香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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二宮隊Ⅷ

 

 

「旋空弧月」

「…………!」

 

 辻は三浦に向け、旋空を放つ。

 

 横薙ぎに振るわれた拡張斬撃を、三浦は身を屈めて回避する。

 

 通常、旋空を撃たれたのならばこうやって回避に専念する他ない。

 

 生駒などは自分の旋空を相手の刀身に当てて軌道をズラす、なんて事をやっていたがあれは彼だから出来た事だ。

 

 生身の身体でも剣術を修めており、尚且つそのレベルが達人の域にある生駒だからこそ、あんな曲芸じみた真似が可能だったのだ。

 

 マスタークラスの弧月使いである辻は勿論、その域に届いていない三浦に同じ真似が出来るかと問われれば否である。

 

 生駒があっさりとやってのけたあれは、それだけ高等な技術を必要とする神業なのだ。

 

 故に三浦は、無難で堅実な回避方法を取る。

 

「…………!」

 

 但し、それは。

 

 相手の次の行動までのタイムラグを生じさせてしまう事を意味していた。

 

 辻は再び、旋空を発射。

 

 しゃがみ込んだ三浦を両断せんと、再度拡張斬撃を放つ。

 

 三浦はその場で軽く跳躍し、旋空を回避。

 

 続け様の攻撃を、どうにか凌いでみせる。

 

「旋空弧月」

「…………!」

 

 同時に、三浦も旋空を使用。

 

 次の攻撃へ移ろうとしていた辻に対し、反撃の拡張斬撃を放つ。

 

 横薙ぎに振るわれた攻撃に対し、辻はその場に屈み込んで対処する。

 

 旋空は基本的に単発の攻撃である為、正面から振るわれたのであれば回避自体は難しくない。

 

 熟練者であれば連撃を放って来るが、それが出来るのが一部の達人クラスだけだ。

 

 少なくとも三浦には、旋空の連射は出来ない。

 

 辻の回避行動で、三浦の攻撃は無為に終わる。

 

 だが、今回はこれで充分。

 

 三浦は回避の為に跳躍していた為、地に足が着いていない状態にあった。

 

 滞空状態では、次の攻撃を回避出来ない。

 

 そしてそれが防御不能の旋空であれば、致命的だ。

 

 だからこそ、三浦は着地までの隙を埋める為に旋空を放ったのだ。

 

 相手の次の攻撃を、抑止する為に。

 

(だから…………!)

 

 また、こうなった以上次の行動は決まっている。

 

 辻は拳に力を込め、弧月を握り直した。

 

「旋────────」

「旋空弧月」

 

 そして。

 

 着地した三浦が旋空を放つ前に、辻が旋空を射出。

 

 速度を優先し、下から突き上げるように放たれた縦の拡張斬撃が三浦を襲う。

 

 先手を取られた三浦は攻撃を中断し、止む無くサイドステップで回避する。

 

 旋空の早撃ちを制したのは、辻の方であった。

 

 チーム内でサポーターとしての役割を持っている辻は他の攻撃手のように積極的に点を取りに行く事は少ないが、だからといって剣の腕が劣る、などという事はない。

 

 むしろマスタークラスに到達したその剣腕は確かなものであり、並の相手に負ける事はまずない。

 

 また、それは旋空に関しても同様の事が言える。

 

 生駒のような旋空の達人、というレベルにまでは至っていないが、仮にもマスタークラスの攻撃手。

 

 左程旋空を扱い慣れていない三浦と比べれば、その練度で負ける筈もない。

 

 三浦もまた、チーム内での役割は辻と近しい。

 

 エースのサポートの為に駆け回り、必要な部分をフォローする。

 

 だからこそ、自分から点を取りに行く、といった行動を取る事が少ない。

 

 なれば当然旋空の使用頻度も低くなり、拙くはないものの上位者と比べて習熟しているとは言い難い。

 

 少なくとも、こと旋空の扱いに関しては辻は三浦に負けるつもりはなかった。

 

(それに、近付けば三浦くんには幻踊がある。迂闊な鍔迫り合いは、命取りだ)

 

 また、辻には旋空を主体にして戦うもう一つの理由があった。

 

 それは三浦がセットしているオプショントリガー、幻踊の存在である。

 

 幻踊は弧月にスコーピオンに似た形状変化を齎すオプショントリガーであり、接近戦に於いて使用者に多大なアドバンテージを与える代物だ。

 

 純粋な剣の腕で負けるつもりはないものの、この幻踊で刀身の形を変えられ防御をすり抜けられてダメージを受ける、という可能性がゼロではないのだ。

 

 少なくとも、絶対に有り得ない、とは辻は考えていなかった。

 

 幻踊の使い手として思いつくのはA級の三輪隊、米屋である。

 

