香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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第零幕~白の記憶/Memory of Boy Meets White Girl
白の邂逅①


 

 

 一年前の出会い。

 

 それは、佐鳥にとって忘れ得ぬもの。

 

 そして。

 

 甘く苦い、失敗を孕んだ記憶でもあった。

 

 

 

 

「ふぅ、疲れた」

 

 佐鳥はてくてくと、一人警戒区域を歩いていた。

 

 その日はメディア関連の仕事があり、後処理で遅くまで本部に残って働いていたのだ。

 

 広報部隊の一員である佐鳥は、日々多忙に過ごしている。

 

 こういった日は珍しい事ではないが、今日は殊更仕事量が多く流石の彼でも辟易していた。

 

(まあ、自分で選んだ道だしね)

 

 だが、弱音は吐かない。

 

 他者に強要されたのであればともかく、これは佐鳥自身が自らの意思で選んだものだ。

 

 彼は友人である時枝と共にボーダーに入隊し、その後広報部隊になる事を承諾した。

 

 時枝は大規模侵攻の後、一定期間無気力状態になっていた事があった。

 

 感受性の高い彼の友人は、大規模侵攻で破壊された街並みを見て「叶わないかもしれないからもう何も目指さない」と無意識の諦観を抱いていたようだった。

 

 とうの時枝自身自覚はしていなかったものの、親しい者の眼からすると一目瞭然であった。

 

 佐鳥もそれとなく気にかけてはいたのだが、結局彼の親から言われた「ゴールではなくベストスコアを目指せ」という言葉を切っ掛けに立ち直ったようだった。

 

 ゴールというのは叶えたい夢、到達地点の事を指す。

 

 それはあくまでも自分が前へ進む為の指針であり、必ずしも到着しなければならないものではない。

 

 目標(ゴール)は途中で変わっても構わないし、どんな(ルート)を選んでも良い。

 

 スタート地点からどれだけゴールに近付けたか、自分の意思でどこまで進めたか。

 

 それを人生の楽しみにしろ、という内容の言葉らしかった。

 

 これを聞いた時佐鳥は成る程、と思ったものだ。

 

 恐らくこれは、時枝の親の社会人としての経験から来た薫陶なのだろう。

 

 子供の頃に目指した夢が叶う者は、多くない。

 

 希望していた職種に就けた人間であっても、理想と現実のギャップの前に失望する事など幾らでもある。

 

 現に華やかなイメージのあるメディアの仕事でも、実際にやってみれば他者の欲望や悪意に直に晒される事が少なくない。

 

 ボーダーは世間的に見れば新興の組織であり、やっている内容としては子供を戦わせている少年兵制度を堂々と採用しており尚且つ部外秘の技術を抱えているという、メディアからすれば飯の種の宝庫と言える要素を抱えていた。

 

 だからこそ三門市のメディアは手段を択ばずボーダーのスキャンダルを探して来る事が多く、質の悪い記者等幾らでもいる。

 

 広報部隊はそういった者達に対する矢面に立つ事が多く、如何に弱みを見せずにボーダーのプラスイメージを広めるかが鍵と言っても過言ではない。

 

 ポーカーフェイスの得意な佐鳥は敢えてひょうきんな真似をする事も手馴れており、イケメンで爽やかなザ・アイドルといった感じの嵐山とはまた違った意味でメディアの対応はこなれたものだ。

 

 しかしそんな佐鳥でも悪意たっぷりの記者等と接しているとうんざりする事も多く、この仕事が決して華やかな側面だけではない事も知っている。

 

 多分時枝の両親はそういった「社会人としての経験」があったからこそ、自分の息子に的確な言葉をかけられたのだ。

 

 どのような職に就いた人間であっても、社会人としての責任と義務を全うしていく内に分かっていく事があるのだろう。

 

 こればかりは人生経験の差があるので、佐鳥には出来なかった事だ。

 

 当時自力で時枝を立ち直らせる事が出来なかった事を気に病んでいた佐鳥としては、ある種の切っ掛けと言える出来事とも言えた。

 

 この経験を経て、佐鳥は広報部隊になる事を決心したと言っても過言ではない。

 

 人生何があるか分からないのだから、何かあった時に備えて様々な経験を積んでおくべき。

 

 大規模侵攻に関連した件からそう考えて、広報部隊の一員になる事を承諾したのだ。

 

 ボーダーに入ったのは、温厚に見えて繊細な所もある友人を一人にしない為だった。

 

 当時時枝がボーダーに入隊する際にその意思が固い事を知った佐鳥は、ならば自分もと共にボーダーの門戸を叩いた。

 

 それから紆余屈折色々あったが、これまで何とかやれている。

 

 激務と言っても差し支えない広報部隊の仕事にも慣れたものだが、疲れというものはなくならないし憂鬱な気分になる時もある。

 

 だからだろうか。

 

 普段は歩く事のない警戒区域を、一人で歩こうと思い至ったのは。

 

 月明りの中、佐鳥は街灯の光のない街並みを歩いていく。

 

 付近の家は壊れておらず、ただ家の明かりだけがない。

 

