「結論から言うと、辻先輩は「女性と戦う事が出来ない」んだと思うわ。推測も多分に含むけれど、可能性は高いと踏んでる」
過日。
華は開口一番、そう切り出した。
隊室に集まった面々は突然の華の話に困惑している様子で、そういえば、と香取が口を開いた。
「確かに、今まで碌に戦った経験がなかったわね。なんだかんだでその前に犬飼先輩に嵌められて落ちたり二宮さんにやられたりしてたけど、辻先輩と正面から
「そういや、そうだったか」
「言われてみれば、確かに葉子ちゃんの言う通り辻先輩が近くにいた時でもすぐ別の場所に行ってた気がするね。偶然だと思ってたけど、それが根拠?」
ええ、と華は頷く。
「これまで明らかに辻先輩が葉子の足止めに動くべきであった場面でも、露骨ではないにしろ犬飼先輩が動いて辻先輩を別所に向かわせてたわ。犬飼先輩に限ってこちらを軽んじて温い手を打つとは思えないし、何らかの
「で、その理由が「女と戦えない」ってヤツ? ちょっと飛躍し過ぎじゃない?」
「そうでもないわ。現に、オペレーターにも男性恐怖症の子が一人いるもの。その女性版を患っている隊員がいても、なんらおかしくないわ」
個人名の言及は避けたが、この華の言っている「男性恐怖症の人物」というのは那須隊のオペレーターである小夜子である。
彼女とさして親しいワケではないが、オペレーター同士の会話の中で小夜子の男性恐怖症については聞き齧っていたのだ。
そういうケースを知っていた為、逆に「女性恐怖症」の人物がいても不思議ではない。
華は、そういう推測に至ったワケだ。
「…………そうだな。犬飼先輩なら、そうだろうな」
加えて、それが他ならぬ犬飼の采配だというのも逆にその論を補強する情報となる。
犬飼は、決して無駄な事をしない。
一見回りくどいように見えたり意味のないように思える行動でも、本人の中ではきちんと意義を持たせている。
それは、先日犬飼との会話の中で若村もひしひしと感じていた部分である。
若村は犬飼に師事して半年程、二宮隊の訓練室で彼に付きっ切りで指導を受けていた。
内容としては射撃訓練を行いながら犬飼から座学めいた内容のおしゃべりをする、というものである。
言われた事をこなせばそれで良いと考えて
もしかしてあの訓練には、何か別の意味があったのではないかと。
今にして思えば、射撃訓練の最中に座学を行うというのがそもそもおかしかったのだ。
若村は基本的に、上位者の言葉を
自分の信頼している人物、或いは自分より立場が上の人物が話した内容は特に何も考えず、要するに「額面のまま」受け取って解釈していたのだ。
「犬飼先輩の言う事なら正しいだろう」と思い込むあまり、自分でその意味を考える、という事をしていなかったのだ。
確かに、上位者の言葉に縋るのは
「~に言われたから」と考えればもしも失敗したとしても、
若村は無意識の内に、そういう安全弁を求めていた。
だからこそ犬飼の言葉には盲目的に従っていたし、そこに疑問を呈する事自体「やってはならない」事として
────────ろっくん、そこで考えを止めちゃうのは君の悪い癖だよ? オレを慕ってくれてるのは嬉しいけどさ。オレが言ったからって理由で、言葉の裏を読むのを止めるのは良くないよ。ランク戦じゃ、思考を止めた奴から脱落してくんだからさ────────
────────あの言葉を、聞くまでは。
若村の脳裏に、かつて打倒樹里の為に指導を受けた際の言葉が蘇る。
あの時、犬飼は「自分を信じてくれるのとそこで思考を止めるのは違う」と言っていた。
目上の者への敬意を抱く事自体は、悪い事ではない。
しかし、それを理由に「自分で考える」事を止めてしまうのは、停滞と同義だ。
されど、犬飼がそれまでその事を指摘する事はなかった。
思い返せば、初めてだったのだ。
犬飼が自分の行動や言動に対し、「否」を突き付けた場面は。