 彼はその軽薄そうな振る舞いとは裏腹に戦場では徹底してクレバーに動き、場合によってはチームの為に自分が捨て石になる事すら厭わない狡猾さを持つ。

 

 そんな彼が多用とは言わずとも時折使用して来るのが幻踊であり、辻も直接対決で一度腕を持って行かれた事がある。

 

 勿論、三浦が米屋レベルに幻踊を使いこなしているとは考えていない。

 

 しかし、だからといって侮るには幻踊の特性は油断ならないし、三浦自身もまた舐めてかかって良い相手ではないと認識していた。

 

(短期間だけど直接指導した時の経験からいって、三浦くんは能力自体は悪くない。チームがまともに運用出来るようになった今、その潜在能力(ポテンシャル)を充分に発揮して来る筈だ。脅威じゃない、なんてとても言えないな)

 

 以前、辻は三浦に直接指導を行った事がある。

 

 言わずもがな、樹里へのリベンジに燃える香取隊が二宮隊に教えを乞いに来た時だ。

 

 あの時香取は二宮が、若村は犬飼が、そして三浦は自分が指導を担当していた。

 

 真面目で誠実な三浦の人柄もあって馬が合い、柄にもなく熱心に教導したのを覚えている。

 

 その時の感じから言って、三浦は決して素の能力は低くない。

 

 どころか、周辺の俯瞰能力や器用さという点で言えばかなりのレベルに達していると判断していた。

 

 以前はチームのフォローを優先し過ぎるあまり自衛が疎かになり、その能力を活かし切れていなかった。

 

 昔の香取隊は碌に戦略を立てず、香取が独自の判断で暴れてはそれに若村が文句を言いながら追随し、三浦が後始末に回る、といった有り様だったので、三浦はその場その場でのフォローに終始するしかなかったのだ。

 

 特に若村は自分や仲間がどう動くべきかを一切分かっていないまま場当たり的な対応しかしていなかったので、結局のところ香取が動き易いように盤面を整理するのは三浦の仕事になっていた。

 

 それに加えて香取と若村の仲が悪くなるのを懸念して若村がなるだけ落ちないようにフォローにも回っていたので、自分の自衛の事は二の次三の次になっていたのだ。

 

 故に既に高い域にあった潜在能力(ポテンシャル)を活かし切れず、ハッキリ言って宝の持ち腐れと化していた。

 

 しかし、今は違う。

 

 チームのお荷物同然であった若村は自分の立ち位置を正しく認識し、部隊の為に動く事を覚えた。

 

 それによって部隊規模で戦う事を半ば諦めチームメイトに見切りを付けていた香取の意識も変わり、指揮官として積極的に若村達を引っ張るようになった。

 

 ただ三人集まっている()()の烏合の衆でしかなかった香取隊が、今は一つのチームとして真っ当に運用出来ている。

 

 それだけで、三浦の負担は一気に減少した。

 

 勿論仕事が多い事に変わりはないが、かつてと異なり「部隊で勝つ為に」動く事へのモチベーションの高さは歴然である。

 

 昔であればチームメイトの尻拭いだけで終わらせていたところを、適材適所に仕事を割り振られるようになったのだ。

 

 動き易さもそれに伴うモチベーションの上下も、全然違って当然である。

 

 つまりそれは、高かった三浦の潜在能力(ポテンシャル)が十全に発揮される事を意味している。

 

 ただの剣士としてなら負けるつもりはないが、戦場での駒としての視点で見た時三浦は決して「楽に勝てる相手」などではない。

 

 どんな絡め手を使って来るか分からない、油断ならない相手。

 

 少なくとも辻は、今の三浦をそう評している。

 

(旋空で牽制しつつ、隙を狙って仕留める。今、三浦くんを相手にするにはこれがベターな筈だ)

 

 だからこそ、旋空を主体とする中距離戦法で三浦と戦っているのだ。

 

 鍔迫り合いでは、幻踊を持つ三浦がどんな手で隙を突いて来るか分からない。

 

 よって、習熟度で一日の長がある旋空の撃ち合いで相手の隙を探し、堅実に仕留める。

 

 それが、辻が今の三浦との戦闘に於いて出した最適解であった。

 

(勿論これは、()()()()()()()の仮定の上の話だ。けど、今は多分────────!)

