「…………!」
空から降り注ぐ流星を見て、遊真はすぐさま離脱の構えを取った。
両者を繋ぐワイヤーを腕から生やしたブレードで切断し、そのまま離れるべく動き出す。
「逃がさないわ」
「…………っ!」
しかし、香取がそれを許さない。
彼女の手から零れるように落ちたキューブからワイヤーが展開され、香取の左足と遊真の右足が接続される。
迫り来る弾幕は香取にも見えているというのに、彼女に逃げる気配は全くない。
つまり、これは。
(あれは、間違いなく合成弾…………っ! 多少被弾しようが、確実におれを倒すハラか…………っ!)
あの弾幕の正体が、必殺の合成弾である証明に他ならない。
どちらにせよ、香取が多少ダメージを負う事になっても合成弾によって生まれた隙を突いて遊真を倒せれば構わないという判断だろう。
急所にさえ当たらなければ良いと割り切れば、香取なら不可能ではない。
彼女の動体視力であれば、自分への被害を最低限にする事くらいは出来る筈だ。
普通なら背が高く被弾面積の広い香取の方が不利な筈だが、そもそもあれは彼女のチームメイトである樹里が撃ったものだ。
弾道の予測くらいは出来る筈だし、無傷で凌ぐのであればともかく多少の被弾を覚悟しているのであれば不可能ではない。
どちらにせよ、覚悟を決めた香取から逃げるのは至難の業だ。
今からもう一度ワイヤーを切断したとしても、すぐさま新たなワイヤーが撃ち込まれるだろう。
「…………っ!」
だが、それを座して待つ遊真ではない。
遊真は足元にグラスホッパーを展開し、それを踏み込む。
瞬間、ワイヤーで繋がった香取諸共上空へ打ち上げられた。
そう、香取から逃げられないのであれば、
お互いがワイヤーで繋がっていようと、要はあの弾幕の効果範囲から逃れられれば問題ないのだ。
如何に誘導性能があろうが、グラスホッパーによる急激な加速には対応出来ない。
景色が一瞬で切り替わり、ぐんぐん空へと近付いていく。
急な加速で体勢を崩し、香取に隙が生まれている。
無論、それを見逃す遊真ではない。
遊真は右腕にスコーピオンを握り、香取の首を狙う。
危地から脱した後の、絶好の好機。
これを逃がせば、次はいつチャンスが生まれるか分からない。
防がれたとしても、一度攻防の主導権を握ってしまえばこっちのものだ。
今までは防戦一方だったが、攻守が逆転すれば逆に追い込む事が出来る。
一度傾いた天秤は、そう易々とひっくり返る事はないのだから。
「かかったわね」
「…………!」
だが。
その目論見は、香取が浮かべた笑みを見た瞬間砂上の楼閣である事を知る。
そして、気付く。
香取の、香取隊の真の狙いに。
(そういう事か…………っ!)
晴天の陽光でまともに直視出来ない、上空。
その遥か彼方より、飛来して来るモノがある。
其れは、光の雨。
たった今降って来た弾幕程の数はないが、それでも相応の数を誇る流星。
それが、遊真達目掛けて落ちて来ていた。
否。
自分達は自ら、その光雨に近付いてしまっている。
敵の弾幕から逃れる為に使った、グラスホッパーによって。
(最初から、初撃は
夥しい数の弾幕は、あくまでも遊真を上に動かす為の陽動。
本命は、予め更に上へと撃ち上げていた光弾の方だったというワケだ。
今、遊真と香取はグラスホッパーによって自ら上空へと向かってしまっている。
つまり、自分から光弾の雨に近付いている事になるのだ。
かといって、再び下に逃げれば避けた筈の大量の弾に自ら突っ込む事になる。
(けど…………!)