今思えばあの時は無様に負けた悔しさや香取への申し訳なさ、自分の不甲斐なさを自覚して精神状態がドン底だった自覚があるのでそれに気付くどころではなかったが、よくよく考えてみれば犬飼からそういった事を面と向かって指摘された事は今までになかった。
後からそれに気付いて犬飼に試しに問うてみると、彼は何処か嬉しそうな表情でこう答えたのだ。
────────あの時麓郎は、きちんと自分の悪い所を見詰めてそれを改善していこうって「自分で考えて」いたからね。だから、ああいう事を言っても大丈夫だと思ったんだ────────
言われた当時はそれがどういう意味なのかイマイチ理解していなかったが、今なら分かる。
あれは、犬飼なりの合格点────────否、
満点合格というワケではないが、及第点には達した。
だからこそ彼は普段やらないような厳しい物言いで、若村の非を指摘したのだ。
今の若村相手なら、これを言っても悪影響は出ないだろうと。
かつての若村であれば、単に「犬飼相手に咎められた」というだけで沈み込み、反省
しかしあの時は既に精神的に最低値にまで落ち込んでいたが為に、それ以上に下を向く余裕がなかった。
故に犬飼は指摘をするなら此処しかないと考え、耳に痛い内容を言葉にしたのだろう。
当時の若村であれば、それをきちんと受け止める事が出来ると判断して。
なお、此処で若村が気付いていない事実として犬飼相手に「今までの訓練ではなく別の訓練をお願いします」と言った事も大きい。
具体的な訓練内容を提案するまではいかなかったものの、それは若村が初めて犬飼に対して発した「自分で考えた意見」だったのだ。
それを以て犬飼は及第点を付ける事を決め、訓練内容を変更したのである。
「自分の意思を持って上位者に発言する」。
これこそが、犬飼が求めていた若村の
そういった内容の説明を、若村は先日犬飼から受けている。
いつも通りの訓練の最中での事で驚いたものの、犬飼があんな訓練内容にした理由まで聴き改めて彼の思慮の深さに感慨を抱くと共に半年もの間彼の時間を無駄にした事を悔いたものだ。
だが、そこで初めて若村は犬飼の本当の意味での優しさを知り、自分にどれだけ心血を注いでくれたかをを思い知った。
だからこそ、言える。
犬飼は、無駄な事は決してしない。
彼の行動に、意味のない事など一つもないと。
そう、確信するに至ったのだ。
「それで、どうするんですか? 辻さんが女性と戦えないと仮定するとして、それを作戦に組み込むって事ですか?」
「そうね。それを実行する為には幾つかクリアしなくちゃいけない条件があるけど、概ねはその通り。まず、犬飼先輩を真っ先に倒す必要がある。これは大前提」
「…………それは、犬飼先輩がいたらそもそも
「そういう事になるわ。犬飼先輩が健在である限り、この策は通らないと思って良い。そのくらいに考えておいた方がいいわ」
成る程、と若村は華の意見に同意する。
確かにこれまでも辻は犬飼の采配で女性隊員、主に香取とかち合わないように
これまでB級上位で戦っていた女性隊員は、香取と帯島の二名のみ。
そもそも女性の戦闘員自体が数が少ないのだが、今期まではB級上位にいた女性隊員はそれだけだったのだ。
今は玉狛第二の千佳に加え樹里もいるが、二人共ポジションは狙撃手。
前に出る面子ではないので、そもそもかち合う可能性自体少ないだろう。
故に、犬飼が辻を女性と合わせないようにする為には前者二名を来させないように盤面を調節すれば良い。
犬飼であれば、そのくらいの芸当は出来る。
あれだけの深い考えを持っていた犬飼であれば、その程度はこなせてもなんら不思議ではない。
華の言葉には、全面的に同意するしかなかった。
「だからもし、犬飼先輩が先に落ちた場合、二宮さん相手に仕掛けるわ。それこそ、樹里を投入してでもね。状況にも依るけど、そうなる可能性は低くないと思ってる」
「ふぅん、一応聞くけどなんで?」
「今回の試合に限っては、わたし達と玉狛の利害が一致するからよ。玉狛は、二宮隊だけには点を取って欲しくないんだもの。優先して二宮隊を潰しにかかっても、なんらおかしくないわ」
