「ここでヒュース隊員の包囲網に、犬飼隊員が参戦! これは厳しくなったか!?」
「よりにもよって犬飼か。マズイなこりゃ」
太刀川はスクリーンを見ながら、冷静に判断する。
映像では、ヒュースを囲む四人が映し出されていた。
「ふむ、犬飼隊員である事が重要だという事ですか?」
「ああ、犬飼は盤面の調整能力がえぐいレベルで高いからな。下手に香取や二宮みたいなエースがやって来るよりも、ある意味では厄介だろーぜ。特にこういう、一人を大勢で囲むタイプの状況じゃあな」
「エースが来た方が戦力が増強されて脅威にも思えますが、それは違うという事でしょうか?」
ああ、と太刀川は頷く。
「逆に、エースがやって来た方がヒュースとしては助かったと思うぜ。エース級が来るって事は、要するに
「そうだな。それに加えて犬飼は、状況を俯瞰する能力に長けている。相手が一番嫌がる事は何か、という事を常に理解して動くから、包囲網を抜ける隙は手あたり次第に潰していくだろう。あちらとしてもヒュースだけは、何が何でも此処で仕留めておきたいだろうからな」
二人の言う通り、エース級が参戦するとどうしてもその人物の圧倒的な実力、即ち脅威度に否応なく意識を向ける事になる。
特に、香取や二宮というのは決して無視出来ないレベルの相手だ。
香取は突破力が高く、どんな状況でも点に繋げて来そうな怖さがある。
二宮は言うまでもなく、最優先警戒対象だ。
仮にその二者のいずれかが参戦していた場合、どうしても生駒隊の意識はそちらに
疑似的な共闘を行うには、双方共に能力が高過ぎるからだ。
確かにヒュースの打倒という意味では利害が一致しているが、彼を倒した後は当然その脅威が自分達に向けられる事になる。
そういう意味で否応なく強烈に意識を向ける他になく、その隙をヒュースが突いて来る事は十二分に有り得た。
だが、犬飼は弱いというワケではないが単体の駒としての強さで見れば決して突出しているワケではない。
香取のように強引に点を掻っ攫っていく怖さも、二宮のような問答無用の蹂躙もない。
加えて状況俯瞰能力に長けているので、ヒュースが倒されるまではある意味では信頼出来る。
利害の一致を投げ捨てての土壇場での裏切りの心配がないという点では、犬飼程安心出来る相手もある意味ではいないのだ。
犬飼は、決して無理をしない。
その派手な見た目とは裏腹に戦術は堅実そのもので、常に全体を見据えて適切に動くのが彼だ。
香取であれば得点優先で土壇場で矛先を変える事も有り得るし、二宮の場合はヒュース打倒後に彼の弾幕に晒される事が確定しているが、犬飼に限ればそれらの危険はない。
彼は自分で点を稼ぐ事に執着しておらず、窮極、二宮が暴れ始める前の整地が出来ればそれで良いと割り切っている。
だからこそ、ヒュースという目下最大の脅威が打倒される
利害が一致している間は裏切る心配がなく、尚且つその後の駒としての脅威もある程度注意はすれど要警戒レベルではないという意味でだ。
「そうね。極論、犬飼先輩は生駒さんがいればどうにか出来るって意識もあると思うわ。今は生駒隊が全員揃ってる状況だし、囲んで叩けば何とかなるだろって考えも持ってると思うわ。まあ、犬飼先輩の方はそれ込みで動いてる気もするけど」
「これも極論だが、犬飼はヒュースさえ打倒出来れば自分が落ちても構わない、くらいは考えていてもおかしくない。自分が捨て駒になる可能性よりも、ヒュースをあの場から逃がす危険性の方が総合的に見て高いと判断したんだろうな」
二人の言うように、犬飼単体であれば生駒隊が囲んで叩けばどうにかなるレベルなのも事実である。
そして犬飼は、それを考慮した上であの場に立っている可能性が高い。
自分の価値を正確に理解し、それを最大限利用する事で最も逃がしてはいけない相手であるヒュースを確実に仕留める状況を作製する。
ヒュースさえ倒せれば、自分が落ちても釣り合いは取れている。
そういう計算は、確実に働いているだろう。
犬飼は、そういう勘定が出来る人物であるのだから。
「成る程、ありがとうございました。では、この場に他の面子が参加する可能性はあるのですか?」
「三浦に若村、辻あたりは可能性としてはアリだろ。逆に、香取や二宮はまず来ないと見て良いと思うぜ。流石に、リスクが大きいからな」