 無人の、放棄された家を横目で見ながら、暗い夜道を進んでいく。

 

 文明の中にありつつも、人の気配だけが存在しないその空間の中で佐鳥は一人寂寥感を感じていた。

 

(こういうのを見てると、とっきーの気持ちも分からんでもないっていうかね。オレとしても何も思わないワケではないのですよ)

 

 時折垣間見える壊れた家屋を見て、佐鳥は一人ため息を吐く。

 

 壊れた街並み、人の消えた廃墟というものは見る者に様々な感情を与える。

 

 ノスタルジーを感じる者もいれば、得も言われぬ寂寥感や無力感を感じる者もいるだろう。

 

 特に、こういった普通の住宅街が軒並み廃墟化しているというのは中々無い光景だろう。

 

 地震等の自然災害等で街が破壊される事は、災害大国である日本では有り得ない事ではない。

 

 しかし、ある程度街並みが残っているにも関わらず人だけがいない、というのは中々無い光景だろう。

 

 何せ、この辺りの家々に住んでいた人々がいなくなったのは家屋の破壊だけが理由ではない。

 

 警戒区域に指定されているこの区間は、「近界民(ネイバー)がいつ現れてもおかしくない領域」である。

 

 その為一般市民の出入りは禁じられており、そもそも住民としてもいつ侵略者に襲われるか分からない場所にはいられない、という事で転居して行ったのだ。

 

 三年前の大規模侵攻では家族や親しい者を喪った者も多く、その記憶が残る自宅へ戻りたがらない者も多かった、という内情もある。

 

 ともあれそういった経緯で生まれた無人の街が、警戒区域には広がっている。

 

 それらを見ていると漠然とした無力感のようなものが湧き出るのも無理もない、と言えた。

 

(まあ、オレは直接被害を受けたワケではないしとっきー程感受性が高いワケでもないからなぁ。変に落ち込む事もない分、広報部隊は適役と言えば適役だったのかも)

 

 とはいえ、それは一過性のものだ。

 

 当時の時枝のように、思い悩む程のレベルではない。

 

 そういう想いを抱かないワケではないが、楽観的に物事を考える事も出来る佐鳥にとってはそれを飲み下す事は左程難しい事ではない。

 

 割り切りは得意な方だと自負しており、逆にそうでもなければ広報部隊という人の負の側面と向き合い続ける職種は続けていられなかっただろう。

 

(これ、普通とは結構離れてるよねぇ。ま、今更だけど)

 

 改めて自分と一般的な中学生男子との乖離を突き付けられているかのようで、若干凹みはしたが。

 

 それこそ今更なので、気にするといった程の事ではない。

 

 破壊された家屋跡が多くなって来た景色を見ながら、佐鳥は取り留めのない思考を巡らせていた。

 

(そういや、このあたりは前にトリオン兵が出たトコだっけ。バムスターは雑魚だけど、(ゲート)から出て来て着地して動くだけでこれだもんなぁ。そりゃ、人なんか住めるワケもないか)

 

 潰れて瓦礫と化した街並みは、以前に現れたトリオン兵によって破壊されたものだ。

 

 トリオン兵の中でも雑魚と言って差し支えないバムスターといえど、その巨体は無視出来ない。

 

 地面に降り立つだけで街並みは潰されるし、動けば動くだけ周囲が破壊されていく。

 

 ボーダーが出て来る前の三門市はトリオン兵に対する対抗手段を持たず、そのバムスターが練り歩くだけで街並みが壊れ、瓦礫の山と化していったのだ。

 

 そんな光景が街中で広がり、当時は地獄絵図と化していたであろう事は想像に難くない。

 

 当時のボーダー、旧ボーダーは人手不足が深刻だったとも聞くし対処が遅れたのも止む無しと言えるのだが、当事者からすると別の感想を抱く事もあるだろう。

 

 ボーダーアンチがいなくならないのも、理屈としては納得出来る。

 

 その矢面に立っている当人からすると、複雑な想いではあるのだが。

 

「ん?」

 

 そんな折。

 

 不意に、奇妙な音がした。

 

 バチバチと、何かが弾けるような。

 

 何処か、聞き覚えのある音程が。

 

「って、これ…………っ!?」

 

 思い出した。

 

 これは、(ゲート)の開閉音だ。

 

 しかし、おかしい。

 

 近界民(ネイバー)が現れる際に出現する空間と空間を繋ぐ窓のような役割を果たすもの、それが(ゲート)だ。

 

 ボーダーには門を誘導する装置の他、その出現を察知し警報を鳴らすシステムがある。

 

 だが、今のところその警報が鳴っている気配はない。

 

 明らかな、異常事態。

 

 それが起きているのだと、佐鳥は瞬時に察知した。

 

「あれか…………っ!?」

 

 そこで、気付く。

 

 佐鳥の進行方向、数メートル先。

 

 その場に、黒い紫電が弾けている事に。

 

 黒く小さな、無数の小型の門のようなものから発せられた雷が、一ヵ所に収束している。

 

 それはやがて円状になり、佐鳥の良く知る(ゲート)の形となる。

 

「…………!」

 

 そして。

 

