香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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黒トリガー争奪戦Ⅸ

 

 

『章平、逃げろ…………っ! ()()()()()()()ぞ…………っ!』

「りょ、了解…………っ!」

 

 古寺は奈良坂からの警告を受け、即座に反転する。

 

 当真が脱落したのは、古寺も緊急脱出の光を視認した為理解している。

 

 彼の正確な場所を知っていたワケではないが、大まかな位置が分かっている奈良坂が無事である為消去法で今落ちたのは当真しか有り得ない。

 

 そして。

 

 それを成し得たであろう人物は、一人しかいない。

 

 木岐坂樹里。

 

 自分と同じ狙撃手にして、射手としての能力も持つ実力者。

 

 B級隊員といえど、その存在を軽視出来る筈もない。

 

 それが今、古寺の近くにいる。

 

 少なくとも遠方からの狙撃が見えなかった以上、この近くにいる事は疑いない。

 

 加えて、米屋が脱落し自由(フリー)となってしまった木虎がいる。

 

 木虎のいる場所とはまだ距離があるが、それでも彼女ならこの程度は瞬く間に詰めて来る筈だ。

 

 狙撃手を追う為の駒であった米屋が失われた以上、今度は古寺が追われる側となる。

 

 自分の位置は、先程の佐鳥への狙撃で割れてしまった。

 

 バッグワームを使っているらしく樹里の正確な位置は分からないが、彼女の射程ならばいつ撃って来てもおかしくはない。

 

 そう考えて、古寺は潜伏場所である家屋の下へ降りようと動き。

 

「え…………?」

 

 パリン、という何かが割れる音が聴こえた。

 

 その、直後。

 

「な…………っ!?」

 

 突如、下の階から轟音が響き。

 

 古寺のいた足場ごと、彼の身体が爆発に呑み込まれる。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 機械音声が鳴り、古寺は何が起きたか理解出来ぬまま脱落を余儀なくされた。

 

 

 

 

『三輪くん、古寺くんがやられたわ。どうやら、メテオラの起爆に巻き込まれたようね』

「な、そんな…………っ!?」

 

 オペレーターの月見から報告を受けた三輪は驚愕を露とし、すぐさま情報が共有された出水も苦い顔をする。

 

 米屋・当真に続いて、古寺までも脱落。

 

 しかもその三者とも、直接・間接の違いはあれど樹里に依る介入により落とされた。

 

 直接狙撃で落とされた当真に加え、置きメテオラで爆殺された米屋・古寺。

 

 嵐山隊に射手がいない以上、爆弾を設置して回っていたのは樹里である事は間違いない。

 

 最も警戒していた筈の対象から、想定以上の被害を受けた形になる。

 

 これには流石に、出水といえど涼しい顔のままではいられなかった。

 

「ったく、マジ読み違えたな。嵐山さんなら、炸裂弾(メテオラ)で家屋を壊すような作戦にゴーサインを出すワケねぇと思ってたんだが」

「勿論、普段ならそんな真似はしないさ。放棄区画とはいえ、市民の住んでいた場所である事に変わりはない。それを防衛部隊の俺達が破壊していては、流石に立つ瀬がないからな」

 

 とはいえ、と嵐山は続ける。

 

「それはあくまで、()()()()()だ。場合によっては、そういった事を言っていられない状況もあるだろう。単に今がそれだ、というだけの話だ」

「馬鹿な、何故迅などの言葉を信じてそこまでやれる…………っ!? アンタは広報部隊の隊長で、市民にとっての英雄の筈だろう…………っ!?    その貴方がどうして、あんな奴の為に…………っ!?」

 

 三輪の言葉は、何処か懇願するような響きがあった。

 

 認められない。

 

 公明正大な善人を形にしたような嵐山にそこまでの事をさせたのが、あの迅であると。

 

 彼が、嵐山がそこまで迅を信じているなどと。

 

 迅を、姉を見捨てた男を憎む三輪にとって。

 

 それは、断じて認めてはならない事実だった。

 

 何故なら、それを認めてしまえば自分の()()()を疑ってしまう。

 

 近界民は、全て敵だ。

 

 存在を許してはならない害虫であり、排除すべき異物どもだ。

 

 そんな連中を擁護するような愚か者の事を、正義の化身のような嵐山が信頼しているなどと。

 