遊真は自身の背に、グラスホッパーを展開。
それに自らぶつかる形で、香取に突進する。
そのまま攻撃に移れれば良かったが、如何せん距離が近過ぎて対応出来ない。
よってこれは、あくまでも香取ごと横移動して弾幕を回避する為の行動。
一時凌ぎにしかならないが、今回はそれで良い。
弾幕の数と先程まで一定期間沈黙していた樹里の様子を見る限り、この攻撃の為に置き弾としてある程度の数をストックした上で撃って来たに違いない。
香取がワイヤーデスマッチを仕掛けて来たのは、十中八九その準備の為の時間を稼ぐ目的だろう。
遊真を足止めするという見かけ上の目論見は同じだが、そこに隠された裏の目的があったワケだ。
故に、この攻撃を凌いでしまえば同じ規模の攻撃は暫く来ないと見て良い。
段々と今の香取の動きにも慣れ始めているので、あと数刻もすれば彼女を仕留める、或いは引き離す事が叶うだろう。
遊真には、香取にはない膨大な戦闘経験値がある。
真の意味で命がけの戦場を巡って来た遊真にとって、初見の相手と殺し合う事など日常の一部でしかなかった。
というよりも近界の戦いというものは仮想空間での戦闘や
戦場でトリオン体が破壊されれば生身の身体が投げ出される事になり、無力化された兵士を放置する敵はいない。
良くて鹵獲されて捕虜になるが、大抵の場合はその場で殺される。
戦場では捕獲用のトリオン兵を連れていない場合、生身の人間などただの荷物になるだけだ。
生き死にが懸かった戦場で余計な
味方ならばともかく、敵であるのならばトリオン体を解除させてトリガーを回収したとしてもふとした拍子で牙を剥く可能性は捨てきれない。
ならばその場で処理した方が、合理的だ。
そんな戦場で生き抜いて来た遊真だからこそ、「初見の敵に対応する」等という事は息を吐くようにやって来た。
今回はこれまでに二度も戦った香取が相手なので、初見というワケでもない。
遊真から見ても異常な成長スピードをしていた為慣れるまで少々時間がかかったが、その観察も間もなく終わる。
拮抗状態に見えていた戦闘は、程なくして遊真の優位へ切り替わるだろう。
一戦一戦で着実に動きが鋭さを増し、立ち回りも格段に成長している香取には驚かされたが、そもそもの地力の差は覆らない。
時間が経過すれば、順当に遊真が勝つ。
遊真の培ってきた戦争経験は、最近覚悟を決め直したばかりの女子高生が簡単に超えられるものではないのだから。
ROUND3の時は弓場を利用した立ち回りで先を行かれ、ROUND6の時は樹里のやり口に対応し切れなかったが故に負けた。
しかし、今この場には自分達と香取隊しか生き残っていないし、あの時樹里にしてやられた高高度からの時間差射撃という手管は既に見ていたが為に今回は対処が出来た。
香取とほぼ密着状態で戦闘をしているという想定外の要素はあったが、一度喰らった戦術で二度も敗れるのは御免被る。
今回は晴天という天候を最大限利用した立ち回り故に対処が遅れかけたが、それでも間に合わせる事は出来た。
これで、趨勢はこちらに傾いた。
「残念」
「…………!」
────────そんな空想は、香取の行動によって打ち砕かれた。
遊真がグラスホッパーにより香取と衝突した直後、ほぼ反対方向から同じ衝撃が来て今度はこちらが押し返される。
何が、起きたのか。
それは、香取のいた場所に飛び散ったトリオンの欠片が、物語っていた。
(…………! そっちも、同じ事を…………っ!)
