香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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香取隊XXXI

 

 

(チェーンデスマッチならぬワイヤーデスマッチかぁ。香取ちゃんもおっかないなぁ)

 

 佐鳥は一人、観客席からスクリーンを見上げながら苦笑していた。

 

 彼がこの場にやって来たのは、つい先ほど。

 

 ()()の事を考えて前倒しで出来る仕事を強行軍(デスマーチ)でようやく終わらせて来たばかりなので、その眼には薄っすらと隈が浮いている。

 

 勿論広報部隊の一員としてそういった目に見える変化はないに越した事はないが、今回は事情が事情なので致し方ない部分はある。

 

 いざとなればトリオン体で誤魔化す事も可能なのだが、あまり褒められた状態でないのは事実だ。

 

 それを押してもやらなければいけなかったので、後悔はない。

 

 そういった理由で疲労困憊であるワケだが、それでも最終戦の試合は一目見た方が良いだろうとやって来たのである。

 

 これまでも香取隊の試合は可能な限り見るようにしており、仕事で止むなく見れなかった場合もログは必ずチェックするようにしている。

 

 それというのも自分の活躍をちゃんと見ていないとなると、樹里が拗ねるからだ。

 

 別段表立って文句を言うワケではないのだが、あの無表情に見えて割と感情豊かな少女は不満があると無意識の内に「むぅ」と唇を尖らせて露骨に「不機嫌です」といったアピールをして来る。

 

 本人は隠しているつもりなのだろうが付き合いの密度が高い佐鳥にはすぐに分かってしまうので、なるだけ彼女の不興を買わないように心掛けているのだ。

 

 これは単にご機嫌取りの為ではなく、好いた少女にあまり不快な想いをさせたくないという男性心理も起因している。

 

 言うなれば佐鳥の意地のようなものなので、ある意味自業自得だと彼自身は思っている。

 

 ともあれ、そうしてやって来てみれば試合も佳境。

 

 最終順位は既に決定済みであり、今は玉狛と香取隊の一騎打ちの状況、といった具合である。

 

(三雲くんは、まだ隠れてるのか。この状況で無視するのは危なそうに見えるけど、そのあたりは分かってるよね。まあ、何か考えがあるんだろう)

 

 戦況を見て気になるのは、修が未だに位置割れしていない事だ。

 

 設置されたスパイダーでその影が見えはしたが、とうの本人は未だに捕捉されていない。

 

 これまでの経緯を鑑みれば決して無視して良い駒ではないのだが、そのあたりは香取隊側も承知しているだろう。

 

 ならば、敢えて放置していると見るべきだ。

 

(その三雲くんの位置は────────成る程、そういう事か)

 

 試合参加者達と異なり、観客席側には全隊員の位置が光点で示されているスクリーンがある為位置が把握可能だ。

 

 その画面が示している修の位置を見て、佐鳥は成る程と得心する。

 

(あとは、香取ちゃん達がどう対応するか、だね。三雲くん達には悪いけど、樹里ちゃん達の方を応援させて貰おうかな)

 

 修とは嵐山を通じて知らない仲ではないのだが、流石に親密度では樹里に軍配が上がる。

 

 そもそも彼女は自分の中でも特別な存在なので、天秤にかければどちらに傾くかは自明の理だ。

 

 脳内で釈明しつつ、佐鳥はスクリーンに映る樹里の姿を見据えた。

 

(後の事は必ず、何とかする。だから今は、全力で試合に当たって欲しい。頑張れ、樹里ちゃん)

 

 

 

 

「────────!」

 

 香取のスコーピオンが、遊真の胸を狙う。

 

 遊真の左腕と香取の右腕は、ワイヤーで繋がれている。

 

 彼が回避行動を取った瞬間、香取はワイヤーを引っ張り体勢を崩すつもりだ。

 

「…………!」

 

 勿論、その目論見を叶えさせてやる通理はない。

 

 遊真は左腕に繋がれたワイヤーを腕から生やしたスコーピオンで切断しつつ、心臓狙いの一撃を胸から生やしたブレードで受け止める。

 

 そのまま離れようとする遊真だが、すかさず香取は自身の左腕と遊真の右腕をワイヤーで繋ぎ、逃亡を封じる。

 

 一度距離を取られれば、機動力で勝る遊真の方が有利なのは明白だ。

 

 だからこそ香取は、このワイヤーデスマッチに勝機を見出す以外にない。

 

 総合力では負けている相手であり、その戦闘巧者ぶりは香取も認めざるを得ない。

 

 以前の香取ならば格上相手としてカテゴライズして腐って終わりだっただろうが、成長した今の彼女は相手の強さを認め、その上でそれを超える努力を欠かす事はしない。

 

