(しまった…………!)
ガコン、という音と共に四方を固い壁で囲まれた瞬間、辻は己の失策を悟った。
それが今、彼を囲む壁の名称であった。
この壁を出したのが誰なのか、考えるまでもない。
千佳だ。
玉狛第二の狙撃手であり、現在樹里からの攻撃を受けている真っ最中である彼女が、遠隔でこの壁を出現させたのだ。
(甘かった…………っ! 雨取さんのトリオンなら、片腕のシールドでも防御自体は出来る! 保険がなくなるだけで、一瞬だけ片腕を空けるくらいは出来たんだ…………っ!)
あくまでも遠目に見た限りではあるが、千佳の側から撃ち返していない以上彼女は防戦一方なのだと推測出来る。
まともに撃ち合いをすれば、トリオン量に優れる千佳に軍配が上がる。
それをしていない以上、攻撃に移れない理由がある。
恐らくそれは、千佳の経験不足だ。
千佳は狙撃手となって歴が浅く、他の隊員よりも対応に拙さが残る。
特に防戦に回っている今、余裕なんて欠片もない筈だ。
経験の不足は、劣勢時にこそ露となる。
撃ち返す事も出来ずに一方的に守勢に回っている様子を見て、辻はその確信を強めていた。
だからこそ今千佳からの介入は無いと考えていたのだが、彼女には強固なシールドがある。
足を止める事を考慮に入れれば、一度くらいは動く事が出来る。
無論、リスクは大きい。
足を止めるという事は、半ば回避を放棄する事を意味するのだから。
しかし、千佳はそれを押してもこの場でエスクードを使う事を優先した。
それは、即ち。
(この場で、何が何でも俺を落とすつもりか…………!)
彼等にとって最も邪魔な対象、辻を落とす為に他ならない。
玉狛第二にとっては、香取隊はあくまでも二の次だ。
本命は、自分達の目標を脅かす二宮隊の徹底排除。
それを達成する為ならば、多少の失点や駒の損失は許容出来る。
少なくとも、向こうの指揮官はそう判断したのだろう。
だからこそ、無いと思っていた介入をこの場で行って来たのだから。
(このままじゃ、前の試合の生駒さんみたいに、エスクードの上から狙撃される…………! それを避ける為には…………っ!)
(来た…………!)
三浦は目の前で辻が壁に閉じ込められた光景を見て、内心でガッツポーズを取った。
それは、望外の僥倖を喜んだからではない。
────────玉狛は必ず、辻先輩を落とす為に介入して来るわ。どんな形かは分からないけど、それはチャンスに成り得るわ────────
先程、華から通達された予測情報。
それは、玉狛が何らかの形でこの場の戦闘に介入して来るだろうという推測だった。
────────玉狛にとって一番邪魔なのは、二宮隊の辻先輩。だから、確実に辻先輩を落とせる機会があれば多少のリスクは度外視してでも動いて来る筈よ────────
華の予測は、こうだ。
B級二位以内という目標を達成する事を最優先に動いている玉狛第二にとって、優先すべきは辻の得点チャンスを潰す事。
これまではただ辻を落としても得点を出来なければ二宮隊の得点を超えられない為動いて来なかったが、何かしらの条件を満たせば確実に動いて来るだろうという事だ。
(その条件、いや、
そして、否が応でも玉狛が動かなければならない
それは、香取の千佳の下への到達だ。
樹里と同じく射撃トリガーを扱う狙撃手とはいえ、千佳は戦闘技術そのものは付け焼刃に過ぎない。
レイジという優秀な師のお陰で曲がりなりにも形にはなっているが、それでも咄嗟の対応では粗が出る。
よって、樹里の攻撃を受け続けている最中に接近して来る香取には対応出来ない。
つまり、千佳が何かをするならば香取の到達前に実行に移さなければならないのだ。
(葉子ちゃんは、もう雨取さんのすぐ近くまで行けてる。だからそろそろだと思ったけど、エスクードっていう手段はこの上なく都合が良い!)