 

 

 

 

「…………!」

 

 千佳は、自分のいる場所目掛けて飛んで来る無数の流星を眼にしていた。

 

 空に瞬く、光の雨。

 

 それは、香取隊の狙撃手である樹里が放ったハウンドの群れに違いなかった。

 

 速度重視でチューニングされている弾幕が、()()千佳の下に降って来る。

 

 次々と襲い来る流星に対し、千佳はシールドを展開。

 

 規格外のトリオンで形成されたシールドは、一切揺らぐ事なく光弾を受け止める。

 

 通常、シールドで弾トリガーを防ぎ続けるには限度がある。

 

 しかし、千佳の場合あまりにも保有するトリオン量が規格外過ぎる故に、多少弾丸を受け続けたところでシールドは一切破れないのだ。

 

 勿論数千発も受け続ければいつかは破壊されるが、そうなる前にシールドを張り直せばまず攻撃は通らない。

 

 加えて、降って来ているのは追尾弾(ハウンド)だ。

 

 比較的威力の低いハウンドであるならば、千佳の広げたシールドでも充分受け止め切れる。

 

 だから、防御に関して一切心配をする必要はない。

 

(反撃が、出来ない…………!)

 

 問題は、()()()()()()()()()()事だ。

 

 樹里はハウンドを一斉に降らせるのではなく、ある程度時間差を設けて立て続けに射出している。

 

 それは一度の集弾性よりもとにかく()()()()()()攻撃を続ける事にのみ焦点が置かれており、加えて弾速重視にチューニングしている為回避行動を取るのは困難極まりない。

 

 千佳は決して鈍重なワケではないが、特筆して機動性が高いワケでもない。

 

 狙撃手としての基本的な立ち回りは心得ているが、それでも拙さは残る。

 

 何せ、狙撃手になってランク戦で戦うようになってからまだ一ヵ月経つかどうかなのだ。

 

 幾ら優秀な師から教導を受けているとはいえ、やれる事には限度がある。

 

 故に彼女単独では防御から攻撃への切り替えが巧く出来ない事が多く、その経験不足故の粗を今は思い切り突かれている形だ。

 

 トリオン量で言えば、樹里は千佳の足元にも及ばない。

 

 ボーダーの他の隊員と比べても埒外と言えるトリオンを保有する千佳に対し、力押しで勝てる者は誰もいない。

 

 だがそれは、あくまでも()()()()()()()()()()()に限っての話だ。

 

 今回樹里は、とにかく千佳に「撃たせない事」に重点を置いて行動している。

 

 正面からの力押しであれば千佳が圧勝するが、今の彼女は反撃をする暇がない。

 

 絶え間のない光弾の雨に晒され続けている現状、千佳に出来るのはシールドを張り続け被弾を防ぐ事だけだ。

 

 晴天という天候の所為で空を見上げるのが難しく、自分より高所に陣取っているらしき樹里の正確な場所も未だ判明していない。

 

 勿論此処まで派手に弾幕を撃って来ているので大まかな場所くらいは分かるが、少なくとも狙撃で狙える程ピンポイントな場所が判明しているワケではないのだ。

 

 加えて、現在行方を晦ましている隠岐の存在もある。

 

 強引に反撃をしようとした瞬間、横から狙撃が飛んで来てやられたのでは目も当てられない。

 

 隠岐のアイビスであれば通常のシールドで防げるが、そもそも今撃って来ている樹里もまた狙撃手だ。

 

 彼女のアイビスでは、如何に千佳のシールドとはいえ弾幕で削られた後であれば突破される恐れがある。

 

 千佳のシールドの強度であれば耐えそうな気もするが、実際に試してみたワケでもないのだ。

 

 それに、追尾弾(ハウンド)や狙撃で反撃する場合一度シールドを解除しなければならない。

 

 その際に狙撃で狙われれば、それこそ為す術がない。

 

 これまで千佳が落ちた試合は、概ねカウンター狙撃(スナイプ)であったりシールドを張っていない時を狙われた場合が殆どである。

 

 シールドごと落とされたのは、それこそROUND6の時の生駒旋空くらいだ。

 

 基本的に千佳はシールドを張っている間は無敵に近いが、攻撃に移る際にはどうしてもシールドを解除する必要がある。

 

 特に狙撃の際には相手に位置がバレないようにバッグワームを装着しているので、猶更だ。

 

 今も位置が露見している事は確かだが、あくまでもそれは樹里相手であり隠岐相手には正確な位置がバレていない可能性もある。

 

 それに、レーダーに位置が映ってしまえば樹里が狙撃を実行して来る可能性もより高まってしまう。

 

 そういう意味で、今千佳はシールドもバッグワームも軽々に手放すワケにはいかなかった。

 

 少なくとも、現状では樹里に撃ち返す事も今こちらに迫っている香取を迎撃する事も出来ない。

 

 三浦と戦闘している辻を狙う暇など、ある筈もなかった。

 

(ごめん、遊真くん。今は、サポート出来ない。今は、まだ…………!)

 

 千佳は唇を噛み締め、香取を追う遊真に心の中で頭を下げる。

 

 規格外のトリオンを持つ狙撃手は、戦略によってその身動きを封じられていた。

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