 その黒い門からゆっくりと、白い何かが降下して来た。

 

 見た目は、真っ白な棺を思わせた。

 

 されど棺とは異なり形は丸みを帯びており、どちらかというとSF映画等に出て来る人間を格納するポッドのような印象を受けた。

 

 上層部は硝子張りとなっているが曇り硝子のようになっているのか、内部の様子は伺えない。

 

 その白いポッドが瓦礫の積み重なった地面に着地した直後、発生していた門は消失した。

 

 後に残されたのは、正体不明の白いオブジェクトのみ。

 

 今の所、何かが動く気配はない。

 

 また、未だに警報が鳴る様子もなかった。

 

 明確な、異常事態。

 

 それを前に尻込みしてしまう佐鳥だったが、いや、と思い直す。

 

(と、とにかく本部に連絡しないと。その前に、これが何かだけでも確認するべきだよな)

 

 現状佐鳥に分かるのは、「門が開いたのに警報が鳴らず、その門から白い何かが出て来た」というくらいのものだ。

 

 その状態では報告するにも片手落ちのように思えた為、更なる情報があった方が良いと考えたのである。

 

 実のところ、近界絡みと思われる詳細不明の事態を前にしているのだから、調べるにしても応援の到着を待つべき場面ではあったろう。

 

 しかしいきなりの事態で動転していた上に、疲れで正常な判断が出来ているとは言い難かった。

 

 ボーダーに入隊して二年目となる佐鳥だが、まだ中学三年生。

 

 未熟な部分が残るのも、致し方ないと言えた。

 

 『規定以上のトリオン量を保持する生体反応を検知しました。ポッドの隠蔽機能を解除、検体を解放します』

「え?」

 

 不意に。

 

 混乱の淵にいる佐鳥の目の前で、突然聞こえた機械音声と共に白いポッドが音を立てて開閉した。

 

 蓋と思われる部分が真ん中から割れ、左右に開く。

 

 更に地面に接地している部分に無数の穴が開き、中に満たされていた緑色の液体が排出される。

 

 そして、そのポッドの()()が露となった。

 

「女の、子…………?」

 

 白い棺の中にいたのは、少女だった。

 

 真っ白なボディスーツに身を包んだ少女は、その纏う衣装と同じくらい白い髪をしており、肌もまるで太陽の光を知らないかの如く白かった。

 

 端正な顔立ちは可愛いらしさよりも儚さが先に来るような雰囲気であり、浮世離れし過ぎた美貌は何処か現実感のなさを感じさせる。

 

 メディアに関わる中で美形の人間などある程度見慣れている佐鳥にとっても、今までお目にかかった事のないレベルの美少女である事は間違いない。

 

 少女はまるで精巧な人形の如く、眼を閉じて白い棺の中に横たわっていた。

 

「うわぁ…………」

 

 ハッキリ言って、その少女を見た瞬間佐鳥は完全に見惚れてしまっていた。

 

 一目惚れ、ですらない。

 

 ただ、その少女から少しも眼を離せない。

 

 そういうレベルで、佐鳥は白い少女に惹き付けられていた。

 

(同い年くらいかな? でも、発育はかなり────────いやいや、何考えてんですか自分ッ!? 眠ってる女の子をそんな眼で見ちゃ駄目でしょっ!?)

 

 思春期真っただ中の男子高校生には刺激の強い光景であった事も、また事実ではある。

 

 たった今まで液体に浸かっていた少女の身体は未だ水気を帯びており、ボディスーツや長髪に纏わりつく水滴が何処か艶めかしさを感じさせる。

 

 そもそもボディスーツ自体かなり薄い素材で作られているのか身体のラインがくっきりと浮かび上がっており、華奢ながら女の子らしい丸みを帯びた少女の肢体をダイレクトに強調してしまっている。

 

 少女の容姿のレベルが尋常ではない事もあって、色んな意味で眼を離す事の出来ない佐鳥であった。

 

「ん、あ…………」

「あ…………」

 

 そんな佐鳥の慌てた様子に、気付いたのだろうか。

 

 眠っていた少女が、薄っすらと瞼を開く。

 

 右目は黒く、左目は青い。

 

 その虹彩異色(ヘテロクロミア)の瞳が、佐鳥の姿を捉えた。

 

「…………だれ…………?」

「え、えっと…………」

 

 どう答えるべきか、すぐには思いつかない。

 

 そもそも、この少女は何者なのか。

 

 それさえ分かっていないというのに、どう説明をしたら良いのか。

 

「えっと、こんにちは! オレは佐鳥賢、君の名前は?」

 

 だから、取り敢えず自己紹介から始める事にした。

 

 時刻を考えればこんばんはだろうが、動転していた佐鳥は口に出してからそれに気付いた。

 

 突っ込まれちゃうかなぁ、と恥ずかしく思いながらも、佐鳥は少女の返答を待った。

 

「な、まえ…………? わた、し…………なまえ、なんだっけ…………?」

「え…………?」

 

 ────────そして、予想していなかった答えに呆然となる。

 

 白い少女は、己の来歴どころか。

 

 自分の名前さえ、忘却していたのだった。

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