「空閑隊員、香取隊長には未だ追いつけず…………! 二人のデットヒートは、なおも継続中です!」
「香取隊側は状況をよく利用してるな。中々大胆な策を使う」
成る程、とレイジは得心したように頷く。
太刀川もそうだな、と同意を示す。
「この状況なら、隠岐が香取を狙う心配はほぼないからな。雨取はあの有り様だし、狙撃を警戒する必要がないと割り切って射線関係なしで動いてるからな。そりゃ速いワケだ」
「むぅぅ、悔しいけど合理的ね。木岐坂ちゃんに頭を押さえられてる
「ふむ、詳しい説明をお願い出来ますか?」
了解した、とレイジは了承して話し始めた。
「まず、前提として今回の試合では晴天の天候が設定されている。これにより上を見上げるという事が難しい以上、狙撃手は自分より高所にいる狙撃手を視認出来ない。その上で、今回最も高い位置に陣取っているのは木岐坂だ」
「という事は、だ。低い所にいる隠岐としちゃあ、木岐坂の正確な位置は分からない上に自分は常に居場所を把握されてる状態にある、って事だ。木岐坂は、
「木岐坂ちゃんの索敵範囲は、
三人の説明通り、今回は晴天の天候により上を見上げる事が難しい。
その上で
当然隠岐の位置は樹里に把握されているし、逆に隠岐の側からは樹里の姿は見えない。
要するに、隠岐はいつ樹里が自分を撃って来るかの察知が困難極まりなく、一度狙われれば凌ぐのは非常に難しい。
勿論狙撃手である以上カウンター
現在に至ってなお隠岐が狙撃されていないのは、偏に遊真や千佳に対する圧として利用する為だ。
射撃によって大まかな位置が割れている樹里は、狙撃手としての利点は半ば放棄している。
しかし、玉狛第二の側からしてみると隠岐の位置が未だ不明な状態にあり、だからこそ強気な行動には出れない。
つまり、香取隊は隠岐を敢えて残す事で玉狛第二の行動を制限する策を取っている、と言えるのだ。
だが、それはあくまでも隠岐が香取隊側を狙わない、という前提の下で成立する作戦だ。
万が一隠岐が香取に銃口を向けようものなら、樹里の狙撃銃が火を噴くのは言うまでもないだろう。
隠岐もそれが分かっているからこそ、香取隊は狙わない方向に定めたのだ。
とにかく得点が欲しい隠岐の側からしてみれば、今の状況で香取隊を狙うのはリスクばかり大きくてメリットが少ないのだ。
しかも撃っても回避される公算が高い以上、無理を通してまで行う理由が無い。
仲間が誰か一人でも生き残っていれば牽制の意味でも撃つ意義はあっただろうが、現在生駒隊で生存しているのは隠岐一人。
彼の敗退がイコール生駒隊の敗北となる以上、得点に繋がらない弾を撃つワケにはいかないのだ。
たとえその結果玉狛第二が利する事になったとしても、隠岐には何のメリットもない。
故に、隠岐は香取隊ではなく玉狛第二を標的としている。
狙撃手である千佳が防戦一方でそれどころではなく、修を除いた全員の位置が割れている玉狛第二の方が樹里という狙撃の傘を持つ香取隊よりも狙い易いと判断したからだ。
香取はそれを利用し、射線を無視した
それが、遊真という優秀な駒を以てしても香取に追いつけていない原因となっているのだ。
「現状、一応全部隊がそれぞれ最低一人は生き残っているが、当然それぞれの思惑は違う。特に既に単騎となってしまっている辻と隠岐は、相当に慎重な立ち回りが求められる。仲間がいない以上、集団戦の常道である連携しての不意打ちが狙えないからな」
「集団戦ってのは、1対1と違って格上が食われるパターンなんて幾らでもあるからな。個人戦は極論個人技と駆け引きで上回れば勝てるけど、集団戦は目の前の相手に勝てたとしても後ろから撃たれりゃそれで終わる。本当の意味での一騎打ちってのは、チーム戦じゃ有り得ないっても過言じゃねぇからな」
「けど、仲間がいなきゃそれも出来ないからね。自分しか信じる事の出来ない状況ってのは、手札がかなり限られるもの。下手な行動を取ったら即死するから、慎重になるのも当然ね」
集団戦は、個人戦とはまるで性質が異なる代物だ。
個人戦、1対1に横槍無しの勝負の場合は極論目の前の対戦相手だけに集中すれば良い。
それまでに培った能力をフルに活用し、相手の思考を読んで的確な行動を取る事にのみ神経を注ぎ込めば自ずと結果が出るものだ。
しかし、集団戦は違う。
目の前の相手にだけ集中するのは、基本ご法度だ。
