「よっしゃあ、やってやったわよ…………っ! 大勝利よ、大勝利っ!」
いぇい、と満面の笑みで香取は叫ぶ。
柄にもなく上機嫌であり、それを見た若村は苦笑いをして、三浦は微笑ましそうに見ている。
華は何処となく嬉しそうに見守っており、樹里は普段通りの淡々とした表情で見ていた。
「樹里も、スコーピオンを持ち込むって聞いた時は少し不安だったけど、結果的にぶっ刺さったから結果オーライね!」
「ん、綺麗に刺さったから気持ち良かった。無駄にならなくて何より」
そう言って、樹里はブイサインをしてみせる。
何を隠そう、彼女が今回スコーピオンを持ち込んだのは殆ど思いつきのようなものだったのだ。
試合前、樹里は話し合いの中で唐突に「今回、スコーピオン持ってく」と言い出したのである。
毎回のようにトリガーセットを変えて来る樹里は、試合前のミーティングの中で必ずその試合で使うトリガーを申告する事を義務付けていた。
少なくともチームメイトはその試合で樹里が何のトリガーセットを持っているかを知らなければ、作戦の立てようがないからである。
なので今回も樹里にトリガーセットを聞いていたのだが、その中で「スコーピオンを持ち込む」発言があったというワケだ。
香取は一応それまでランク戦で使った事のないブレードトリガーを持ち込む意図を聞いたのだが、樹里は「近付かれた時用」と答えている。
確かに奇襲にはなるし、彼女の体捌きの巧みさは香取も知っていたので悪い選択肢ではないと思ったのは事実だ。
まあ、代わりにイーグレットを抜くと聞いた時は少し渋い顔をしたものだが、今回の試合状況を鑑みれば超々遠距離狙撃を活かす展開はあまり無いだろうとの事で最終的には了承したのであるが。
樹里の強化視覚を利用した超々遠距離狙撃の脅威は誰しもが知っているので、無理に距離を取るのは無駄であると考えている筈だ。
そして、彼女がイーグレットを持ち込んでいない事は樹里自身と自分達にしか分からない。
ならば、イーグレットがない事はそこまで大きな枷にはならないと判断したのだ。
樹里がほぼ毎回の如くトリガーセットを変えていくのは周知の事実であるが、相手からすればその時何のトリガーを持ち込んだかは使われるまで分からない。
それが敵として見た時の樹里の厄介な点であり、香取隊はそれを存分に活かして作戦を立案している。
香取は咄嗟の機転や判断力はかなり優れているので、相手の動きから最も効果的な道筋を探り出すのはお手の物だ。
他部隊の指揮をリアルタイムで
最近漸く連携の形が出来てきた若村や三浦よりも、幼少期から付き合いのある樹里との間の方が連携がやり易いのはある意味で当然の事だ。
香取と樹里はお互いの思考をある程度
よって、二人の間に特別なやり取りは必要ない。
極論、感情を込めて互いの名を呼ぶだけでも最低限の意思の疎通は可能なのだ。
その時の声色から意図を察する事など造作もないし、そこは暗黙の了解のようなものだ。
ともあれ、こういった経緯で樹里はスコーピオンを持ち込んだ。
結果的に修の奇策に対し綺麗に刺さったが、理屈ではなく感情的、或いは直感的な理由での採用であったので、これを読めと言う方が無理な話だ。
修としては交通事故にでも遭ったような感覚であっただろうが、ある意味で似たようなものだったと言えよう。
「まあ、あのメガネが何か企んでたのは予想してたからね。アタシのトコに来る気配がなかった以上樹里になんかちょっかいかけて来るのは推測してたけど、自分のエースを囮にしてまで樹里を落としにかかるのは予想外だったわ」
「それ、葉子が言う?」
「言うわよ。アタシは以前と同じ方法じゃ空閑は倒せないと踏んで、仕方なく相打ち戦法に踏み切ったのよ。そうまでして倒そうとしてた空閑をまさか囮として使うなんて、予想しろってのが無理だっての」
そう、最終局面に於いて、正確には香取は修に読み勝ったのではない。
樹里の思いつきと巡り合わせ、条件が重なった事で何とか手にした勝利と言っても過言ではない。
とはいえ、樹里がスコーピオンを持ち込んでいる事は知っていたので、万一修が樹里を狙っても保険はあると考えてはいた。
