『ん、今ヒュースくんと生駒隊が接敵した。隠岐先輩の姿は見えないけど、多分あそこを狙える所にいると思う』
「予想通りね。とはいえ、少し早いわね。やっぱり、この天候に絡繰りがあったのかしら」
香取は樹里からの報告を受け、思案する。
確かに、玉狛が狙われる展開は予想出来ていた。
だが、あまりにも接敵が早過ぎる。
市街地Bは特別広いMAPというワケではないが、逆にすぐに合流が容易な程狭くもない。
少なくとも、相当に転送運が良くない限りこうまで早期の合流からの襲撃は行えない筈だ。
加えて、仮に合流出来たとしてもヒュースがそう簡単に見つかるのか、という問題もある。
玉狛側も今回の試合で狙われている自覚はあるだろうし、ヒュースが隠密に関して手抜かりをするようなタイプには見えない。
ならば充分に警戒して動いた上で尚、生駒隊の索敵能力が上回ったという結論になる。
故にこそ、疑うべきはこの天候。
晴天、というこれまで一度も当たった事のない未知の天候にこそ着目すべきだろう。
「樹里、アンタこの天候どう思う?」
『
「────────成る程、そういう事か」
香取は樹里の見解を聞き、即座にこの天候の仕掛けを理解した。
上を見上げ難いという事は、即ち高所に陣取った狙撃手を視認し難いという事を意味している。
つまり、普通の試合よりも今回の試合では
加えて、生駒隊狙撃手の隠岐はグラスホッパーを装備していて機動力に長けている。
この晴天という天候を隠れ蓑にして積極的に隠岐を動かし、速攻で厄介な駒を見つけて狙い撃ちにする。
生駒隊の戦略は、こんな所だろう。
『どうする?』
「予定通りよ。アンタは引き続き、索敵を続けなさい。索敵範囲に関しちゃ、アンタが一番なんだからね。頼りにしてるわ」
『ん、任せて。頑張る』
むん、という気合いの入った掛け声が通信越しに聞こえて来るような調子で、樹里は返答した。
潜伏し続けるという指示に反発もあるかと思ったが、これなら大丈夫そうである。
樹里の扱いに関しては、定期的に褒めたりしていればある程度は言う事を聞いてくれる。
これを怠ると幼馴染フィルターがあっても独断専行の危険があるが、そのあたりの機微に関しては慣れたものだ。
幼少期、伊達に奇行を繰り返す樹里の
香取は気を取り直して、前を向いた。
「他の連中は?」
『犬飼先輩っぽい姿なら、ヒュースくんの所に向かってるのが見えたよ。多分、もうすぐ接敵すると思う』
「分かったわ。他に見付けたのがいたら、すぐ教えて」
了解、という樹里の返事を聞きながら香取は駆け出した。
建物の位置に留意しながら、射線を切って移動する。
この試合ではいつも以上に狙撃手の脅威に備えなければならない事は理解出来た為、警戒を怠る事はしない。
今回参加しているのは、いずれも一筋縄ではいかない強豪揃い。
油断した先からやられていくのが瞭然である以上、当然の警戒だった。
(アタシ等も動くべきよね。
「────────!」
ヒュースは無言のまま、キューブを生成し分割。
三方向に向け、一斉に弾丸を射出した。
そのヒュースを囲むように三角形を思わせる陣形で並んでいた生駒隊は、咄嗟にその場から横に跳び退きそれを回避する。
ヒュースのトリオン量に関しては、エスクードをあれだけ連発しても息切れしない事から相当なものである事は理解出来ている。
故に、生半可な防御では貫通される恐れがある。
だからこそ、下手な防御ではなく回避を選択した。
更に、南沢が動く。
南沢はグラスホッパーを展開し、一気にヒュースへ肉薄する。
射撃トリガーは、発射までにタイムラグがある。
よって、たった今撃ったばかりのタイミングであれば、次弾が射出される前に懐に潜り込める。
南沢はお調子者な面ばかりが目立つが、腕自体は悪くないどころか一度はマスターへ到達したレベルのものを持っている。
当然体捌きも相応に習熟しており、弾を掻い潜って接近する程度はお手の物だ。
流石に那須の操るリアルタイム
