香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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二宮隊Ⅶ

 

 

「────────」

「お疲れ様です。いやあ、まさか二宮さんもやられちゃうとは思わなかったですね」

 

 二宮隊、隊室。

 

 緊急脱出(ベイルアウト)用ベッドに投げ出された二宮を見て、犬飼は苦笑いと共にそう告げた。

 

 とうの二宮はいつもの仏頂面のまま、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「あれだけ目をかけてやったのだ。むしろこのくらいはやって貰わなくては困る。一先ず及第点に達したのは認めてやらんでもない」

「ふふ、そうですね。俺としても麓郎の成長も見れたし、満足ですかね。ちゃんと、自分で考える事が出来てるみたいですし」

 

 犬飼はそう言って、穏やかな笑みを浮かべる。

 

 入隊以降面倒を見ていた若村の成長を垣間見る事が出来て、ご満悦の様子だ。

 

 かつては若村に自分の間違い、実態を気付かせる為に敢えて訓練の意味を説明しない等色々と回りくどい事をしていたが、この分だと次のステップに移っても良さそうだと一人頷く。

 

 なんだかんだ弟子の事は溺愛しているので、純粋に嬉しいのだろう。

 

 軽薄そうな見た目とは裏腹に、犬飼はかなり面倒見が良い方だ。

 

 全てあれこれ指示して指導するのは、簡単だ。

 

 しかし香取と言う強過ぎるエースの力のみでB級上位に上がった所為でチーム戦の基礎を学ぶ機会のなかった若村は、ただ教えただけではそれを嚙み砕いて自分の糧とする下地がない。

 

 だからこそ自分の現状を見詰め直し、再起の切っ掛けを作って欲しかったのだが、図らずも樹里が絡んだ騒動で一度「自分の所為で」完膚なきまでに惨敗し、尚且つ香取への認識を改めた事で若村は自分の現状を直視する事になった。

 

 即ち、エースの力だけでB級上位まで来てしまい、自分一人では何も出来ていないという現実を。

 

 あの時は相当に打ちのめされた様子だったが、同時に香取のしおらしい姿を見て奮起する切っ掛けにもなったようだった。

 

(なんだかんだ、香取ちゃんの影響が強いよねぇ。色んな意味で)

 

 徹頭徹尾、若村は香取の影響で様々左右されている。

 

 それについて思うところがないワケではないが、むしろ年相応と言うべきだろう。

 

 ボーダー隊員は年齢不相応に成熟した精神の者が多いが、その中でも香取隊は良い意味でも悪い意味でも年相応だった。

 

 最近は樹里の絡んだ騒動の影響か良い意味で大人になって来ているが、根幹は変わっていない。

 

 しかし、こうして二宮を倒すという「結果」を出した以上、相応の評価をしてやるべきだろう。

 

 とうの二宮も彼等の活躍を見れて満足そうであるし、自分としても悪くはない結果と言えた。

 

「それで、辻ちゃんはどうします? 一人だと流石に、厳しそうですけれど」

「本人に任せる。俺から言う事はない」

「了解しました」

 

 後は、一人残ったチームメイトをどうするかだけだ。

 

 犬飼は「続けるのであればフォローするし、撤退を選んでも構わない」という意味の二宮の言葉を正しく理解し、頷いた。

 

 正直此処から一人では点を取るのは厳しいと思うが、それでも可能性はゼロではない。

 

 ならば、本人のやりたいようにさせてやるのが一番だろう。

 

(多分辻ちゃんは諦めないだろうし、サポートしてやりますかね、っと。一応、目がないワケでもないしね)

 

 

 

 

『────────というワケだけど、どうする?』

「続けます。これまで碌に貢献出来ていない分は、頑張るつもりです」

 

 了解、という犬飼の返事を聞き、辻は改めて目の前で対峙する三浦を見据えた。

 

 二宮を狙って現れた彼を止める為に介入した辻だったが、直接的な攻撃は阻止出来たものの、遠隔シールドでの援護は許してしまい二宮撃破へ繋がる道を止められなかった。

 

 その事を辻は大分悔いており、少しでも挽回したいという想いがあったのだ。

 

(俺が香取ちゃん相手に戦う事が出来ていれば、こうはならなかった。全部、俺の責任だ。俺の事を尊重してくれた二宮さんの為にも、無為に諦める事は出来ない)

 

 そもそも、香取が出て来た時点で自分が応戦出来ていれば二宮は大分楽になった筈なのだ。

 

 伏兵として控えていたと言えば聞こえは良いが、要するに香取相手に役に立たない自分に対し二宮が強引に見せ場を作ってくれたというだけの話だ。

 

 だというのに、結局はその役目すらも満足にこなす事が出来なかった。

 

 それは明確に自分の失態であり、たとえ二宮が、犬飼が許そうが、何よりも自分自身が許せなかった。

 

 故に、此処からの勝機がゼロに等しいとはいえ、諦める事は出来ない。

 

