「各部隊による波状攻撃により、ヒュース隊員が負傷! これは厳しいかっ!?」
「片手片足がやられたか。中々に追い詰められているな」
レイジはそう告げ、チラリと隣に座る小南を見る。
小南はうー、と唸りながら唇を噛んでおり、ハラハラしているのがまる分かりだ。
公平な視点を持たなければならない解説者としては失格だが、小南は常時こんなものなので今更の話である。
「ヒュースは一発逆転を懸けてエスクードでの脱出を図ったが、それが完全に悪手になった感じだな」
「そうだな。生駒旋空の発射直後の隙を狙ったのは良かったが、そこに第三者の攻撃が飛んで来る事自体はある程度予測していただろう。それこそ、隠岐の狙撃くらいはあるものだと思っていた筈だ」
だが、とレイジは続ける。
「実際に飛んで来たのは、二宮の
「しかし、
「汎用の技術である以上、他の人間が使える事は想定しておくべきだ。それこそ既に合成弾を会得している二宮であれば、そこまで労はないだろう」
前回の試合で樹里がお披露目した新種の合成弾、
事実上、これが樹里以外でそれを使用した初めての機会となる。
だが、レイジ達に驚きはない。
誰かが使った技術であり、尚且つマンティスや生駒旋空のように個人技の極みのような高い習得難易度が存在しないのならば、他者が使えるようになる可能性は常に存在している。
これまで使った者がいなかった組み合わせであるというだけで、仕組み自体は他の合成弾と同じなのだ。
ならば二宮クラスの射手が習得出来ない理由はなく、むしろ使えない方が不自然と言うべきだろう。
太刀川が驚いたように見せたのは、一種のサービスのようなものだ。
学業の成績はお察しな彼だが、頭の回転自体はずば抜けて速いので、この程度はお手の物だ。
興味のある事であれば十二分に察しも良くなるので、このくらいは普通である。
「話を続けるぞ。その場で墜落するヒュースに生駒旋空が飛んで来たワケだが、そこは何とか凌いだな」
「まさか、弧月を使って生駒旋空を受け流すとはな。アイツ、一回戦った時も思ったが相当に
「馬鹿みたいに強いお爺ちゃんの師匠がいたらしいわよ。その影響じゃないかしら」
成る程、と太刀川は頷く。
ヒュースが近界民であるという情報は、太刀川も認知している。
その上で「馬鹿みたいに強い老人の師」と聞けば、誰の事を言っているかは最早明白だ。
大規模侵攻でその強さを直に感じた者として、これ以上に納得出来る解答は無い。
そういう信頼が、既にあったのだから。
「生駒旋空を凌いだヒュースだが、そこに再び二宮の弾幕が飛んで来た。同じように水上と犬飼も迎撃の構えを取ったワケだが、そこはヒュースも弾幕を張る事で攻撃を凌いでいたな」
「二宮が一点集中攻撃を狙ったのが逆効果になってたな。確かにあれだけの物量を一点にぶつけりゃヒュースのシールドでも破れるだろうが、だからこそ弾道が分かり易かったワケだしな」
「そこは狙いを看破したヒュースが巧かっただけでしょ。あくまで
畳みかけるように放たれた弾幕もまた、ヒュースは凌いでみせた。
二宮の狙いを正確に看破し、それを利用する事で最低限の労力で攻撃を凌ぐ。
地上の二人への牽制も同時にこなしていたのだから、大したものだろう。
「水上は防御を南沢に任せて攻撃を強行したようだが、それもヒュースは凌いだ。まさか、旋空弧月をあんな使い方で利用するとはな」
「刀身を伸ばしてつっかえ棒代わりにして跳躍、か。確かにやろうと思えば出来なくはないが、それをやる発想が出て来るあたり面白いな」
「出来る事とそれを考え付く事は、別だからね。そこは素直に褒めて良いと思うわ」
最後に見せたヒュースの回避方法は、全員が感心していた。
攻撃に使うものという前提認識のあった旋空を、「刀身を伸ばす」という一点に着目して回避に利用する。
その応用性と発想力は、ボーダー屈指の実力者である三名をしてみても称賛に値するものである。
小南の言うように、それが出来る事と戦いの最中でその解答に行き付ける事は全く別の話であるのだから。
「そうやって波状攻撃を凌ぎ切ったヒュースだが、着地直後の隙を三浦に狙われたな。流石に避け切れず、片腕を失っていたが」
「あれ、普通ならあそこで落ちてるよな。やっぱ、相当腕が良いよなアイツ」
しかし、そうやって攻撃を凌ぎ切り着地に成功したヒュースを、三浦が奇襲した。
結果としてその攻撃はヒュースの片腕を奪い、彼を更なる窮地へ追い込む事となった。