加えて香取の側へ修が干渉する素振りを見せなかった時点で、狙いは樹里だと薄々勘付いてはいたのだ。
故に樹里に修を警戒するよう促してはいたし、周辺に注意を払うように声をかけてもいた。
まさかすぐ下の階に潜んでいて、狙撃の実行直後を狙って来るというのは少々想定外ではあったが。
「ま、でもよく対応したわ。褒めたげる」
「ん」
それでも咄嗟に
そういう意味で、香取はこの勝利は自分一人のものであるとは考えていない。
重要な役割を果たしたという自負はあるが、最後の局面を決定付けたのはあくまでも樹里だ。
それを称賛して香取は樹里の頭を撫で、樹里の側は気持ち良さそうにされるがままとなっている。
褒められる事は基本大好きな樹里なので、この上なくご満悦なようだ。
「あー、そういや最後はなんで木岐坂に狙撃をさせたんだ? あのままでも、射撃で仕留められた可能性は高いと思うんだけどよ」
「念には念を入れたかったのと、三雲に出て来させる為よ。解説でも言ってたけど、万一にもあそこで空閑に生き残られちゃマズいと思ったからね。樹里一人だと、空閑の相手は手に余るわ」
「ん、残念だけど単独で空閑くんの相手は少し厳しいかも。弾幕を突破されかねないし」
そうね、と香取は頷く。
二人の言う通り、遊真は万一にでも生き残ればそこから樹里を仕留めにかかられる恐れが十二分にあった。
遊真の状況適応能力と突破力は尋常ではなく、樹里は速射と力押しは得意だが、技巧と精密射撃は苦手な部類だ。
少なくとも、二宮程巧く遊真を捌ける自信は無い。
樹里の戦術は前衛を前に置いて後方から援護する、或いは隠密状態からの奇襲を前提に構築されており、正面切っての撃ち合いではボーダーのトップ層相手では少々手に余る。
だからこそ、多少リスキーでもあそこで遊真を確実に落としておく必要があった。
そこは、太刀川達の解説通りである。
「あと、あそこで隙を見せないと三雲が雲隠れしちゃう可能性があったからね。そうなると生存点は取れなくなるし、やった方がお得って状況ではあったのよ」
「ん、もしもの時は爆撃で炙り出す事も考えてたけど、こっちの方が手っ取り早い。だからわたしも了承した」
「な、なるほど」
そういう理由だったのか、と若村は若干引きながらも納得した。
確かに彼女達の言う通り、あそこで樹里が狙撃を実行しなければ修が姿を晦まして自己
勿論修の機動力では逃げ切るのは難しいだろうが、それでも万一にでも生存点を取れなくなる可能性があるのは看過出来なかった。
だからこそ、狙撃という分かり易い隙を作り修を引きずり出したというワケだ。
香取は修の策を読んではいなかったが、修を引っ張り出す事自体は玉狛との一騎打ちになった段階で考えてはいた。
その為に必要だったのが敢えて隙を晒す事であり、スコーピオンという保険の存在がその選択の一助となったのである。
近付かれても不意打ちが可能なスコーピオンを樹里が持ち込んでいたからこそ、最後の攻防を制する事が出来た。
それは、紛れもない事実だろう。
「けど、ホント今回の玉狛は強かったよね。ヒュースくんは勿論だし、人を撃てるようになった雨取さんもかなりの脅威だったしね」
「言ったでしょ、あのメガネはえげつない、って。ヒュースみたいな大駒の扱い方を覚えて、弱点がなくなったチビ大砲が動けばああもなるわよ。結局やりたい事は大体通させちゃったし、後半で何とか取り戻せなきゃ危なかったわ」
しかしそれでも、今回の玉狛が大きな壁であった事は言わずもがなである。
ヒュース一人を倒す為に生駒隊はほぼ壊滅してしまっているし、人を撃てるようになった千佳の警戒もしなければならなかった。
利害が一致したとはいえ、二宮隊相手に共闘で事を進めたのは苦渋の決断でもあった。
本来なら遊真は真っ先に落としておきたい駒であったが、二宮もまた単独での撃破が非常に難しい難敵であった。
それを倒す為には利害の一致していた玉狛と組む他なく、結果的にあちらの想定通りに事が進んだのは事実だ。
後半での巻き返しがなければ、危なかったと言える。