 無論、頑張った所でこの状況から点を取る事は厳しいだろう。

 

 しかしそれは、努力を放棄する理由にはならない。

 

 それが辻なりの、責任の取り方というものだった。

 

(…………二宮さんがいなくなった以上、香取隊と玉狛が共闘する理由は消滅した。けど同時に、俺を見逃す理由は欠片もない。どころか、優先的に排除しようとして来るだろう。特に、玉狛は)

 

 辻は、現状を再確認した。

 

 今、この場には自分と直接対峙している三浦の他に、香取と遊真がいる。

 

 彼等は打倒二宮の為に疑似的な共闘関係を結んでいたが、その二宮が倒れた以上その関係性を継続する理由は存在しない。

 

 既に彼等の関係は共闘相手から敵同士に戻っている筈であるが、だからといって辻を見逃す理由は一切ない。

 

 それどころか、玉狛にとっては万が一にも辻に得点されたくはない為最優先で排除しようとして来る恐れすらある。

 

(けど、読み通りなら…………っ!)

 

 しかし、その可能性は低いだろうと辻は考えていた。

 

 何故ならば。

 

「…………!」

 

 ────────その前に、香取が動くであろう事が予想出来ていたからだ。

 

 香取は踵を返し、グラスホッパーを起動。

 

 連続してジャンプ台を踏み、一気に市街へ駆け抜けた。

 

 その方角は、瞭然。

 

 二宮に対し狙撃が放たれた方向────────即ち、()()()()()()()である。

 

 先程、千佳は二宮に向けて狙撃を行っている。

 

 結果的に外れはしたものの、彼女が狙撃を実行に移したのは事実。

 

 即ちそれは、千佳の大まかな位置が露見した事を意味している。

 

 香取隊が玉狛に勝つ上に於いて、千佳の排除は必須である。

 

 何せ、彼女はトリオン量だけを見れば群を抜くどころか規格外の領域にいる。

 

 トリオン量での蹂躙劇が目立った樹里とて、千佳のトリオンの前では霞んでしまう。

 

 だからこそ、居場所の分かった千佳を放置する理由は香取隊には存在しない。

 

 玉狛と異なり、香取隊には二宮隊の得点を防ぐ理由はそこまで高くはないのだ。

 

 香取隊は最終ラウンド開始時点で二宮隊の得点を上回っており、この局面で一点程度取られたところでさしたる違いはない。

 

 二宮隊の1得点が死活問題である玉狛とは、そもそもの前提条件が違うのだ。

 

 よって、二宮撃破という大目的が果たされた今、香取隊に玉狛へ勝つ事よりも二宮隊最後の生き残りである辻を優先して排除する理由はない。

 

 だからこそ香取は、迷う事なく千佳の討伐に向かったワケだ。

 

「────────!」

 

 遊真は即座に状況を理解し、すぐさま香取の後を追った。

 

 この状況で香取を逃がせば、千佳がやられてしまう確率は高い。

 

 加えてこの場に残ったところで、三浦の側には無理をしてまで遊真と共闘する理由は薄いのだ。

 

 どころか、最終的な勝ちに繋げる為に共闘する振りをして背中を刺す恐れすらある。

 

 ランク戦に於いて他部隊は基本的に敵である以上、それはルール違反でもなんでもなく単なる戦略の結果だ。

 

 部活やスポーツと同じ感覚でランク戦を戦っている者は多いが、そもそもランク戦は()()()()()()()()()であり純粋な競技ではない。

 

 ならばスポーツマンシップなどあろう筈もなく、ルールの範疇であれば何をしても構わないのだ。

 

 勝利の為の策は卑怯などではなく当然の選択であり、そこを間違える遊真ではない。

 

 故に彼は、この場から離脱した事で三浦が辻に獲られて得点されるリスクよりも、千佳が落とされるリスクへの対処を優先した。

 

 これは、それだけの話である。

 

(三浦くんだけなら、何とかなる可能性はある。横槍に注意する必要はあるけど、さっきよりは大分マシだ)

 

 そして、両エースが去った今この場に残っているのは自分と三浦のみ。

 

 彼を侮るワケではないが、女性(香取)を含めたエース二人に挟まれるよりは余程得点出来る可能性は高いだろう。

 

 自分が生き残れるとは、思っていない。

 

 だが、この場で一点でも持ち帰れればそれで重畳。

 

 辻は覚悟を決め、弧月を握り直して三浦と改めて対峙した。

 

(勝負だよ、三浦くん。君を獲って、失点を取り返させて貰う)

 

 

 

 

「おっと、ここで香取隊長が雨取隊員を狙いに離脱! 空閑隊員もそれを追い、辻隊員と三浦隊員の一騎打ちとなった!」

「妥当な選択だな。最早共闘が成立しない以上、これ以外に道はないだろう」

 

 レイジはそう言って、スクリーンを見据えた。

 

 そこには建物から建物へと高速で移動する香取と、それを追う遊真。

 