グラスホッパー。
遊真の使ったものと同じジャンプ台トリガーを、彼と全く同じ方法で使用したのだ。
香取は遊真がグラスホッパーに身体ごとぶつかって自分ごと強引に移動するという脱出手段を取ると予測し、自らの背にグラスホッパーを展開してそれを阻止した。
しかも、この感じからすると香取はグラスホッパーをかなり小さく分割して使用している。
よって、射撃範囲の中心点からはズレたものの、未だにその効果圏内からは脱していない。
加えて、香取はグラスホッパーによって若干斜め上に行くように角度を微調整していた。
故に両者は自ら弾幕へ近付く事になり、最早回避する暇はない。
「く…………っ!」
遊真は止む無く上方にシールドを展開し、同時に香取に痛打を与えんとスコーピオンを振るう。
恐らく、この射撃を凌ぎ切る事は出来ない。
高確率で
だから、イチかバチかその前に香取に痛打を与えて生存の目に賭ける。
回避が封じられた以上、最早それしか選択肢はなかった。
反撃を喰らうかもしれないが、その前に急所を射抜けばこちらの勝ちだ。
遊真は素早く腕を振るい、防御を考えず香取の胸部を狙う。
「え…………?」
されど。
次に眼にした光景に、遊真は唖然とする他なかった。
反撃は、なかった。
香取は何の抵抗もなく、否。
心臓だけは外れるように身を捻り、遊真の刃を受け入れた。
スコーピオンは香取の腹部に突き立ち、大きなダメージを与えた。
急所ではない為、即死はしていない。
しかし、この傷であれば間もなくトリオン漏出過多で戦闘不能になるだろう。
致命傷である事に、変わりはない。
「これは…………っ!」
だが、香取もただやられたワケではなかった。
遊真と香取の間には、数える程も億劫な数のワイヤーが繋がっていた。
信じ難い事に、香取は防御を捨てて有りっ丈のスパイダーを直接撃ち込んで来たのだ。
それこそ、彼女の腹に突き立つ遊真の右腕をも逃さないように。
(まだ…………!)
それでも、遊真は諦めていなかった。
今からでもシールドを張り、被害を抑える。
少なくとも即死しなければ、それで良い。
だからこそ、遊真はこの危地に於いても動こうとしていた。
「…………!」
────────されど。
その目論見は、次の瞬間崩れ去る事になる。
シールドの上から、遊真の右半身が吹き飛ばされた。
その攻撃の正体は、彼方から放たれた狙撃。
樹里が放った、アイビスの攻撃に他ならない。
少女の放った大威力の一撃は密着していた香取の下半身も消し飛ばし、命の猶予を一瞬にして奪い去る。
「お触りは厳禁よ。知らなかった?」
「…………やられたな。けど」
トリオン体を崩壊させながら、遊真はニヤリと笑みを浮かべる。
同じくトリオン体を崩させていく香取を前に、少年は不敵な笑みを浮かべた。
「勝つのは、おれ達だ」
『『戦闘体活動限界。
奇しくも、同時。
遊真の宣言と共に上空から降り注ぐ光の雨が着弾し、両者の身体は崩壊。
二名のエースはそのまま、光の柱となって消え失せた。
「スラスター、
「…………!」
そして。
香取諸共遊真を吹き飛ばした狙撃の実行者たる樹里の下に、その異変は起きた。
樹里がアイビスを撃ち放った次の瞬間、彼女が陣取っていたビルの屋上の一つ下の階の窓から飛び出た修が、レイガストのスラスターを使って突貫して来たのだ。
突然の奇襲に、樹里は眼を見開く。
これまで、修がスパイダーを仕掛ける以外の一切の行動を取らず、隠密に徹して来た理由はこれだ。
即ち、
その為に、全てが計画されていた。
他の狙撃手が全員退場し、樹里と香取の両名が生き残った時点で正攻法で両者を倒す事は不可能に近いと修は断じていた。
だからこそ、修は遊真に命じていた。
「香取と拮抗した上で、出来れば樹里の狙撃を引き出して欲しい」という旨の内容を。