全弾が向けられたのならばともかく、散った弾程度であれば南沢は突破出来る。
「────────」
「…………っ!」
しかし、攻撃が通るかどうかは別の話だ。
突貫して来た南沢に対し、ヒュースは足元に隠していた置き弾を発射。
間一髪でそれに気付き、南沢は弾丸を回避する。
されど、その一歩の停滞はヒュース相手には致命的だ。
すかさず抜刀したヒュースの弧月が、南沢に振るわれる。
「旋空弧月」
────────だが。
ヒュースはその攻撃モーションを途中で停止し、その場から跳び退いた。
刹那の後、彼のいた場所を神速の斬撃が通過する。
生駒旋空。
未だ30メートル程離れた場所にいる生駒が、己が絶技を以て放った一撃だった。
生駒旋空は、気付いてから避けたのでは間に合わない。
放たれる事を予測しなければ、この神速の抜刀斬撃は不可避である。
(────────ヴィザ翁に比べれば、まだ遅い)
しかし、ヒュースは別だ。
彼の剣の師は、アフトクラトル最高峰の剣聖であるヴィザである。
ヴィザの神速という言葉すら生温い絶剣を見慣れているヒュースにとっては、生駒旋空ですら対処可能な範疇の剣速に過ぎない。
無論、脅威に値しないというワケではない。
ヒュースも人間である以上処理能力の限界は存在するし、不意打ちを喰らえば即死なのは言うまでもない。
されど、剣の腕にも覚えがあり、超絶的な技巧と剣速を誇る剣士としての
生駒旋空は剣速という一点で見ればボーダー内でも最高クラスの攻撃であるが、本物の戦争を生き抜いた軍人であり、更なる高みの剣の使い手を知るというヒュースの
「…………!」
完全に不意を突いたと思っていたであろう生駒の眼には、ゴーグル超しにも分かる程驚愕の感情が浮かんでいる。
今のは、
南沢を陽動として突っ込ませ、そこで出来た隙を生駒旋空で狙う。
戦術としては捻りのないものだが、それ故に避け難い。
お調子者だが腕は確かな南沢は片手間で対処出来る相手ではなく、相手をすれば大なり小なり隙が生じる。
加えて今のはヒュースの攻撃を凌ぎつつ突っ込んだ形なので、攻撃直後の隙を狙った形でもあったのだ。
にも関わらず、ヒュースは難なく対処してみせた。
これが、軍事国家の精鋭の実力。
アフトクラトルの若き兵士にして、将来を期待されながらも紆余屈折の末に玄界の兵になった軍人の脅威である。
「アステロイド!」
しかし、それで思考が止まるような二流は此処にはいない。
生駒は水上に目配せし、同時に再び旋空の発射態勢に入った。
水上が放つ、無数の弾丸。
それは彼の言葉通り、真っ直ぐとヒュースに向かう。
(ハウンドだな)
だが、その
中途で曲がった弾丸が、四方からヒュースを狙い撃つ。
それに対し、最初から水上の宣言など信用していなかったヒュースは無難にシールドを張り防御する。
ランク戦の参加がこれで三回目となるヒュースにとって、水上の操る技術である通称「嘘弾」は効果が薄い。
水上は口で告げたのとは別種の弾丸を放つ技巧を有しており、敢えて音声認証での射撃を行う事で相手を攪乱する戦法を得意とする。
しかしこれは水上曰く「小技」の類であり、決して頼り切りになっているワケではない。
事実、ヒュースのように口先に惑わされずに対処可能な者はそれなりにいる。
王子がその筆頭であり、水上の性格を熟知しているが故にあの策士の指揮官はこの戦法には引っかからない。
それでも口で告げる、という行為を無視する事はランク戦に慣れている者程難しく、相手の処理能力を少しでも圧迫出来れば御の字というのが正直なところだ。
されどヒュースは、そんな水上の揺さぶりに一切動じた様子がなかった。
彼は最初から水上の口から出る言葉は無視し、弾道にのみ注視していた。
水上のような口が達者で頭も回る者相手には、その口から出る言葉は全て戯言として無視した方が戦況を優位に運べる事をヒュースは経験則で知っているからだ。
伊達に、数々の戦場を回って来たワケではない。
戦争経験。
