(────────やられた)
ヒュースは空中で被弾した直後、己の失策を悟った。
確かに生駒旋空が飛んで来ないタイミングで脱出を図るのは、セオリー通りではある。
だがそれは、
勿論、あのシビアなタイミングで脱出を実行に移すのは並大抵の者には出来ないだろう。
されど、恐らく彼等は確信していたのだ。
ヒュースなら出来る、即ち
だからこそ、そこを狙った。
空中という、逃げ場のない状況でヒュースに痛打を与える為に。
勿論、ヒュースは脱出に際して何の妨害も無いとは思っていなかった。
最低限、隠岐もしくは樹里による狙撃が飛んで来ると考えてはいたのだ。
後者の可能性は著しく低いと思っていたので、実質警戒して想定していたのは前者の方である。
生駒隊三人が同時に囲んで来ている今、隠岐だけが離れた場所にいるとは考え難い。
最低限、この場をカバー出来る位置にはいるだろうと思ってはいた。
しかし、隠岐一人の狙撃なら何とか出来る自負はあった。
確かに空中で逃げ場はないものの、ただの狙撃であれば集中シールドで防ぐ事は出来る。
流石に樹里のアイビスともなれば怪しいが、隠岐の狙撃の威力であれば凌ぐのは不可能ではないと考えていた。
だが実際に放たれたのは、合成弾。
しかも
狙撃を想定していたヒュースは咄嗟に防御を固めるも、その守りごと貫通されて片足と脇腹に被弾し大きなダメージを負ってしまった。
致命傷ではない。
されど、無視出来る傷でもない。
特に、片足をやられたのが痛い。
この足では、まともな機動戦など困難である。
脱出の可能性は、ほぼゼロになったと言っても過言ではない。
(今は、生きて着地する事を考えなければならない)
更に。
そもそも、この場から生きて地上に戻れるのかという問題があった。
現在、ヒュースはエスクードでの跳躍中に被弾した所為で失速し、墜落している最中だ。
彼には遊真のようなグラスホッパーはないし、シールドを張る事は出来るがそれだけで万全と思えるような状況でもない。
幾らヒュースのトリオンが高いとはいえシールドの強度には限度があるし、集中砲火を受け続ければいずれ割れる。
「旋空弧月」
加えて。
最も警戒しなければならない相手が、この場にはいるのだから。
既に、生駒の攻撃後の硬直は解かれている。
ならば、生駒旋空を放たない理由はない。
現在、ヒュースは空中で碌に身動きが出来ない状態。
このタイミングならば、防御不可の攻撃である生駒旋空を凌ぐ手段は存在しない。
「────────!」
────────その、筈であった。
だが、ヒュースは凌いで見せた。
旋空を起動した弧月で、迫り来る生駒旋空の刃の腹を打つ事によって。
それは、紛う事なき剣の絶技。
神速と言える速度で襲い来る生駒旋空に対し、その側面に刃を当てて微妙に起動をズラし、その勢いを以て自身の位置を変える事で防御不可の斬撃を逸らす事に成功したのだ。
ハッキリ言って、まともな神経でやれる代物ではない。
とうの生駒は当然、それを見ていた水上達も同様に驚愕の表情を浮かべていた。
それはそうだろう。
たった今ヒュースは、言うなれば真正面から生駒旋空を迎撃したのだ。
生駒旋空が対処される事はあっても、真正面から純粋な技術で凌がれる場面など彼等にとっては悪夢としか言いようがない。
それだけ生駒旋空は放たれれば必殺の一撃であり、避けられる事はあっても迎撃される事はないという認識だったのだから。
確かに、理屈の上では分かる。
旋空は斬撃を飛ばしているのではなく、刀身を長大化させて振るっているだけだ。
故に、振るわれるのはあくまで実体のあるブレード。
その腹に刃をぶつければ軌道を逸らす事は、理論上出来るだろう。
だが、超速で迫り来る生駒旋空に対しそれが出来る者が果たしてどれ程いると言うのか。
ヒュースにそれが出来た理由は、たった一つ。
神速の剣に、
彼の師は、アフトクラトル最高峰の剣聖ヴィザ。
ヴィザの不可視レベルの超速に見慣れていたヒュースにとって、生駒旋空はあくまでも視認出来る程度の剣速でしかない。
見えているならば、凌げる。
ヒュースにしてみれば、それだけの事なのだから。
「…………!」
しかし当然、これで危地を抜けた事にはならない。
ヒュースは、未だ空中。
未だ、地に足は付いておらず。
身動きが碌に取れない状況に、変わりはないのだから。
無数の光弾が、上空より降り注ぐ。
その数は、圧倒的。
明らかに、先程の弾幕よりも数が多い。
分割数を増やしたのか。
否。
単純に、
ハウンドによる、
即ち、これの意味するところは。
(矢張り木岐坂ではなく、二宮か…………っ!)
