香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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玉狛第二⑮

 

 

「辻隊員、三浦隊員と旋空の撃ち合いを披露…………! 一方、雨取隊員は防戦一方の様子です!」

「辻の奴、堅実だな。雨取は、単純に経験の差が出たか」

 

 ふむ、と太刀川は戦況を冷静に分析する。

 

 そうだな、とレイジもそれに同意した。

 

「辻は、得意の鍔迫り合いではなく旋空での中距離戦を選んだ。これは恐らく、三浦の幻踊を警戒してだろうな」

「幻踊、というと米屋隊員が使っている、弧月の形を変えるオプショントリガーでしたか」

 

 そうよ、と小南は頷く。

 

「幻踊弧月。スコーピオンと違って形の決まっている弧月に、刀身変化の効果を与えるトリガーね。でも、米屋が使ってたの知ってたんだ?」

「はい、実は用事があってランク戦ブースに顔を出した時に偶然目撃しまして。近くにいた三輪隊長から説明して頂きました!」

 

 成る程、と小南は頷く。

 

 なお、桜子の説明には「反射的に逃げようとした三輪を追いかけて衆人環視の中で縋りついて説明を実質強要した」という部分が抜けているが、さもありなんである。

 

 桜子としても初めて見るトリガーだっただけにランク戦実況者としての(ソウル)が燃え上がってしまった末の暴挙だったので、後に反省して三輪には謝罪している。

 

 ちなみにそれ以降、桜子の姿を見ると反射的に避けようとする三輪の姿が散見されたらしい。

 

 何かに熱中している人物に捕まるとどうなるかという事をこの上なく表現した、一つの例と言えた。

 

「改めて説明するが、幻踊は小南の言った通り弧月の刀身を変化させるトリガーだ。諸々の説明を省けば、弧月にスコーピオンの特性を付与するようなものと言っても差し支えないだろう」

「まあ、スコーピオンと違って身体から生やしたりは出来ねぇが、刀身の形をかなり自由に変えられるんだよな。自分で変化後の状態をイメージする必要があっから、少し扱いは難しいらしいけどよ」

「そこが、旋空と違って他の弧月使いが中々使わない理由でもあるわ。使いこなす事を考えずにただの中距離武器として使うなら極論振り回すだけで良い旋空と違って、射程そのものが大幅に伸びるワケじゃないし最終的には自分で攻撃を当てられる距離まで近付く必要があるもの。だから思った以上に使い難いって意見が多くて、人気が無いのよね」

 

 小南の言う通り、幻踊は旋空と比べて使用者の殆どいないトリガーである。

 

 それこそ、彼女達の知る限りでは米屋と三浦しか使い手は存在しない。

 

 弧月をセットしている隊員であれば三輪以外のほぼ全員に近い面々がセットしている旋空と異なり、その使用率は極小と言って良い。

 

 これ程までに使用率の差が出た理由の一つとして、その扱い難さがある。

 

 幻踊は確かに刀身を変化させる事が出来るが、射程を大幅に伸ばすような機能はない。

 

 加えて言えば旋空のように攻撃力そのものが上がるワケではないので、強固なトリオンで作られたシールドは勿論エスクード等の堅い壁も突破出来ない。

 

 だからこそ、幻踊を使って攻撃を当てるにはまず相手の至近距離まで()()()必要がある。

 

 しかし相手が射手や銃手の場合、攻撃手がそこまで近付けた時点でほぼ勝ったようなものだ。

 

 狙撃手相手は言うまでもなく、よって幻踊が有効に扱えるのは()()()()()()という事になる。

 

 そして相手が攻撃手であった場合、圧倒的に格上の実力者であった場合そもそもまともに攻撃させて貰う暇もなく瞬殺される事が多い。

 

 よって幻踊が活きる場面というのは「実力差が隔絶しておらず、ある程度勝ちの目のある攻撃手相手に至近距離まで接近出来た場合のみ」と中々にシビアなのである。

 

 個人戦であればともかく、ランク戦はチーム戦だ。

 

 攻撃手同士の正面対決というのはありそうで中々なく、大抵は仲間と連携して立ち回る為に1対多が多対1の場合が多い。

 