 故に、香取は遊真の実力を見誤る事はしなかった。

 

 そういった格上として見ている遊真に対し、香取に出来る最適解がこれなのだ。

 

 香取と遊真を比較した場合、明白なのは手足の長さの違いである。

 

 遊真は同年代と比較してもかなり小柄な部類であり、身長は141cmしかない。

 

 対して香取は157cmと女性としてはそれなりの体躯であり、その差は歴然だ。

 

 なお、とうの香取は年下の木虎に身長で負けている事を多少なりとも気にしているのだが、そこは置いておく。

 

 ともあれ、身長差を見て分かる通り二人の手足の長さは相応に異なる。

 

 この場合、手足の長さとは()()()()()()を意味する。

 

 手足が長ければその分だけ攻撃が届く範囲が広くなり、可動域は相応に広がっていく。

 

 遊真の小柄さは敵の懐に入り易いというメリットがあるが、同時に「懐まで入らなければ攻撃が届かない」という弱点にも成り得る。

 

 そして、香取の長い手足から繰り出されるスパイダーは、矮躯と言える遊真では中々に回避が難しいのだ。

 

 既に至近距離まで接近している以上、遊真が逃げ切るには香取の手足の届く範囲外まで脱出する必要がある。

 

 しかもスパイダーは一瞬で展開が完了する為、香取の長い手足の可動域を活かして使われると回避は著しく困難になる。

 

 加えて、スパイダーだけに意識を割くワケにはいかない。

 

 油断すればスコーピオンを叩き込まれるのは自明の理であり、そちらも警戒しなければならなかった。

 

 当然ながら香取としても本音はすぐにでもブレードの方を叩き込みたい筈であり、スパイダーを優先しているのは此処で逃がせば後がないと理解しているからだ。

 

 総合的な能力では、遊真の方が上だ。

 

 香取は天性の戦闘センスがあるが、経験という意味で遊真には圧倒的に劣っている。

 

 最近まで停滞を続けて格上との戦闘を避けがちだった香取と、格下格上問わずあらゆる相手と戦い、近界の戦場を渡り歩いて来た遊真とでは文字通り経験値の質も量もまるで違う。

 

 如何に天賦の才に恵まれていたとしても、それを腐らせていた期間が長かった香取と磨く事を怠らなかった遊真とでは総合的な能力値に差が出て当然である。

 

 むしろこの短期間でその遊真と互角に戦り合えるまでに自分の能力を仕上げた香取の才覚が異常なのであるが、それでも尚地力の差は覆し難い。

 

 一度距離を取られ、逃げに徹されるか遊真の得意なヒット&アウェイの戦法に切り替えられた時点で、香取の勝機はぐっと薄くなる。

 

 機動力もそうだが、立ち回りという点でも遊真の方が巧いのだ。

 

 同じ土俵で勝負すれば不利なのは明白なのだから、このリスク度外視の拮抗状態に活路を見出す他ない。

 

(ったく、油断も隙もないっ! 少しでも手を緩めれば、やられるのはこっちね…………っ!)

 

 しかし、香取の方にも余裕があるワケではない。

 

 この超接近戦は、常にリスクと隣り合わせだ。

 

 今は手足(リーチ)の長さを活かして何とか拮抗しているが、スコーピオンの使い手である遊真と至近距離で戦っているという状況は危険極まりない。

 

 スコーピオンは、身体の何処からでも生やせるのが特徴だ。

 

 それは即ち全身が凶器になるようなものであり、スコーピオンの使い手と近接戦闘を行う事自体が奇襲を受けるリスクとなる。

 

 何せ、文字通り何処からでも生やせるのだ。

 

 普通は手に持って戦うのがベターだが、遊真がやっているように胸や腹といった部位からでもブレードを生やす事が出来る。

 

 今の彼は専ら防御にそれを使用しているが、いざとなれば攻撃にも転用可能なのだ。

 

 そういった可動域ではない部位に生やしても基本は防御にしか用いられないが、そのまま相手に突進すれば当然ブレードを突き刺す事は可能だ。

 

 必然スコーピオン使いとの近接戦闘は相手の一挙手一投足に注視せざるを得ず、一瞬の油断が命取りとなる。

 

 現在香取が押しているように見えるのは、彼女が攻撃に全力を注ぎこんで遊真に反撃の隙を与えていないからだ。

 

 ワイヤーでの拘束と、スコーピオンでの攻撃。

 

 その二つを駆使する事で、遊真に防御以外の行動を取れないように強要しているワケだ。

 

 しかしそれは薄氷の上の優位であり、少しでも遊真に攻撃する隙を与えればあっという間に攻守は逆転する。

 

 だからこそ香取は、ワイヤーデスマッチという方式を選択した。

 

