迫る、二振りの刃。
放たれたのは、同時。
そのうち一方、生駒のそれは距離が遠い為到達には時間がかかりそうに思える。
だが、彼が撃ったのは神速の剣速を誇る生駒旋空。
通常の旋空に倍する速度を持つその斬撃は、結果として数メートル程度しか離れていない南沢の攻撃とほぼ同時に飛来するだろう。
ボーダーのトリガーで実現出来る攻撃の中でも、
両足を削られ、移動もままならないヒュースでは対応出来て南沢の旋空一発が限度。
生駒旋空までは、対処出来ない。
「…………っ!?」
「嘘っ!?」
────────などと、いう事はなかった。
これまでにヒュースが見せた絶技と言える回避能力を見た者は、この攻撃であっても対処される可能性を考えなかったワケではない。
だが、その「方法」については想定外にも程があった。
ヒュースは残った右腕で、弧月を振るう。
そして、生駒旋空の側面に刀身を当て、その衝撃の反動を以て南沢の旋空を回避したのだ。
理屈は分かる。
相手の刃の側面と自分の刀身を激突させ、その勢いで回避行動を行う。
成る程足が最早使えないヒュースにとって、この上ないやり方ではある。
だが、それを実現出来るのはどうかしている。
確かに先程、ヒュースは生駒旋空を凌いでみせた。
刀身を当ててその軌道をズラす、という対策は見る者全てを仰天させたものだ。
しかし、今回の場合話は全く異なる。
神速と謳われる生駒旋空の側面に刃を当てる、という事そもそもが難易度が高いのに、それを利用して回避行動に繋げるという絶技がどれ程の難易度かは言うまでもない。
そもそも、この回避は生駒旋空が先に自分に到達すると確信していなければ出来ないやり方だ。
確かに剣速そのものは生駒旋空が圧倒的だが、生駒は38メートルという生駒旋空の射程ギリギリの距離にいた。
その距離の差もあり、至近と言える場所にいた南沢の旋空とどちらが先にヒュースに到達するかは傍目からは分かり難かった筈だ。
されど、ヒュースは生駒旋空が先に来ると確信し、今回の行動に移った。
(────────矢張り、
理由として、ヒュースが剣士としての観察眼により生駒の実力を正確に見抜いていた事が挙げられる。
ヴィザという絶対の剣鬼を師に持つヒュースにとって、相手の剣士の能力を測る事は造作もない。
そのヒュースの眼から見て、生駒はそれだけの事が可能な存在であると結論付けていたのだ。
故に、躊躇いなく生駒旋空が先に来ると確信し行動に移る事が出来た。
こればかりは剣士としての直感的な部分も関わって来るので、射手の水上や銃手の犬飼に見抜けずとも無理はない。
ヒュースの経歴、それが可能とした妙技と言えるだろう。
「させない」
水上はたった今ハウンドを撃ったばかりであり、再攻撃までには数瞬のタイムラグがある。
だからこそ犬飼は、即座にヒュースに近付き
ヒュースに攻撃態勢に移られれば、まず碌な事にはならない。
そう考えているからこそ、犬飼に迷いはなかった。
今のヒュースは、殆ど移動する事が出来ない。
両足を失っている以上、エスクードを利用した回避やたった今見せたような絶技を用いて攻撃を躱す以外に方法はない。
だが、あんな真似がそう何度も出来るとは思えない。
確かに技の派手さに魅せられてしまうが、普通であれば単純な回避行動で良いところをわざわざあんな曲芸じみたやり方を使わなければならなくなっている時点で、相当に処理能力は圧迫されている筈なのだ。
四方全てが敵しかいないこの状況下で、確実にヒュースの精神力は削られている。
ならば必要なのは、派手な技などではなく着実に彼の逃げ道を塞ぐ事だ。
戦場で勝利する為に、窮極的に必要なのは相手の嫌がる事を徹底する事である。
思い通りの行動をさせないように立ち回り、相手が対応しなければならない状況へと盤面を誘導していく。
この場で最もヒュースに効果的なのは、とにかく攻撃の手を緩めない事だ。
確かに生存能力がとんでもなく高い駒ではあるが、いつか限界は来る。
漸くその限界が見えて来たのに、此処で手を緩める選択肢は存在しない。
そう考えて、犬飼は銃撃を実行に移した。
「…………!」