何故ならば、
集団戦は個人戦と異なり、敵となる相手が複数連携を取りながら動く。
故に、目の前の相手に集中し過ぎれば後ろから撃たれて終わりなのだ。
だからこそ、格上殺しが起き易いのもまた集団戦なのだ。
個人戦では相当な番狂わせが起きない限り、格上に勝つのは難しい。
修が風間に挑んだ時にそうであったように、圧倒的に力の差がある相手に対して格下が一人で出来る事などたかが知れているからだ。
実力者というものは、その能力に見合った実績を積み重ねている。
当然咄嗟の対処に関する経験も豊富であり、能力も経験値も劣る側が勝る要素など何一つ無いのが当たり前だ。
1対1の、何の横槍もない試合では番狂わせなど早々起きるものではない。
集団戦は、1対1の同時進行などでは断じて無い。
多対多の戦闘に於いては、目の前の相手に集中し過ぎるのは危険だ。
その隙を突こうと狙って来る相手が、少なくとも二チーム以上いるからだ。
特に狙撃手であれば意識外からの攻撃に長け、察知も難しい。
どれだけ格上の相手であっても、意識を逸らす事さえ出来ればそこを仲間、或いは別チームの人間が突けばそれで倒せるパターンは多い。
だからこそ、敵の敵は味方でなくとも
現にこの試合では疑似的な共闘が何度も発生しており、それがどれだけの効果を挙げるかは結果を見れば明らかだ。
それを分かっているからこそ、隠岐は香取隊を狙う事はないと断言出来る。
実質自分一人で何もかもをやらなくてはならなかったに等しい状態を長く経験している香取だからこそ、実感としてそれは理解している。
仲間を碌に頼れない、という状況がどれ程キツイかは、身を以て分かっているからだ。
かつての苦い経験を活かした、ある意味で成長の証とも言えるだろう。
「そろそろ、香取が雨取の下に到達するな。流石に雨取単体だと、香取相手はキツイだろ」
「雨取は、あくまで狙撃手だからな。弾幕を張れれば別だが、木岐坂の攻撃に晒されながらではそれも難しい。だからこそ、本当ならば一番に狙いたい辻を放置しているワケだしな」
レイジはそう言って、辻と三浦の映っているスクリーンを見据えた。
「どうやら香取隊は、徹底して玉狛側の思惑を利用するつもりらしいな。あの動きは、恐らく────────」
(────────三浦くん、攻めっ気がまるでないっ! 時間稼ぎをするつもりか…………!)
辻は三浦と対峙しながら、内心で舌打ちをしていた。
先程から旋空の撃ち合いを演じていた二人だが、未だ決着は着いていない。
技術的な観点から言えば、真っ当にやり合えば勝つのは辻だ。
にも関わらず、戦況は拮抗状態を保っている。
それは、何故か。
(攻めるつもりがないから、深く踏み込んで来ない…………! 三浦くんの得意な防御重視の体捌きを、此処で活かして来たか…………!)
単純に、三浦にこちらを本気で攻めるつもりがないからである。
攻防の最中に出来る隙というものは、基本的に攻撃の
当然ながら相手にダメージを与えるべく斬り込めば、その分だけ防御や回避のリソースを削らなければならない。
戦闘中という極限状態で一度に意識を向けられる対象には、限度がある。
特に、相手に攻撃を当てようと思えば、その分だけ深く踏み込まなければならない。
それを防御、或いは回避されれば当然隙が生じる。
技巧で隙を可能な限り減らす事は出来るが、ゼロにはならない。
たとえコンマ一秒以下の刹那であったとしても、攻撃後の間隙というものは確かに存在するのだ。
一騎打ちで相手を倒そうと思えば必然的に何処かで攻撃に移らねばならず、それを無事通せたかどうかで一気に流れが変わる事などザラにある。
故に、1対1の技巧戦ではその隙を突いて勝つ事も出来るだろうと、辻は旋空の撃ち合いを選択したのだ。
(三浦くんは、時間を稼ぐ事しか考えていない…………! 最初から、
だが、これはそもそも一騎打ちではない。
形の上ではそう見えるだけは、今行っているのは
即ち、三浦は単独で辻を倒す必要はない。
最終的に倒せさえすれば、その過程がどうであろうが構わないのだ。
(玉狛との決着を着けるまで、俺を此処に縫い留めるのが狙いか。確かに、この状況で香取さんや木岐坂さんに狙われたらまず生き残れない。少なくとも、三浦くんと同時に相手取るのは無理だ)
成長したな、と辻は内心密かに感心する。