玉狛は推測通り、動いて来た。
しかも、エスクードでの封鎖という三浦達にとって都合の良い手段を以て。
恐らく、前の試合の生駒のようにエスクードの上から狙撃でぶち抜くつもりだろう。
ログで見た時も理不尽に凶悪な
この状況でエスクードの上から弾丸を撃ち込めば、高確率で仕留める事が出来るだろう。
(けれど、前の試合と違って一人でやってる分タイムラグは必ず出る! 木岐坂さんの攻撃を凌ぐ為に片腕は空けられない筈だから、今なら雨取さんの狙撃が届く前に辻さんを仕留められる…………っ!)
されど、ヒュースとの連携で行っていた時とは違い今はエスクードと狙撃の両方を千佳一人でこなさなければならない。
加えて言えば樹里の攻撃に対する防御の為に片手を空ける事は出来ず、エスクード起動から狙撃に移るまでには若干のタイムラグが発生する筈だ。
だから、そこを狙う。
千佳の狙撃によって落とされる前に、三浦の手で辻を落とす。
それが、香取隊が組んだ作戦プランだった。
(きっと、辻さんはエスクードから逃れる為に跳躍する筈…………っ! だから、出て来た所を狙えば良い…………っ! このままなら狙撃される事は、辻さんも分かっている筈だ…………っ!)
(────────なんて事は、三浦くんにもバレてるに決まってる。なら、迂闊に跳べばそこをやられるだけだ…………っ!)
しかし、その程度は辻も承知していた。
エスクードから出るには跳躍するしかない以上、そこを狙われればどうしようもない。
(けど、このままなら雨取さんに撃たれるだけだ…………っ! どちらにしろ、動かなければやられる…………っ!)
されど、座して待てば今度こそ千佳の狙撃で撃ち抜かれるだろう。
千佳のアイビスは、エスクードすら容易く貫く。
真実砲撃であるあの攻撃は、強固な壁すら紙屑のように打ち砕くのだから。
(残る手段は一つ。上に跳んで三浦くんが視認出来た瞬間、壁越しに旋空を撃ち込む。向こうはこっちが完全にエスクードを出る瞬間を狙っているだろうから、少なくとも三浦くんを倒す事は出来る筈だ。相打ちになる可能性もあるけれど、迷っている時間はないっ!)
故に、辻に残された方法は一つ。
即ち、跳躍して三浦の姿を視認した瞬間、壁越しの旋空を叩き込む事だ。
向こうはこちらがエスクードの包囲の上に出る事を予想しているだろうから、攻撃は飛んで来るだろう。
だが、旋空の早撃ちで負けるつもりはない。
少なくとも旋空の扱いに関しては、三浦より長じている自信はある。
最悪、否。
相打ちで、一向に構わないのだ。
辻の目的は、一点でももぎ取る事。
この際、自分の生存は度外視出来る。
どの道この場で生き残っても香取相手にはやられるしかない以上、全てを次の一撃に懸けるのは悪くない選択肢だ。
(必ず、点を取る。それを以て、二宮さんに報いなければ…………っ!)
(
香取は視界の先で狙撃銃を構える千佳を見て、不敵な笑みを浮かべた。
全て、予想通りだ。
遊真が今以て香取に追いつけない事も、この場で千佳が辻と三浦の戦闘に介入する事も。
全て、予定調和の如く華の推測通りに事が進んでいる。
千佳は片腕で張ったシールドで樹里の弾幕を凌いでいるが、碌に身動きは取れない様子だ。
否、最早移動の目は捨てて辻の撃破に注力しているのだろう。
恐らく、彼女は最早自分の生存は左程重要視してはいまい。
ただ、この攻撃を成功させる。
その一点に、全てを注ぎ込んでいる筈だ。
(けど、それは利用させて貰うわ。狙撃は止められない────────いえ、止める必要はない。アタシはただ、あそこに跳び込んで雨取を落とせば良いだけよ)
樹里と異なり、射手経験のない千佳は寄られた時は碌に迎撃は出来ない。
特に、片腕がシールドで塞がっておりもう片方の腕で狙撃銃を構えている今、彼女がこちらに割けるリソースは欠片も残っていない。
樹里にはとにかく絶え間なく攻撃を続けるように指示してあるし、この距離であればギリギリ遊真に追いつかれる前に千佳の下に到達出来る。
後は攻撃と防御のリソースを使い切っている彼女に攻撃を届かせれば、こちらの目的は達成出来る。
如何にシールドが堅かろうが、やり様は幾らでもあるのだ。
そもそも、千佳の防御を崩す手段もなしに此処までの接近を試みてはいない。
確実に落とす算段があって、この場に来ているのだから。
(さあ、撃ちなさい。アンタ等の思惑、キッチリ利用してやるわ…………っ!)