「けれど、最終的にはB級一位っていう当座の目標は達成出来たわ。玉狛第二はB級二位以内という目的さえ達成出来れば無理をしないだろうという推測もあったし、結果としては満足じゃない?」
「うー、でも良いようにやられてたのは事実よ?」
「勝ちは勝ちよ。それとも、B級二位以内っていう玉狛の目的を何が何でも妨害したい理由でもあったかしら? 特にないと思うのだけれど」
それは、と香取は口ごもる。
確かに修は個人的に気に喰わない相手だが、だからといって何が何でもその目的を妨害してやる、と思う程香取は意地悪くはない。
むしろ性根は善性が根付いており、修のように逸脱するレベルではないが基本的に悪い事は出来ない
B級一位という当座の目標達成よりも修の目的を妨害する事が優先される事はないし、相手がやりたい事を叶えたからと言って何か損があるワケでもない。
香取がこの試合である程度玉狛にしてやられたと思うのはあくまでも感情的な理由であり、華の言葉は否定し難い。
結果、反論の言葉が思いつかず押し黙る事になったのだった。
「それより、皆に言う事があるんじゃない? 葉子」
「…………そうね。取り敢えず、樹里は勿論だけど麓郎と雄太も良くやったわ。アンタ等の活躍も、きちんと勝ちに繋げられたからね。そこは誇って良いわよ」
「お、おう」
「あ、ありがとう」
華に促された香取に褒められた事で、若村と三浦は若干戸惑いつつもそれを受け取った。
未だに香取に褒められる、という事に慣れていない為か、若干赤面して照れている様子である。
「むぅ」
「何よ。不満?」
「……………………どうせなら、わたしだけを褒めて欲しい。でも、若村先輩達も頑張ったから我慢する」
「面倒くさいわねアンタ。ま、でも良く我慢したわ。えらいえらい」
「ん♪」
口を尖らせて不満を表していた樹里だが、香取に再び頭を撫でられて秒速で機嫌は直った。
本音をぶっちゃけてはいたが、彼女から見ても若村や三浦がこの試合で担った役割はきちんと認識していたので、そこを蔑ろにしたりはしない。
以前ならばともかく、今の樹里はしっかりと二人をチームメイトとして認識している。
その成長を褒める意味で香取の撫で撫では実行されたのだが、このくらいで機嫌が戻るのならば安いものだろう。
基本的に樹里は根に持つタイプなので、一度へそを曲げると中々に面倒な事になる。
素直に不満を口にした分だけ、まだマシだったと言えるだろう。
「そういやさ、木岐坂はこれからもスコーピオンを使ったりするのか? 初見殺しとしての威力は薄れたと思うけどよ」
「ん、時と場合に依るかな。解説の人達が言ってたみたいに、そういう選択肢があるってだけで相手の行動を縛れるし、必要だと思ったら使う。それだけ」
「そうね、基本はそれで良いと思うわ。今回のランク戦じゃA級へは上がれないけど、来期は違うものね。それに向けて手札が一つ増えたのは、悪い事じゃないわ」
今期のランク戦では通常のそれとは違い、A級昇格試験は行われない。
これは公開遠征の為に特別な遠征試験と訓練が予定されているからであり、今回のみの特別ケースとなる。
ならば当然次期のランク戦ではB級二位以内になればA級昇格試験を受けられるようになり、それに向けた作戦を練るのは悪い事ではない。
樹里がスコーピオンを使える、という情報はそれだけで相手に「近付いても迎撃される恐れがある」と二の足を踏ませる要因になる。
流石に本職の攻撃手相手には効果がないだろうが、それでも時間さえ稼げれば香取が合流して来る事を考えると無視出来る情報でもない。
そういう意味でも、スコーピオンは樹里にとって今後大きな武器になると言える。
初見殺しとしては通用しなくなったが、それ以外にも使い道はあるという事だ。
「とにかく、皆お疲れ様。ちょっと用事があるから、麓郎と雄太は残ってね」
「おう」
「わかった」
「ん、じゃあまたね」
香取の解散令により、試合後のミーティングはお開きとなった。
樹里は佐鳥と一緒に帰る約束があった為、足早に隊室を後にする。
そんな樹里の背を、香取と華は真剣な表情で見据えていた。