────────だが、その事はヒュースも承知の上だった。
犬飼が撃った弾幕に対する彼の解答は、その眼前にエスクードを展開する事だった。
放たれた弾種は
結果、犬飼のハウンドは曲線軌道を描き切る前に展開されたエスクードに阻まれ、その全てが無効化された。
更に犬飼の四方にエスクードが出現し、その移動も封じられる。
これで完全に、今この瞬間に犬飼が戦闘に介入する術が失われた。
「させ…………!?」
そこに攻撃を叩き込もうとしていた水上が、突如空中に舞い上がった。
正しくは、真下に出現したエスクードによって弾き飛ばされた。
攻撃に意識を集中していた水上はその不意打ちに対応出来ず、為す術なく上空に射出される。
グラスホッパーなど持ち合わせていない水上に、これに対処する事など出来ない。
エスクードの加速力は、かなり高い。
既に水上は空高くに打ち上げられており、この瞬間戦場へ介入する事は不可能になった。
幾ら射手トリガーは射程の調整が利くと言っても、上空から地上に届かせた上で最低限の弾速や威力を確保する為には少なくとも樹里並のトリオンが必要となる。
さしてトリオンが高いワケではない水上では、そんな真似は出来ない。
「────────」
こうして二者の介入を排除したヒュースは、即座に攻撃に移った。
狙う先は、南沢と生駒だ。
弾速重視にチューニングされた弾丸が、旋空発射直後の二人へ迫る。
「…………!」
同時、生駒の左右及び後方にエスクードが出現する。
生駒のいる場所まではやや距離があるが、それでもヒュースのトリオンで弾速が強化された弾であれば数瞬あれば到達する。
そして、それまでの時間で前方以外への移動を封じられた生駒ではこれを回避する事は出来ない。
彼との間にある障害物は、既に生駒旋空によって全て叩き斬られている。
最早取れる行動はシールドでの防御くらいしかないが、ヒュースの放った弾丸は一点に集中するような軌道を辿っている。
真っ直ぐに飛ぶアステロイドであっても発射時の確度を調整すれば、この程度の事は出来る。
アステロイドは元々、威力特化の弾丸だ。
それを一点に集中させれば、広げたシールド程度は簡単に割れる。
シールドを張ったところで、それを貫いてしまえば問題ない。
そう言わんばかりの、ヒュースの攻撃であった。
「わっ!?」
更に、駄目押しとばかりに南沢の左右及び後方にエスクードが出現。
それに対し南沢は咄嗟にグラスホッパーを展開し、間一髪で閉じ込められるのを防ぐ。
しかし、回避に行動を消費した事ですぐさま次の攻撃に移る事は出来なくなった。
本命は、あくまでも生駒。
彼を打倒出来れば、それで良し。
そういった目論見が、透けて見えた。
「舐めんなっ!」
されど。
南沢は、意地を見せた。
空中に跳び上がった南沢はそのまま再度グラスホッパーを展開し、ヒュースに特攻。
旋空を起動し、この手負いの猛者を仕留めんと襲い掛かった。
南沢はこれでも、一度はマスタークラスに上がった経験のある実力者。
多少前のめりに過ぎるきらいはあるが、それは逆に言えば思い切りの良さという長所に繋がる。
今の南沢は防御を半ば捨て、この場面でヒュースを撃滅する事にのみ神経を集中する事を選んだ。
既にヒュースとの距離は、数メートルもない。
そして、南沢はヒュースの左側から斬りかかっている。
今のヒュースには、左腕が存在しない。
ならば左側は死角と言って良い筈であり、先程のような弧月を使った曲芸じみた回避にも限界はある筈だ。
「…………!」
加えて、南沢には信頼があった。
生駒であれば、自分が失敗しても次に繋げてくれるであろうと。
その期待に応えるように、生駒はヒュースの攻撃に対する解答を提示した。
即ち、彼の弾丸の眼前に遠隔でシールドを展開したのだ。
先程ヒュースがエスクードで行った、遠距離攻撃ならぬ遠距離防御。
それをシールドを用いて、再現する形で実行に移したワケだ。
これならばたとえシールドが破られようが、生駒本人への着弾までには多少時間がかかるしシールド破砕の際に幾らか弾は減る筈だ。
ある程度弾が減った状態であれば回避も叶うであろうし、そこから次の攻撃に繋げる事が出来る。