 あっては、ならない。

 

 そんな願望(おもい)が、三輪を支配していた。

 

「迅の事を信じられる根拠は幾らでもあるが、今の君にそれを言ってもそこまで響きはしないだろう。それに、今回俺がこうした作戦を許可したのは何も迅に言われたから、ってだけじゃないんだ」

 

 しかし、そんな三輪を何処か優し気な目で見つめながら嵐山は視線をおもむろに彼の背後に────────────────即ち、木虎や樹里がいる方向に、向ける。

 

 その視線の意味に出水は気付き、「そういう事か」と納得した。

 

「やっぱ、樹里ちゃんが関わっちゃったからですか。嵐山さん」

 

 

 

 

「ああ、彼女の事は俺にとっても他人ごとじゃないからな。うちの佐鳥が大切にしている子が不可抗力とはいえ関わってしまった以上、可能な限り最良の結果を残す事に全力を尽くすのは当然だからな」

「その為なら、主義を曲げても良いって事っすか。ホント、敵わないっすね」

 

 はぁ、と出水はため息を吐く。

 

 完全に、してやられた。

 

 嵐山は、メテオラを積極的に用いる事は無い。

 

 そんな事前情報────────────────否。

 

 ()()()に惑わされ、想定の外の可能性に意識を向ける事を忘れていた。

 

 確かに、嵐山は民家に炸裂弾(メテオラ)を当てたがらない。

 

 されどそれは、当て()()()()()だけで、絶対に当てない、というワケではないのだ。

 

 必要とあれば、彼はやる。

 

 嵐山准という人間は、そういう男なのだから。

 

「主義、とは少し違うな。広報部隊の隊長としては、市民にマイナスイメージを持たせる事になる行動は避けなければならない。だから、そういった事に繋がる行動を極力控えているというだけだ」

「え…………?」

 

 だが。

 

 その後に続いた言葉に、出水は違和感を覚えた。

 

 言っている事は、別におかしくはない。

 

 広報部隊の隊長である嵐山は、市民にとって下手な有名人よりも知名度があり、身近な英雄のような存在だ。

 

 この三門市での彼の人気ぶりは凄まじく、関連グッズも飛ぶように売れているという。

 

 そんな偶像(アイドル)の如き存在である彼に、下手な行動は許されない。

 

 人気を揺るがすようなスキャンダルは以ての外だし、こういった裏方に関わっている事自体彼にとっては相当にリスキーな筈だ。

 

 だから、それを改めて説明した事自体はおかしくない。

 

 問題は。

 

 それが彼の善性に依るものではなく、あくまで()()()()()と言わんばかりのニュアンスだった事だ。

 

「…………嵐山さんが広報部隊の隊長を引き受けたのは、もしかして正義感とかじゃないんですか?」

「ああ、割と勘違いする人が多いんだが俺は別に正義の味方を志してるワケじゃない。勿論可能な限り街は守りたいし、ボーダーの地位向上の為にもメディアへの露出も必要な事だと理解している」

 

 だけど、と嵐山は続ける。

 

「俺がボーダーに入った切っ掛けは、そうする事が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。街を守れば、結果的に副達を守る事になるからな」

「…………っ!」

 

 瞬間。

 

 出水の背に、出所の分からない悪感が迸った。

 

 自分は。

 

 もしかして、自分達は。

 

 嵐山准という人間の事を、何も分かっていなかったのではないか。

 

 そう思わせる何かが、今の彼にはあった。

 

「人任せにしているだけじゃ、確実に副達を守れるかは分からない。力を持たない状態じゃ、危機が迫っても一緒に逃げる以外の対処出来ないからな。それだけじゃどうしようもない事態もある事は、もう知っているしな」

 

 大規模侵攻。

 

 四年前に起きたその災害を、嵐山は当事者ではないが知っている。

 

 幸いにも彼や彼の家族は被害を受けなかったものの、単純な自然災害のレベルを超えた未曾有の被害を出したあの惨劇を知らない者は、この三門にはいない。

 

 直接体験していなくとも、この街で暮らしていれば嫌でも情報は入って来る。

 

 瓦礫の山と化した三門市の当時の写真も残っているし、三輪のように家族を失った者達も数えきれない程だ。

 