「ああ、エース級が来れば今言ったような面に意識を割かれるから、逆にヒュースにとっては歓迎出来る状況と言える。それに、試合はヒュースを倒せればそれで終わりというワケでもないからな。余程の事がない限り、エース級が来る可能性は低いだろう」
当たり前ながら、ヒュースを倒しても試合が終わるワケではない。
その先の事は当然考えなくてはならないので、自前の戦力は出し渋るのが当然である。
現在は生駒隊がその総力の殆どをヒュースの包囲に注ぎ込んでいるので、他の部隊はなるだけ自分の戦力を削らない形でこの場の戦闘が終わるのを待ちたい筈だ。
だからこそ単騎で状況を変え得るエースの投入というのはリスキーであり、可能性としては低いと断じる事が出来る。
その程度の計算が出来ないようでは、B級上位で勝ち抜く事など出来はしないからだ。
「しかし、エースを出し渋ってヒュース隊員を取り逃す、という展開になるのは避けたいのでは? そういう意味で、エースを投入する展開は有り得るのでしょうか?」
「いや、あの戦力でヒュースを倒せないようでは、先が苦しくなる。それは、どの部隊も分かっている筈だ」
だが、とレイジは続ける。
「それを考慮してもこの場でのヒュース撃破を優先した場合、その限りではないがな。そしてその時は、エースを投入しても問題ない後詰めの策を用意しているだろう。とはいえ、リスクが高くなるから可能性は低いと見てはいるがな」
「ま、ヒュースの厄介さは散々身に染みてるだろーから、可能性はゼロじゃねーっつう話だ。後がキツくなるのは確かだが、ヒュースが生き残っちまってまた雨取と組まれちゃどうにもなんねーからな」
太刀川の言う通り、ヒュースが生存してROUND7の時のように千佳と組んでエスクードと狙撃の極悪コンボを決めて来るような事態になればもうどうにもならない。
現在はヒュースが自衛に徹しており、他の隊員と連携する隙など無い。
だからこそエスクードを攻撃に使ってはいないが、いざ合流を許せば話は変わる。
千佳と組んでも遊真と組んでも、面倒な事になるのは眼に見えている。
そういう意味では、この場から決してヒュースを逃がしてはいけないのは大前提だ。
もしも現時点の戦力でそれが難しいと判断した場合、エースを投入する可能性はゼロではない。
ゼロではないというだけで、決して高い確率ではないが留意には値するだろう。
「犬飼先輩の参戦が、どれだけ影響を及ぼすかよね。基本、一筋縄じゃいかなそうなのは確かだけど」
「ああ、犬飼の盤面調整力があればみすみすヒュースを逃がす事態になるとは考え難い。ヒュース自身も、それを自覚しているだろう」
だから、とレイジは続ける。
「それを踏まえた上で、アイツは動くだろうな。そのくらいの頭は、もう回しているだろう」
「────────!」
水上はヒュースに向けて、ハウンドを放つ。
先程の攻防で、彼の得意とする通称「嘘弾」に効果がないのは理解出来た。
あれは水上だからこそ息を吸うように行える芸当ではあるが、高等技術には変わりない。
少しでも敵が惑ってくれるのであればともかく、一切効果が無いのであれば自分の処理能力を徒に圧迫するだけだ。
水上は、自分の力を過信しない。
トリオンもそう多くはないし、技術だって上位勢と比べればそこまで自慢出来たものではない。
頭の回転は図抜けているが、それでも頭を回すというのは疲れるのだ。
嘘弾の処理にリソースを使うよりは、ヒュースの動向を予測し万が一にも彼をこの場から逃がさないよう立ち回る方に気を遣った方が効率的だ。
「…………!」
ヒュースは即座に水上の弾種をハウンドと見抜き、エスクードを無数に展開しそれを防ぐ。
シールドを使わなかったのは、足を止める事を嫌ったが故であろう。
既に、彼は生駒旋空の射程内にいる。
少しでも足を止めたのならば、そこへ神速の生駒旋空を叩き込む。
そういう算段でこちらは動いているのだが、易々とそれに乗ってくれるような相手ではない事はもう分かっている。
「海」
「了解!」
だから、間髪入れず二の矢を放つ。
指示を受けた南沢はグラスホッパーを駆使し、ヒュースに突貫。
旋空を起動しながら、ヒュースへ向かって斬りかかる。
「えっ!?」
しかし、その南沢がその場から
何が、起きたのか。
その答えは、彼の足元に展開されたエスクードにあった。
