだ。

 

 最初に聞いた時は何の冗談だと思ったが、彼曰く彼女が佐鳥と共に香取隊と戦った際には実際にカメレオンを使用している三浦の位置を暴いてみせたらしい。

 

 サイドエフェクトの応用だろうとの話だが、それは彼女に有効と思われていた風間隊の戦術の前提が瓦解した事と同義だ。

 

 樹里の視界はあらゆる意味で広く、バッグワームを用いたところで直接視認される可能性があるという厄介極まりない性質を持つ。

 

 しかし姿そのものを消せるカメレオンは、そんな彼女の()()をすり抜ける事が出来る。

 

 だからこそ自分達にとっての樹里の脅威度を低く見積もっていた菊地原達だが、それを聞いた時には流石に呆気に取られたものだ。

 

 そして、此処に来て菊地原は一つの疑念が首をもたげていた。

 

佐鳥(あいつ)、まさかこれを承知の上で大々的に木岐坂の情報を拡散したワケじゃないよね? だとしたら、性格悪いにも程があるんだけど)

 

 それは、佐鳥が敢えて樹里のカメレオンキラーとも呼ぶべき性質を喧伝していたのではないかというものだ。

 

 もしも、この情報がなければ彼等はどう動いていただろうか。

 

 恐らくではあるが、風間とは別れて樹里を探しに向かった可能性が高い。

 

 そうなると必然的に中途で他の戦場に出向く可能性はあるし、場合によってはそれもありだと考えただろう。

 

 だが、()()()()()()()()()()()という情報が提示されている今はどうか。

 

 下手に動き回れば樹里に視認される危険がある以上、菊地原と歌川はこの場に────────────────即ち、何かあっても風間や太刀川の援護を受けられる場所に留まり続ける他ない。

 

 幾ら彼等が優秀な隊員とはいえ、出水と同等のトリオンを持つ樹里に正面から対処する程愚かな事はないと知っている。

 

 風間隊(かれら)の本領はあくまで奇襲・暗殺であり、正面戦闘は彼等の本分ではない。

 

 それが悪い事だとも思わないし自分達の戦い方に誇りさえ持ってはいるが、それはそれとして状況判断を誤るワケにはいかない。

 

 つまり彼等は樹里がカメレオンに対処出来るという情報一つで、この場に縛り付けられているに等しい状況であるのだ。

 

(あいつなら、そのくらい平気でやりそうだよな。話によると前から迅さんと繋がってたらしいし、この状況を想定して仕込みをしたって事? 性格悪いな、ホント)

 

 事実としては彼が香取隊とぶつかったのは迅から協力を持ちかけられる前なのでそういった思惑はなかったのだが、それは菊地原の知る由もない。

 

 無論、状況を俯瞰した後で利用出来ると判断して作戦に臨んだ以上あながち的外れというワケでもなかったりするのだが。

 

 拡大解釈すれば、結果的に菊地原の疑念は間違ってはいなかったとも言える。

 

 最初そのつもりがなかったとはいえ、佐鳥が情報の拡散状況を利用しているのは違いないのだから。

 

(でも一体、何処にいるんだろ。少なくともこの周辺にはいないみたいだけど、あっちの援護をするつもりなのかな? どちらにしろ、早く撃って来て欲しいね。そうすれば、一気に状況が変わるってのに)

 

 菊地原は油断なく周囲を警戒し、不審な音がないかを確認する。

 

 未だに彼の周囲には太刀川達の剣戟の音以外は聞こえず、鈍い金属音のみが絶え間なく響き続けていた。

 

 

 

 

「こちら佐鳥。木虎、準備はどう?」

『問題ありません。もうすぐ、所定の位置に移動します』

「OKOK、じゃあ手筈通りにね」

 

 佐鳥は慎重に路地を歩きながら、木虎と通信を行っていた。

 

 一度撃った後に、その場から移動しない狙撃手はいない。

 

 余程の理由が無い限り、狙撃手は一度撃った────────────────即ち、敵に位置がバレた状態でその場に留まる事は即座に敗北に繋がるからだ。

 

 頭のおかしい東春秋(れいがい)の事はともかく、佐鳥はツイン狙撃という変態技巧はあるにせよ、その性質はスタンダードな狙撃手と変わらない。

 

 近寄られれば死あるのみである以上、大まかな位置がバレていたとしても移動しない理由は彼にはなかった。

 

 仕事を果たせれば落ちたとしても文句はないが、逆に言えば役割を果たせずに脱落する事だけは避けなければならないのだから。

 

 相手が三輪隊や出水だと考えれば、猶更である。

 

「樹里ちゃん、一応聞くけど当真さんとかは見つけた?」

『当真先輩はまだ。ただ、賢の近くにバッグワームみたいなのが見えたから奈良坂先輩か古寺くんのどっちかはいると思う』

「了解了解っと、案外近くにいたんだねぇ」

 

 樹里からの情報提供を受け、佐鳥はニヤリと笑う。

 

 これまでの経過は、概ね予定通りに推移している。

 

 今になって効いて来た()()()()()()()()()()()()()()があったのは想定外の幸運ではあったが、利用出来るものを使う事に躊躇いはない。

 

 現場の状況から盤面を俯瞰し、自分達に有利な条件を組み上げるのが自分の仕事。

 

 ならば、使えるものはなんでも使う。

 

 不本意だったとはいえ樹里を巻き込んでしまった以上、その能力は有効に活用すべきだ。

 

 諸々の問題解決はそれはそれでやるとして、今此処で重要なのはこの場での戦闘の勝利以外にはない。

 

(さぁて、準備はもうすぐ万端。そろそろ、仕掛け時ですかね)

 

 佐鳥は作戦実行が秒読み段階に至った事を自認し、不敵な笑みを浮かべる。

 

 闇夜の決闘は、一つの佳境を迎えようとしていた。

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