香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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白の邂逅③

 

 

「ここかぁ。結構おっきいな」

「ん」

 

 佐鳥は鬼怒田により齎された情報に従ってやって来た場所で、目の前に聳え建つマンションを見上げていた。

 

 少々年季の入った建物は6階建ての中々に大きな建築物であり、部屋同士の間隔が広く一部屋ごとのスペースが大きい事が伺える。

 

 やや古ぼけているように見えるが管理はされているからか今すぐ倒壊の危険があるレベルには見えないが、人の気配がない為か廃屋のように見えなくもない。

 

 元々は高度経済成長期に乱立されたマンションの一つで、比較的裕福な家族が入居していたらしい。

 

 しかし三年前の大規模侵攻で多くの生徒が行方不明になった三門第一中学校が近くにあり、その家族が多く住んでいた事から被災後の退去者が相次ぎ、今では無人と化しているのだという。

 

 此処はボーダーの定めた警戒区域の南西の境界線上に位置しており、今後も入居者が現れる予定は皆無に近しかった。

 

 その為ボーダーが買い上げる形で管理しており、対外的には社員寮として登録されている。

 

 されど警戒区域の境界線上にあるという事は下手をすると警戒区域での戦闘の余波に巻き込まれる恐れがあり、そうでなくとも危険区域が目と鼻の先にあるという環境で住もうとする人間は皆無だった。

 

 警戒区域の一応は「外」に当たる為早々危険はない筈だが、これは人間心理の問題だ。

 

 ダモクレスの剣の逸話を例に挙げるまでもなく、明らかな危険が眼に見えている環境に住もうとする人間はいない。

 

 その為この物件は不動産側からも入居者が来る可能性が皆無なのに管理費ばかりがかかる厄介な代物として扱われていた為、ボーダーが買い上げる際にも殆ど捨て値のような値段で譲り受けたらしい。

 

 とはいえその後住居として使われる事はなかったのだが、ボーダー側としては警戒区域の境界線上に存在する「高い建物」というだけで有事の際には利用価値がある上、何よりもいざマンションに被害が及んだ時の後処理が楽になるという観点からそのまま管理を請け負っていた。

 

(まさかそのマンションがかつて樹里ちゃんが住んでた所だったなんて、変な偶然もあるもんだなぁ)

 

 そのマンション、ネオコーポ三門こそがかつて樹里が住んでいた場所だったのだという。

 

 こんな偶然があるのか、と思わなくもないがよくよく考えて見ればそうおかしな事ではない。

 

 このマンションは大規模侵攻の被害が大きかった三門第一中学校の近辺に存在しており、この場所に住んでいるのであれば近場の中学校に通うのが自然だ。

 

 なので三年前の大規模侵攻に於ける拉致被害者であったと目される樹里がこのマンションに住んでいたというのは、成る程確かに納得出来る話だ。

 

 彼女の出身校等は聞いていないが、ともあれこの建物が彼女の住居であった事は間違いない様子だった。

 

「えっと、取り敢えず行ってみようか。樹里ちゃん」

「ん。わかった」

 

 佐鳥に先導され、樹里は素直に付いて行く。

 

 二人は連れ立って、マンションの階段を上がって行った。

 

 

 

 

「中に入ったけど、どうする?」

「流石に部屋の中にまでは行かなくて良いだろう。ただ、何かあった時にすぐに出ていけるようにしておけばいい」

「了解っと」

 

 ふぅ、と菊地原はため息を吐いた。

 

 菊地原と歌川の二人は風間の命により、保護された少女の家だというマンションへ向かう佐鳥達の監視と護衛を行っていた。

 

 その命令に否があるワケではないが、菊地原の表情には憂鬱さが隠し切れていなかった。

 

「けど、あの子確か医務室に入った時に一回暴れ出したんだよね? 昔の家なんか行って記憶が刺激されたら、また同じ事になるんじゃない?」

「鬼怒田さんによれば、近界に拉致されて()()の記憶を想起しなければそうなる危険性は低い、という事だ。嫌な想いをしたのは攫われてからだろうから、理屈は合っているな」

 

 ふぅん、と菊地原は気のない返事をする。

 

 そうして、マンションの階段を上る二人を遠目で見据えた。

 

「けど、佐鳥も災難だよね。たまたま変なのを見付けたばっかりに、貧乏くじを引かされてさ」

「コラコラ、そんな風に言うもんじゃないぞ。折角見つかった「帰還者」なんだし、佐鳥もあれで世話焼きで正義感が強いからな。少なくとも、嫌々やってるワケじゃないだろう」

 

 知ってるよ、と菊地原は小さく呟く。

 