(────────きっと、香取隊はぼく等の作戦を読んで来る。想定出来た事だ)
修は市街を駆けながら、仲間からの通信に耳を傾けている。
その額に、冷や汗はない。
彼の眼は、冷徹に勝利を見据えていた。
「だからこそ、これが利く。千佳、撃て」
『了解』
そして。
修の指示の直後、千佳の下より一発の弾丸が放たれた。
「え…………っ!?」
「な…………っ!?」
────────その光景に、誰もが眼を見開いていた。
エスクードの隙間から跳び出した辻は仰天し、三浦は。
(ちが、違ったんだ…………っ! 最初から、雨取さんの狙いは辻さんじゃなかった。
『戦闘体活動限界。
しかし、もう遅い。
一撃で致命傷を負った三浦の戦闘体は崩壊し、光の柱となって消え失せた。
(やられた…………っ! 最初から、これが狙い…………っ!)
その光景を間近で見ていた辻は、己の失態を悟る。
エスクードで囲まれた時点で、玉狛は自分をこそ狙うのだろうと考えていた。
しかし、実際に玉狛が狙っていたのは辻ではなく、三浦だった。
玉狛の目的は、辻の得点を阻止する事。
それを成し遂げる為に最も手っ取り早いのは辻を撃破する事だが、もう一つあったのだ。
即ち、
現状、周囲に他の隊員はいない。
この場に於いて辻か三浦、どちらかが脱落すれば残された方は近くに倒す相手がいなくなる。
だからこそ玉狛は万が一にも辻に得点をされないよう、三浦の方を狙ったのだ。
自部隊の得点を重ねつつ、辻の得点を阻止する為に。
千佳の弾丸は、エスクードの一つを吹き飛ばす軌道で三浦に直撃した。
玉狛がエスクードを展開した最大の理由は、辻の身動きを封じつつ三浦の視界を塞ぐ為だったワケだ。
「…………っ!?」
そして。
残された辻の背に、一筋の弾丸が突き立った。
破損したエスクードの隙間を縫うように放たれたそれを撃った相手は、視界の先にいた。
隠岐だ。
家屋の上階に隠れていた隠岐が、辻への射線が通ったタイミングを逃さずその身体を撃ち抜いたのだ。
「…………すみません。二宮さん」
『トリオン供給機関破損。
背中から胸を撃ち抜かれた辻の戦闘体は、崩壊。
三浦と同じく、光の柱となって消え去った。
「…………すまんなぁ。けど、恨まんといてや」
辻を討ち取った隠岐はふぅ、とため息を吐いた。
先程から得点の機会を伺い続けていたが、漸くそのチャンスが来た。
そのタイミングを逃さず目的を達成出来たのは、彼の手腕あってのものだろう。
「けど、これが限界やな。ほな、さいなら」
隠岐は小さく
先の二人と同じく、光の柱となって戦場から離脱した。
「やってくれたわね…………っ!」
「…………」
香取は三浦脱落の報を聞き、唇を噛んだ。
目の前には、
千佳の狙撃を見届けた香取は至近距離まで移動し、即座に
地面越しにシールドを迂回する形で、千佳に致命傷を与えたのだ。
だが、時既に遅し。
玉狛の目的を達成されたと通信で報告を受けた香取は、目的の駒を落としつつも敗北感に身を焼かれていた。
「…………良かった。これで、役目は果たせたよね」
『トリオン供給機関破損。
安堵の息を吐いた千佳のトリオン体が罅割れ、崩壊する。
光の柱となった少女は、笑みを浮かべたまま戦場から消え去った。