 そして、そういう状況であれば中距離攻撃として障害物を無視して攻撃出来る旋空の方が有効なケースが圧倒的だ。

 

 だからこそ限定的な状況でしか使えない幻踊をセットしようとする隊員は滅多におらず、加えて言えば現在の使用者がA級の米屋と前期では殆ど目立った活躍のなかった三浦のみという有り様だったので、B級の中での認知度は低い。

 

 精々米屋と個人ランク戦で戦った事のある者が知っているくらいで、知名度という意味でもエスクードと大差ない状態である。

 

「しかし、だからこそ隙を突く手段としての有用性は高い。何せ、殆ど知られていないトリガーだ。初見殺しに引っかかる者も、少なくはないだろう」

 

 だが、故にこそ初見殺しの威力は高い。

 

 弧月使い同士で戦う場合も幻踊を警戒した立ち回りをする者は殆どおらず、そういう相手に対してこのトリガーは抜群の威力を発揮する。

 

 ROUND7で奥寺が不意を突かれたように、鍔迫り合いに持ち込む事の出来た際の幻踊は凶悪無比だ。

 

 使い難いからといって、決して使えないトリガー、というワケではない。

 

 きちんと使いこなせる事さえ出来れば有用な武器になる事は、間違いないのだから。

 

「だから、辻は旋空での撃ち合いを選んだんだな。幻踊の間合いに入らず、旋空の撃ち合いで三浦の隙を探すつもりだろ」

「だろうな。純粋な剣技であれば、辻に軍配が上がる。三浦は旋空の技巧はそこまで突出していないし、使う機会も少なかった筈だ。こういう状況であれば、単純に技術の差が勝敗に影響して来るケースが多い。辻は、それを分かっているのだろう」

「辻ちゃん、かなり無難というか堅実にやってるわね。生き残り一人になったから捨て身になるかと思えば、その逆だもの。まあ、それくらい出来なきゃ二宮隊の前衛はこなせないか」

 

 されど、それはあくまでも相手が幻踊の事を念頭に()()()()()()()()()()の話だ。

 

 此処にいる面々は与り知らぬ事ではあるが、辻は一時期三浦を教導していた事がある。

 

 その際に当然彼が幻踊を使うのは聞き知っていたし、その習熟度も確認している。

 

 故に、辻相手に幻踊による「初見殺し」は通用しない。

 

 しかしそれでも万一はあると考えて、辻は距離を取って戦う事を選んだ。

 

 それは一歩間違えれば消極的とも言えるようなやり口だが、この場合は一概に悪いやり方とも言えないだろう。

 

 元より、純粋な剣技では辻の方が上なのだ。

 

 ならば、堅実な試合運びをすれば自然と技量の差が随所に出て来るようになる。

 

 焦らず長期戦を想定すれば、先に隙を作るのは間違いなく三浦の方であろう。

 

 奇策ではなく、正道で。

 

 己の技量の高さを考慮に入れた、二宮隊の一員らしい試合運びと言えた。

 

「成る程、勉強になります。それから、雨取隊員の「経験の差」とはどういう事でしょうか?」

「言葉通りだ。雨取は狙撃手となってから、まだ一ヵ月程度だからな。ランク戦での立ち回りも覚えつつあるが、どうしても「付け焼刃」になる。加えて言えば、雨取は狙撃手だ。()()()()()()

 

 あ、と桜子が得心する中、そーだな、と太刀川も頷く。

 

「だな。一ヵ月程度じゃ、狙撃手の基礎を叩き込むので精一杯だったんじゃないか? それこそ、射撃トリガーの取り扱い自体は()()()()()()()()()()()()とか?」

「…………その通りだ。基礎的な事は教えているが、あくまでも基本だ。うちには射手がいなかったから、専門的な立ち回りについては門外漢でもあったしな」

 

 二人の指摘する通り、千佳は狙撃手となってから一ヵ月程度しか経っていない。

 

 レイジという優秀な師のお陰で何とかランク戦で戦えるレベルの基礎的な事項は身に付いているが、戦闘経験の不足は如何ともし難い。

 