エスクードは、出現する際に凄まじい加速と共に展開される。
よって、人間が触れればカタパルトの要領でそのまま打ち上げられるのだ。
その加速力は、グラスホッパーよりも高い。
伊達に燃費最悪と言われる程のリソースが注ぎ込まれているトリガーというワケではなく、その出力はあらゆる意味で段違いなのだ。
南沢は弧月や射撃トリガーでの迎撃は想定していたが、こんな反撃は予想していなかった。
結果、為す術なく空中に打ち上げられた南沢は、無防備を晒す。
「…………!」
そこへ、ヒュースが容赦なく弾丸を叩き込む。
今度は全弾、纏めて南沢へと向けている。
生半可な防御であれば、そのまま撃ち貫く弾量だ。
しかも速度重視にチューニングしてあるらしく、弾速が尋常ではない。
シールドを広げたところで、守り切る事は不可能だろう。
「くっ!」
南沢は何とかそれを凌ぐべく、グラスホッパーでの回避を実行した。
しかし、一歩の遅れが致命的だった。
南沢を狙ってはいたが、弾丸の全てが彼に集中していたワケではない。
彼の現在位置近くに密集してはいたものの、放射線状に放たれた弾丸は広範囲に散らばっている。
南沢は何とか弾幕の薄い個所を通って移動したが、それでも全弾避け切るのは無理がある。
「旋空弧月」
────────だが。
その想定を、神速の拡張斬撃が薙ぎ払った。
生駒旋空。
空中に向けて放たれたその斬撃が、南沢に着弾するルートを辿っていた弾丸を全て
トリオンの弾丸は、カバーが破損すればその場で炸裂しそれ以上前に進む事はない。
それを理解していたかはともかく、生駒は南沢を救うには弾丸を斬る他にないと判断し実行したのだろう。
高速で飛ぶ弾丸に斬撃を当てられるのか、という技術的な問題は彼の絶技で強引にクリアされた。
まさに、技量頼りの曲芸とでも言うべき所業。
「────────!」
されど、事実として南沢は無傷で逃げ切り、ヒュースに隙が生まれた事に変わりはない。
そこを見逃す知将二人ではなく、水上と犬飼による弾丸の掃射がヒュースを襲う。
ヒュースは咄嗟にエスクードを展開し、迫り来る弾幕を防御。
今この瞬間であれば、生駒旋空が放たれる事はない。
生駒旋空は強力な技であるが、連射が利かないという欠点がある。
通常の旋空と比較して極限まで起動時間を削っている生駒旋空は、扱いがとてもシビアだ。
居合抜きの達人である生駒を以てしても、剣速に全てを懸けたその絶技の連射は出来ない。
そも、居合そのものが連射する、という概念とは相性が悪いのだ。
一刀に全てを込め、神速の抜刀術で敵を両断するのが居合斬りの真髄であり、
故に、生駒旋空を放ったばかりのこの局面であれば足を止めても問題はなく。
「…………っ!?」
「…………!」
────────更なる一手を実現する、その時間も生まれた。
ヒュースは自らの真下にエスクードを展開し、それに乗って跳躍。
斜め上に跳ぶ事で、この場からの脱出を試みた。
これは、生駒旋空が飛んで来る状況では使えなかった一手。
40メートルの射程と尋常ではない剣速を誇る生駒旋空であれば、滑空中のヒュースは格好の的でしかない。
だからこそ、この埒外の脱出手段を握りながらもヒュースがそれを実行する事はなかった。
しかし、生駒旋空が飛んで来ないのであれば話は別だ。
最大の懸念が払拭された今、逃走の選択肢を取らない理由はない。
「────────甘いよ」
されど。
その光景を目にした犬飼は、笑みを浮かべた。
次の瞬間、遠方より無数の弾丸が飛来する。
恐らくは速度重視でチューニングされたであろうその弾幕は、曲射軌道を描きながらヒュースに向かっている。
今、ヒュースは空中にいる為エスクードは使えない。
よって、ヒュースにはこの攻撃を避ける余地も堅い壁を張る事も出来ない。
ヒュースは咄嗟にシールドを展開し、着弾に備えた。
「…………っ!?」
だが、飛来した弾丸はヒュースの堅いシールドを突き破り、その右足と脇腹を吹き飛ばした。
急所だけは集中シールドで守っていた為に被弾は避けられているが、どう考えてもハウンドでこの威力は有り得ない。
「
アステロイドとハウンドの合成弾、モスキート。
それによる攻撃に、間違いはない。
この試合始まって以来の有効打が、ヒュースに直撃した瞬間だった。