そうして今度こそ、ヒュースを打倒する事が出来る筈だ。
攻撃手二人は、そう考え阿吽の呼吸で実行に移した。
その選択は、間違ってはいないだろう。
「…………っ!?」
「これ…………っ!?」
────────ヒュースの撃った弾が、
ヒュースの弾丸はシールドに触れる瞬間、直角に曲がった。
あの軌道はアステロイドでは勿論有り得ず、ハウンドであっても有り得ない。
答えは一つ。
それが、ヒュースの操っていた弾の正体であった。
変幻自在の軌道を描く射撃トリガー、バイパー。
那須の代名詞として有名なその弾丸を、ヒュースはアステロイドに見せかけて使っていたのだ。
これは修の時とは逆で、ヒュースのトリオンが高いからこそ威力の低いバイパーであろうともアステロイドへの偽装に違和感を持たれなかったのだ。
射撃トリガーの名手であり同じく豊富なトリオンを持つ射手である二宮の配下である犬飼はそれとなく気付いてはいたが、当然生駒にそんな知見はない。
水上は決してトリオンの高い射手とは言えない為、その違和感を見抜けなかったのである。
これがヒュースの第一の秘密兵器、バイパー。
毒蛇の牙が今、文字通りに牙を剥く。
シールドを避けて襲い来る弾丸を相手に、生駒は咄嗟にシールドを展開した。
「…………!」
されど、ヒュースの弾丸は再度曲がり、一点に集中。
展開されたシールドの下部を叩き割り、生駒の下半身に夥しい数の弾丸が直撃した。
『警告。トリオン漏出過多』
急所は射抜いていないが、数秒後にはトリオン切れで
間違いなく致命傷となる攻撃が、生駒の敗北を決定付けた。
「こなくそっ!」
同じように南沢へ向かった弾も直角に曲がり、四方八方から彼に群がっていく。
最早正体を隠す必要のなくなった毒蛇の群れが、牙を剥いて南沢へと襲い掛かる。
それに対し、南沢は
相手の弾種がバイパーであると分かった以上、幾ら一点集中しようが
そう考えての、選択。
「え?」
されど、そんな南沢の行動は6発の銃声によって否定された。
南沢のシールドにバイパーが降り注いだ直後、それは放たれた。
何処か聞き覚えのある発射音と共に放たれた六発の
下を見る。
そこには、その手に
「あれ、弓場さんの…………っ!?」
ヒュースが握っていたのは、弓場が扱っているものと同種のもの。
即ち、射程と弾数を切り詰めて威力と弾速に全てを注ぎ込んだリボルバータイプの銃手トリガーである。
勘違いされがちだが、弓場の銃はカスタムトリガーではない。
そもそもトリガーのカスタムはA級にのみ許された特権であり、B級の弓場にその権限はない。
故に弓場のリボルバーはあくまでもB級に許されている調整の範囲内で再現可能な代物であり、他に使い手がいなかったのは性能がピーキーに過ぎて扱いが難しいからに過ぎない。
だからこそ、ヒュースは第二の
こういった極限、紙一重の局面で必ず武器になると信じて。
『トリオン供給機関破損。
機械音声が、南沢の脱落を告げる。
南沢のトリオン体は罅割れ、光の柱となって消え去った。
「…………っ!?」
同時、生駒の足元にエスクードが出現し彼は空中に打ち出された。
最早
そして自身が撃ち出された
「旋空弧月」
────────生駒の判断は、迅速だった。
空中に打ち上げられながらも迷いなく放たれた生駒旋空が、四方をエスクードに塞がれ脱出の為に真上に跳躍した犬飼に直撃。
彼の身体を両断し、致命傷を与えた。
「────────あちゃあ、そういう事か。やられたね」
『『戦闘体活動限界。
犬飼が己の敗北を悟ったと同時、彼の身体は罅割れ消滅する。
生駒もまた生駒旋空を放った体勢のまま限界が訪れ、光の柱となって消え失せる。
「…………ここまでか」
そして、ヒュースの攻撃の隙を突いて放たれた弾丸が彼の胸を穿っていた。
如何にヒュースのシールドが堅牢といえど、たった今彼は
その状態でシールドを張れるワケもなく、そこを狙った隠岐によって急所を射抜かれたのである。
『トリオン供給機関破損。
機械音声が、ヒュースの脱落を告げる。
四面楚歌の状況で暴れ回った少年が、大きな爪痕を残しつつも遂に戦場から消えた瞬間であった。