 そんな災害を前にして、ただ力を持たずに逃げるだけしかないという現実が。

 

 嵐山には、許せなかったのだという。

 

「自分で力を持って、相応の地位に付けば確実に家族を守る為に行動出来るからな。記者会見の時に「いざという時は家族を優先する」って公言してあるし、実際にその時になって俺がそちらを優先しても市民を納得させるだけの下地はあるからな」

 

 あれは良い機会だったよ、と語る嵐山の眼は、何処までも真剣だ。

 

 ただ、事実を淡々と説明している。

 

 そう信じさせるだけの凄みが、今の彼にはあった。

 

「じゃあ、あの時の記者会見の言葉は建前、って事ですか…………? あくまでも家族を守る為であって、市民の事は二の次だと?」

「いや、そうは言っていないぞ。自分の住んでいる街に住む人達に被害が広がるのを、快く思う人間はいないだろう? 俺が戦うのは、副達の為だけじゃない。この街を守る為に戦う、という言葉にも嘘はないつもりだ」

 

 それに、と嵐山は続ける。

 

「家族を失ってしまえば、きっと俺は使い物にならなくなる。そうなったら、街を守る為に戦う事が出来なくなるじゃないか」

「…………っ!」

 

 その言葉に、出水は息を呑む。

 

 最初の説明で嵐山は家族の為にボーダーを利用すべく広報部隊を引き受けたのだと思ったが、それは的外れではないものの完璧な正解とは言えない。

 

 家族を守る為に戦いたい、という言葉に嘘はないだろう。

 

 彼が自分の弟達を溺愛している事は周知の事実だし、その家族愛に偽りがあるとも思えない。

 

 もし、実際に彼の家族が亡くなるような事があれば、嵐山は戦闘員として使い物にならない状態になるであろう事は間違いないだろう、と確信出来るくらいには。

 

 嵐山の家族へ向ける愛情は、本物だった。

 

 しかし、一方で嵐山はそんな自分の事を客観視して理解している。

 

 街を守る為に戦いたい、という言葉の方にも嘘は無いのだ。

 

 だからこそ、自分が戦えなくなる事態を避ける為に、何かあれば家族を守る事を最優先にしたい、と言っているワケだ。

 

 それは、まるで。

 

 自分の事を、都合の良い自動機械か何かだと。

 

 そう、言い切っているように聞こえた。

 

「俺が広報部隊を引き受けたのは、それが最も効率良くより多くの人を笑顔に出来る手段だと思ったからだ。ボーダーに非協力的な人が増えればボーダーの活動がやり難くなるから、そうなれば有事の際に被害が拡大しかねない。それを避ける為にも、広報部隊は必要な役職だと分かったからな」

 

 彼の言う通り、広報部隊の役割の一つは嵐山という広告塔を大々的に広める事で、ボーダーのアンチの活動を下火にさせる事だ。

 

 芸能人並みの人気のある嵐山を攻撃すれば、そのファンからの反発が来るのは必至。

 

 それに、人は大衆に迎合する生き物だ。

 

 ボーダーを良く思わない者がいたとしても、圧倒的多数の嵐山ファンという()()を押し流すのは容易ではない。

 

 実際に、嵐山が広報部隊の隊長を引き受けてからボーダーへのアンチ活動が軽減されたという報告が上がっているそうだ。

 

 ボーダーの活動が縮小すれば、それだけ有事の際に取れる手段が少なくなる。

 

 それを分かっているからこそ、嵐山は市民にボーダーの妨害をさせない為に、広報部隊を引き受ける事を受諾したのだという。

 

 話は、分かる。

 

 分かるが、それ以上に。

 

 出水は、嵐山准という男の本質を見誤っていた事に気付き。

 

 呆気に取られる他、なかった。

 

「あ…………」

 

 そして、気付く。

 

 空から、無数の星が降って来る。

 

 否。

 

 それは、無数の弾丸だった。

 

 山なりに飛んで来るそれは、間違いなく射撃トリガーのそれ。

 

 それらを撃ったのが誰かなど、考えるまでもなかった。

 

「なろ…………っ!」

 

 出水は即座に変化弾(バイパー)を展開し、射出。

 

 降り注ぐ弾幕を、迎撃にかかる。

 