太刀川の言う通りあれは本来必殺の一撃であった筈なので、それを片腕のみの被害で抑えたのは流石ではある。
されど、厳しい状況が継続している事に変わりはなかった。
脱出は失敗し、片手片足を失ってしまったのだから。
「これでもう、脱出の目はなくなったな。流石に片手片足欠損じゃ、逃げるのはもう無理だろ」
「エスクードでの脱出も無理だと、たった今証明されたばかりだからな。最早あそこからの逃走は、不可能と言って良いだろう」
だが、とレイジは続ける。
「これで二宮の位置が判明し、沈黙を保って来た香取隊にも動きがあった。此処から、まだ荒れるぞ」
「────────」
ヒュースはトリオンキューブを展開し、分解し射出。
手始めにとばかりに、全方位に弾丸を撃ち放った。
「…………!」
位置関係的に最もヒュースに近かった三浦は、咄嗟にシールドでそれをガードした。
弾丸は速度重視にチューニングされており、回避する暇がなかったのだ。
多少距離が離れていた水上と犬飼は、それぞれ横に飛んで弾丸を回避する。
全方位に放射線状に弾は飛んで行ったので、距離が離れれば離れる程その弾道の隙間は増える。
故に更に距離が離れていた南沢と生駒は、最小限の動きで回避出来た。
そして、その隙を逃がす程生駒隊は甘くない。
「旋空弧月ッ!」
南沢はそのまま、旋空で斬りかかる。
距離が離れていると言っても、旋空の射程である20メートル圏内ではある。
ヒュースが一度エスクードで大ジャンプをした事から当初の位置関係とは異なり後衛である水上の方が相手に近い位置取りになってしまったが、それならそれでもう一度距離を詰めれば済む話だ。
南沢は水上を巻き込まないよう上段で旋空を放ちつつ、ヒュースに接近する。
現在ヒュースは片足が削れており、先程までのように機敏に動く事が出来ない。
防御が基本的に不可能な旋空相手に、これは致命的なデメリットではある。
加えて、敵は南沢だけではない。
水上は既にキューブを準備していつでも放てる態勢になっているし、犬飼も引き金に指をかけている。
更には生駒も旋空の発射態勢に移っており、南沢を対処した瞬間神速の拡張斬撃が飛んで来るだろう。
南沢は、あくまでも陽動。
その対処にリソースを使った瞬間、一斉に波状攻撃が飛んで来る。
これは、そういう布陣だ。
生駒隊ではない犬飼も混ざってはいるが、このタイミングで好機を逃すような相手ではない。
何が何でもこの場でヒュースを仕留める為に、全力を尽くすだろう。
「え?」
────────だが。
その目論見は、たった一手で崩れ去る。
低空を跳躍しながらヒュースに跳び込んでいった南沢の足元に、突如としてエスクードが展開された。
今度はそれに吹き飛ばされこそしなかったが、南沢はエスクードに盛大に足をひっかけてバランスを崩す。
当然攻撃など続行出来る筈もなく、南沢は真っ逆さまに地面へ落下した。
「…………!」
水上と犬飼は、それを見て眼を見開く。
ヒュースは今、エスクードを展開する時特有の挙動────────即ち、手を地面に置くという動作を行っていない。
それは即ち足を伝ってエスクードを起動したという事であり、そんな前情報はなかったが故に意表を突かれたのだ。
エスクードはその圧倒的な燃費の悪さ故に使用者が皆無と言って良い程少なく、仕様についてあまり知られていない。
代表的な使用者となると烏丸や迅になるが、彼等は玉狛支部である為ランク戦には参加していない。
故にエスクードを起動する際の動作である手を地面に突く、という動作は知ってはいても、それが必須であるかどうかまでは情報がなかったのだ。
実のところ、これはあくまでもエスクードを起動する為に最も簡単であるだけで、地面に身体が触れていればそれがどの部位であるかは関係が無い。
ただ、手で触れた方が最もエスクードを展開する時のイメージがし易いというだけであり、正確に起動したいのであればこれが一番手っ取り早いのだ。
手以外の部位で起動するとなると脳内処理の負荷が増し、余程器用でもない限り狙った位置にエスクードを起動する事は出来ない。
ヒュースが造作もなく行えているのは、彼の処理能力の高さ故だ。
勿論、そんな仕様を知らない者にとっては突然エスクードが生えて来た事に対する困惑が先に来る。
此処に来て、マイナーであるが故の
「逃がさないよ」
しかし、犬飼はいち早く行動を再開し、引き金を引いた。
位置関係的には南沢が前に出ているが、幸いと言うべきかエスクードの陰になって殆ど当たる心配がないし、そもそも他部隊である犬飼に彼が被弾しないように気遣う理由は存在しない。