 加えて、射撃トリガーの扱いについては本当に基礎的な事しか教わっていないのだ。

 

 そもそも狙撃手というのは独自の立ち回りが必要とされる関係上、狙撃に関わらない鍛錬に時間を費やす暇がない。

 

 狙撃手の中でも他のポジションのトリガーをセットしている隊員はごく僅かであり、B級ではそれこそ元攻撃手の荒船や元射手の樹里くらいである。

 

 千佳もそのカテゴリに入りはするが、彼女には前者二人とは決定的に違う点がある。

 

 それは、二者と違い千佳は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

 当然射撃トリガーの扱いについては素人同然であり、射手の取るべき立ち回り等も身に付いていない。

 

 玉狛には射手は新人の修しかおらず、小南も射撃トリガーを使いはするが専ら炸裂弾(メテオラ)での牽制と追撃が専門であり、その立ち回りはほぼ攻撃手のものだ。

 

 当然千佳の参考にはならず、修のように射手の知り合いがいるワケでもないので射撃トリガーの扱いについて教えて貰えるようなコネもない。

 

 よって、「射手の取るべき立ち回り」というものを千佳は一切知らないのだ。

 

 彼女は一つの事に集中するのは得意だが、視野が狭く俯瞰的に物事を見る事が苦手だ。

 

 これは狙撃手であれば長所と成り得るが盤面調整を主な役割とする射手としては致命的であり、いざ先手を打たれて防戦に回った時にどう動くかが身に付いていないのである。

 

「たとえトリオンの差があったとしても、射撃トリガーの素人である千佳と元射手の木岐坂とでは文字通りに年季が違う。元射手として木岐坂は射手が嫌がる行動や射手の基本的な立ち回り等も知っているだろうし、射撃トリガーの扱いにも慣れている。だからこそ、ああいった方策を取れば一方的に攻撃をし続けられる事を分かっていて実行しているワケだ」

「トリオンがどれだけ高くても、撃てなきゃ意味がねーからな。それに、木岐坂はあのあたりで一番高いビルの上に陣取ってるから、晴天で強化された太陽の光が邪魔で碌に()()()()が見えねぇからな。雨取としちゃ、かなりやり難いだろうぜ」

 

 正面から撃ち合えば、規格外のトリオンを持つ千佳の蹂躙で終わる。

 

 だがそれはあくまでも撃ち()()になれば、の話だ。

 

 射撃トリガーは発射までにタイムラグがある以上、あそこまで連続して攻撃を叩き込まれ続ければ反撃をする暇がない。

 

 二宮であれば相手の弾を迎撃したり軌道を見切って対処したりも出来ただろうが、射手でもない千佳にそんな立ち回りは望めない。

 

 トリオンが高いだけではなく、射手として高い技巧を持っていた二宮だからこそ、単騎であそこまでの立ち回りが出来たのだ。

 

 如何にトリオンが高くとも、技術が伴っていなければそれを十全に活かす事は出来ない。

 

 それが、今の千佳だった。

 

「ですが、雨取隊員のシールドは強固です。防戦一方ではありますが、このままでは千日手になるのではないでしょうか?」

「木岐坂との真っ向勝負であれば、そうだろうな。だが、これはチーム戦だ。今、雨取の下には香取とそれを追う空閑が向かっている」

 

 レイジはそう言うと、スクリーンを見据えた。

 

「二人のエースの到着で、盤面は如何様にも覆るだろう。あの二人のデッドヒートも、今後の趨勢に大きく影響するだろうな」

 

 

 

 

(速い…………!)