総合力で言えば、遊真の方が香取よりも上だ。
その差を埋める為に、間違いなく香取隊は樹里を使って来る。
そしてその方法が、合成弾か狙撃の二者択一な事も読めていた。
樹里の扱う
サラマンダーは広範囲の爆撃でシールド使用を強要出来るし、モスキートならばそのシールドを貫いて敵を倒す事が出来る。
どちらも無視出来るような脅威ではなく、これを使わないのは有り得ない。
しかし、合成弾で両腕が塞がっていたとしても、そこを狙ったところで修が樹里を仕留められる確率は低かった。
何故ならば、樹里には強化視覚を利用した
スコープを用いず狙撃を行える樹里は、近付いて来た相手に対し狙撃銃を銃手トリガーの如く扱い迎撃する事が出来る。
樹里のアイビスならば修のレイガスト如き簡単に貫くだろうし、そもそも射撃トリガーがあるので近付く事すら至難の業だ。
しかし、合成弾を発射した直後であれば、樹里の迎撃手段は狙撃銃一本に絞られる。
射撃トリガーは応用が利く反面、即応性に乏しい。
それは射手である修も理解しており、近距離での突発的な迎撃では射撃トリガーは役に立たない。
故に、脅威となるのは
だからこそ、修は樹里が狙撃銃を使うまで待ったのだ。
狙撃銃はライトニングを除き、一度撃つと
つまり今この瞬間、樹里は
加えて射撃トリガーも、今からでは間に合わない。
樹里の持つ攻撃手段は、今この瞬間のみ双方共に封じられている。
対して修のスラスターでの突貫は、樹里にとっては無視出来ない攻撃になる。
スラスター斬りはあのエスクードを破壊出来る、数少ない攻撃手段だ。
無論、本職の攻撃手ではない修ではそれを十全に使いこなす事は出来ない。
しかし、樹里に集中シールドでの防御を強要するくらいの効果は望める筈だ。
この一撃で倒せるとは、最初から考えていない。
本命は、置き弾として仕込んでいる
修は前ROUNDに引き続き、アステロイドの代わりにハウンドをセットしている。
樹里が集中シールドでの防御を選択した瞬間、置き弾を起動して彼女に攻撃を届かせるのが狙いだ。
今ならば、やれる。
そう考えて、修は攻撃を実行した。
「え…………?」
だが。
その目論見は、崩れ去る事になる。
屋上の壁から突き出た、一本のブレードによって。
壁からいきなり出現したその刃は、レイガストを持つ修の左腕を肘から斬り落とした。
レイガストが腕ごと落とされた事で加速を失い、修は空中でバランスを崩す。
眼を、見開く。
今の攻撃は、知っている。
スコーピオンの派生技、
しかし、有り得ない。
修は、そう思わざるを得なかった。
無理もない。
今に至るまで修が知り得なかった情報が一つ、ある。
それは、
そもそも樹里自身B級に上がってからすぐに射手に転向したので、彼女が元攻撃手だという事を知っている者すら少数なのだ。
知る者がごく僅かであった為、王子も噂の一つとして聞き及んではいたが彼女がブレードトリガーを使う姿など見た事がなかったので、必要性が薄い情報と考えて口にしなかった。
攻撃手時代を思わせる立ち回りを見せたあの香取隊との一戦も、王子は観戦する事が出来ず修に至っては言うまでもない。
よって、樹里がブレードトリガーを扱う可能性というものを、修は頭の端にすら浮かべていなかった。
だからこそ、虚を突かれた。
それが、修の敗因となった。
「わたしに触っていい男は、後にも先にも一人だけ。そしてそれは、あなたじゃないよ」
レイガストを失った修に、宙を駆ける手段はない。
自由落下で落ちていく修に対し、樹里は
「く…………!」
『戦闘体活動限界。
アイビスの一撃は、修の身体の大半を吹き飛ばす。
防御不能の攻撃を受けた修は為す術なく致命傷を負い、戦闘体が崩壊。
光の柱となって、晴天に消える。
こうしてようやく、B級ランク戦最終ラウンドの幕は降りたのだった。