これは、口で言う程簡単でも浅い経験でもないのだから。
「旋空弧月」
しかし、水上とて自分の弾が対処される事など最初から織り込み済だ。
本命はあくまでも、生駒旋空。
既に発射態勢に移っていた生駒の拡張斬撃が、ヒュースに襲い来る。
上段からの攻撃であった先程と違い、横薙ぎに振るう斬撃。
左右に逃げるのでは、この斬撃は防げない。
生駒旋空に反応出来るのは、既に先程見ている。
ならば、対処されるのが前提で攻撃を繋げれば良い。
この斬撃を回避するには、跳躍をする他ない。
だがそれは、逃げ場のない空中へ自ら出る事を意味している。
そこへ追撃を叩き込めば、幾らヒュースでも落ちるだろう。
これは、そういう目論見の作戦だった。
「え?」
しかし。
その追撃を担当する筈だった南沢は、次の瞬間空中にいた。
突如として彼の足元に出現したエスクードにより、空高くに飛ばされたのだ。
同時、ヒュースは跳躍で生駒旋空を回避する。
そしてそのまま、無数の弾丸を空中へ打ち上げられた南沢へと叩き込んだ。
「わわっ!」
南沢は慌てて、グラスホッパーを展開し跳躍する。
紙一重でヒュースの弾丸を回避するが、一発を避け損ねて脇腹に被弾。
大きな穴が空き、少なくないトリオンが漏れ出てしまう。
「────────」
そこへ、ヒュースが待機させていた置き弾を放つ。
グラスホッパーによる加速を得ている南沢であるが、ヒュースの弾はその移動先に直撃するように置かれている。
そしてその事実を、南沢が認識するのが一瞬遅れた。
このままでは、被弾する。
「…………!」
────────その未来を、展開された遠隔シールドが否定した。
水上、ではない。
彼のいる場所からでは、南沢の位置は離れ過ぎている。
シールドを強度を保ったままどれだけ遠くに展開出来るかは、本人のトリオン量に依存する。
さしてトリオンに優れているワケでもない水上では、南沢の現在地はギリギリでカバーの範囲外となっていた。
むしろヒュースはそれを狙って南沢が自らグラスホッパーを使って水上のフォロー出来る距離から離れるよう誘導しており、何もなければ今の攻撃は確実に被弾していた筈だ。
「…………っ!」
その答えは、弾幕と共にやって来た。
水上とは逆方向から放たれた、無数の弾丸。
それをシールドで防御しつつ、ヒュースはそれを撃った張本人を見据える。
「…………
犬飼澄晴。
二宮隊の銃手にして、最良のバランサー。
それが南沢の窮地を救い、ヒュースの包囲網に新たに参戦した人物の名前だった。
「君を此処で逃すと面倒そうだからね。その為には、囲む人員は多い方が良いだろう?」
「────────」
ニヤリと、嘲笑うような笑みを浮かべつつも一切の油断を見せない犬飼は水上に聞こえるように敢えて大きめの声で言い放つ。
その意図を理解しない水上ではなく、ヒュースはこの場で急増の疑似的な共闘関係が出来上がった事を理解した。
(予想通りではあるが、些か厳しいか。よりにもよって、犬飼とはな)
ヒュースはその表情とは裏腹に油断なくこちらを見据えている犬飼を視認し、内心で唇を噛んだ。
自分が生駒隊に囲まれた時点で、それに便乗する者がやって来るのは予想していた。
本命が香取か辻、或いは三浦あたりと踏んでいたが、ある意味でこの場で最も厄介と言える人物が来たのは少々厳しい。
犬飼はヒュースから見ても兵士としての質がかなり高く、盤面調整能力も非常に優れている。
単体の突破力では香取が上ではあるが、総合的な「厄介さ」で言えば犬飼の方が脅威と言える。
(生き残る目は、これでほぼ潰えたか。だが、それならそれでやるべき事をやるだけだ)
ヒュースは犬飼が来た事で、この場からの生還は極めて困難であると断じた。
それは諦観などではなく、純然たる事実である。
されど、その眼の闘志は消えていない。
たとえこの場で倒れる事になろうとも、己が仕事だけは遂行する。
そんな決意を湛えた眼で、ヒュースは己を囲む四者を見据えていた。