「────────!」
米屋は、銃弾がキューブに吸い込まれていく目の前の光景がスローモーションで流れるのを見ていた。
極限状態の走馬灯の如く、彼の思考が加速する。
それは別に、なんら特別な事ではない。
突発的な危機を前にした、人間が持つ本能的な回避行動。
自身の記憶を瞬間的に漁り、この場からの対処手段がないかを探る。
そういった、無意識の防衛本能に他ならない。
そしてこれは、戦場に身を置く者程研ぎ澄まされていくものである。
奇しくも三輪という本気の殺意を抱いて近界民という敵に相対し続ける仲間の下で刃を取って来た経験が、米屋の直感を鋭敏化させていた。
その感覚が、告げている。
このままでは、間違いなく落ちると。
回避は、無論間に合わない。
あのキューブは、間違いなく
置きメテオラと呼ばれる、射撃トリガーの応用技だ。
射撃トリガーは発射の際にキューブの展開・分割・射出という
そして、射撃トリガーの弾丸は弾体がカバーで覆われており、そのカバーが破損し内部が外気に触れる事で小規模な炸裂が起こりダメージを与えるという仕組みになっている。
無論、ダメージが発生するのはその炸裂範囲内のみ。
仮にアステロイドやハウンドがキューブのまま何らかの攻撃を撃ち込まれれば、その場で炸裂して誰に被害を齎す事なく四散するだけだ。
しかし、
メテオラはその名の通り、爆弾としての性質を持っている。
他の射撃トリガーのキューブであればカバーが破損してもその場で四散するだけであるが、メテオラの場合はそのまま
要するに、設置型の爆弾としての活用されるのがこの置きメテオラというワケだ。
遠隔起爆には今のように狙撃や射撃でカバーに穴を空けるか予めスパイダーを用いてワイヤートラップに仕立て上げる等の手間が必要にはなるが、重要なのはただ一つ。
一瞬後にこのメテオラが起爆し、このままでは自分もその爆発に巻き込まれるという事だけだ。
しかも、恐らくこのメテオラは樹里が用意したものだ。
嵐山隊に射手トリガーを用いる者がいない以上、彼女しか有り得ない。
つまりこれは、トリオン12という高数値を誇る樹里の力が込められた爆薬だ。
多少下がった程度で威力が軽減される筈もなく、凌ぐ為にはシールドを張る他ない。
(けど、その程度で終わる筈がねぇよなぁ…………っ!)
この場には、木虎がいる。
これだけの至近距離で起爆する以上、彼女が爆発から身を護るにはシールドを張る他無い。
普通なら、追撃など不可能だろう。
だが、自分と彼女では決定的に違う点が一つある。
それは、木虎はこの起爆を予め想定していたであろう、という事だ。
起爆の下手人が推定佐鳥である以上、間違いなくその思惑は木虎に伝わっている筈だ。
つまり、爆発が起こるタイミングやその
先程からの攻めッ気のない戦い方も、自分をこの場所へ誘い込む為のものだったとすれば納得出来る。
ならば、このタイミングで彼女が動かない筈がない。
爆発が起こる方角へシールドを張り、そのまま自分に向けて攻撃をすれば良い。
キューブの位置は、彼女の左斜め後方。
そちらにのみシールドを張り、拳銃で追撃をかければ米屋を的確に追い詰める事が出来る。
「なら、こうだ」
「────────!」
米屋は瞬時に身体を動かし、木虎とメテオラキューブを挟む位置へと移動。
即ち、彼女がシールドを張れば同時に米屋を守ってしまう場所へと。
「…………っ!」
こうなると、木虎の取る道は一つしかない。
シールドを張らず、道連れを狙う事は出来ない。
何せ米屋は木虎の選択の如何に依らずシールドを張る気でいるのだから、そんな真似をすれば自分だけが無為に脱落する結果になる。
故に、木虎はワイヤーガンを撃ちそれを巻き取り即座に跳躍。
爆発の効果範囲から、間一髪で離脱した。
米屋と異なり、最初から起爆を知っていたからこそ出来た驚異の立ち回り。
瞬間的な瞬発力のみで評価すれば、彼女が米屋を上回るかもしれないという仮説の証明とも言えるだろう。
この間、0,1秒弱。
数瞬の攻防の結果、その場には米屋のみが残される事となり。
米屋は、すぐさまシールドを展開。
そして。
────────爆発が、周囲を席捲した。
(けど、これで…………っ!)