────────先程の合成弾の主が、確定したという事だ。
この試合で、
一人は言うまでもなく、先の試合で用いた樹里。
そしてもう一人が、樹里から「恐らく使えるだろう」と推測されていた人物────────二宮匡貴。
先程の合成弾だけではどちらなのか判断がつかなかったが、これでほぼ確定した。
樹里はこれまで、ハウンドを両手に装備した事がない。
彼女はほぼ毎試合ごとにトリガーセットを変えているが、同種の射撃トリガーを両方のスロットに装備した事はなかった。
これは彼女がポジションの上では狙撃手であり、手札の量よりも数を重視する為に様々な局面に対応出来るよう、なるべく種類をバラけたトリガーをセットしたがる傾向がある為だ。
そも、基本が狙撃手である彼女は合成弾を使う時以外は
隠れ潜んで時を待ち、必殺の機会を狙って大火力を叩き込む。
それが樹里の戦闘スタイルであり、弾幕の火力で押し潰す二宮とは方向性が異なる。
これは二人のトリオン量の違いも影響しているが、樹里には二宮には出来ない狙撃という選択肢がある為一概にどちらが強いとは言えないだろう。
ともあれ、樹里の戦闘スタイルが隠密を軸とする事に変わりはない。
よって、両方の腕で同種のトリガーを使う事は避けたがる傾向がある。
だからこそ、余程の理由が無い限り両方にセットしなければならないシールドを除き、樹里が同種のトリガーを両腕にセットした事は一度もないのだ。
だが、この弾幕は明らかに両腕で撃って来ている。
自陣営である千佳を除外すれば、これ程の量の弾を撃てる者は樹里を除けば二宮しかいない。
彼が
しかし、彼も「一度誰かが使った以上他の射手も使えると見るべき」と考えており、新種の合成弾を二宮が使えるという想定自体はしていたのだ。
だからこそ、二宮が
問題は。
今、あの攻撃をどう凌ぐかである。
(ハウンドであれば、シールドを張れば何とか凌ぎ切れるだろう。だがそれは、あくまでも弾が散らばっていた場合だ。二宮の技量であれば、一点に集中して弾を叩き込むよう誘導設定を調整する事も可能な筈だ)
あの弾の群れは、間違いなくハウンドである。
よって先程のように強引にシールドを貫通される事はないだろうが、あくまでもそれは散らばった弾が断続的に降って来た場合の話だ。
一点集中してシールドに叩き込まれれば、流石に割れる。
ハウンドそのものは威力に乏しいが、二宮自身のトリオン量が並外れている為一ヵ所に集中攻撃されればまず耐え切れない。
変幻自在な軌道を描く
しかし、習熟した者であれば誘導設定の強弱を弄る事により、バイパーに見紛うレベルで弾道を調節出来る。
そして二宮は言うまでもなく、それが可能だ。
力任せで技量はそこそこでしかない樹里とは異なり、二宮はパワーとテクニックを両立させている。
彼ならば、狙った通りの弾道を描く事など容易だろう。
今、ヒュースは自由落下中で身動きが取れない。
地上にいる犬飼の観測情報があれば、落下軌道を計算してヒュースに直撃するように弾道を描く事は充分に可能だ。
「────────」
加えて、地上にいる者達が黙って見ている理由もない。
空中への攻撃手段を持つ水上と犬飼は、揃ってこちらに矛先を向けている。
恐らくは充分に引き付けてから、二宮の弾幕と畳みかける形で撃って来るつもりだろう。
流石にそこまでの集中砲火を浴びれば、ヒュースとて無事では済まない。
「────────!」
無論、それをただ受ければの話だが。
ヒュースはトリオンキューブを生成し、分割。
それらを上空から迫り来る弾幕と地上の水上・犬飼に向け、撃ち放った。