 佐鳥とは同い年で知らない仲ではなく、むしろ歌川よりも彼のパーソナリティは詳しいつもりだ。

 

 友達を一人にしない為、などという理由で入隊したような人間だ。

 

 今回の事も、自分が最初に出会った以上は自分がやるのが当然、くらいには思っているに違いない。

 

 そんな損な性格の友人が良いように使われているように見えて、若干不機嫌になっていたのは否めない菊地原であった。

 

「でも、ボーダーも甘いよね。何が仕込まれてるか分かんない子を、あんな風に出歩かせるなんて」

「同じ場所に閉じ込めておくだけじゃ、ストレスが溜まるからな。そこから何らかの失調に至る可能性は充分考えられる。暫定とはいえ帰還者なんだし、名目上は保護対象なんだ。万が一の時の為に俺達も控えているし、そうおかしな対応じゃないさ」

「何でたった一人で近界製と思われるポッドに乗せられてたのかも不明なのに? 流石に不用心だと思うけど」

 

 また、その佐鳥が連れ歩いている少女の()()()()も菊地原が心を揉んでいる理由の一つだった。

 

 彼女が三年前の大規模侵攻で攫われた被害者なのは、百歩譲って納得しても良い。

 

 しかしそんな彼女が何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という疑問の解明がされていない。

 

 近界民はこの世界の人間を資源の一種としか見做していない筈であり、少なくとも実際に拉致を行った国がそのように考えているのは明白だ。

 

 だというのに、交渉の為の人質でもなく攫った相手を単独でポッドに乗せてこの世界に送り返す意味が分からない。

 

 考えられるのは、彼女に何らかの()()()がしてあって後々の侵攻で優位に立てるように細工がされているケースだ。

 

 洗脳を受けている様子はないが、まだその身体がどうなっているかまでは分かっていない。

 

 採取した血液サンプルやCTスキャンの結果等から現在鬼怒田が解析を進めているが、その情報に関して少なくとも菊地原達の耳には入っていなかった。

 

 ならば考えられるのはまだ検査が終わっていないか、検査した結果が易々と公開する事の出来ない内容であるかのどちらか、である。

 

 あくまでも特別な立場の無い隊員の一人である菊地原にそれを追求する権利はないが、こんな状態で要観察対象に外を歩かせるのは正直どうかと思っている。

 

 しかも彼女に何か異変が起きた場合、真っ先にその被害を受けるのは同行している佐鳥なのだ。

 

 そんな状況を看過しているボーダー側の対応に、菊地原はイマイチ納得出来ていなかったのである。

 

「マイナスの可能性ばかりを考えてちゃ、何も出来ないさ。少なくとも、彼女が自分のルーツと向き合う事はこれからを考えれば必要な事だ。彼女が近界民の被害者である、という前提を忘れないようにな」

「…………分かったよ、もう」

 

 歌川が聞こえの良い言葉で言い包めに来たのは分かっているが、その意図を察せない程菊地原は幼稚ではない。

 

 あくまでも納得したポーズを見せ、渋々ながら頷いた。

 

「取り敢えず、二人が部屋に入ったら同じ階まで行くからね。流石にここからじゃ、聴こえる音にも限度があるから」

「了解」

 

 しかし、備えだけはきっちりやる。

 

 菊地原は己の強化聴覚(のうりょく)を活かして万が一にも佐鳥に危険が及んだ際に即応出来るよう、歌川と共に動き出す。

 

 そんな菊地原を微笑まし気に見据えながら、歌川はその後を着いて行くのだった。

 

 

 

 

「602号室。此処だね」

「ん…………」

 

 佐鳥はマンションの部屋番号を確認すると預かっていた鍵を使い、扉を開いた。

 

 ギィ、という音と共にドアが開き、二人は中に足を踏み入れる。

 

 持参していたスリッパを二組取り出し、それに履き替えた。

 

「流石に、埃が積もってるか」

 

 佐鳥が周囲を見回すと、当時のままと思われる家具には埃が積み重なっていた。

 

 管理の為に定期的に清掃等はしているだろうが、人が住んでいない以上どうしても埃は溜まるものだ。

 

 その掃除の回数もこの場所の性質を考えればそこまで頻繁には行っていない筈であり、正直内装が荒れているくらいは覚悟していたので、見た目が割と綺麗だったのは予想外だった。

 

 部屋は結構奥行きがあり、階段こそないものの部屋数が多く、一見すると一軒家の内部かと見紛う程だ。

 

 外から見ていた時点で部屋の広さは想定していたが、確かにこれは普通のマンションの部屋よりはグレードが上らしい。

 