米屋は迫り来る爆発を前に、ニヤリと笑みを浮かべる。
木虎はこれ以上の追撃は出来ないし、佐鳥の────────────────狙撃手の弾丸は、既に放たれた後だ。
一発だけ撃って来たという事は、バッグワームを使っている筈。
佐鳥の持つ固有技であるツイン狙撃は、
二発
もしも佐鳥が後先を考えずにツイン狙撃を使って来ていれば、凌ぐ事は出来なかったかもしれない。
そう考えて、米屋は安堵して。
『陽介っ、映っているぞ…………っ!』
「…………っ!」
突如通信で聞こえて来た奈良坂の怒声に、瞬時に自分の状況を理解した。
映っている。
何を、など聞くまでもない。
奈良坂は、こう言っているのだ。
それは、即ち。
彼が、ツイン
このタイミングという事は、恐らく二発同時ではなく数瞬の時間差で撃って来たに違いない。
既にメテオラから身を護る為にシールドを張ってしまった以上、回避は不可能。
しかも、トリオン消費を最低限にする為に、身体にほぼ密着する形でシールドを張った為碌に身動きは取れず、身体を捻って避ける事も出来ない。
米屋はその場で、即座に集中シールドを展開。
頭部をピンポイントで守る形に展開し、姿勢を低くして集中シールドによって頭と胸をどちらも守れる体勢へと移行する。
これで、どちらに来たとしても少なくとも直撃は避ける事が出来る筈だ。
その代価として脇腹か腕の一本は持っていかれる可能性はあるが、即死するよりはマシだろう。
米屋はそう判断し、そして。
「な…………っ!?」
パリン、という音と共に米屋がメテオラから身を護る為に張ったシールドの中心部が砕け散った。
飛来した弾丸は、米屋の頭も胸も狙ってはいなかった。
狙撃手が狙っていたのは、ただ一点。
米屋の展開したシールド、その中心部。
飛来した弾丸は、その部分をまるでなぞるように破砕しシールドに大きな穴を発生させた。
メテオラの爆風が直下まで迫っている、その刹那に。
防壁は、一瞬にして崩れ去った。
「…………っ!」
結果、貫かれたシールドを通り抜け爆発は米屋に直撃。
姿勢を低くしていた為碌な動きも出来なかった彼は、それをモロに浴びる事となった。
(く、そ…………っ!)
最初から、これが狙いだったのだ。
狙撃で急所を直接射抜くのではなく、爆発への盾となるシールドを破壊してメテオラの爆発で仕留める。
そんな佐鳥の思惑を見抜けなかったのが、米屋の敗因であった。
『戦闘体活動限界。
機械音声が米屋の脱落を告げ、槍使いは光の柱となって消え失せる。
抜け目ない攻撃手は、その裏をかいてみせた狙撃手の作戦によって落とされたのだった。
「米屋先輩…………っ! くそ…………っ!」
一方、米屋の援護を言い渡されていた古寺は己の失態に顔を青冷めさせていた。
三輪に彼の事を任されていたというのに、碌な援護すら出来ずにみすみす米屋を落とされてしまった。
彼の窮地に気付いたのは三輪の下に残った奈良坂の方であったが、これは彼が戦場を俯瞰する者として両方の戦場を気にかけていたからに過ぎない。
本来ならば彼よりも早く自分が気付くべきであったのに、わざわざ師匠の手を煩わせてしまった挙句チームメイトを落とされたのだから目も当てられない。
確かに気乗りしない作戦ではあったが、それでも失敗などして良い筈がない。
自分は、三輪を隊長と認めてこのチームにいるのだ。
その責任がある以上、色々な意味で慕っている宇佐美のいる支部を襲うなどという、本当ならやりたくない任務といえど放り出すワケにはいかなかった。
(今は、それよりも…………っ!)
だが、後悔しているような暇はない。
今、やるべき事は明白だ。
たった今詳細な位置が明らかになった佐鳥を、カウンター
一刻を争うこの任務だけは、遂行しなければならない。
(当たれ…………っ!)