「────────」

 

 無論、それを黙って見ている嵐山ではない。

 

 嵐山は時枝と共に、アサルトライフルを斉射。

 

 無数の弾丸が、出水達に迫る。

 

「チッ…………っ!」

「く…………!」

 

 出水と三輪は、共にシールドを展開。

 

 嵐山達の銃撃を防ぎつつ、三輪は彼等を直接狙うべく動き出す。

 

 今まで会話に興じていたのは、恐らくこの機を狙う為。

 

 樹里が近くにやって来るまでの時間を稼ぐ為の、作戦。

 

 警戒を緩めていたワケではないが、嵐山の見せた想定外の貌の前に動揺していた事は否めない。

 

(思えば、樹里ちゃんって射手の癖に結構身軽だったんだよなチクショウ。那須さん程じゃないとはいえかなり動ける以上、近くに来ている事に気付くべきだった)

 

 樹里の機動力評価値は、7。

 

 機動力が8の木虎や香取には及ばないものの、後衛職である事を考えれば相当に動ける方だ。

 

 故に、この短時間でこの場まで接近して来ていたのだとしてもなんらおかしくはない。

 

 その為の時間を稼がれたのだ、と気付いても後の祭りだ。

 

 今は一刻も早く嵐山達を撃破し、樹里の襲撃に対処しなければならない。

 

 だが。

 

「な…………っ!?」

 

 空から降り注いだ弾丸に、出水のバイパーが触れた直後。

 

 轟音と共に、上空を爆発が席捲した。

 

 彼が追尾弾(ハウンド)だと思っていた弾幕の正体は、それはとは源流を同じくするが異なるモノ。

 

 合成弾。

 

 出水自身が考案し、最初に実践してみせた高等技術。

 

 こちらのバイパーに触れて起爆した事から考えて、今の弾は間違いなくハウンドとメテオラの合成である誘導炸裂弾(サラマンダー)

 

 加えて、樹里程のトリオンの持ち主の弾であるそれの爆発の規模は、尋常ではない。

 

 地上に被害はないが、視界はほぼ白く染まった。

 

「出水…………っ!」

「…………っ!」

 

 その、直後。

 

 三輪の叫びで咄嗟に振り向いた出水に、背後から銃弾が叩き込まれる。

 

 間一髪でシールドを広げ、紙一重で防御を成功させた出水の視線の先には。

 

 いつの間にか背後に回り込んだ、嵐山と時枝の姿があった。

 

「テレポーターか…………っ!」

 

 オプショントリガー、テレポーター。

 

 こいつは、視線の先数十メートルへ瞬時に転移する力を持ったトリガーだ。

 

 嵐山達はこいつを使って、爆発とほぼ同時のタイミングで転移しての奇襲を実行したワケだ。

 

 弾幕の正体がサラマンダーである事を知っていた、彼等だからこそ出来る芸当。

 

 しかし、その奇襲も間一髪ではあったが防ぐ事が出来た。

 

「な…………?」

 

 否。

 

 それは、囮に過ぎなかった。

 

 気付けば、出水の胸に大穴が空いていた。

 

 その弾丸は、民家の陰から飛来したものだった。

 

 出水がシールドを張って両手が塞がった、その刹那。

 

 そのタイミングを待っていた狙撃手は、樹里は。

 

 彼のシールドを貫通して、その急所を射抜いたのだ。

 

「ちくしょ、アイビス、かよ…………っ!」

 

 アイビス。

 

 それは、トリオン量に応じて威力が上がる狙撃手トリガー。

 

 彼女はそれを用いて、文字通り出水の防御を叩き割ったのだ。

 

 誘導炸裂弾(サラマンダー)も、嵐山達のテレポーターによる奇襲も。

 

 そのどちらもが、この一撃に繋げる為の仕込み。

 

 彼女にとって最も厄介な駒である出水を、確実に仕留める為の策。

 

 自分はそれに、まんまと嵌まってしまったようだ。

 

「ったく、性格悪ぃな。どいつもこいつも」

『トリオン供給機関破損、緊急脱出(ベイルアウト)

 

 出水は彼なりの賛辞を送りながら、光となって消滅する。

 

 こうして、樹里を基軸とした作戦による脱落者は四人目を数えたのであった。

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