以前から兆候は見えていたが、三浦は部隊の為に自分を幾らでも犠牲に出来る
かつてはその自己犠牲が過ぎて自身の生存を蔑ろにしており、その所為で継戦能力が高いとは言えなかった。
しかし今は自身の生存も加味した上で、必要とあらば部隊の為にどんな役割でもこなせるという強みを前面に押し出せている。
かつて自分を教導した相手との一騎打ち、という心躍るであろう場にも流されず、ひたすらに自らの仕事を全うする。
それは生真面目で誠実な辻から見て、好ましい変化と言えた。
(とはいえ、これをやられるとこっちは堪ったものじゃないね。厄介だな)
だが、対戦相手としては嫌らしいにも程がある行動だった。
女性恐怖症の辻は、香取とまともに斬り合えない。
香取が遊真や千佳と戦って生き残るかは分からないが、仮に生還してこっちに踵を返して来たとすればまず勝ちの目が見えなくなる。
ただでさえ、三浦は辻から見ても堅実で崩し難い相手なのだ。
その辻のサポートを受けた香取が斬りかかって来るとなれば、女性相手でまともに戦えない事を考えても間違いなく自分は落ちる予感しかしない。
加えて、玉狛がいなくなれば樹里がフリーになる。
あの弾幕を対処しながら三浦や香取を相手取るのは、どう考えても不可能だ。
実質、時間を稼がれた時点で辻の敗北と言っても差し支えない。
(玉狛の側が勝っても、それは同じだ。玉狛は何が何でも俺を落としたいだろうし、今度こそ三浦くんと共闘してでも潰そうとする筈。どちらが勝っても、詰みか)
また、香取隊が玉狛に敗退したとしても、結果は変わらない。
玉狛からすれば、現在ポイントが同じである自分達二宮隊は不倶戴天の敵。
香取隊という脅威がいなくなれば、最優先でありとあらゆる手段を用いて潰して来るに違いない。
それこそ、三浦と協調してでも。
手段を問わず、辻を殲滅にかかる筈だ。
(となると、幻踊での不意打ちの危険を冒してでも接近戦を仕掛けるべきかな? もしかすると、三浦くんはそれを狙っているのかもしれないけど)
状況を変える手なら、なくはない。
旋空での中距離戦ではなく、より剣の腕が勝敗に直結する鍔迫り合いに移行する事だ。
しかしそれは、三浦の幻踊の脅威に晒される事を意味している。
易々とやられるつもりはないが、その状況に持ち込む為に三浦が遅滞戦闘を演じている可能性もあるのだ。
(とはいえ、このままではいずれにせよ詰みだ。なら、リスクを承知の上ででも彼を獲りに行くしかない。彼等と違って、二宮隊はもう俺一人しか生き残ってないんだから)
されど、時間経過は一方的に辻の不利を招くだけだ。
ならば、リスクを受け入れてでも事態を変えるべく動くべきだろう。
相手の土俵に乗るのは基本的に得策ではないのだが、今回ばかりはもう後がない。
危険でも、前に進む以外の道はない筈だ。
(接近戦でカタを────────待て)
だが。
覚悟を決めて足を踏み出そうとした辻の脳裏に、一つの思考が宿る。
それは。
(…………玉狛側は、この状況を本当に座視し続けるつもりなのか? 香取隊側には、俺の得点を防ぐ理由がない。いざとなれば相打ちでも構わない相手との鍔迫り合いを、彼等は本当に許すのか?)
果たして、玉狛はこの状況を良しとするのか、という点だ。
玉狛第二にしてみれば、辻が得点をする可能性そのものを潰したい筈だ。
そんな辻が三浦と鍔迫り合いを演じるとなれば、それは。
────────彼等にとって、無視出来ない失点に繋がりかねない状況となる。
香取隊には、無理をしてまで辻の得点を防ぐ理由がない。
二宮隊に得点して欲しくないのは現在同点である玉狛第二の方であり、香取隊側は相手を潰せれば1点程度の失点は気にしないだろう。
その前提の上で、相打ちに持ち込まれる危険のある鍔迫り合いを行おうとする二人を果たして玉狛は座視するのか。
それが、辻の頭に過った疑問だった。
(放置する、ワケがない。なら、彼等が取るであろう手段は────────!)
『千佳。やれ』
「了解」
千佳は修の通信を受け、シールドで樹里の弾幕を防御しながらこくりと頷いた。
少し離れた所には、こちらに向かって来る香取の姿が見える。
時間はない。
されど、彼女が動く条件は整った。
信頼する隊長の指示の下、千佳は片手を地面に着ける。
「
そして。
今回持ち込まれた一つの切り札と言えるトリガーを、遠隔起動させた。