古寺はスコープ越しに佐鳥の姿を捉え。
躊躇う事なく、その引き金を引いた。
「残念。そのくらい分かってるんだなこれが」
だが、その弾丸は佐鳥には当たらなかった。
その弾が飛来した時には、既に佐鳥は潜伏していたアパートのベランダから飛び降りた後だった。
ツイン狙撃は確かに火力面では優秀だが、反面自分の位置を完全に相手に知らせてしまうという強烈なデメリットがある。
その事は誰よりも佐鳥自身が熟知しており、当然撃った後に狙われる事など承知の上だ。
故に、話は簡単だ。
狙撃をしたら、即座に逃げる。
この狙撃手の基本とも言うべき動きを、佐鳥は実践したに過ぎない。
そも、狙撃で位置を明らかにした後にその場に留まる狙撃手はただの馬鹿だ。
その場を死守する必要がある等の理由がない限り、狙撃後は即座に移動するのが常識だ。
ただ、佐鳥はその判断と行動が尋常ではなく早いというだけの話。
佐鳥は撃った直後、しかも弾丸が着弾する前には既にベランダから飛び降りるべく動いていた。
撃った結果など、緊急脱出の光を見ればすぐに分かる。
ならばその確認よりも、一刻も早くこの場から離れる事こそ肝要。
近くに潜んでいるのが奈良坂なのか古寺なのかは分からないが、どちらにせよ優秀な狙撃手だ。
こうして位置を晒せば、即座に撃ち返して来るに決まっている。
だからこそ、佐鳥は逃げる事を躊躇わなかった。
向こうのチームの前衛は全員戦闘中であり、こちらを追って来る余裕のある駒は一人もいない。
故に、巧くすればこのまま再び姿を晦ます事も可能な筈だ。
それが成功すれば、こちらが大きく有利になる。
そして。
「ま、そう来るよね」
ガキン、という硬質な音と共に佐鳥が前面に展開した集中シールドに弾が着弾した。
何が起きたかなど、言うまでもない。
落下途中の佐鳥を何者かが狙撃し、それをシールドで防御しただけだ。
(ま、十中八九当真先輩っしょ。このタイミングなら、狙って来ると思ってたよ)
恐らく、今の狙撃は当真によるものだろう。
当たる弾しか撃たないと豪語する唯我独尊な彼ではあるが、狙撃手NO1の肩書きは伊達ではない。
落下中の標的を狙うという難易度の高い真似でさえ、彼にとっては児戯に等しいのだろう。
その程度、考慮していない佐鳥ではない。
彼ならば当てて来るだろうと信頼していたからこそ、その対処は怠らなかった。
「え…………?」
だから。
次の瞬間自分の頭が撃ち抜かれた現実を認識し、佐鳥は呆気に取られた。
何が、起きたのか。
もう一人位置の割れていなかった狙撃手が、自分を撃ったのか。
否だ。
嵐山と時枝相手に狙撃手を残さないような愚を三輪や出水が犯す筈がないし、そもそも狙撃された方角が真逆だ。
(ま、さか…………っ!)
そこで、気付く。
一人、即座に自分の位置を
当真勇。
彼の所属する冬島隊の隊長である冬島慎次のポジションは、
他と比して特別なこのポジションが扱うトリガーの一つに、スイッチボックスがある。
これは単独で攻撃能力を持つ罠として起動出来る他、設置した場所同士を繋ぐワープゲートのような役割を果たす。
恐らく当真はこれを用いて射程距離ギリギリの遠方から弾を撃った直後に近くへ転移し、そのまま二撃目を放ったのだろう。
佐鳥が一撃目は防ぐ事を読んで、それでも尚確実に仕留める為に。
彼ならば、そこまでするだろう。
佐鳥は現状を理解し、溜め息を吐く。
「ま、最低限仕事は出来ましたかねっと。後は頼みました。嵐山さん、樹里ちゃん」
『戦闘体活動限界。
機械音声が佐鳥の脱落を告げ、光の柱となって彼の身体が消滅する。
飄々とした少年狙撃手は、最後まで笑みを浮かべていた。
「うし、ビンゴだな。おめーならそこまではやると思ってたぜ、佐鳥」
当真は狙撃を成功させ、上機嫌に笑っていた。
これまで散々盤面をかき回し、挙句米屋まで討ち取ってみせた佐鳥への意趣返しとしてはこれで充分だろう。
(ちょいと隊長に無理させて数ヵ所のワープを設置して貰った甲斐があったな。取り敢えず、逃げるか)
今の狙撃で、自分の位置も知られた筈だ。
当真は優秀な狙撃手だが、だからこそ基本を忘れる事はない。
とはいえ、運動能力がそう高くない当真が普通に走るだけでは追いつかれる危険がある。
故に、当真は即座にワープの使用を選択。
掌を床に向け、転移に必要な動作を試みて。
「へ…………?」
────────己の頭部が吹き飛ばされた事に、気が付いた。
反応、出来なかった。
そのあまりにも速い一撃は、当真の可視速度を優に超えていた。
あれ程の弾速を持つ弾など、彼は知らない。
だが、一つ有り得るとすれば。
(おいおい、木岐坂の奴ライトニングを持ち込んでやがったのかよ)
狙撃手トリガー、ライトニング。
トリオン量に応じて
てっきりイーグレットでの超々遠距離狙撃を狙って来るとばかり思っていたのだが、どうやら樹里という少女は自分が思う以上に捻くれていたらしい。
普通の狙撃手をやるなら決して必須ではないライトニングを持ち出して来るあたり、樹里の良い意味での手段の択ばなさが伺える。
「やるじゃねぇか。後輩」
『戦闘体活動限界。
しかし、それよりも。
当真は自分を討ち取ってみせた樹里に敬意を表して。
彼なりの敬意の証明である捨て台詞を送り、当真勇は戦場から脱落した。