まず、と前置きして華は続ける。
「玉狛第二の目標は、B級二位以内に到達する事。その為に一番邪魔なのが、現時点で二位に位置する二宮隊になる。だから玉狛としては、可能な限り二宮隊には得点されたくない。それこそ、
「つまり、前に王子隊とやったみたいな疑似的な共闘が出来るって事?」
「ええ、その通りよ。勿論二宮隊を打倒した時点で掌を返して来るでしょうけど、それを踏まえても組むメリットは大きいわ。ヒュースくんと雨取さんを除けば、一番の脅威は間違いなく二宮さんでしょうからね。
華の言う通り、ヒュースという大駒と馬鹿みたいなトリオンを持つ千佳を除けば今回の試合で一番の脅威と言えるのは二宮である事は間違いない。
ボーダー随一のトリオン量に加え卓越した技量を持つ二宮は、これまでMAPギミックのように扱われていた。
1対1で会えば間違いなく勝ち目がなく、ただ逃げる他にない。
数名で囲んだとしてもその弾幕の前にはどうしようもなく、そもそもそういった状況を犬飼が作らせない。
辻の前衛としての能力も高く、彼を突破しない事には二宮の下に辿り着く事自体が出来ない。
優秀な二人の近衛に加え当人の能力も総じて高く、隙の無い射手の王。
その脅威性は、誰が見ても明らかだ。
だが、だからこそ逆に打倒二宮が叶うのであればそれに乗る可能性は高い。
現に、ROUND7では修が知略を駆使してそれを達成している。
同じ手は使えない事を考えると、別の方策として疑似的な共闘を選んで来る可能性は非常に高いと言えるだろう。
「犬飼先輩さえ落ちていれば、辻先輩の脅威度はぐっと下がる。だって、葉子を止めに出て来る事も、樹里を落としに行く事も出来ないんだしね」
「そういえば、ROUND2でも何故か追って来なかったね。てっきり追撃して来るかと思ったけど、その気配自体なかったし」
樹里が言っているのは、ROUND2で彼女だけが生き残っていた時に近くにいた辻が追撃をかけて来なかった事だ。
あの時は既に趨勢が決していたし、最早勝ち目はないと判断して樹里はその場から離れて自己
確かに樹里のトリオンは高いし近付かれても弾幕で牽制出来るが、言い換えればその対処に時間を使わざるを得なくなる。
故に辻は樹里に追いつきつつ足止めを行いさえすれば、二宮の到着まで待つ事が出来る。
他の味方も二宮隊以外の敵も全員落ちていたあの状況では、そうなれば樹里が生き残る術はなかったろう。
あの時は下手に追撃させて樹里に捨て身の特攻で得点させる事を厭ったのだとばかり思っていたが、今の話を聞いた後だと考えは変わって来る。
辻はあの時、追撃しなかったのではなく
そういう答えが、見えて来る。
「ええ、だから前衛を葉子、後衛を樹里にすれば辻先輩は「いないもの」として扱う事が出来る。これは大きいわ」
そしてそれが華が今回の推測に至った、決定打でもあったのだ。
ああいった状況下でも辻の投入をしないのであれば、彼が女性と戦えない事はまず間違いないと思って良いだろう。
「けれど、二人でかかるだけじゃ二宮さんを倒すのは難しい。ある程度の膠着状態には持ち込めるでしょうけど、決定打が足りないわ」
だから、と華は続ける。
「利害の一致する共闘相手に、動いて貰いましょう。きっと彼等なら、その機会は逃さない筈よ」
(そろそろ、ね)
香取は二宮と対峙しながら、思案する。
先程から樹里の弾幕と香取の突貫を交互に繰り返し、何とか膠着状態を紡ぐ事に成功していた。
華からは、此処で無理をする必要はないと言われている。
彼女の想定通り辻は一向に現れる気配がなく、前衛のいない状態での2対1である為か二宮も無理に攻めて来ようとはしていない。
如何に二宮が強いとはいえ、決して彼は無敵ではない。
加えて無理なリスクを取る性格でもないので、強引に状況を動かしに来るとも考え難い。
だから
(…………! 来たか)
そして、
物陰から飛び出した陰が、背後から二宮に襲い掛かった。