 スパイダーでの拘束を放置すればどうなるかは、既に先程見せている。

 

 ワイヤーで繋がっている以上、こちらの動作で相手の体勢を簡単に崩す事が出来る。

 

 それを阻止する為には相手への攻撃や回避を行う前に、ワイヤーの切断に一手を使うしかない。

 

 そして、貴重な一手をそうやって消耗させた隙に攻撃を叩き込めば、相手は防御や回避以外の選択肢を取れない。

 

 但し、至近距離での戦闘である為回避は困難であり、基本的には防御を強要出来る。

 

 下手な回避行動は追撃の隙を生む事となり、そこを狙われれば更に選択肢は狭まっていく。

 

 だからこそ遊真は、一手目をワイヤーの切断に、二手目を受け太刀での防御に使うしかない。

 

 そうして二手を消費させれば、遊真が逃走する前に再度ワイヤーを叩き込む事が出来る。

 

 そういった目算で、今のこの状況は成り立っている。

 

 故に、少しでも香取が隙を見せればあっという間に攻守は逆転しかねない。

 

 今も香取のワイヤー接続が少しでも遅れていれば、距離を取ってヒット&アウェイもしくは全力逃走に切り替えていた筈だ。

 

 香取の反応(レスポンス)がコンマ一秒でも遅ければ、きっとそれは現実になっていただろう。

 

「そんなに急いで、何処にいくのかしら、ねっ! 言っとくけど、樹里はやらせないわよ」

 

 だから香取は、敢えて会話をする事で隙を引き出しにかかる。

 

 スコーピオンを振るい、それを受け止められつつ次のワイヤーを撃ち込む。

 

 その間に、香取は唐突に遊真に話しかけた。

 

 戦闘中の会話は、ハッキリ言って無駄な行為────────で、あるとは言い難い。

 

 会話に集中させれば隙を作る事が出来るかもしれないし、ブラフを張って相手を攪乱させる事も出来る。

 

 されど、そんな事は会話を仕掛けた時点で相手も承知しているだろう。

 

 戦闘中の会話など相手の隙を作る以外の用途はないのだから、当然と言えば当然だ。

 

 しかし、相手の処理能力の一部をそうやって消費させるのは無駄ではない。

 

 勿論会話を仕掛けている側も相応にリソースは消費しているので、諸刃の剣ではある。

 

 それでもやらないよりはマシだと、香取は話を振ったのだ。

 

「そっちこそ、修を放っておいていいの? まだ、位置が分かってないでしょ?」

「あんな雑魚なんて、気にするだけ無駄でしょ。高く見積もってB級下位程度しかない奴に、警戒する必要なんてあるワケ?」

 

 なので当然、香取は遊真の感情を揺さぶろうと敢えて修を馬鹿にする態度を取った。

 

 これに引っかかって動きに粗が出てくれれば儲けもの、程度の思惑。

 

 しかし遊真は一瞬眼を見開いた後、ニンマリと何処か嬉しそうな表情で口を開いた。

 

「へぇ、香取先輩────────つまんない、ウソつくね」

 

 香取は知らない。

 

 遊真には「相手の嘘を見抜く」副作用(サイドエフェクト)があり、その能力で香取の嘘────────即ち、「修を警戒していない」事がブラフであると看破した事を。

 

 怒るどころか嬉しそうなのは当然、香取が修の事を高く評価していると分かったからだ。

 

 無論、それを口に出す事はしない。

 

 香取も所詮は隙を引き出せれば儲けもの、という意識だったのでいちいち言葉の裏を読んだりはしない。

 

 ワイヤーとブレードを交差しながら、互いの挙動を見逃さんと集中を増していく。

 

 会話での隙を生めないと分かった以上、無駄な事はしない。

 

 再びお互い無言になり、やり取りは刃の上でのみ。

 

 極限の集中の中、ワイヤーとブレードが両者の間を飛び交う。

 

 最早、会話は不要。

 

 必要なのは、お互いの武器のみ。

 

 それを共通認識とした両者は、ひたすらにワイヤーとブレードを交わし合う。

 

 戦場に、刃のぶつかり合う金属音が木霊する。

 

 残る両チームのエース、その全力をぶつけ合う。

 

 それは一種の、神聖な決闘場にも思えた。

 

「…………!」

 

 だが、これはチームランク戦。

 

 当然、一騎打ちだけで終わらせる筈もない。

 

 遊真が、気付く。

 

 天空。

 

 晴天の陽光が照らす青空から、真昼の流星が降り注ぐ。

 

 夥しい数と言って良いレベルの光の雨が、彼等目掛けて降って来る。

 

 最終試合、佳境。

 

 その最後の駆け引きの引き金となる弾幕が今、放たれた。

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