結果、降り注いだ
ヒュースの下に直撃する軌道のものは殆どが撃ち落とされ、地上の二人も攻撃を中断しシールドでの防御を余儀なくされた。
確かに、二宮の弾幕量は圧倒的だった。
だが、一点集中する軌道で設定されたハウンドは、裏を返せば
ならば、落下軌道を計算しつつハウンドを直撃させて来るであろう
無論、全ての弾を迎撃出来たワケではない。
しかし大部分の弾を迎撃しさえすれば、あとはシールドの防御で事足りる。
幾ら二宮のトリオンが高いとはいえ、ハウンドの威力そのものは低い。
トリオンだけで言えば二宮以上のヒュースのシールドが、弾が減ったハウンドで貫かれる所以はないのだ。
そして、地上の二人は純粋にヒュースにトリオンで大幅な遅れを取っている。
半分以上を二宮の弾幕の迎撃に用いた為に両者に向かう弾数はそれほどでもないが、無視出来る数でもない。
元々、燃費が最悪であるエスクードを連発出来るレベルでトリオンが豊富なヒュースだ。
その弾の威力は侮れるものではなく、守りに入ったのは致し方ないと言うべきだろう。
「…………!」
だが。
それで終わる程、B級上位は甘くはなかった。
守りに入ったと思われた水上が、構う事なく弾を飛ばして来たのだ。
たった今、確かに水上の周囲にはシールドが展開されていた。
しかしどう見ても、今の彼は
(南沢か)
その絡繰りは、至極単純。
近くにいた南沢が、遠隔でシールドを張ったのだ。
突撃傾向のある南沢ではあるが、生駒隊の仲間の指示であればちゃんと聞くし忠実に仕事をこなす事も出来る。
点を取るチャンスに逸り気味の悪癖はあるものの、駒としての役割をしっかりこなせるだけの分別はあるのだ。
勿論それは樹里と同じく生駒隊の仲間の指示だからこそであって、誰にでも操縦が容易な人間でもないだろう。
されど、他ならぬ隊のブレインである水上の指示であれば否やは無い。
彼が旋空で突っ込むよりも水上の
水上が撃ったのは、アステロイドとハウンド。
片や直進、片や曲射軌道を描いてヒュースに迫る。
ヒュースはほぼ地上に近付いているとはいえ、まだ地に足は付いていない。
回避は出来ず、この攻撃に対する選択肢は防御一択。
「…………っ!?」
────────では、なかった。
ヒュースは咄嗟に旋空を起動し、地面へ向けて刀身を伸ばす。
弧月の刃が地面に突き刺さったと同時、その柄を足場にしてヒュースは斜め下へ跳躍。
素早く地面へ着地し、エスクードを起動。
迫り来る弾幕を、展開された
旋空は本質的には弧月の刀身を伸ばすトリガーであり、確かに理論上は伸ばした刀身を足場にする事は出来るだろう。
だが、そんな利用方法を考え付く者などいる筈もなかったのだ。
この場にいる者は知る由もないが、これはヒュースの軍人としての経験と遊真との模擬戦や技術交流が
既存の発想に囚われず、その場にあるモノ全てを利用して生き抜く戦闘技法。
その片鱗が今、空中での猛攻を凌ぎ切る一助となったのである。
「…………っ!?」
────────だが。
その結果に、否を唱える者がいた。
突如として振るわれた拡張斬撃が、咄嗟に身を捻ったヒュースに直撃。
ヒュースの左腕を、肘の上から斬り落とした。
「三浦か」
それを成したのは、三浦。
彼は弧月を振り抜いた体勢で、建物の陰に隠れるように立っていた。
恐らくはバッグワームからカメレオンに切り替えた直後、旋空を起動して着地直後の隙を狙ったのだろう。
最大の危地は、何とか脱する事は出来た。
しかしその代償は、かなり大きい。
依然、ヒュースは窮地の中に追い込まれていた。