 とはいえ、長らく人が住んでいなかったので無人の家特有の寒々しさは隠し切れていない。

 

 一歩一歩進むごとに降り積もった埃が舞い、思わずむせそうになる。

 

「けほっ、樹里ちゃんは大丈夫?」

「ん、問題ない。平気」

 

 そっか、と佐鳥は安堵しながら改めて樹里の恰好を見た。

 

 今の彼女は出会った時に着ていたSFちっくなボディスーツ姿ではなく、青いデニムのシャツと桃色のスカートの上に紺色のコートを纏っている。

 

 あのボディスーツはどうやらトリオン体だったらしく、生身の身体に戻った彼女は簡素な白い手術衣のようなもの1枚という冬場にはとても相応しくない恰好だった。

 

 なのでオペレーターの一人から服を譲って貰い、今はそれを着ているというワケだ。

 

 ボディスーツ姿はあれはあれで少女の非現実的な美貌を際立たせていたと言えるが、普通の恰好をした今の状態も中々に捨て難いものだと佐鳥は思う。

 

 洋装を身に纏った今でも少女の儚げな気配は隠し切れておらず、浮世離れした美貌の彼女が普通の恰好をしている、というだけで何処か物語の中から出て来たヒロインを現代風に着飾らせているような感覚があって、中々に悪くない。

 

 初対面でガチ目の一目惚れに近い恰好だったので、基本的に佐鳥から樹里に対する感情は肯定的なものしか出て来ない。

 

 それだけ樹里の容姿のレベルはずば抜けて高く、佐鳥が一目(いちげき)でノックアウトされたのも無理は無いと言える。

 

「…………なんか、思い出せた?」

「…………ん、今のところは、なにも。けど、なんだか安心する、かな? なんとなく、だけど」

 

 だが、自分の情動にかまけてやるべき事を見失う事はしない。

 

 この場に来たのは、かつて住んでいた家を見せる事で少しでも彼女の記憶が戻らないかを確かめる為だった。

 

 近界での出来事など碌なものではないだろうから思い出さないに越した事はないが、攫われる前の普通の生活をしていた頃の記憶は出来るなら取り戻してあげたい。

 

 記憶というのは、人間の存在証明(アイデンティティ)の根幹を成すものだ。

 

 それが無い今の樹里は、たとえるなら碌な足場もないまま断崖絶壁を目隠しで歩いている状態に等しい。

 

 真っ当に考えて心細くない筈がなく、今は落ち着いているように見えるが内心でどれだけの不安を抱えているかは分からない。

 

 だから、そんな彼女の心に少しでも安寧を齎せるのであれば、佐鳥は労力を惜しむつもりはなかった。

 

 どんな状況でも相手の事を第一に考えて行動する事が当たり前となっており、世間的に広めているひょうきんなキャラクター性もまた、相手に「安心」を与える為のものだ。

 

 嵐山がそのルックスと爽やかな言動で民衆に夢を与える存在ならば、佐鳥はひょうきんな三枚目キャラとして親しみを覚えて貰うのが役割となる。

 

 完璧超人に見える嵐山は確かに一般受けは凄まじく人気も高いが、それだけでは地域住民の多くを味方に付けるのは難しい。

 

 嵐山は所作や対処が完璧過ぎるが為に、ある種高嶺の花的な眼で見られている傾向がある。

 

 そこを佐鳥がひょうきんなキャラクターで親しみを覚えて貰い、自分達が遠い世界の住人ではない事を分かって貰う、という事だ。

 

 佐鳥達広報部隊はメディアでの仕事を多くこなしているが、本質的にその活動の目的は「ボーダーアンチを減らし、ボーダーの協力者を増やす事」だ。

 

 自分達の人気の向上はあくまでもその為に必要な過程に過ぎず、世間的なアイドルのように売れれば良い、というものではない。

 

 なので佐鳥の果たす役割は地味に重要であり、それは彼自身も心得ている。

 

 そうした活動をしていく内に元からあった佐鳥の奉仕精神はより強固になったと言っても過言ではなく、元来の優しさもあって樹里に対し異性としての興味とは別に強烈な庇護欲を抱いていた。

 

「さて、じゃあ掃除しますか。折角、お家に帰って来れたんだしね」

「ん」

 

 なので、まずはこの部屋を人が住める状態にするべきだと思い立ち掃除を始める事にした。

 

 ちなみにとうの樹里は返事だけはしたものの、掃除の最中一切手伝わなかった事を此処に追記しておく。

 

 この時点で樹里のものぐさな性格の片鱗は見えており、佐鳥は今後嫌になる程それを思い知る事になったのだった。

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