 

 遊真は先を行く香取の後姿を見据え、眼を細めた。

 

 現在、遊真は千佳の下へ向かおうとする香取を追尾している最中である。

 

 香取は家屋の間を潜り抜けるように移動しており、その動きは鋭く滑らかだ。

 

 女性らしい柔らかな体躯を十全に活かし、グラスホッパーだけではなく周囲の壁や障害物を最大限利用して最高速度で駆け抜けている。

 

 そして今、遊真はその香取に追いつけずにいた。

 

(迷いがない。あれは、狙撃はないと確信してないとできない動きだな)

 

 総合的な技量では上回っている筈の遊真が未だに香取に追いつけない要因として、香取の大胆さが挙げられる。

 

 今の香取は、射線を気にしていない。

 

 現在、この戦場には三人の狙撃手が生き残ったままだ。

 

 即ち千佳と樹里、そして隠岐の三名である。

 

 狙撃の脅威は未だになくなってはおらず、だからこそ遊真は射線が通らない場所を選んで走っていた。

 

 しかし、香取にはその配慮が全くと言って良い程見えない。

 

 遊真が避けて通るような射線が通る大通りも真っ直ぐ突っ切っているし、不意打ちに関して殆ど警戒していないかのように見える。

 

 この動きの差は香取が焦って警戒を怠っている、などという事では断じてない。

 

 あるのだ、彼女には。

 

 今の自分が()()()()()()()()()()()と、確信出来る理由が。

 

(木岐坂先輩は自チームだから除外するとして、千佳も今あの状況だから狙撃される事はないってのは分かる。けど、隠岐先輩の場合は────────そうか)

 

 そこで、気付く。

 

 確かに樹里は香取隊の一員であるし、その彼女から攻撃を受けている真っ最中である千佳もこちらを狙撃する余裕はない。

 

 しかし、隠岐は別だ。

 

 未だに姿を隠している隠岐相手から狙撃される危険性については否定し切れない筈だと思っていたのだが、よくよく考えてみればそれも懸念する必要はなかったのだ。

 

(強化視覚、だったな。木岐坂先輩の副作用(サイドエフェクト)は。そして、木岐坂先輩は恐らくかなりの高所に陣取っている。つまり、()()()()()()()()()()()()()()って事か)

 

 サイドエフェクト、強化視覚。

 

 樹里の持つ副作用(サイドエフェクト)であり、その真骨頂はMAP全域に渡る索敵能力にある。

 

 彼女は障害物さえなければ裸眼でMAP全域に至る領域をまるで目の前にあるかのように視認する事が可能であり、この市街地Bは狙撃手が隠れられる高い建物はそこまで多いワケではない。

 

 そしてMAPと弾が飛んで行く方角を見る限り樹里は周囲の中で最も高いビルの屋上付近に陣取っているようであり、こちらからは太陽光が邪魔で彼女の姿さえ視認出来ない。

 

 しかし、一度高所を陣取った以上樹里の索敵から逃れ得るには建物の中に潜む他ない。

 

 だが、それでは狙撃手は仕事が出来ない。

 

 建物の中に潜めば確かに姿は隠せるが、同時にスコープで見渡せる範囲も狭くなる。

 

 隠岐は生駒隊の唯一の生き残りであり、何が何でも得点が欲しい筈だ。

 

 加えて隠岐はグラスホッパーを使う機動型狙撃手であり、一ヵ所に留まっているよりはその足を使って次から次へと狙撃場所を変えて撃っていくのが基本スタイルだ。

 

 彼が自らの強みを活かすのであれば、樹里からの視認は仕方がないと割り切るのが最も手っ取り早い。

 

 要は、先程の対ヒュースの包囲網や二宮相手の疑似的な共闘と同じだ。

 

 隠岐は自らの姿を樹里相手に隠さない代わりに、香取隊を狙わない事で自身の安全を担保しているというワケだ。

 

 これは暗黙の了解のようなものであるが、隠岐としても樹里という厄介過ぎる索敵者がいる香取隊よりは他の部隊の人間を狙った方が点が取り易いのは事実である為、利害が一致し無言の同盟関係が成立しているのだろう。

 

 だからこそ香取は狙撃の心配をする事なく、真っ直ぐ突き進んでいるのだ。

 

 一刻も早く千佳の下に到達し、戦況を変える為に。

 

(このままじゃ、不味いな。手を打つか)

 

 しかし、それを座して見ている理由はない。

 

 気付いた以上、対策は必須。

 

 遊真は自身の隊長と連絡を取りつつ、次の方策を出していくのだった。

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