 そして先程の場所に残り、対峙する三浦と辻の姿が映し出されていた。

 

「先程までの共闘は、あくまでも二宮を倒す為の共闘だからな。その二宮が落ちたんなら、もう手を結ぶ理由はねーだろ」

「そうね。香取隊としても、二宮さんさえ倒せれば良いって考えで共闘してたでしょうからね。共闘する価値のなくなった相手に掌を返すのは、合理的だわ」

 

 小南はそう言って、ある意味で冷徹な判断を下す。

 

 身内贔屓が目立つ彼女だが、そもそも小南はアリステラ防衛戦を含む近界の戦争をその身で経験して来ている。

 

 戦場でのシビアな判断も慣れたものであろうし、誰よりも()()を知っている。

 

 普段の陽キャ全開な態度からは想像もつかない程、彼女は地獄を潜っているのだ。

 

 今回は小南のそういった面が僅かながら漏れただけであり、その判断の妥当性は横に並ぶ二人も認めている。

 

 こと戦術面での見地は、確かに小南にも備わっているのだ。

 

「二宮と比べると、辻はどうしても排除対象としての優先順位は低くなるからな。あいつはサポートタイプのアタッカーで、他のB級だとくまや村上と同じタイプだ。全ての能力が平均して高いから崩し難いが、逆に言えば二宮のような圧倒的な制圧力も香取のようなとんでもない爆発力もねぇからな。共闘なしでも対処は出来る、って考えても不思議じゃねぇだろ」

「そうね。一人孤立した辻ちゃんと千佳のどっち狙うかって言われれば、そりゃ千佳の方を狙うわよ。相手目線どう考えても、残しちゃいけない駒だものね。癪だけど」

 

 うー、と唸りながら小南はため息を吐く。

 

 冷静に状況を分析出来る分、玉狛第二(みうち)の不利になる要素を自ら解説しなければならなかったのが余程堪えたのだろう。

 

 隣にいたのが王子あたりであれば軽いノリで身内贔屓発言を連発していただろうが、保護者(レイジ)好敵手(太刀川)相手では微妙に見栄を張る傾向にあるので、理性的に解説せざるを得なかったのだ。

 

 意地を張って間違った解説などしようものなら容赦なく突っ込まれるのが予測出来る為、渋々ながら真っ当な判断を提示したというワケだ。

 

 しかしそれでも身内の不利な要素を自ら解説しなければならなかったのは矢張りストレスが溜まるので、それが隠し切れていなかった。

 

 このあたりは、人情家の小南らしいと言える。

 

「辻は防御的な攻撃手(アタッカー)であり、平均的な能力は高いが得点力はそこまで高いワケではない。逆に、雨取は圧倒的なトリオンでの狙撃や射撃があるから、単騎で盤面を変え得る駒だ。優先順位で言えば、確実にこちらだろうな」

 

 そして、自分の直弟子ながらも客観的な評価を崩さないのがレイジである。

 

 彼もまた身内は大事であるが、それはそれとしてこういった場では公平な視点を心掛けている。

 

 玉狛支部では年長の部類である為、そういった公人としてのムーブは慣れたものである。

 

 第一にどう考えても排除対象としての優先順位は千佳の方が高いので、当然の事を話しただけではあるのだが。

 

「けど、辻はこうなる事を分かってた節があるな。さっきから、全然逃げる素振りがねぇ。その準備すらしてなかった所を見ると、最初から何が何でも三浦の点を持ち帰る気だなありゃ」

「一人だけ残った辻が得点するには、あの場に残った三浦を倒すしかないからな。だが、流石に香取と遊真の二人に狙われながらではそれも難しい。どころか、あっという間に落とされるリスクすらあっただろう」

 

 だが、とレイジは続ける。

 

「辻は逃げる事なく、あの場に留まる事を選んだ。恐らくは、香取が千佳を狙って動き、それを空閑が追うこの流れを予想していたに違いない」

「そうじゃなきゃ、逃げる素振りくらいはしても良かっただろうからな。それがねー以上、確定だろ」

 

 二人の言う通り、辻は二宮が落とされた後一切離脱の素振りを見せなかった。

 

 三浦と対峙していたとはいえ、あの時点では香取と遊真との距離は相応に離れていたので、場合によっては逃走も可能だったろう。

 

 しかしそれを選ばず、辻はあの場に残る事を選択した。

 

 香取が想定通りに千佳を追い、それを遊真が追うという一連の流れ。

 

 これを予測していたが故に、彼に撤退を選ばせなかった。

 

 残った三浦一人であれば、充分得点する事が可能であると踏んで。

 

「後がない以上、何が何でも辻は三浦を落とそうとする筈だ。それに何処まで三浦が対抗出来るか、見ものだな」

 

 太刀川はニヤリと笑い、スクリーンを見据える。

 

 そこには弧月を構え対峙する、二人の攻撃手の姿があった。

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