アサルトライフルによる斉射が炸裂し、ヒュースはエスクードを展開してそれを防ぐ。
「同じくや」
それを見て、水上はハウンドを撃ち放つ。
嘘弾は最早通用しないと悟っていたので、弾種を口には出さず無造作に弾丸を射出した。
ハウンドは放射線状に広がり、四方からエスクードを迂回する形でヒュースを狙っている。
南沢は巻き込まれそうな位置にいるが、既に彼は体勢を立て直しつつありもしも当たりそうになっても自力でどうにかするだろうという信頼がある。
こういう時、一切の相談なしで意思の疎通が行えるのが生駒隊の強みだ。
彼等は全員が阿吽の呼吸で繋がっているが如く意思共有が図れており、いちいち確認などせずとも相手の動きを見れば何がしたいかは大体伝わる。
互いが互いの実力を信頼しているからこそ出来る芸当であり、個々の基礎能力が高いからこそ行えるのだ。
二宮隊があくまでも論理的に味方の動きを理解し作戦通りに動くが故に乱れがないのに対し、生駒隊はほぼ完全に
勿論前提となる戦術知識は存在するが、概ね全員が「なんとなく」で意思共有を図り、それに則って行動するのだ。
半ば以上に学校の部活のノリで行動している生駒隊ならではの意思疎通方法であり、隊としての纏まりと理論的で合理的な戦術論理を元に動く二宮隊とは根本的にやり方が違う。
どちらが上というワケではなく、互いが互いに合った方法で意思の共有を図っているだけではある。
しかしこのやり方の利点として、突然の
前提として仲間がどういう行動を取るかを本能的に理解しているが故に、一切の迷いがない。
故に仲間を巻き込んでしまいそうな攻撃であろうと、躊躇なく実行に移せるのだ。
この程度であれば、問題なく対処するだろうと。
そういう信頼が、互いにあるが故に。
(いい加減、詰めさせて貰うで)
このハウンドを防御すれば、当然そこへ生駒旋空が飛んで来る。
碌に移動が出来ないヒュースにとって、一度シールドを張ってしまえばその上から旋空を叩き込まれれば為す術がない。
これは最初から、防御される事が前提の攻撃。
相手が対処をした瞬間、必殺の生駒旋空が叩き込まれる。
そういう手筈である事は、誰が見ても明らかだ。
だが、だからといって対処出来るようなものではない。
ヒュースが足が削れている以上、対応の幅は限られる。
グラスホッパーと異なりエスクードでは上下はともかく左右の移動は難しいし、下手に上に跳べばどうなるかは明白だ。
空中という逃げ場のない
万事休す。
その言葉がこの上なく相応しい、ヒュースの現状であった。
「は?」
────────されど。
その予測を、ヒュースは想定外の方法で覆す。
突如として飛んで来た車が、
同時に、生駒旋空を放とうと構えていた生駒の下にも真横から車が飛来しそれが直撃した生駒は盛大に吹っ飛ばされる。
車という大質量が高速でぶつかって来た以上、それは交通事故に遭ったのと同じだ。
トリオン体である故ダメージは受けないが、衝撃は殺せない。
生駒は真顔のままカメラ目線を崩さず、突然の質量攻撃に為す術なく吹き飛ばされる。
何が起きたかは、すぐに理解した。
エスクードだ。
ヒュースはエスクードを使用して付近に駐車されていた車を射出し、片方は盾として、片方は質量攻撃として用いたのだ。
これならばシールドを張る事なく攻撃を防げるし、最大の脅威である生駒旋空も潰す事が出来る。
まさに、一石二鳥の策と言える。
「旋空弧月」
だが。
生駒は、甘くはなかった。
彼は体勢を立て直す事を放棄し、吹っ飛ばされた状態のまま生駒旋空を射出。
神速の抜刀斬撃が、ヒュースの下に飛来した。
放たれた生駒旋空は、横薙ぎ。
空中に飛ばされたが故に、地上にいる水上や南沢を巻き込む事のない軌道で放つ事が出来たのだ。
旋空の前では、エスクードといえど紙切れ同然の価値しかない。
ヒュースは仕方なく、最低限度の高度で跳躍し生駒旋空を回避した。
「…………!」
そこへ再び、上空から無数の弾丸が降って来る。
地から足を離した以上、エスクードは使えない。
ヒュースは止む無くシールドを展開し、二宮の弾幕を凌いだ。
「…………っ!」
されど。
突如として飛来した一発の弾丸が二宮の弾幕を受けて脆くなったシールドを貫通し、ヒュースの残された左足を吹き飛ばした。
こうして、ヒュースは両足を失い移動がままならない状態へと陥る。
それでも尚失われない意思の光が、彼の瞳には宿されていた。